FPのひとりごと

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デジャビュって 風景とかシーンのことなんだろうが
私の場合は それが人物であることの方が圧倒的に多い

まちがいなく初対面のはずなのに
“あれっ んっ どっかで・・”っちゅうやつ
これをデジャビュというのかどうかは別にしても
なぜか理由は不明だが 我が人生で こういう体験は多い


“じゃなる堂”さんのバックアップで始めた『生命保険セミナー』
回数を重ねさせてもらったことで 受講された方の人数もかなりだ
その中で どうだろう約4割近い人とデジャビュを経験している
で 不思議なことに セミナーごとにその濃淡がくっきり出る
要するに ある特定のセミナーで その現象が顕著になる

過日 『まちの楽校』主催のセミナーで講師をさせていただいた
開催時刻に合わせて 受講される方々が会場に三々五々おいでになる
席につかれた皆様と目を合わせる・・・

“あれっ んっ どっかで・・”

今回 参加された方の全員にデジャビュを覚えた
もっとも 1名の方は元々の知り合いだからいいとしても
それ以外の全員の方に “あれっ んっ どっかで・・”だった
“人物デジャビュ”も こんだけの確率というのは初めてだ

デジャビュにも 微かに〜いや絶対に まで幅はあるが
今回も そういうバラツキは やっぱりあった中
“いや絶対に”に近い方が2名もいらした
その中の1名の方が 最後にお帰りになるときに聞いてみた

『あの〜 どこかでお会いしたことがあるような・・』

そしたら先方も

『いやー 実は 私もなんです でも どこでだかわかりません』 て

こうなると 実際に どっかで会ってたことがあるのかもしれないが
でも どう考えても 思い出してみても 過去の接点はない
私の単独の思い違いなら“認知症的思い違い”ですませられるが
相手の方も同じ思いだとすると これは一体なんなんだろうねー

前世で会ってたって・・ んなバカな!  でも・・・
金曜日の晩に まちの楽校本町館で
『生命保険セミナー』が開催され 講師を務めてきました
今回も盛況で 3人ほど次回に“持ち越し”の方まで出ました
(3名様 申し訳ございませんでした 早々に開催いたします)

毎回感じるのですが 保険のことで悩んでいる方は多いですねー
でも 悲しいかな なかなか気軽に相談できる受け皿がない
『我田引水型』や『自社利益優先型』の仕組みは多々あっても
中立・公正・非組織型(独立系)の相談機関はなかなかありません

この間 実際に こういうご相談を受けました

一年にいっぺんやってくる『契約確認』の書類一式
それを見てたら 2年後に保険料が倍近くになることが判明
とても払えないので とりあえず担当の外務員を呼んで相談した
その外務員さんは とても親身になって相談に乗ってくれて
ほどなくして 解決策を持ってきてくれた
それは いままで払ってきた保険料を“下取り”してもらい
“新発売の”保障の充実した保険に“新たに加入”するプランだった
下取りをするので 保険料が安くなるし 保障も凄い!と
外務員の方は力説されて 決断を迫ってきている
確かに2年後の保険料よりは安いが 今よりは高いし・・?
はてさてどうしたものか と私のところに駆け込んだのでした


ここに書いた数行には 実はいろんな悩ましい問題点が隠れています
でも それを全部解説するスペースと時間がありません 物理的に
(セミナーでは そこんとこをズバっと解説していますので
興味と時間のある方は『生命保険セミナー』においでください)

本件は 現状を正確に分析して それをちゃんと理解してもらったので
意外に簡単に解決しましたが (ま 最後は “ウデ” やね・・)
こういう悩みを抱えられた方は実に多い

当然ながら そういう方々と セミナーでお会いするわけですが
“以前どこかでお会いしたような”方々ばかりなんです なぜか
昨晩は一睡もできなかった
一年に数回はあるので私的にはどうってことはないのだが
昨晩のような感じの妙な不眠は初めてだった

若手経営者の会に久しぶりに参加した
たっぷり“いただいて”10時ごろにはベッドに入った
ほぼいつもバタンキューなのに さらにアルコールまでいただいている
普通なら1ラウンドのゴングとともに即KOのはずなのに
なんだか眠れない というより全然眠くならない 変だ
通常の不眠?は 満月で血圧の高い日が多いのだが昨晩は違う
あれっ 月齢を調べたら満月でした やっぱりそうなのかなー?
いやいや 昨晩のは感覚的に明らかに違っていた

3時頃 もうすっかり諦めて上半身を起こしたとき
手から以上に“気”が出ていることに気づいた
普通は顔の周りで“感じる”のは顔から5cmくらいの距離だが
昨晩は10cmくらいの距離で余裕で“我が気”をビンビン感じた
さらに我が両手が以上に熱い 
こんなことは今まで一度もなかった
やることもないので また横になった
ちょっとウトウトしたときに 奇妙な夢を見た

舞台は学校の屋上で 私は木梨憲武と一緒に行動してた・・?
屋上に出る階段には動物の死骸の肉片がばら撒かれていた
それを避けながら屋上に上り またまた避けながら地上に降りた
地上で話し込んでいるときに ちょっと小太りのオッサンが
私の体に“入ってきて”半分抜けたところで止まった
頭・片手・片足は抜けているのに そこで止まってしまった
体がものすごく苦しくなったので必死で“出そう”とした
体にかなりの衝撃を感じながらもなんとか“押し出した”
そこんところで目が覚めた
起きて気づいたのは“入ってきた”オッサンのことだった
そのオッサんは 宴会の最後の方に握手したオッサンだった
なんだかよくわからんが オッサンが私に入り込んだみたいだ
それが霊的なものなのか“気”なのかはわからないが
オッサンの“なにか”が私に入って出てったのは間違いない

(寝てはいないが)起き上がったらさわやかだった
いつもの不眠なら目は充血して体もダルイのに今朝はサワヤカだった

U−−−m 今後は握手も気をつけなあかんのかなー・・
宇宙や地球や人間の成り立ちは
すべて科学で解明されんとしている・・
頭の中では納得して心霊現象などを否定している理性的な自分
でも
TVの占いなどは必ずチェックしラッキーアイテムも気になる
美輪さんや江原さんの言動は基本的に信用できると思ってるし
TVに出てたちょっとふっくらしたおばさん
名前は失念したが 青森だか秋田にお住まいで
行方不明になったニシキヘビの居所を当てられた方
この人も なんか直感で信用できる人のような気がする
神棚には毎朝手を合わせ 方角を気にする自分がいる
割り切ろうとしたが 結局割り切れなかった

だいたい死後の自分のことなど誰にもわからない
ただの有機物質に戻って 土に還るのか
魂が中空を漂うのか 千の風になって吹き抜けるのか
そんなことは 誰にもわからない
死んで体験談を語った人がいないんだからしょうがない
ただ 死んでただ骨になってそれでおしまいというのは
生きてる生身の人間としては かなり空しいこと
命が絶えてしまうということが 自分の中で理解できないししたくない
死後の世界がある と思っていたほうが楽に生きられるのは間違いない
だから人間はいつの時代も“霊的”なものにすがるのであろう
宗教に救いを求めるのは楽なんだろうと思う
それこそ『信じる者は救われる』そのものだ
それを否定はしないが 人生に疑問をもたなくなる自分が怖い

結局みんなこうやってぐちゃぐちゃになりながら
歳をとって死んでいくんだろうねー
ただ間違いないのは“ゆりかご”より”棺桶”に近くなってくると
人生が見渡せるようになってくるし 死が怖くなくなってくる
だけど やっぱり死にたくはない
人間 生き方も大事だが 死に方はもっと大事
そんな気がしてならない

これも どっかで書きましたが・・
我が高校の先輩にして世界的な物理学者
佐藤文隆先生の『アインシュタインのたまご』
これを たまたま手にして読んで以来
頭の中のオカルトチックな部分はすっかりスキャンされました

本がいま行方不明なんで 正確な表現ではありませんが・・
先生は心霊現象は物理学的には存在しない と断言しています
アンチ・オカルトの旗手 大槻教授じゃないけれど
物理学者が心霊現象を認めることは理論的にありえないわけで
当然と言えば当然の帰結といえますが・・

スパッと言い切られると あっさりなびくタイプなんで
その日以来 一切のオカルトまがいを信じなくなってしまいました
考えてみれば ビッグバンやら素粒子やらなにやらで
宇宙の成り立ちを学問的に解明しているのが物理学で
そこにオカルト的なものが入り込む余地はまったくない
というより まったくの対極にあるもの同士だ
単純極まりない頭脳を持つ私は物理学的見地にあっさり宗旨変えした

しかしである
最近になって やっぱり どっか 割り切れないものが残るんだよなー

恥ずかしながら・・・

私 30代によく金縛りに遭っていました
あの誰かに押さえつけられているような圧迫感
身体を動かしたくても動かせない焦燥感
ひたひたと迫ってくるえもいわれぬ恐怖感・・・

ええ歳こいて 電気をつけたままでないと
寝られなくなったりしていました しょうもない
金縛りが心霊現象だったりオカルトまがいとは思いません
身体の疲労と半覚醒が引き起こす生理現象であることは
理屈ではよくわかっているつもりです
でも実際に遭遇すると理屈はぶっとんで恐怖に支配されます

多感な時期 すべての超常現象をまるごと信じきっていました
幽霊 妖怪 超能力 UFO 宇宙人・・・
11PMに出演する矢追氏はマイ・ヒーローでした
スプーン曲げは残念ながら失敗しましたが
止まっていた時計は ちょっとだけ動きました

こんな環境にあって こっくりさんを信じない理由がありません
信じるのみならず畏敬の念すら持っておりました
ところが
1冊の本に出会って 一切信じなくなったんです・・