民意に背き、遺志に背いて…

  • 民意に背き、遺志に背いて…

 「大田元知事が心を砕かれていた沖縄の基地負担の軽減にも政府として引き続き全力を尽くしていく。沖縄の振興を前に進め、沖縄の明るい未来の構築にできるだけ貢献していくことを誓う」―。沖縄県の大田昌秀元知事の遺志をこれほどまでに冒涜する言葉があろうか。前日、「もり・かけ劇場」で平身低頭を繰り返した安倍晋三首相が26日、大田元知事の功績をたたえ、冥福を祈る県民葬でこう追悼の言葉を述べた。沖縄ではいま、負担の軽減どころか、「辺野古」新基地建設という基地の増強が強行されている。安倍首相の空々しい言葉が会場に虚しく響き、基地反対のやじが飛んだ。

 大田元知事は6月12日、92歳で亡くなった。「平和の礎(いしじ)」の建立や基地縮小への対応など知事時代の功績に触れ、翁長雄志知事は「沖縄の基地負担軽減が国政の場で取り上げられるようになったのは、間違いなく大田さんの決断によるものだ」と遺影に語りかけ、こう続けた。「われわれ県民は、大田さんが終生貫かれた『平和を愛する共生の心』の理念を受け継ぎ、未来を担う子や孫が心穏やかに笑顔で暮らせる沖縄を築き上げるため努力を続ける」と誓いの言葉を述べた。この日の沖縄タイムスは皮肉たっぷりに首相夫人の昭恵さんが「辺野古」新基地建設に伴う海面埋め立てに反対を表明しているという内容の週刊誌記事を紹介した。元知事没の翌日(6月13日号)の「週刊現代」で、こんな記事である。

 「安倍晋三首相の夫人、昭恵さんが名護市辺野古の新基地建設に伴う海域の埋め立てに反対の意見を持っていることが分かった。(週刊誌の)インタビュ-で『本心を言うと、辺野古の飛行場も海の上には造らないでほしい』と答えた。一方で、辺野古新基地建設の賛否については触れていない。本紙は昭恵さんの真意を確認するため取材を申し込んだが、首相官邸は『すでに数多くの社から取材依頼があり、すぐ対応するのは難しい』と回答した。昭恵さんは『主人と全く意見の違う人、政権批判をする人とも会う。その意見を主人に伝えることで主人との橋渡し役をしたい』とも述べている」

 昨年の8月6日、奇しくも広島原爆の日に当たっていたその日、昭恵さんはヘリパッド(ヘリコプタ-離着陸帯)の強行配備に反対する座り込み現場(沖縄・高江)を突然訪れ、フェイスブックにこう書きこんだ。「対立、分離した世の中を愛と調和の世界にしていくための私なりの第一歩」―。私はその時、「アウトソ-シングという名の内助の功」と題して、こう書いた。「一見、無邪気で善意に満ちた首相夫人の振る舞いだが、結果として、安倍『強権』政治を補完することにつながっている」。アウトソ-シングとは「外部委託」という意味である。

 米軍基地に異議申し立てを続ける沖縄の透徹した目は「アウトソ-シング」という見え透いたカラクリをとうに見抜いている。「もり・かけ劇場」の陰の主役だった首相夫人の行動がこのことを如実に物語っている。昭恵さんが好んで口にする「家庭内野党」とは実は「首相夫人」という肩書きを最大限に利用したアウトソーシング(内助の功)だったのである。沖縄県は25日、「辺野古」新基地建設問題をめぐって、翁長知事に対して石井啓一・国土交通大臣が下した埋め立て承認取り消しの執行停止は違法だとして、国に決定の取り消しを求める抗告訴訟を那覇地裁に起こした。


(写真は2千人以上が参列した大田元知事の県民葬。祭壇は「平和の礎」がかたどられた=26日、沖縄県宜野湾市の沖縄コンベンションセンタ-展示棟で。インターネット上に公開の写真から)


2017.07.26:masuko:コメント(0):[身辺報告]

「もり・かけ劇場」―瓦解した箴言

  • 「もり・かけ劇場」―瓦解した箴言

 日本人の心性の奥深くに根づいた“箴(しん)言”が音をたてて、崩れ落ちるのを目の前で見せつけられた思いだった。24日、安倍晋三首相が初めて出席して開かれた、獣医学部の新設をめぐる「加計(かけ)」問題の衆院の閉会中審査。自らが事あるごとに繰り返してきた、「信なくば立たず」と「李下(りか)に冠(かんむり)を正さず」―。全国民が注目してきた「もり・かけ劇場」は政治の2大原則を放棄し、この国の政治の終焉を予感させた。ロングランを続けた国会劇のもう一つの演目は「記憶と記録の喪失の果てに」―

 前者は孔子が「政治をおこなう上で大切なものとして、軍備と食糧、民衆の信頼の三つを挙げ、中でも重要なのが(民衆の)信頼である」と説話したことに由来する。後者は「スモモ(李)の木の下で曲がった冠をかぶり直すと、スモモの実を盗んでいるのではないかと誤解を招く。だから、誤解を招くような行動はすべきではない」という戒めの言葉である。

 いわゆる「総理のご意向」発言で、加計問題のキ-パ-ソンと言われた和泉洋人・総理補佐官は「そんな意味のことは言っていない」と語気を強めた。「「言った」「言わない」「記憶にない」のざっと5時間―。劇場が盛り上がったのは当時の柳瀬唯夫・首相秘書官(現経済産業省審議官)の答弁。2年前の4月2日、柳瀬秘書官が首相官邸で立地予定地の愛媛県今治市の企画課長らに面会した際、「希望に沿えるような方向で進んでいる」と伝えたという事実関係を問われた。「お会いした記憶はございません」「覚えていませんので、何とも言いようがございません」「覚えてございませんので、会っていたとも会っていないともお答えしようがございません」「入館記録も確認できません。お会いしたという記憶は定かでありません」…。模範的な官僚答弁が延々と続いた。

 「加計学園が獣医学部の新設を検討していたことは今年1月20日、その設置申請が正式に認められた時に初めて知った」―。安倍首相がこう答弁した時、委員会室には驚きの声が上がった。「腹心の友」と言われる加計学園理事長とたびたび、飲食やゴルフを共にしてきたのは周知の事実。これじゃ、子供だましにもならない。頭を隠したつもりのスモモ泥棒たちは尻を隠すのを忘れたまま、すたこらさっさと退場してしまった。国民の民意は世論調査に反映させるしかない。「アエラ」電子版(朝日新聞)は国民からかけ離れた「役人事情」について、現役官僚の話を以下のように紹介している。「行政のゆがみ」を告発した前川喜平・前文部科学事務次官の矜恃(きょうじ)とは月とスッポンである。

 「地方自治体の課長クラスが官邸に入ること自体あり得ず、官僚の目から見れば、それだけで何らかの不正な介入を疑うシチュエ-ションです。柳瀬氏は次の事務次官の目が残っているが、首相の最側近である今井尚哉首相秘書官とそりが合わず、苦労していた。現職の嶋田隆事務次官の任期を延ばされたり、次も嶋田氏の同期でたらい回しをされると、柳瀬氏の年次は飛ばされる可能性があり、微妙な立ち位置。安倍首相や今井尚哉首相秘書官には絶対に逆らえないはずです」(24日付)。

 そういえば、「森友」問題をめぐって「ノーコメント」を押し通し、国税庁長官の座を射止めた某高官もいたっけな。大阪の企画会社が商品化した”忖度(そんたく)まんじゅう”に注文が殺到しているというオマケも…。

 (写真は初めての答弁に立った和泉補佐官。後方の前川・前文科事務次官との”因縁の対決”と言われた=24日午前、国会内で。NHKテレビから)

≪追記≫-1
 沖縄県名護市辺野古の新基地建設を巡り、沖縄県の翁長雄志知事は24日午後、県庁で記者会見を開き、国を相手に岩礁破砕行為を伴う工事の差し止め訴訟を提起したと発表した。「漁業法の趣旨やこれまでの政府見解、水産庁の技術的助言に照らし、沖縄防衛局が工事を行っている海域は漁業権が設定されている」と説明。「行政として無許可の行為を放置できない」と提訴を判断した理由を語った(24日付「沖縄タイムス」電子版)

≪追記≫-2
 「加計」問題をめぐる参院の閉会中審査は25日に行われた。この日も安倍首相と加計学園理事長との関係に議論が集中したが、獣医学部の設置申請の日時の認識がくるくる変わるなど、逆に首相と「腹心の友」との間の疑惑が深まる結果になった。




 

2017.07.24:masuko:コメント(0):[身辺報告]

アイヌ ネノ アン アイヌ

  • アイヌ ネノ アン アイヌ

 「アイヌもかつては鬼と蔑(さげす)まされた。だから、殺(あや)められたその霊を供養しようと思ってな…」―。胸にまで届く真っ白なアゴヒゲをなびかせながら、一人の老人が祈りを捧げている。千葉県・房総半島の山中―標柱には「鬼泪山」(きなだやま)と記されている。その昔、「阿久留(アクル)王」を名乗る悪鬼がこの一帯に棲(す)んでいた。日本武尊(ヤマトタケル)の東征の際、悪鬼は涙を流して謝(あやま)ったが、八つ裂きにされて殺された。山の名前はその故事に由来し、近くを流れる染川は悪鬼の体から噴き出した血で真っ赤に染まったことから、かつては「血染川」と呼ばれたと伝説は伝えている。

 NHKのEテレ「こころの時代」で今月15日、「アイヌ ネノ アン アイヌ」と題するドキュメンタリ-が放映された。鬼泪山でカムイノミ(神への祈り)を捧げているのがアイヌのエカシ(長老)、浦川治造(はるぞう)さん(78)である。「アイヌ」とはアイヌ語で「人間」を意味する。「アイヌ ネノ アン アイヌ」と2度同じ言葉を強調し、「人間らしい人間」として生きなさい、とアイヌ民族は教えられてきた。番組はまさにその生き方を貫いた治造エカシの半生を描いている。東京のど真ん中で開かれたファッションショ-のひとこま…若い女性に混じって、アイヌ衣装を身にまとったエカシが登場したと思った次の瞬間、場面は冒頭の祈りの光景へ。

 治造エカシは北海道・浦河町のアイヌ集落(コタン)に6人兄弟の5番目の子どもとして生まれた。父親から自然(カムイ=神々)と共存する生き方「アイヌプリ」(アイヌの作法)を学びながら育ち、40代半ばで東京へ。学校に満足に通えなかったエカシは土建業や山子、解体業などに生活の活路を見いだした。その一方で、東京アイヌ協会(現在の関東ウタリ会)を設立するなどアイヌ文化の啓発や差別解消の運動の先頭に立ってきた。ある時、ふるさとの山中でクマの頭骨を見つけた。クマはアイヌ語で「キムンカムイ」と呼ばれ、カムイの王者である。毛皮や肉、胆(い)などを与えてくれるクマに感謝するための儀式が「イヨマンテ」(クマの霊送り)である。

 「一日も早くクマの国に帰り、ゆっくり休んでください」―。治造エカシの祈りの言葉が生まれ故郷の山中にこだました。「カ-、カ-」…、カラスの鳴き声が頭上にうるさく響いた。祈りの手を休め、独りごとのようにつぶやいた。「カラスのことをアイヌ語で『パシクル』という。パシクルは頭の良い鳥でな、電話のなかった昔、遠くにいる親戚の不幸など吉凶を知らせてくれた。その鳴き声で判断するわけさ。だから、厄介者扱いをしてはならない」。画面にこんなナレ-ションが流れた。「北海道から沖縄までこの列島の共通の遺伝子は縄文人にさかのぼる。縄文人こそが私たちのル-ツと言える」―。ふと、沖縄・読谷村在住の彫刻家、金城実さん(78)の姿が治造エカシに重なった。

 トレ-ドマ-クの真っ白なアゴヒゲとその風貌がそっくりで、年齢も同じ78歳。しかし、何といっても「反骨精神」というか、心のありようが瓜二つなのに私はびっくりする。金城さんは「鬼」に取りつかれて数10年、その数は200体以上に及ぶ。ヘリパッド建設現場での「土人」発言の時、金城さんはニヤリと笑って言った。「わが意を得たりと思ったよ。土人の原形は元をただせば鬼にたどり着く。桃太郎の鬼退治を見ればわかる。権力者にとってはこれほど怖い存在はない。鬼こそが反権力のシンボルというわけさ」―。アイヌ民族もかつて「北海道旧土人保護法」という名の差別法の下で同化を強いられた。治造エカシはいつも、法律廃止を求める運動の最前線に立ち、平成9年には「アイヌ文化振興法」を勝ち取った。

 「夏は涼しく、冬はあったかい。これが完成したら、この穴の中で生活しようかと…。だって、オレは縄文人だもの」―。テレビの画面は助っ人の手を借りながら、竪穴式住居の建設を急ぐ光景を映し出していた。「鹿を素手で捕まえた」、「馬に立って乗っていた」、「神さまと間違えられた」…。「アイヌの治造」が面目躍如する姿が目の前にあった。一方の金城さんは最近、ツノが生え、目玉をギョロリをむき出しにした新作の鬼の像を完成させた。怖い形相をしたその胸にまるい袋状のものが抱かれている。「鬼の遺伝子だよ。抵抗の遺伝子は必ず、進化する。そのことをイメ-ジさせたのさ」―。

 北と南の二人の老翁(ろうおう)の生きざまに触れ、はたと心付いた。そういえば、わが足元にも大昔、大和(ヤマト)に斬首された蝦夷(エミシ)の英雄がいた―。その名は「阿久留王」ならぬ、ずばり「悪路王」―由緒あるその氏名(うじな)は「アテルイ」である。東北、北海度、沖縄…。辺境の先住者たちを「まつろわぬ者」(鬼)として、排除してきたのがヤマトの支配原理であり、それはいまに至るも少しも変わらない。研究用に勝手に墓を暴かれたアイヌ遺骨問題、東日本大震災と福島原発事故の受難に対し、「あっちでよかった」と平然とうそぶく政府高官、そして沖縄で強権的に進められる「辺野古」新基地建設とオスプレイ離発着帯の建設などなど。いまだにその心性の根っこに巣食う牢固とした差別・同化の意識こそが「単一民族(ヤマト)」幻想の正体である。


(写真は「アイヌ」を生き続ける浦川治造エカシ=NHKのEテレの画面から)




2017.07.20:masuko:コメント(0):[身辺報告]

ハクソ―・リッジ

  • ハクソ―・リッジ

 「ハクソ-・リッジ」という英語を和訳すると、「ノコギリの刃のように切り立った崖」という意味になる。こんな断崖絶壁で繰り広げられた日米両軍の死闘を描いた同名のこの映画(メル・ギブソン監督 2016年、アメリカ・オ-ストラリア合作)では表立って、その場所がどこなのかを教えてはいない。しかし、手りゅう弾や手刀を手に立ち向かう敗残の様相を見ていると、ここが先の大戦で唯一の地上戦の舞台となった沖縄であることがわかる。「前田高地」と日本軍が呼んだこの場所は司令部があった首里(現那覇市)から北に約3キロ、150㍍もの断崖が米軍を迎え撃つ天然の要塞だった。米軍史上、最大の苦戦を強いられたと言われたこの高地で一体、何が起こったのか―。

 「汝(なんじ)、殺すなかれ」―。キリスト教の戒律をかたくなに守った「良心的兵役拒否者」が武器を持つことを拒否する衛生兵として、負傷兵の救出に当たった物語である。マ-ティン・スコセッシ監督の「沈黙―サイレンス」で演技派俳優として注目されたアンドリュ-・ガ-フィ-ルドが演じる主人公の名前は「デズモンド・ドス」。11年前、87歳で亡くなった実在の元米兵である。手足がちぎれ、バラバラになった肉片が宙に飛び散る。火炎放射器で火だるまになりながら、なお突撃する日本兵…。米軍側が「ありったけの地獄をひとつにまとめた」と形容したハクソ-・リッジの攻防は19454月19日から日本軍が降伏する5月9日まで続いた。この間、ドスは決死の覚悟で75人の命を救い、のちにトル-マン大統領から名誉勲章を授与された。

 いわゆる「沖縄戦」全体の犠牲者は公の資料では米軍が12,520人、日本軍が94,136人。このほかに県民(一般住民)の4人に1人が戦火に消えたと言われる。かつての前田高地は現在の浦添市に位置しているが、当時の人口の4割以上の4,112人が犠牲になり、一家全滅した割合も2割以上にのぼった。当然のことながら、目を覆(おお)いたくなるような戦闘シ-ンの背後には膨大な数の住民の姿があったはずだが、この映画には全く登場しない。タイトルの英語名が示すように“沖縄隠し”の側面を指摘する声もあるが、ギブソン監督のねらいはどこにあったのか。単なる美談仕立ての英雄物語として済ますことができるのかどうか。

 「映画だと分かっていても、艦砲射撃の場面には胸がざわついた。着弾地には数多くの住民がいたのだ。映画では日米両軍の兵士しか出てこないが、住民が混在していて犠牲になったのが沖縄戦の特徴だ。監督にはそこまでの視野はない」―。沖縄戦をテ-マにした小説を数多く書き、連日、「辺野古」新基地建設の現場で抗議行動を続けている沖縄在住の芥川賞作家、目取真俊さんはこう留保したうえで続ける。「嘉数高台から前田高地、シュガ-ロ-フ(安里52高地)にいたる間が沖縄戦でも激しい戦闘が行われた場所である。沖縄戦に関心を持ち、学んでいくきっかけにもなる。まずは多くの人に見てほしい。高江のヘリパッド建設問題も辺野古の新基地建設問題も元をたどれば沖縄戦に行きつく」(ブログ「海鳴りの島から」)

 戦後72年―。沖縄戦を含め、戦争の記憶の風化が加速するいま、勝者と敗者を峻別する立場を超えた視点、たとえば「戦争」そのものの総体を考える時期に来ているのかもしれない。作家の宮内勝典さんが最新作『永遠の道は曲りくねる』(13日付当ブログ「米軍基地と秘められし祝祭」参照)の中で、あえてその物語の舞台を特定しなかったように、そして、ギブソン監督が兵士以外の住民を登場させなかった背景に、私は「隠された事実」への想像力を喚起したいという製作者の強い意志みたいなものを感じる。映画の公開を機に浦添市は「ハクソ-・リッジの向こう側~沖縄戦の記憶」と題するホ-ムペ-ジを立ち上げ、当時の映像証言などを紹介している。

 6月14日に亡くなった大田昌秀・元沖縄県知事は1995年、国籍や軍人、民間人を問わずに沖縄戦などの全戦没者の名前を刻んだ「平和の礎(いしじ)」(糸満市摩文仁)を建立した。最新の刻銘数は24万1,468人。この中にはもちろん、米軍犠牲者の名前も含まれている。映画パンフの中でギブソン監督はこう語っている。「戦争に身を投じたという情熱の強さでは、彼(デズモンド・ドス)はまさしく戦争協力者だった。ところが、ドスは命を奪うために戦うのではなく、命を救うために戦う者として従軍したいと考えた」―。

 「沖縄戦没者遺骨/DNA鑑定申請」―。こんな小さな見出しの記事が7月13日付の岩手日報などの地元紙に載った。戦没者遺骨のDNA鑑定は2003年度から始まり、これまでに1,084柱の身元が判明した。住民が身を隠したガマ(洞窟)にはまだ、無数の遺骨が散らばっている。沖縄戦はまだ終わっていないのであり、この未決の戦争の上に広大な米軍基地が広がっている。「戦争は命を奪うが、僕は命を救う」―生死をさ迷う日本兵の治療もいとわない姿を見ていると、ドスが兵役を拒否しながら、衛生兵を志願したことの意味が少し分かったように思った。私たちはハクソ-・リッジの背後に広がる光景に目を凝らさなければならない。


(写真は映画のひとこま。銃弾が雨あらしのように飛び交う中、負傷兵の救出に命をかけるドス=インタ-ネット上に公開の写真から)




2017.07.17:masuko:コメント(0):[身辺報告]

米軍基地と秘められし祝祭

  • 米軍基地と秘められし祝祭

 まるで対(つい)をなすような長編小説と写真集が相次いで刊行された。寡(か)作で知られる作家の宮内勝典さん(72)の『永遠の道は曲りくねる』(河出書房新社)と、アメリカ先住民研究の第一人者で亜細亜大学准教授の鎌田遵(じゅん=44)さんの写真集『アメリカ先住民―記憶を未来につむぐ民』(論創社)である。極小から極大へ、原始の始まりから宇宙の果てまで…。約20年前の大作『ぼくは始祖鳥になりたい』がそうであったように、“宮内ワ-ルド”にはいつもアメリカ先住民(インディアン)が重要な立ち位置として登場する。一方の鎌田さんの写真集は25年間にわたって、アメリカ先住民に寄り添い続けてきた記録の集大成である。この二つの力作に挟まれながら、まったき真理を追い求める道行きに同行する醍醐味を味わった。

 『永遠の…』の舞台は文中でそうとは特定されていないが、どうも米軍普天間飛行場の移転先とされている沖縄県名護市の米軍キャンプ・シュワブ界隈である。「60年安保」闘争時、全学連のリ-ダ-だった精神科医はその敗北の贖罪(しょくざい)観から当地に居を移し、沖縄戦で心が傷ついた人たちの治療に専念してきた。付っきりでアシスタント役を務めるのは「乙姫さま」と呼ばれるユタ(霊能者)の教祖である。世界中を放浪してきた32歳の男「有馬」がある縁で病院の下働きをするようになる。アメリカ人とアジア人の血が流れる「アメラジアン」と呼ばれる人たち、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しむ帰還米兵…。

 乙姫さまによると、米軍基地の地下には沖縄特有のガマ(洞窟)が縦横に張り巡らされ、基地の内と外とを結ぶ秘密の通路があるらしい。有馬が知り合いのアメラジアンの案内で暗闇を突き進むと、やがてぽっかりと頭上が明るくなった。ある時、基地内の病院に収容されているPTSD患者の元女性米兵「ジェ-ン」がこの道を逆にたどりながら、こっちにやってきた。アフガンかイラクからの帰還兵なのだろうか。心の病は相当に深い。乙姫さまが怯(おび)えたようなジェ-ンをやさしく抱きしめる。ジェ-ンはその腕の中に眠ったように身を委ねる。「この女性にはインディアンの血が流れている」―。インディアン保留地での生活体験がある有馬はそう、直感する。

 「あとからやってきた白人たちによって、絶滅の危機にまで追いやられてきた民族を記録しつづけてほしい」―。鎌田さんは1千時間にも及ぶインタビュ-をこなし、その受難史をカメラに収めてきた。その一人、ヤカマ族の環境運動家は写真集の中でこう語っている。「人類は力をあわせて、ひとつの地球を守ることが第一優先です。ある特定の人たちだけが逃げられるような抜け道はないのです」。民族衣装に身を固めた写真の数々が見る側の想像力を刺激する。そこには聖なる宇宙が際限なく広がっている。宮内さんの筆致も宇宙全体を包み込むようなスケ-ルでぐいぐいと進んでいく。圧巻は祝祭の開催である。

 世界各地の先住民の「グランマザ-」(おばあさん)たち13人が集結し、平和を希求する祭典―「平和の松明」(たいまつ)が基地の真下に位置するガマの中で開かれた。「山も川も、草も木も、石ころ一つまで…すべて先住民のものでしたが、丸ごと乗っ取られてしまいました。その盗んだ大地に建国されたのがアメリカ合衆国なのです。この国、ジャパンでも先住民たちが虐殺されて、北のほうに追いつめられているそうですね。リュ-キュ-島も同じかもしれません」。鍾乳洞のような暗河(くらごう)の空間にシャ-マンたちの呪詛(じゅそ)のような声が反響する。

 作家はガンを患い、余命わずかな精神科医に“遺言”のような言葉を語らせている。「わしも無神論者だが、アニミズムは信じる。知性というやつは、むやみに上昇して抽象へ向かう。一神教へ向かっていく。だが地中深く根を張っているのは、やはりアニミズムだ。だからわたしは知性を逆に使って、あえてアニミズムに踏みとどまるつもりだ」。その一方で、やがてジェ-ンと結婚することになる有馬はこう記している。「北米大陸の先住民と、この島の人たちには共通しているものがある。水脈のようなものが通底しているような気がする。この島には不思議な高貴さがある。ここは死ぬに値(あたい)する土地だと思う」

 「辺野古」新基地建設に抗して座り込みを続けるおばあたちの姿がふと、眼前に立ち現れ、ガマに集うグランマザ-たちと重なった。みんな沖縄戦とその後を襲った米軍基地の受苦を記憶に刻む老いた女性たちである。そう、この島のおばあたちこそが未来の平和を託宣する「乙姫さん」にちがいない。はるかかなたに「ニライカナイ」(理想郷)の島影を見たような気がした。そこにはきっと、生命(いのち)の泉がこんこんと湧き出ているはずである。

(写真は互いに呼応したかのようにして出版された宮内さんと鎌田さんの小説と写真集)

≪追記≫
 鎌田さんは同じ出版社から写真集『アメリカ マイノリティの輝き』を同時出版した。大都会に生きる移民やホ-ムレス、LGBT(性的少数者)、日系人強制収容所の記憶など少数者の多声(ポリフォニ-)が共鳴する多民族社会・アメリカが見事に切り取られている。


2017.07.13:masuko:コメント(0):[身辺報告]
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