小国光基(おぐにあきもと)

 生年不明~寛永八年(1631)
 倉津守俊の子。最上義光から小国郷を賜り、小国氏を称した。小国城(最上町本城)8千石の城主。日向守を称す。名は光忠、親信とも。義光の妹婿との説もある。鉄砲に関心を持ち、鉄砲鍛冶を呼び寄せ「日向筒」という鉄砲を製造したほか、三間鑓である「日向鑓」を導入するなど、非常に才能豊かな人物であった。また、領内の産業振興にも努め、優れた民政家でもあった。

2016.07.26:mogapro:[ ◇最上家家臣団(あ行)]