最上義光(もがみよしあき)

 天文十五年(1546)~慶長十九年(1614)

 最上家11代当主。最上義守の嫡男。最上家への集権体制の強化を目指し、伊達家との連携を図ろうとする父・義守や天童氏をはじめとする最上庶流の一族と対立した。その後、力押しだけでなく調略も駆使して、次々と対立勢力を傘下に収め、山形盆地一円に確固たる勢力を築き上げた。関ヶ原の戦いでは東軍に与し、直江兼続率いる上杉軍と戦った(慶長出羽合戦)。戦後加増され、出羽山形57万石の大大名となる。山形の城下町整備や最上川舟運の発展、庄内平野の治水事業などに尽力し、最上百万石とも称えられる優れた治政を行った。

2016.01.04:mogapro:[▼最上義光]