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成田駅の宝物(29) 復活傘電

  • 成田駅の宝物(29) 復活傘電

 「昭和時代の木製電柱がある!」とフェイスブックに投稿した人がいました。その時は「こんな電柱、珍しくもないのに」と思ったものです。駅舎のすぐ北、トイレの入り口付近にあるその電柱に、12月初旬、電気工事屋さんが上って作業をしていました。そして設置されたのが写真の傘電。映画「三丁目の夕日」に出て来そうな品物です。

 『所ジョウジのJapan』という番組がありました。「平成世代が大絶賛 昭和レトロがスンゴイ」「若者が叫ぶエモイって何だ!?」という番組です。そういえば駅ノートに「この駅エモイ」と書かれていたことを思い出します。この「外灯もエモイ」となるのでしょうか。

 さて、この傘電を発注したのは山形鉄道の工務科だそうです。何よりも社員の方がこうした駅の設備にも気を遣ってくれることが嬉しいです。その心意気も含めて成田駅のお宝に認定したいと思いますが如何でしょうか。

2021.12.20:orada3:コメント(0):[成田駅の宝物Ⅱ]

成田駅の宝物(28) 国鉄時代の機関士服

  • 成田駅の宝物(28) 国鉄時代の機関士服

 この服は2年前、山形市からおいでになったKさんが持って来てくれたもので、国鉄時代の機関士の制服である。Kさんは昭和27年に中学校を卒業後、東京の会社に就職したが間もなくその会社が倒産。「絶対つぶれない会社で働きたい」と国鉄に就職することを希望して、鉄道専門学校であった岩倉高校に入学。昭和33年に卒業後、昭和34年に正式に国鉄職員となった。昭和39年に念願の機関士免許を取得し、長井線でも運転したという。

 

 kさんはその後の気動車や電気機関車への革新に伴い講習と試験を重ねて、昭和42年に気動車運転士、昭和53年には電車運転士となった。その間昭和49年から52年までは労働組合の専従職員に推され、国鉄改革闘争の中で停職や減給処分を繰り返されたという。

 

 岩倉高校では夏休みに鉄道関係のアルバイトが必須であったが、アルバイト先の上司が現在の奥さんの父親であったという。すでに国鉄時代の物を殆んど整理してしまったというが、この服には最後まで残しておきたい思い出があったのではなかろうか。

 

 

【おらだの会】この服は現在、『駅舎と96展』の会場に展示しています。

 

2021.09.09:orada3:コメント(0):[成田駅の宝物Ⅱ]

成田駅の宝物(27) スィングガールズのポスター

  • 成田駅の宝物(27) スィングガールズのポスター

 「ジャズやるべ!」の置賜弁が全国を席巻することになった映画「スィングガールズ」のポスターです。長井線が映画に登場したのは、昭和47年に吉永小百合さんが映画「悲しき別れの歌」の撮影を、長井駅前で行ったのに続いて2回目ではないだろうか。(残念ながらその映画を見たことはないのだが)

 

 スィングガールズは沿線各所で撮影を行った作品であり、長井線がその後のテレビドラマ等に多く登場するきっかけとなったまさに歴史的な出来事だったように思う。スィングガールズは2004年に劇場公開であり、あと3年後に20年を迎えることになる。ローカル線と音楽も楽しいものだろう。スィングガールズ、リターン。

 

【おらだの会】ポスターは現在、掲示しておりません。ご了承ください。

2021.08.16:orada3:コメント(0):[成田駅の宝物Ⅱ]

成田駅の宝物(26) 駅舎とYR模型

  • 成田駅の宝物(26) 駅舎とYR模型

 今回のお宝は、山形鉄道と羽前成田駅をこよなく愛するお二人から提供いただいたものでペーパー模型の羽前成田駅、そしてYR型列車です。どちらも150分の1のサイズです。

 

 YR型列車は写真愛好家の方からいただいていたものです。駅舎は購入者が制作を断念して、プロの建築士に依頼して完成したというエピソード付き。建築士の方が防風林も植林してくれました。

 

 羽前成田駅には多くの方々からの善意が寄せられています。本当に有難いと思います。もしかすると本当の宝物は、皆さんのこうした温かい思いなのかもしれません。

 

2021.07.13:orada3:コメント(0):[成田駅の宝物Ⅱ]

成田駅の宝物(25) 鐡道窓口釣銭器

  • 成田駅の宝物(25) 鐡道窓口釣銭器
  • 成田駅の宝物(25) 鐡道窓口釣銭器

今回の宝物は、窓口で釣り銭を出す時に使う器械である。今風には「コインボックス」と呼ぶのであろうか。5,1,2,10,20,30,40,100,200,50の数字が並ぶ10個の鍵盤があり、下部に微妙な幅の切り口(釣り銭の吐き出し口)がある。例えば鍵盤の20を押すと、10円玉2枚が押し出されてくる仕掛けである。残念ながら製造元や製造月日の手がかりはない。ハイカラに見えなくもないこの器械を使って、ハツラツと仕事をしている駅員の姿が見えるようである。が、果たしてこの器械がどの程度有効だったのだろう、などと思ってしまうのは私だけだろうか。

2021.07.03:orada3:コメント(0):[成田駅の宝物Ⅱ]