吾妻の峰に残雪が輝く頃
真新しいスーツに身を包んで
この駅から旅立った
その先には憧れの世界があると
思っていたけれど
その夢も潰えてしまった
列車から降りて来たのは昔の私
せめてあの頃のアルバムを携えて
もう一度あの列車に乗ってみたい
今の私に残された小さな夢
たった一つの願い
【おらだの会】写真は2025年2月の西大塚駅(提供:MNさん)
新年あけましておめでとうございます。
写真は待合室に飾られた七福神の切り絵と笑門来福の門松です。切り絵は昨年、初めて個展をやっていただいた桑原重雄(仙台市在住)さんの作品。ミニ門松は山形鉄道社長であった野村浩志氏からいただいたものです。野村氏は昨年春に亡くなられ、地域おこし協力隊に鉄道写真家の米屋こうじさんが着任されました。新しい出会いと別れがあった年でもありました。
また山形鉄道にとっては大変な一年でした。社員の退社が相次ぎ減便を余儀なくされる中で、フィッシング詐欺に遭遇。けれども存続のために実施されたクラウドファンディングは、全国からの支援を得て、当初の目標額をはるかに超える780万円超を達成しました。こうした全国からの支援に対して、社員はもとより地域としてどのように応えていくのかが問われることになりそうである。
今年は東北大震災から15年目となります。羽前成田駅の第1次改修(復元)事業と鉄道写真家・広田泉さんが主催した「元気が出る鉄道写真展2011」が開催された年です。この二つの事業は、おらだの会にとっては大きな転換期となったものです。しかも2026年は、おらだの会が発足して30年目の年でもあります。広田泉さん、米屋こうじさんがつないでくれた「縁」を確かめ合いながら、来年もそしてこれからもローカル駅舎に生まれる物語を紡いでいきたいものです。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
【おらだの会】駅茶は冬の間はお休みとしております。室内の見学等をご希望の方は、本ブログの「問合せ」欄から事前にご連絡ください。可能な限り対応させていただきます。また電飾については1月10日までの点灯となりますのでご了承ください。
11月15日、久しぶりで青空が広がった。ホームの北端にある十月桜の樹に、幾弁かの小さな花びらが見えた。けれども19日には、平地でも雪が積もった。突然の雪に十月桜も、とまどっているように見えた。
今年の秋は短かった。長かった酷暑の日々を抜けてホッとする時間もなく、もう冬になってしまった。こんな天気はあったもんでない、と何度口にしただろうか。けれども、季節の移ろいに身を委ねながら、一人静かに花びらをつける十月桜を見ると、ちょっぴり頭が下がる思いがした。さていよいよ、じっと我慢の冬が来る。
→ 停車場憧憬 二度桜が咲いた:山形鉄道 おらだの会 (2016.12)
→ 冬が来た:山形鉄道おらだの会 (2018.12)
→ 立冬の候 その2:おらだの会 (2023.11)
「米坂線の今」展は、今日が最終日となります。展示をご覧になられた方が「米坂線の今は、長井線にとっても大いに有り得ることだ。」と話してくれました。理由を問うと、「最上川の橋梁が倒壊したら、米坂線と同じ状況になるだろう。」と答えてくれました。
今回の展示の意図は、まさにこの点にありました。列車が走らなくなった時、フラワー長井線はどうなるかを「米坂線の今」から考えること。鉄道が存続するためには何が必要となるのかを考えたいと思ったのです。
米坂線の駅を巡って3点に気づかされました。一つは職員又は人が常駐していれば、駅は楽しいものになりそうであること。一方、沼沢駅のような無人駅であったとしても、住民の関りの跡が見える駅は、温かさが感じられること。そして小国駅ではJRと行政と住民とが一緒になっている姿が見えたこと。ここにローカル線存続の鍵があるように思えたのです。
住民が駅との関わりがあるのか、行政職員が存続に必死なのか、鉄道会社が地域と共に歩む意識があるか。この点から言えばフラワー長井線には明るい基盤があるような気がする。先日の市報に「圏域住民が一年に一度列車に乗れば・・・」という記事が載っていた。鉄道写真家・故広田泉さんは「地元の人に愛されないローカル線は生き残れない」「あなた達はここで生きる覚悟はあるのか?」と語っていました。
10月25日(土)に長井線祭りが行われます。一年に一度のこの祭りをきっかけに、まずは最寄りの駅に行くことをやってみませんか。その次に年一回列車に乗ることに挑戦しませんか。まずは私たち沿線住民が動きましょう。
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