倉津守俊(くらつもりとし)

 生年不明~没年不明
 倉津(蔵増)城主。安房守を称す。名は親俊とも。もとは天童家家臣であったが、天正十二年(1584)の最上義光による天童城攻略戦より以前に最上家に与するようになったと考えられる。義光が天童頼久の岳父である細川直元の領する小国郷を攻めた、万騎ヶ原の戦いにて戦功をあげ、守俊の子・光基に小国郷が与えられた。

2015.05.16:mogapro:[ ◇最上家家臣団(か行)]