氏家親定(うじいえちかさだ)

 文禄四年(1595)~寛永十五年(1638)

 記録に残る系図によると氏家(成沢)光氏の三男か。隠岐守。左近丞。尾張守を称した兄(名は不詳)が若くして亡くなったため氏家家を継いだとみられる。妻は最上義光の三女竹姫。兄に嫁いでいたという竹姫は親定に再嫁したものか。最上家改易後は萩藩毛利家に預けられた。

2017.04.13:mogapro:[ ◇最上家家臣団(あ行)]