消えた「年間80万人」―交流地構想

  • 消えた「年間80万人」―交流地構想

 「花巻中心部の活性化へ、複合的機能の展開により、移転地において年間『80万人』の交流地をめざします」―公益財団法人総合花巻病院の移転整備計画に伴い、昨年11月に策定された「基本構想」(案)の中で五つのポイントのひとつに掲げられていた「年間80万人」交流地の実現が今月2日に示された最終「基本構想」の中でそっくり、削除されていることが明らかになった。当初の案の中では移転整備(新築)による医療機能・地域貢献策の目玉に位置づけられ、年間80万人の交流人口を呼び込むための施策として、多目的ホ-ル(移動式座席数234席)や助産所、オ-ガニックレストランなどの併設がイラスト入りで紹介されていた。

 同病院は老朽化などを理由に旧県立花巻厚生病院跡地(同市御田屋町)に移転整備する計画を立て、市や病院関係者などでつくる「検討委員会」で内容を詰めてきた。オ-プンは平成31年秋に予定されている。今回、公表された最終基本構想には「(本移転事業は)国が創設した『立地適正化計画制度』に基づき、花巻市が策定した『都市機能誘導区域』への移転事業である」と明記され、市側が推進する立地適正化計画の一環として立案されてきた経緯がある。ところが、多目的ホ-ルの立地など市街地活性化の起爆剤として期待された上記の施策はことごとく見送られた。

 「確かに記述はなくなった。しかし、病院そのものは移転するわけだし、看護学校やサ-ビス付き高齢者住宅(サ高住)などは予定通りに建設される。これによって人の賑わいは期待できる。サ-ビスの低下はないものと思う」―。7日開催の市議会一般質問で私がこの点をただしたのに対して、佐々木忍副市長はのらりくらりの逃げ口上を繰り返した。実は当初計上された事業費総額98・8億円が86・9億円に圧縮され、最終基本構想では12億円にも上るコストダウンが図られた。新しいエネルギ-サ-ビス事業の導入など削減努力は評価されるものの、人命を預かる病院経営の事業費削減を手放しで喜んで良いものか。実際に交流地実現の施策の他にも病床数は10床減の188床、サ高住は5室減の85室、認可保育所は事業所内保育所に計画変更されたうえ、入所定員も21人減の54人に縮小された。

 さらに、高台にある現在地(同市花城町)から北上川流域に近い病院跡地への移転については、以前から洪水浸水被害への不安がつきまとっていた。この点について、市側はこう述べていた。「堤防の決壊により広範囲に浸水被害が生じた場合、移転予定地における最大浸水深は病院棟の近辺が0.5㍍から1㍍未満、敷地の南外れが1㍍から2㍍未満、保育所棟近辺の一部が2㍍から5㍍未満となっている。浸水被害対策として、病院棟付近における敷地全体を盛り土により55cm高くする」(平成27年12月議会)。一方、国土交通省岩手河川国道事務所は今年6月30日、最近の豪雨被害などの多発を踏まえ、「洪水浸水想定区域」の大幅な見直しを行い、当市内の想定最大降雨量(2日間)を従来の194ミリから264ミリへと変更した。今夏、台風10号の直撃によって岩泉町などが甚大な被害に見舞われたのはその直後である。

 佐々木副市長は「検討委員会としてはこの見直しについての検討はまだしていない」としたうえで、来年度の実施設計の段階で協議したいという意向を示した。このほか、市側の補助金負担が当初の約30億円から約20億円に減額された一方で、新たに移転予定地取得費として3・8億円が計上されるなどまだ不透明な部分も多い。市側は「住民説明会を開催して理解を得たい」と話しているが、市民の中には「そもそも病院を活性化のテコにしようという発想が間違っているのではないか。高台移転を志向する東日本大震災の教訓はどこに行ったのか」など不信の声も聞かれる。


(写真は総合花巻病院の移転先とされる旧県立花巻厚生病院跡地。建物の撤去は終わり、今後ボ-リング調査などが予定されている=花巻市御田屋町で)


2016.12.07:masuko:コメント(3):[議会報告]

懸案の「跡地」問題の行く末は?―花巻市議会12月定例会

  • 懸案の「跡地」問題の行く末は?―花巻市議会12月定例会

 花巻市の将来のまちづくりを左右する行政課題を人呼んで3大「跡地」問題という。旧料亭「まん福」、旧県立花巻厚生病院、旧新興製作所のそれぞれの跡地の利活用に関わる問題である。今回は喫緊(きっきん)の懸案となっている後者ふたつの現状について、市当局の考えをただしたいと思う。私の一般質問は7日(水)午前10時から。市民の安心・安全に直接関わる課題ですので、多くの人たちの傍聴をお待ちします。質問項目とその趣旨は以下の通り。

 1点目は「総合花巻病院の移転・立地計画のこれまでの経緯と今後の方向性について」―。同病院の「移転整備基本構想」(案)が公にされてちょうど1年が経過した。この間、当初30億円とも言われた補助額の算定など内容の見直しと今後のロ-ドマップについて―どのような検討がなされてきたのか。この件については今月2日、病院側も出席した議員説明会で正式決定した基本構想が発表され、一部地元紙にもその概要が掲載されたが、議事録に記録を残すために質疑の中で問題点を指摘したい。

 次に「北上川・豊沢川流域の洪水想定区域の見直しに伴う立地の適否について」―。昨年の「水防法」の改正を受け、岩手河川国道事務所は今年6月末、北上川水系における「洪水浸水想定区域」などの大幅な見直しをした。これによると、同病院が移転・立地を計画している旧県立花巻厚生病院跡地は全域、その想定区域に含まれることが判明した。河川改修事業の進展などにより、豪雨や台風などによる災害防止対策は飛躍的に進んでいるが、その一方で地球温暖化の影響と見られる想定外の災害も多発している。今年8月、台風10号の直撃を受けた岩泉町の例が風水害の恐ろしさを改めて教えてくれた。この見直しについて、どのような検討がなされたのか―人命を預かる病院の立地という観点から見解をただす。

 大きな第2点は「旧新興製作所跡地の利活用計画のこれまでの経緯と今後の対応について」―。まず、PCB(ポリ塩化ビフェニル)の保管や放置された瓦礫の撤去及び跡地への今後の立地計画についての考えを問う。PCBは毒性が強く、発がん性や内臓障害を引き起こす危険性が指摘され、現在はPCBを含む変圧器やコンデンサなどの電気機器の敷設は禁止されている。さらに、「廃棄物処理法」や「ポリ塩化ビフェニル廃棄物の適正な処理の推進に関する特別措置法」(PCB特措法)などによって、その保管や処理についても厳しい規定がある。

 旧新興時代に使用されたPCB廃棄物は現在、跡地所有者の不動産業者(株式会社メノアース)の管理下にあり、隣接する空き家に保管された状態になっている。直接の指導権限は県にあるがが、付近には民家も点在しており、市民の安心・安全を確保するという立場から今後の保管・処理への対応をただす。一方、解体を請け負った業者は建物の基礎部分の撤去やコンクリ―ト破片などを放置したまま、10月中旬に工事の中止を決め、現場には大量の瓦礫(がれき)が放置されたままになっており、粉じんの飛散や景観上の苦情も寄せられている。今後の瓦礫の撤去と跡地の利活用の見通しについての見解をただす。

 最後は「新興『跡地』問題に対する行政責任、とくに危機管理への対応について」―。この問題が起きてから早や2年。この間、かつて花巻城があった跡地取得の是非をめぐって、行政と議会との間で緊迫した議論が繰り広げられた。さらに、跡地保存を求める市民運動や結果として否定されたものの、景観を保全する条例制定を求める請願が提出されるなど広範な市民の関心を呼び起こした。こうした大きな市政課題にどう対応すべきか―「二元代表制」のケ-ススタディとして、問題提起を含めた質問としたい。


(写真は厳しい規制の下、跡地に隣接する空き家に保管されているPCB廃棄物=花巻市城内で)

2016.12.04:masuko:コメント(1):[議会報告]

公用車の私的使用―法に抵触の恐れ、税務当局が改善指導

  • 公用車の私的使用―法に抵触の恐れ、税務当局が改善指導

 地域おこし協力隊に対する「公用車の私的使用」問題に関し、花巻税務署はこのほど所得税法上の「便宜供与」(経済的利益)に該当するとして、花巻市当局に課税措置を講じるよう改善を指導した。この件について、上田東一市長は一貫して「コンプライアンス(法令遵守)上の問題は生じない」と繰り返してきた。今月27日には別の法令違反の疑いで市職員が逮捕されたばかり。市側は緊急のコインプライアンス研修を開催するなど対策に大わらわだが、今回の改善指導で今度は上田市長自身のコンプライアンスのあり方が問われることになりそうだ。

 「地域おこし協力隊設置要綱」(平成27年4月1日告示)では「公用車の私的使用については、協力隊員の特殊性から認める」(第8条)と定められている。この点について、税務当局は「職務の範囲外の使用は経済的な便宜供与に相当し、当然、課税対象になる」と話している。市側はこれまで課税を免れていた分を本人の年末調整で徴収することにしている。

 現在、市側が雇用している地域おこし協力隊員は12人で、県内で一番多い。リ-スした公用車を各人に貸与し、リ-ス料金のほか自動車損害賠償責任保険や民間の任意保険などの保険料(掛け金)も市側が負担している。これらに要する支出は年間最大限で約570万円に上る。今回の税務当局の指導で今後は所得税法36条(収入金額)に基づく基本通達(給与等に係る経済的利益)などの規定に従い、私的使用分に係るリ-ス料金や保険の掛け金などは本人負担となる。一方、万が一隊員が酒気帯びあるいは酒酔い運転で対人・対物事故を起こした場合、保険の手続き上は市側に賠償責任があり、全額保険でカバ-されることになる。しかし、この場合も私的使用分を除いてその原資(掛け金)は市民の税金ということに変わりはない。

 この問題については市民からの訴えを受け、私も再三市議会で見解をただした経緯がある。しかし、市側は「安い賃金(月額173、000円)で地域のために働いてくれる隊員に対する対応としては何ら問題はない」「当市を選んだ理由のひとつが、私用においても公用車が使用できるということで応募した人も多い」(平成28年6月定例会)、「コンプライアンス上の瑕疵(かし)はまったくない。要は政策上の決定であり、法律にも条例にも違反はしていない。これに反対なら(議会として)改めて条例を制定していただきたい」(同9月定例会決算特別委員会=答弁はいずれも上田市長)―などと強気一本の答弁を押し通してきた。

 その一方で、上田市長はコンプライアンスについて「一義的には法令遵守と訳されているが、広義のコンプライアンスとして、法令はもとより県や市町村の条例、規則等さらには社会的な規範の遵守まで包括されると理解している」(平成26年6月定例会)とその広義性を認める発言もしている。今回、地域おこし協力隊の「人材確保」を優先する余りにコンプライアンスをないがしろにしたのだとすれば、法令違反だけではなく「言行不一致」のそしりも免れない。伊藤昌俊秘書政策課長は「正直言って細かい通達は知らなかった」と話しているが、だとするならば「公用車の私的使用」の是非という市民の素朴な疑問に無頓着―つまり市民目線がなかったと言わざるを得ない。

 ちなみに。花巻市の「自家用車の公務上の使用に関する取扱要綱」(平成20年12月26日制定)には以下のような厳しい規定がある。

 「無断使用等で交通事故等が発生した場合においては、損害賠償など当該交通事故等の処理に関する必要な措置は、すべて当該職員の責任において行うものとする」(第6条)、「無断使用等における交通事故等に関し、被害者等から市に対して損害賠償の請求があり、市がその支払いをする事態となった場合には、当該支払額の全額を当該職員に求償するものとする」(同条)。一般職員に比べて、地域おこし協力隊に対する優遇措置が際立っていることがうかがえる。

 この制度は2009年、総務省が地域外の人材を積極的に受け入れ、地域協力活動を行ってもらうために導入した。隊員1人につき報償費などとして年間200万円~250万円、活動費として年間150万円~200万円をそれぞれ上限に地方自治体に対して特別交付税措置する。また、2014年度からは隊員最終年次か任期後1年の間、隊員の起業に要する経費について地方自治体が支援を行った場合、100万円を上限に国の支援が上乗せされた。隊員の期間はおおむね1年以上最長3年までとなっているが、3年を超えても活動の継続は可能である。

 県内の自治体で協力隊員を雇用しているのは8市3町1村(計64人)だが、公用車の私的使用を正式に認めている例は当市以外にない。たとえば、隣の北上市(5人)の場合、リ-ス料や保険料の市負担は業務の範囲内に限定している。また、遠野市(11人)や久慈市(9人)、八幡平市(7人)なども原則禁止で、奥州市(1人)では報酬以外は燃料代を含め、月額3万円を「謝礼」名目で支払っている。

 一方、花巻市のHP(ホ-ムペ-ジ)には「行政なのにすごく柔軟な運用!他市町村には無い独自制度」といううたい文句で堂々とこんな記述が…。「貸与される車はいつでも使って大丈夫です。他の市町村でありがちな、『貸与する公用車以外に、プライベ-ト用の車の持ち込みを推奨』みたいなめんどくさいことはありません!」(http://cocolococo.jp/9450)―。私的使用にこだわる”本音”が透けて見えてくる。冬枯れの空にコンプライアンスの大合唱がむなしく響き渡っている。


(写真は隊員の募集を呼びかける総務省作成のポスタ-=インタ-ネット上に公開の写真から)                                  

2016.11.30:masuko:コメント(0):[議会報告]

コンプライアンスはどこに!?市職員を逮捕

  • コンプライアンスはどこに!?市職員を逮捕

 花巻市職員が農地転用許可証を偽造した疑いで花巻警察署に逮捕されたことを受け、上田東一市長は28日開催の議員説明会で「全体の奉仕者としての信頼を裏切ることになり、心からおわびを申し上げたい。今後はコンプライアンス(法令遵守)体制の強化を図り、信頼回復に全力で取り組んでいきたい」と陳謝した。

 逮捕されたのは石鳥谷総合支所地域振興課主任(市農業委員会事務局石鳥谷分室主任併任)の藤原祐介容疑者(31)。市側の説明によると、藤原容疑者は昨年9月中旬、太陽光発電用のソ-ラ-パネルを設置するために必要な農地転用許可証を勝手に偽造し、相談を受けていた相手方市民に交付した疑いが持たれている。今年6月、パネル設置業者からの問い合わせで発覚。現地を調べた結果、正式な許可証とは異なる標示があったため、27日午後8時前「有印公文書偽造・同行使」容疑で逮捕された。

 太陽光発電の設置をめぐっては3年前、同市内で逆に農地転用の許可を受けないままに無断で設置していたケ-スが明るみに出た。県側が自発的な撤去を求めてきたが、まだ撤去されていない。これについて市側は「転用の許認可権限が今年4月、市に移譲された。今後も粘り強く説得していきたい」と話している。今回はこれとは真逆なケ-スで、容疑が事実とすれば結果として、許認可する側が「無断設置」を黙認したことになる。いずれにせよ、市側が双方の違法性を認知する立場にある以上、この状態を放置することに伴う行政責任は免れない。

 再生可能エネルギ-の固定価格買い取り制度(FIT)がスタ-トした2012年7月以降、この制度の事業認定を申請する件数が急増。一方、田畑などを太陽光発電など農業以外の利用に供する場合は「農地法」によって、農業振興地域(農振)の除外申請をしたうえで、改めて「転用」許可を得なければならない。しかし、「農振」除外の手続には原則として5年もかかるうえ、地目は「雑種地」に変更され、固定資産税の評価額は田畑に比べて百倍近くにはねあがる。こうした事情も今回のような不祥事の背景にあるのではないかとみられている。

 この日の説明会で市側は「その方はすでに売電をしており、ある意味で被害者と言える」と発言、議員の中には同調者もいた。これに対し、私は「まだ逮捕された直後であり、事実関係ははっきりしない。市民を擁護したい気持ちはわかるが、今の段階で予断を持った見解は口にすべきでない」と釘を刺した。説明会が終わった直後、私が職員の一人に声をかけようとしたところ、上田市長が突然「応じる必要はない」と声を荒げた。この日の午前中、国会の参院本会議では安倍晋三首相が民進党の議員の質問に“ブチギレ”する一幕があった。いずこも同じ、冬曇り…。


(写真は広大な大地が広がる米国では太陽光発電が花盛り。これに比べて農地が狭隘な日本では「無断転用」などのトラブルが相次いでいる=インタ-ネット上に公開の写真から。米・ネヴァダ州で)
2016.11.28:masuko:コメント(0):[身辺報告]

ペウタンケ(危急の祈り)―アイヌモシリから

  • ペウタンケ(危急の祈り)―アイヌモシリから

 「カント/オロワ、ヤクサクノ/アランケプ、シネプカイサム」(アイヌ神謡)―。和訳すると「天から下ろされたもので、役割なしに下ろされたものはひとつもない」という意味になる。こうしたアイヌの精神世界を歌や踊りに託したアイヌ詞曲舞踊団「モシリ」(アイヌ語で人間の静かな大地の意)の公演が25日、12年ぶりに札幌市内で開かれた。北海道・屈斜路湖畔を拠点に活動を続ける豊岡征則さん(71)=アイヌ名、アトゥイ(アイヌ語で海の意)が1981年に結成した。会場を埋め尽くした千人以上の観客はその圧倒的なステ-ジパフォ-マンスに酔いしれた。

 東日本大震災の翌年、大きな被害を受けた岩手県大船渡湾を望む尾崎神社の境内から重厚なアイヌの祈りの言葉が流れた。神社に伝わるアイヌの祭具(イナウ=木弊)の無事と震災被災者の供養をかねたモシリによるイチャルパ(先祖供養)の儀式だった。この一帯では3分の1以上に当たる約140戸が被災し、50人近くが犠牲になった。津波は境内の社務所まで達したが、秘宝として保管してきた「イナウ」は奇跡的に無傷で発見された。19年前、NHKテレビで「削り花は消えず―純白の木の花の謎」と題する番組が全国放映された。気鋭の民俗学者、赤坂憲雄さんがイナウの謎を訪ね歩く内容だった。

 「見た瞬間、アイヌのイナウと同じだと思った。でもなぜ、東北の地にこれが?」―。その時、鑑定を頼まれた豊岡さんは一瞬絶句した。民俗学者の故谷川健一さんがヒントをこう書き残している。「尾崎神社の初めの祭神はリクコタン神であったこと、リクコタン神は千余年以前、この地方における夷(い)族の神であったこと、このイナウは夷族の神への供えとしてのこされたものであったこと、この地方は古代アイヌの聚落(しゅうらく)であって、これをコタンと称した…。とおい時代に蝦夷(えみし)=アイヌの使用した短弓やイナウが今日まで伝えられていることは奇跡と呼ばれるにふさわしい」(『白鳥伝説』下巻)

 「2011年の東日本大震災/恐ろしいあの大地震、大地震/恐ろしいあの大津波、大津波」…。舞台の上ではペウタンケと同時に「語り伝えよ 一万年」と名付けられた歌と踊り、語りが演じられていた。曲には尾崎神社での思いが刻まれている。リ-ドボ-カルのシノッチャキ房江さんが言った。「アイヌのエカシ(長老)やフチ(おばあさん)からどんなに辛い災害でも1万年は忘れてはならない。そう教えられてきた。つまりは永遠に忘れてはならないっていうこと」。震災の記憶の風化と原発再稼働が声高に叫ばれている中、尾崎神社での祈りの言葉が不意によみがえってくるような気がした。

 ちょうど20年前、全国縦断「日本列島スピリットツア-」と銘打ったモシリ公演が行われた。全部で50カ所、私は沖縄ツア-に同行した。先島諸島の宮古島を訪れた時の島のおばあとシノッチャキさんの軽妙な会話が頭にこびりついている。「あんたはどこのウチナンチュ(沖縄人)かね」とおばあ。「私はね、北海道のウチナンチュ、つまりアイヌなの」とシノッチャキさん。容姿だけではない。その精神世界も瓜二つである。やがてカチャ-シ-(沖縄の伝統舞踊)となった。北と南のウチナンチュたちが混じりあって踊り狂っていた。この光景を、私はただ茫然と眺めていた。

 今回のモシリ公演と前後して今月19日、映画「kapiw(カピウ)とapappo(アパッポ)―アイヌの姉妹の物語」(佐藤隆之監督)が公開された。アイヌ語でカピウは「かもめ」、アパッポは「福寿草」という意味である。北海道・阿寒湖畔でアイヌの伝統舞踊を身に着けた、この可愛らしい愛称を持つ姉妹が東日本大震災をはさんでプロとして成長していく物語である。佐藤監督はこう語っている。「3・11と原発事故で自分の生き方を見直そうという動きが続いています。いま沖縄で起きているホットな出来事も、北端のアイヌに目を向けるキッカケになっているのではないでしょうか」(11月25日付「週刊金曜日」)

 「(旧)土人」というさげすみの言葉を投げつけられた「北」(アイヌモシリ)と「南」(ニライカナイ)から、「危急」(ペウタンケ)を知らせるメッセージが本土のヤマトンチュに向けられている。

(写真は黒髪を揺らしながら、舞台狭しと踊るモシリのメンバ-=25日、札幌市中央区の札幌市教育文化会館で。配布されたパンフの中のひとこま)




2016.11.26:masuko:コメント(0):[身辺報告]
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