下本國(しももとくに)

 生年不明~元和八年(1622)

 勘七郎。長門守を称す。下秀久の弟である伊井忠左衛門の子。伯父・秀久の養子となる。慶長出羽合戦ののち、秀久とともに最上家に仕え1千石を領す。秀久が一栗兵部の乱にて討死、その後、訳あって最上家を離れたという。のちに越後村上藩村上家、続いて新発田藩溝口家に仕えた。

2017.07.08:mogapro:[ ◇最上家家臣団(さ行)]