HOME >  ◇最上家家臣団(わ行)

和田正直(わだまさなお)

 生年不明~正保元年(1644) 和田正盛の子。左衛門、のち七郎右衛門。最上義光に小姓組として仕え390石を賜る。一栗兵部の乱にて父の正盛は奮戦して討死するが、正直の妻が一栗兵部の娘であったために父の遺領を継ぐことができなかった。元和六年の江戸城の普請手伝いでは惣奉行に任じられた。最上家改易により浪人となるが、庄内藩酒井家に400石で召し抱えられ足軽頭となった。
2016.07.03:mogapro:[ ◇最上家家臣団(わ行)]

和田正盛(わだまさもり)

 生年不明~慶長十九年(1614) 越中守。もと上杉憲政の家臣で上州下城主を務めた。兄の和田業繁とともに武田信玄に降伏、武田家滅亡後は北条家、上杉家に仕えた。慶長出羽合戦ののち上杉家を離れて最上家に仕え、2千8百石にて鶴ケ岡城番を務めた。一栗兵部の乱においては、家臣36名を率いて鶴ケ岡城に入り防戦、大手門にて討死した。
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