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成田駅の宝物(23) 映画ロケの落し物?

  • 成田駅の宝物(23) 映画ロケの落し物?
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   2004年のスィングガールズをスタートに、フラワー長井線がロケ地となった映画やドラマはたくさんありますが、羽前成田駅がロケ地となったものをあげると、最近では中国ドラマの「十年三月三十日」と西村京太郎の「トラベルミステリー」があります。2008年に制作され、オースティン映画祭でグランプリを受賞するなど数々の賞に輝いた映画「?ost & Found(ロスト&ファウンド)」もその一つです。

 

  監督の三宅伸行さんは山形国際ムービーフェスティバル2006で準グランプリを受賞。そのスカラシップ(報奨)制度を活用して制作したのがこの映画だったのです。いろいろな人生を背負った人々が、「落し物あずかり所」で交差する深~い物語です。落とし物あずかり所は、赤湯駅内にあるという設定で、その場所を示すのがこの貼り紙でした。

 

 赤湯駅に貼られていたものが、何故、成田駅に残っているのだろう。もしかすると「この駅舎がいつまでも映画のように、人と人が出会いお互いの人生を温め合う場所であって欲しい。」というメッセージなのだろう、と勝手に解釈しようと思っています。機会がありましたら、DVDをご覧になってみて下さい。

 

【おらだの会】長井でロケがあった映画で確認できている最も古いものは、1965年の吉永小百合主演の「悲しき別れの歌」があるようです。

2021.02.21:orada3:コメント(0):[成田駅の宝物Ⅱ]

成田駅の宝物(22) スタンプアート

  • 成田駅の宝物(22) スタンプアート

 特製スタンプに続いては、スタンプアート。羽前成田駅の机の中に散在していたスタンプを押しまくったもので、駅を訪れてくれた山鉄大好きお兄さんが制作してくれたものです。事務用のスタンプもここまでやると「アート」というよりは、「スタンプ曼荼羅」のように神々しく見えます。

 山鉄大好きお兄さんはこの後、旅に出て行ってしまいましたが、このスタンプアートは成田駅の大事な宝物となっています。

2021.02.11:orada3:コメント(0):[成田駅の宝物Ⅱ]

成田駅の宝物(21) 特製駅スタンプ

  • 成田駅の宝物(21) 特製駅スタンプ
  • 成田駅の宝物(21) 特製駅スタンプ

 最近は「鉄印帳」というご利益のありそうなものも大変な人気があるようですが、鉄道を愛する人にとっては、駅スタンプを収集するのも楽しみ方の一つ。羽前成田駅には2012年(平成24年)に、みちのく鉄道応援団から提供された特製駅スタンプがあります。みちのく鉄道応援団からプレゼントいただいたのは、成田駅の他に荒砥駅と宮内駅だったそうです。

 

 なお山形鉄道には開業当初に独自に制作した、各駅のスタンプがありました。そのスタンプには、写真のように当時の山形鉄道のキャッチコピーであった「湯の香 花の香 紬の里へ」が刻まれています。それらは現在、長井駅に保管されているそうです。

 

【おらだの会】 当駅は無人駅ですので、管理上、スタンプの紹介は写真展等の開催時などに限らせていただいております。何卒、ご理解くださいますようお願いします。

2021.02.09:orada3:コメント(0):[成田駅の宝物Ⅱ]

成田駅の宝物(20) 運賃表

  • 成田駅の宝物(20) 運賃表

  待合室に掲示されている運賃表。山形の知人によると「昭和57年4月の料金改定時の運賃表だろう。」とのこと。来訪された方からは、「寝台列車に乗りたかった」とか「急行だってよ」などの声が上がります。前回紹介した硬券ホルダーでは東京都区内が5,500円でしたが、この運賃表では4,500円となっています。日光と富山の料金が同じなのも面白い。

 

  そして今ではほとんど乗降しなくなった上野駅が見えます。上野駅には長井出身の彫塑家・長沼孝三さんの「愛の女神像」が昭和24年に設置され、歌謡曲「ああ上野駅」(昭和39年)も懐かしく想い出されます。けれども平成3年の東北新幹線の東京駅乗り入れと翌年の山形新幹線開業によって、上野駅は遠い存在になってしまいました。

 

【おらだの会】 原本の保存のため、現在、待合室には複製の運賃表を掲示しております。

2021.02.01:orada3:コメント(0):[成田駅の宝物Ⅱ]

成田駅の宝物(19) 硬券箱と硬券ホルダー

  • 成田駅の宝物(19) 硬券箱と硬券ホルダー
  • 成田駅の宝物(19) 硬券箱と硬券ホルダー

  事務室の机に硬券ホルダーが何本か残っていました。当初は「硬券ホルダー」という名前も知らずに、その仕掛けを知りたくて、長井駅に行って入場券を何枚も購入しながら、硬券箱を覗き込んだものでした。その後、段ボールに割り箸をセットして硬券箱モドキを作りました。今から思えば、子供が新聞紙で●●ソードを作って喜んでいるようなものです。

 

 そして、長井線を超愛する友人が、「ネットで購入した。」と持って来てくれたのが写真の硬券箱です。昭和19年当時の写真に写っている大きな硬券箱とは比べようがないですが、その構造が理解できるのがうれしい。彼からの指示は「硬券は裏にして番号を下に置くこと」「当日の最後の硬券には朱の色鉛筆で線を引いておくこと」。鉄っちゃんへの道はなかなか奥深いものがありますね。

 

 昭和19年当時の事務室の様子はこちら

 ⇒ http://samidare.jp/orada/note?p=log&lid=386233

 

2021.01.24:orada3:コメント(0):[成田駅の宝物Ⅱ]