FPのひとりごと

FPのひとりごと
ログイン

東芝が危機に瀕している



前年度末では債務超過だったような気配だけれど



これってヘタすりゃ2部降格(〜上場廃止)だよね



腐ったリンゴ(ウェスチング・ハウス)をかじってしまったんだろうけど



もう少しやりよう(経営判断)があったような気がしてならない



原子力という果実が毒を含むということは ある意味 普遍的なことだし‥



木を見て森を見なかったといわれれば 反論の余地はあるまい



しかし あの東芝がねえ…



ちょっというか かなり感慨深いものがある



私が独身時代働いていた府中市には あの有名な東芝府中があった



私の職場は府中街道と武蔵野線に挟まれたチョー狭い空間に位置したが



武蔵野線の外側は それこそ地平の果てまで東芝府中だった



想像を絶するくらい広大な敷地で 町名も「東芝町」だった



それが何の違和感も圧迫感もなく佇んでらっしゃるわけで



私はただ感服仕ったのであった



大企業病? たぶんそうなんだろう



「潰れるわけがない」という確信(常識?)が判断を鈍らせたんだろう



「シャープに学ぶ」的な発想の芽が出ない固い岩盤だったんだろう



でも 無理もないと思う



東芝府中を見たことがある人なら 思いは同じだろう



60年も生きていれば 何があっても驚いてなどいられないのだが



それでも私はこうつぶやかざるをえない



「あの東芝が‥」 と
2017.02.16:tnwコメント(0):[メモ/その他]
まったくもって ありがたい話ではあるのですが…



いやはや もんっのすごい勢いで仕事がなだれ込んできてます



「もんっのすごい」 以外に言葉が見つかりません



不眠不休(はオーバーか)体制でこなそうとはしてますが



一つ片づける間に 新しい仕事が3つ入ってくるようなそんな感じ



ジッサイ 正月三が日以降 1日も休んでいない(ような気がする)



いや ほんとにありがたいんですよ ほんとに



まあ でもねえ 人間休みも必要です・・



なぞと考えたのもつかの間 週末にまたドサっと mmmmmmm



やりゃあいいんだろ やりゃあ!



と 開き直ってはみたが なんともなりゃしない週末のFPなのでした
先日 入浴でお世話になっている障害者施設で高校の同級生と会った



もう十年来の“障害者友達”だが 話をするのは久しぶりだった



顔は合わすのだが こっちが忙しすぎて 話をする暇がなかったのだ



同じ障害者1級だが 向うの方が大先輩で重度だ



なにせ20歳でジコってから もう40年の療養生活だし



同じ四肢麻痺でも 首から上と手首がほんのちょっと動くだけだ



現実的な問題として 施設以外の生活を選択する余地はまったくない



私の場合 障害の程度でいけば 施設への入所も十分可能なのではあるが



意地と自助努力でなんとかそれを阻止し 家で暮らし 仕事も続けている



でも彼にはその選択はできない



私も彼も 進行性の障害ではない



そこは一緒で 理論的には現状維持〜回復も望めるのであるが



決定的な違いが一つある



身体をコントロールできる領域の広さだ



私が内臓を含めて35%だとすると 彼は15%あるかないかだ



この差は大きい



私はその35%を使って リハビリや筋トレを欠かさないが



15%だったら 同じことをやっていく自信がない



人間だから 結果が出なけりゃ気持ちがなえる



ガンガンやってるつもりでいる私ですら 現状維持もおぼつかないだろう



だから 私から彼に『がんばれ!』なんてとても言えない



がんばってどうにかなるような障害ではないのだ







重度の障害者には 必ずと言っていいほどダークサイドがある



端的に言えば 厭世観だ



諦めなきゃいけないことが山ほどあれば たぶん誰でもそうなる



私にもあったし 今もどこかに潜んでいるのだろう



彼の厭世観がちょっと重たくなっていた



『死んだ方がまし』が『死にたい』に変わっていた



老化の加速が 無力感に拍車をかけているのだろう



人間 なにか夢がなければ生きられない いくつになってもだ



全身不随の還暦の独身の重度身障者に夢を見ろというのは酷だ



んっ 夢? あるじゃん i-PS細胞!



それは彼の唯一の希望だった



半年くらい前に その話をしたとき 彼の目は確かに輝いた



『その話を聞いて 生きていこうと思った』 と言った



『あと数年で 頚損での臨床実用化が始まるよ』



『ほんとかよ』 そう言いながら また目が輝いた



右手が動くだけでいい という彼に『歩こうぜっ!』とハッパをかけた



山中先生 お願いだから 生きてる間に何とかして!



オレが絶対ヤツの夢をつなぐから



とにかく とにかく 生きていなきゃだめだ



それは自分への檄でもある
2017.02.04:tnwコメント(0):[メモ/その他]
最初にお断りしておきますが




あの有名な『バカの壁』(養老孟司著)のことではありません




いま世界で一番有名なばか アイツのことです




アイツがぶちあげて築こうとしているメキシコ国境の壁のことです




これって ばかのかべ としか言いようがないでしょう




ほかには表現のしようがない




どっからどうみても ばかのかべ だ




あまりに荒唐無稽すぎて ただのジョークかと思っていたら




大統領令にサインしちゃったとか・・




こんなもん さすがに議会は通さんとは思うけど




世界のというか 有史上のというか 宇宙の恥だ このばか




もうとにかく早く弾劾せえや こんなばか
年明けからむちゃくちゃなのである



そりゃまあ 仕事をいただいてなんぼなんで



そこにいちゃもんつけるのは 筋違いもいいとこなんだけど



ものには限度というのがあるのである



三元日明けの4日から土日も含めて ずーっと出ずっぱりなのに



仕事が終わる可能性(=出口)は 全くと言っていいほど見えない



もう むちゃくちゃでござりまする でござりまする



しかし



とかなんとかいってるまに



体調が劇的に回復しているのである



なんというか 体感がフィーリン・グッド なんです



もしかして ここ数年なかった体感かも・・



メシもウマいし ビールもワインもウマいのである



これが還暦というものなんだろうか



六十年生きたので 神様がギフトをくれたのかも



というか 神様の『肩たたき』だったりして・・



いやいやいや  それダメ! 死んじまうし



ま 仕事に恵まれ 体調もグッドなら何も言うことはないんだろうが



もう少し仕事をセーブしたいジャスト還暦のエフピーなのでした



(P.S. 今年もよろしく です )
本日誕生日を迎えた私



はい! そうです! 60歳! 還暦です!



いやーーーー 60歳  60歳  60歳 ・・・



ちょっとセンセーショナルな響きはあるけど



本人的には 60歳だからって 特に感じるところはない



でも「60年生きた」ということには ちょっと感じるものはある



それが長いか短いかと問われれば これは圧倒的に長いと思う



幼少期の思い出など もう遥か彼方って感じがする



さすが還暦 暦が一回転だ



この60年 まあしかしいろんなことがあった ありすぎた



自分で言うのもなんだけど 激動の人生だった



人生の一回転というのは まさにこういうことを言うんだろうねえ



この先何年生きられるんだろうか?



山あり谷ありだった人生



これからは せめて 山を低くし 谷を浅くしたいものだ・・



なんてのはゼッタイ無理なので



二周目もガンガンいかせていただきます ガハハハ



(バーモント)華麗な人生で (ヒデキ)カンレキ!!
2017.01.11:tnwコメント(0):[メモ/その他]
powered by samidare