里見民部(さとみみんぶ)

 生年不明~慶長十九年(1614)

 里見義近の子。上山城主。慶長出羽合戦では、上山城攻略に向かう上杉軍の別働隊4千を約5百の兵で奇襲し、撃退した。その後、最上義康の廃嫡事件に関わり、最上家を退去。加賀前田家などへの仕官を妨害され、各地を流浪した末に出羽に戻り、尾浦城主・下吉忠に預けられた。しかし、将来に禍根を残すとして、義近、民部、民部の子の権兵衛など主従23名が切腹させられた。

2015.04.04:mogapro:[ ☆最上四天王 ]