いじめと敵意の連鎖―フクシマ、そしてオキナワ

  • いじめと敵意の連鎖―フクシマ、そしてオキナワ

 「金銭授受 一転『いじめ』/原発避難で不登校/横浜市教委、謝罪」、「南相馬で中2自殺/学校で昨夏、いじめ確認」、「中3自殺『指導に不備』/愛知・一宮 担任のいじめ有無検証」(2月14日付「朝日新聞」)―。社会面のほとんどを埋め尽くした紙面に言葉を失った。連日のように報道される「いじめ」の連鎖…。その一方では地上波の東京メトロポリタンテレビ(MXテレビ)が沖縄の米軍基地反対運動に対して、人種差別的な言葉を浴びせるなどむき出しの“敵意”がまかり通る。その標的がなぜ、「フクシマ」と「オキナワ」に向けられるのか。「3・11」(東日本大震災)の際、受難者にそそがれたあの暖かい眼差しは一体、どこに行ったのだろうか―。

 「犠牲」をキ-ワ-ドに戦後体制のあり方を分析している東京大学大学院の高橋哲哉教授(哲学)は自著にこう記している。「なぜ、福島と沖縄なのか。それは、1945年の敗戦以来、今日までの日本を『戦後日本』と呼ぶなら、これら二つの地名が、戦後日本の国家体制に組み込まれた二つの犠牲のシステムを表わしているからだ」(『犠牲のシステム 福島・沖縄』)ー。このように、東京電力福島第一原発の事故はそれまでの原発推進政策の「犠牲」の所在を、沖縄の米軍基地問題は日米安保体制のそれを如実に指し示している。つまり、経済成長や安全保障といった共同体全体の利益のための“犠牲”のありかを映し出している。

 「関西学院大(兵庫県西宮市)の40代の男性外国人非常勤講師が2014年、英語の授業中、福島県出身の20代の女子学生に『放射能を浴びているから電気を消すと光ると思った』と話していたことが21日、大学への取材で分った。大学は差別的な発言で『東日本大震災の被災者に思慮がなかった』として、17日付で講師を減給3ヶ月の懲戒処分とした」(2月22日付「岩手日報」)―。「福島出身者に『放射能光る』」という見出しを見て怖気(おぞけ)が走った。「福島県人はどこに捨てるの」―。高橋教授は前掲書の中で、ナチスのホロコ-スト顔負けのパロディがインタ-ネット上に出回ったことを紹介している。「3・11」から間もなく6年―。社会を覆う刺々(とげとげ)しい雰囲気は弱まる気配がない。

 「MX番組審議会/検証番組を要求」(2月23日付「朝日新聞」)、「嘉手納爆音 301億円賠償/飛行差し止め認めず」(24日付同紙)、「基地反対派の保釈認めず」(同)…。沖縄の米軍基地問題をめぐってもニュ-スが途絶えることがない。「MXテレビ」問題(1月2日放映)についてはすでに、人権団体「のりこえねっと」の共同代表、辛淑玉(シン・スゴ)さんが放送倫理・番組向上機構(BPO)に申し立てをしており、さらに同局の番組審議会もその内容に疑問を呈した。「反対派に日当」「参加者に在日韓国人」「テロリスト集団が潜入」…。テレビの画面からヘイトスピ-チ(憎悪表現)まがいの言葉が次々に飛び出した。「大変むごい番組。笑いながら私を名指しし、笑いながら沖縄の人を侮辱した」と辛さんは語った。

 一方、「嘉手納騒音」訴訟の判決の中で、那覇地裁は「日米同盟で国民全体が利益を受ける一方、一部少数者に特別な犠牲が強いられている」と言及した。同じ日の紙面は最高裁がまさにその「犠牲」に体を張って抵抗している沖縄平和運動センタ-議長、山城博治さん(64)の特別抗告を退け、保釈を認めないとする同地裁の決定が確定したことを伝えていた。いま流行の「オルタナティブ・ファクト」(もう一つの事実=ダブルスタンダ-ド)を地でいく振る舞いではないか。昨年10月に“不当逮捕”されて以来、勾留は4ヶ月以上に及ぶ。身柄を人質のように長期拘束し、自白を強要する司法のあり方、いわゆる「人質司法」に批判が上がっている。山城さんはまさに国家の「人質」として、囚われの身になっているのである。

 原発にしろ米軍基地にしろ、背後にうごめくのは国家という名の”冷酷無比”である。高橋教授はこう指摘する。「もはやだれも『知らなかった』ということはできない。沖縄も福島も、中央政治の大問題となり、『国民的』規模で可視化されたのだから」(前掲書)。にもかかわらず、原発再稼働の大合唱が巻き起こり、沖縄では民意に背を向けるようにしてヘリパット着陸帯や新基地建設が強行される。「国家」ぐるみのいじめと言ってもいい。そして、その国家の底意を根っこで支えているものこそが、私たち国民の多くの「無関心」と「不作為」、いや「いじめ」や「敵意」なのかもしれない。

●「全国の天気」に映らぬ島に住み沖縄は見ゆ対馬の北に(光森裕樹)
●本当はみな当事者であるはずが海を隔てて木など見ている(永田紅)
●次々と仲間に鞄持たされて途方に暮るる生徒 沖縄(佐藤モニカ)

 知人で沖縄・石垣島在住の歌人、松村由利子さんはシンポジウム「時代の危機に立ち上がる短歌―今、沖縄から戦争と平和を考える」(2月5日、那覇市)―について、こう書いている。「『全国』や『日本』に果たして沖縄は含まれるのかという問題提起や、沖縄出身でない歌人が沖縄について詠むときの後ろめたさや抵抗感が、複数の登壇者から語られた」(2月20日付「朝日新聞」短歌時評)。そして、移民や難民などに見られるように被差別少数者への差別と排斥は今や世界的な潮流になりつつあるようである。まるで、人格の芯が根腐れを起こしているかのように…。


(写真は福島から横浜市に転校し、いじめが原因で不登校になった男子中学生の手記の一部=インタ-ネット上に公開の写真から)


《追記》~避難者いじめ(2月26日付「朝日新聞」)
 朝日新聞社と福島大学(今井照教授)が今年1~2月、東京電力福島第一原発事故で避難した住民を対象にアンケ-ト調査をした結果、避難先でいじめや差別を受けたり、被害を見聞きしたことがあると答えた人が62%に上ることが分った。対象者は348人で、福島県を含む18都道府県の184人(うち避難中は147人)が答えた(回答率約53%)。福島県内外にはまだ、約8万人が避難している。

 たとえば、以下のような心ない言葉が投げつけられていた。「まとめ買いをしたら『ああ、避難者』と言われた」、「なんで、まだ福島に帰らないの?いつまで埼玉にいるの」、「いくらぐらい賠償金をもらえるの」、「福島から種を持ってきて、放射能で汚染されているんだろう」(避難先の畑で)。今井教授は「原発事故の『加害者』が見えにくくなっていることが、避難者の『被害者』という立場を脆弱(ぜいじゃく)なものにしている。…子ども社会は大人社会の反映だから、避難者いじめが子どもにも波及している」と話している。



 
2017.02.26:masuko:コメント(1):[身辺報告]

米軍基地を引き取るということ(中)

  • 米軍基地を引き取るということ(中)

 「自分の住んでいる近くにある軍基地に反対する運動は、必ず平和運動なのでしょうか。もちろん答えは、そうとは限らないということです。そのような運動は、いわゆるNIMBY(Not In My Backyard=私の裏庭ならいやだ)運動になっているかもしれません。NIMBY運動の場合、抗議をしている人たちは、遠いところに置いてあるなら、基地に特に反対しない、または積極的に支持しているかもしれません。つまり、軍基地が保障する(といわれている)安全性はほしいが、基地がもたらす騒音、環境汚染、危険性などの代価は払いたくないということです」(『要石:沖縄と憲法9条』、2010年刊)―

 沖縄駐留の元海兵隊員で政治学者のダグラス・ラミスさん(80)は「NIMBY(ニンビ-)」をキ-ワ-ドに「基地引き取り」論を展開する。1年間の兵役に服したあと、1961年に除隊。ベ平連の一員として日本での活動を始めるかたわら、大学で西洋政治思想史などを教え、現在は沖縄・那覇に住んでいる。時にずばりと核心を突く発言に虚を突かれる。米国人で基地勤務の経験もあるラミスさんの歯切れの良い物言いの背後には私たち本土の日本人とは別のもうひとつの「当事者意識」が隠されているのかもしれない。前掲書からいくつかの「ラミス」語録(要旨)を…

 「これは何年か前の話なんだけれども、(憲法)9条を守る運動をやっている知り合いの東京の若い女性が沖縄に来ました。彼女を車に乗せてドライブしている途中で、基地の隣に密接したある住宅街があった。フェンスがあって、人が住んでいるところです。それを見た彼女は、『私は、あんなところに住めない』と発言しました。『あんなところに住めない』というのは、東京は『あんなところ』ではないという幻想です。東京は平和なところで、安保問題、基地問題、戦争問題は沖縄だと。だから、9条を世界遺産にできるかもしれないと思いながら、米軍基地はやっぱりあったほうがいいという矛盾した意識ができるわけです」

 「おもしろい人が沖縄に来ました。北海道の宗谷岬から沖縄まで自転車をこいできたという若いイギリス人です。途中で、40ぐらいの9条を守る運動体と会ったんです。沖縄まで来て、私が安保条約という言葉を使ったら、彼は、えっ、何それっ、と。つまり、だれ一人安保条約という言葉を口にしなかったということです。これは30年前の日本の反戦平和運動の中では考えられないことですよね。デモのような集まりがあれば、まず安保粉砕でしたよね。安保が中心。こんどは何かタブ-になっているです」

 「日米安保条約から生まれる基地を『遠い』沖縄に置き、基地問題を『沖縄問題』と呼ぶ。基地のことを考えたいとき(福生や横須賀ではなく)『遠い』沖縄まで旅し、『ああ、大変』と思い、平和な日本へ戻ってくる。つまり、軍事戦略の要石として沖縄の位置は特によくないが、日本の矛盾した政治意識をそのまま固定するために、遠いけれども遠すぎてはおらず、近いけれども近すぎてもいない、ちょうどいい距離だ」

 「その『距離』とは、地理的なことだけではない。ヤマト日本人の(潜在)意識の中で、沖縄は二つあるらしい。ひとつは日本の一部としての沖縄で、もうひとつは海外としての沖縄である。日米安保条約の下で、米軍基地を日本に置かなければならない。沖縄は法的には『日本』になっているので、なるべく多くの基地を沖縄に置けば、条約の義務を果たすことになる。また、平和憲法の下で日本本土に外国の軍基地を置くことはふさわしくないので、なるべく多くの基地を『海外』の沖縄に置けば、自分が平和な日本に住んでいるという幻想を(辛うじて)維持できるということだ」

 日本の反戦平和運動に希望を託していた1980年代初頭、ラミスさんはある雑誌にこう書き記した。「偽善的な平和主義がたしかにある反面、日本の平和運動全体が偽善的であるとはいえない。つまり、平和運動は憲法擁護のためだけではなく、安保条約や米軍基地(そして自衛隊)に反対してたたかってはじめて一貫性を持つのであるし、それがまさにこの運動が長年やってきたことである」―。その時から約30年、ラミスさんは前掲書の中に無念を噛みしめながら、こう文章を刻んでいる。「私は10年前沖縄に引っ越してから、本土日本にいる時よく見えなかった、もう一つの問題が見えてきた。それは、その本土日本でほとんど存在しない反安保運動が、もうちょっとで実現できそうなふりをして、沖縄を騙そうとするやりかただ」

 「NIMBY」とはそもそも、個人主義が尊重されるラミスさんの母国、アメリカで生まれた言葉である。私自身、「安保粉砕」を連日のように叫んだ「60年安保」世代のひとりだが、それにもかかわらず何とも長い間、“平和ボケ”の惰眠(だみん)をむさぼってきたことか。目を覚まさせてくれたのはこの「ニンビ-」というひと言だったような気がする。沖縄の米軍基地を固定化することにつながった「日米地位協定」が安保改定とセットの形で強行採決されてからもう57年の時が流れた。


(写真は米軍普天間飛行場の移設先とされる名護市辺野古沖の海上で工事強行に反対する住民を排除する海上保安庁の関係者=インタ-ネット上に公開の写真から)





2017.02.23:masuko:コメント(0):[身辺報告]

トランプ流―永田町から花巻にも飛び火!?

  • トランプ流―永田町から花巻にも飛び火!?

 「(病院の移転予定地内の)盛土の見直しについては、増子議員の方が口にしたのであり、(佐々木忍)副市長は言っておりません。議事録を確認してほしい」(上田東一市長)、「私自身もそういった趣旨の発言はしていないと記憶しています」(佐々木副市長)―。20日開催された花巻市議会臨時会で、にわかには信じられない発言が飛び出した。総合花巻病院が移転を計画している旧県立厚生病院跡地について、国土交通省は昨年6月、移転予定地内の最大浸水深を従来の「0・5㍍~5㍍未満」から「3㍍~5㍍未満」に大幅に見直した。これを受けて私は昨年12月定例会で「現在、計画している55㌢の盛土をさらに高くする必要はないか」とただした。これに対し、佐々木副市長は「ご指摘のことも含め、実施設計の段階で検討することになると思います」と答えていた。

 この日の臨時会でその後の経過を問いただしたのに対し、冒頭のような答弁が返ってきた。一瞬虚を突かれた思いがしたが、議事録(会議録)はまだ作成されていないことが判明。一般質問の録音テ-プを聴き直してみると、ちゃんと佐々木副市長の音声が残っているではないか。とその瞬間、ずっこけそうになった。例の南ス-ダンに派遣されている自衛隊PKO部隊の「日報」問題が頭をよぎったのである。廃棄されたはずの日報が存在し、「戦闘」という記述は「衝突」と言い換えられるなどのテンヤワンヤ…。「憲法9条の絡みがあるから」という稲田朋美防衛大臣の「語るに落ちた」オマケまでついた。

 最近はどうも「言語空間」に狂いが生じているような気がしてならない。ジョ-ジ・オ-ウェルばりのニュ-スピ-ク(二重思考)が幅を利かせたと思っていたら、やれ「オルタナ(ティブ)・ファクト」(もう一つの事実)、やれ「ポスト・トゥル-ス」(脱真実)…など、言って見れば“二枚舌”が大手を振って歩いている。トランプ地震の震源域はさらに広がりそうな気配である。そういえば、2月15日号の広報「はなまき」に「返還不要型奨学金制度」について、「平成29年度花巻市予算案および花巻市奨学資金貸与条例改正案の市議会での可決成立が前提となります」という不思議な文章が載っている。実は1月15日号に議会側の議決を経ないまま、奨学生の募集(申込期限2月28日)を掲載した経緯があった。素直に頭を下げれば良いものに、何とも言い訳がましい。一時が万事である。

 この日は総合花巻病院の移転に係る土地取得や約20億円にのぼる支援補助金の議決など重要案件が並んだ。3億7千万余りの土地取得費は予算措置を後回しにし、「土地開発基金」を運用するなどどうも順序があべこべである。「病院の移転立地そのものに反対するものではない。しかし、市民の命にかかるわる事案は拙速を避けなければならない」―。私はこう反対討論を述べたが、全員の賛成でこの大プロジェクトはたった一日で可決された。「議会がナメられているとしか言いようがない。でも、ナメられる方も何だよなぁ。行政と議会の独立を謳った二元代表制なんて、どこ吹く風だ。それにしても、行政のトップたる者が言った言わないをあげつらうとは…」。私はブツブツと独りごとを繰り返しながら、降りしきる雪の中を一人寂しく家路を急いだのだった。

 冷え切った部屋にエアコンをつけ、パソコンを開くと「ビナードさんの講演を聞いてきた」という知人からのメールが届いていた。アメリカ生まれのアーサー・ビナードさん(49)は詩人で俳人でもある。演目は「アーサーの『駆けつけ英語』講座―ことばの新任務だ!全員集合!」だったとのこと。グッドタイミング。そう、稲田大臣に助け船を出す安倍晋三首相に対し、「ソーリ、国会内での駆けつけ警護はやめて」という流行語大賞級のヤジが飛んだとか。わがイーハトーブ議会でも時々、同じような光景が見受けられる。ちなみにビナードさんの講演が行われた2月19日は75年前、ルーズベルト大統領(当時)が日系人11万人を強制収容所に送る大統領令に署名した、その日に当たっていた。

 少し、部屋も暖かくなってきた。さて、カラスについて調べなくっちゃ…。3月定例会の一般質問は「カラス対策」である。 


(70年前、花巻地方もカスリン台風で大きな被害を受けた。浸水高を表示する標柱(写真)が過去の災害の記憶を伝えている=花巻市里川口の北上川河畔で)
2017.02.20:masuko:コメント(0):[議会報告]

米軍基地を引き取るということ(上)

  • 米軍基地を引き取るということ(上)

 「女性暴行などの米兵による犯罪と騒音被害は想像を絶しており、花巻市民がそれを受け入れなければならない理由などない」―。私が平成22年の12月定例会で米軍普天間飛行場の移設問題に関連し、「(沖縄の痛みを自分のものとして受け止め)訓練の一部を引き受けるつもりはないか」と当局側をただしたのに対し、共産党所属議員が異常とも思える拒否反応を示したことについては当ブログでたびたび触れてきた。この発言が思想の根幹にかかわる重要な問題であり、それ故にきちんと記憶に止めておかなければならないというのが私の基本的な軸足である。

 ところで、この拒否反応に見られるように「米軍基地」問題はそれを一方的に押し付けられてきた現地を除き、本土のほとんどでは議論そのものが遠ざけられてきた。なぜ、そうなったのか。単なる「無関心」だけではなく、議論の行き着く先が否応なく憲法解釈を避けては通れないという事情が、とくに「護憲派」と呼ばれる人たちの沈黙を生んできたのではないか。このタブ-に向き合った記事が最近、掲載された。本土に住む私たちの「当事者意識」を呼び起こすための処方箋のひとつとして、以下に全文を転載する(2月14日付「朝日新聞」)。閉ざされた「言論空間」に新しい風を…

                                  ※

 路上で声をあげても、選挙で民意を示しても、願いは届かない。基地問題に揺れる沖縄と本土の関係に疑問を感じる人たちの声を聞くと、日本社会全体に根深く宿り、消えることのない問題がみえてくる。沖縄を考えることは、日本社会そのものを見つめ直すことでもある。米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設計画で、政府は今月、海上での工事を始めた。その後、渡米した安倍晋三首相は10日(日本時間11日)に、ワシントンでトランプ米大統領と会談。両氏は、辺野古への移設計画について「普天間飛行場の継続的な使用を回避するための唯一の解決策」と確認した。

 そんな中で、「沖縄の米軍基地は、本土に引き取るべきだ」と主張する人たちがいる。戦後、在日米軍の基地は日本各地に設けられた。1950年代、米軍の基地などの施設の約9割は本土にあった。それが本土の基地は次第に減る一方、72年まで米軍占領下にあった沖縄に基地が集まり続け、現在は約7割に及ぶ。昨年末に名護市沖で起きた米軍オスプレイの大破事故など、沖縄で基地にからむ事件や事故は絶えない。

 本土への「引き取り論」を訴える1人が高橋哲哉・東大教授(哲学)。その主張の基盤は、「日米安保を支持する人たちが基地のリスクも負うべきだ」という論理である。朝日新聞の全国世論調査によると、米国が日本の防衛義務を負う日米安保条約の維持に賛成する人の割合は、2013年は81%、14年も79%に及ぶ。全国の人口のうち沖縄県の人口の割合は約1%であり、「安保を支持している圧倒的多数は本土の人間なのに、基地を沖縄に押しつけるのは不条理であり、差別」と高橋さんは指摘する。大阪や福岡、新潟で、高橋さんと同じように、「引き取り」を呼びかける市民団体が立ち上がった。

 大阪府高槻市の福祉施設職員、松本亜季さんは、15年3月にできた「沖縄差別を解消するために沖縄の米軍基地を大阪に引き取る行動」のメンバ-。松本さんは「米軍基地はいらない」と辺野古への基地移設に反対する活動をしていたが、状況はなかなか変わらず、「自分たちの活動は、本当に適当なのか」と悩んだ。仲間と話し合い、本土の人たちの「自分の近くは嫌だけど、沖縄だったら仕方がない」という意識に向き合わないといけないと考えた。自分たちの問題だと気づいてもらうため、八尾空港(大阪府八尾市)など具体的な候補地をあげて、街頭などで「引き取り」を呼びかけている。

 これまでも本土への基地引き取りは、たびたび議論された。「最低でも県外」を公約に09年に政権をとった民主党(当時)の鳩山由紀夫・元首相は、米軍普天間飛行場の移設先として鹿児島県の徳之島案などを検討した。橋下徹・前大阪市長や松井一郎・大阪府知事は、普天間飛行場の関西空港への移転を検討するような姿勢を示したり、オスプレイの訓練を八尾空港で引き受けようとしたりした。いずれも、地元の反発が強く、失敗した。

 高橋さんは「これまで、名前があがると全部反対でつぶれた。どこに引き取るかの前に、なぜ本土で基地を引き取るのかという論理を多くの人で共有することが重要」と話す。「基地のある暮らし」をひとごととして考えず、当事者としてその是非を議論する。高橋さんは「引き取り論以上に当事者意識を呼び起こせる議論は見当たらない」と言う。日米の首脳が同盟強化を確認し、辺野古への移設工事が進んでいるが、「今からでも、引き取りの声をあげれば『辺野古が唯一』という国の論理を崩すことになる」。

 しかし、厳しい見方もある。「自分の近くは嫌だけど、沖縄だったら仕方がない」という、沖縄の米軍基地に対する本土側の「無関心」について、前泊(まえどまり)博盛・沖縄国際大教授(安全保障論)は、「戦後レジ-ムで形成され、潜在意識にしみこんでしまった禁忌(きんき)」だと指摘する。基地が沖縄にあることで本土が不利益を被るようなこともなく、本土の側は「禁忌」には触れずに、解決できない問題は先送りにして過ごしてきた。前泊さんは「引き取り論は現実的には厳しい。禁忌を破るには、鎖国を破ったような外圧を使うしかないのではないか」という。「禁忌」に触れた首相(注:鳩山元首相)は自らの座を失った。「戦後レジ-ム」からの脱却を掲げた首相は、「沖縄の皆さんの気持ちに真に寄り添う」と言いながら、「禁忌」に触れようとはしていない。

■沖縄の米軍基地をめぐる主な動き
<1996年>日米が米軍普天間飛行場の返還に合意。移設先に辺野古が浮上
<2009年>同飛行場の県外移設を明言した民主党(当時)の鳩山由紀夫氏が首相に
<同年>橋下徹大阪府知事(当時)が同飛行場移設で「関西全体で沖縄の基地負担の軽減につながる議論には参加したい」と発言
<10年>鳩山首相が「県外移設」を断念し辞任
<13年>橋下徹大阪市長(当時)と松井一郎大阪府知事がオスプレイ訓練を八尾空港(大阪府八尾市)で受け入れる考えを示す
<14年>安倍政権が米軍のオスプレイの佐賀空港(佐賀市)移転を打ち出す。後に取り下げ


(写真は普天間飛行場に隣接する沖縄国際大学構内に墜落した米軍ヘリ=2004年8月13日、沖縄県宜野湾市の同大学で。インタ-ネット上に公開の写真から)


≪追記≫~朝日新聞は2月19日付朝刊で、「沖縄『基地』禍/目背ける本土」(戦後の原点―忘れられた島)という特集記事を掲載した、ぜひ、合わせてお読みいただきたい。その中から、沖縄大学名誉教授、新崎盛輝さんの見方を以下に転載する。

 「日本にとって沖縄とは何なのか――。在日米軍専用施設の7割が集中する沖縄の現状を見ると、この問いに向き合わざるを得ない。戦後、日本は平和憲法の理念を大切にする一方、米軍による沖縄支配や基地建設に目をつぶった。日米両政府は日米関係を安定させるため、日本人の対米感情を悪化させないよう基地を本土から移転させた。沖縄が日本から切り離された1952年におよそ1対9だった沖縄と本土の米軍基地の面積比率は、60年代に1対1になり、本土復帰後の70年代半ばには3対1に逆転した」

 「その結果、米軍と同居することで日米安保が成り立っているという当たり前の現実が、本土では見えにくくなった。本土では沖縄への基地の一極集中が消極的に支持されるようになった。それどころか、『沖縄は基地で潤っている』といった、事実に反する言説まで広まっている。普天間飛行場の移設を理由とした辺野古への新基地建設に沖縄が反対する根底には、米軍の占領政策によってつくられた日米関係の枠組みを、日本政府がいまなお積極的に利用していることがある」

 

2017.02.18:masuko:コメント(0):[身辺報告]

「語るに落ちた」稲田防衛相

  • 「語るに落ちた」稲田防衛相

 稲田朋美防衛大臣の迷走答弁に各界から批判が集中し、“辞めろコ-ル”があちこちで起きている。当ブログでも何度か言及したように、この背景にはジョ-ジ・オ—ウェル流の「ニュ-スピ-ク」の語法や「オルタナティブ・ファクト」(もうひとつの事実)、客観的な事実より、感情や主観に訴える「ポスト真実」をあげつらう世界的な潮流がある。トランプ現象に端を発し、今や全世界をおおいつつあるこの“政治現象”を読み解くキ-ワ-ドがここにある。稲田大臣の「語るに落ち」ぶりを分析した記事を以下に転載する(2月15日付「毎日新聞」電子版より)

                                  ※

 自衛隊の南ス-ダン国連平和維持活動(PKO)を巡り、稲田朋美防衛相の国会答弁が波紋を広げている。現地の政府軍と反政府勢力の争いを「戦闘行為」と認めれば憲法9条に抵触しかねないので、表現を「武力衝突」と言い換える--。自らあけすけにそう認めたとも受け取れる答弁をした。野党側は「語るに落ちた」と攻勢を強めている。

 問題の答弁は8日の衆院予算委員会で飛び出した。民進党の小山展弘氏が、廃棄したとされる陸上自衛隊部隊の日報が見つかった問題を取り上げ、日報の「戦闘が生起した」という記述について政府の認識をただした。南ス-ダンの首都ジュバで昨年7月、政府軍と反政府勢力の大規模な衝突が起き、戦車も繰り出され死傷者数百人が出た。日報はこれを「戦闘」と表現したが、稲田氏は「一般的な用語では戦闘だが、法的な意味では戦闘ではなく武力衝突」と説明。食い下がる小山氏に「憲法9条上の問題になるので『戦闘』ではなく『武力衝突』という言葉を使っている」などと述べた。

 答弁を受けて国会前で10日夜、市民ら数百人が「大臣辞めろ」と抗議の気勢を上げた。政治学者や野党議員は「憲法に抵触する行為も言い換えれば合憲になるのか」「言葉の選び方一つで政府のやりたいようにできるなら立憲主義の否定だ」と批判を繰り広げた。14日の衆院予算委でもこの問題が取り上げられ、稲田氏に代わり安倍晋三首相が答弁して紛糾した。民進の辻元清美氏は「(首相に)助けてもらわないと答弁できない。蚊帳の外大臣かと言われかねない」と批判。野党側が「首相の駆け付け警護はやめて」と皮肉る場面もあった。

 憲法9条は海外での武力行使を原則禁じている。派遣先の国で戦闘行為があればPKOを実施する条件(PKO5原則)が崩れ、撤退に直結する。泥沼化する南ス-ダンから引くに引けない状況で現実の方をねじ曲げている、とも見える。「ぶっちゃけ答弁です」と驚くのは著述家の菅野完氏だ。「飲酒運転を誰かに見とがめられ、飲んでいないとウソをついたが、酒臭いぞ、と追及された。そこで『一般的には酒を飲んでいますが、法律に違反するので法的には飲んでません』と釈明するようなもの」と、稲田氏の居直りを批判する。

 「戦闘行為と武力衝突の区別など、国際法の前では意味をなしません」。東京外語大の伊勢崎賢治教授は稲田氏の答弁を一蹴した。国連職員として各地の紛争処理に長年かかわってきた。伊勢崎氏は「稲田さんは正直過ぎだ」と話し、歴代政権は自衛隊の海外派遣と憲法の整合性を保つためにウソを重ねてきた、と見ている。「2011年に南ス-ダンPKO派遣を決めたのは旧民主党政権であり、今の民進党が与党でも同じ釈明をするだろう」と分析。「現地の情勢は悪化し、自衛隊は危険な状況に追い込まれている。これを政争の具にせず、与野党が協議し自衛隊をいったん撤退させるべきだ。その上で改めて日本に何ができるか冷静に議論すべきだ」と問題提起する。

 稲田氏の責任を問う声は全国に広がり、16日に札幌市と名古屋市で、17日には国会前と大阪市で抗議集会が予定されている。

★北海道の部隊、次々派遣
 南ス-ダンの国連平和維持活動(PKO)の状況を記録した2016年7月の日報に「戦闘が生起」などと記載された時期に活動していたのは、北海道千歳市の陸上自衛隊第7師団を中心に編成された10次隊だった。部隊は同年5月から12月にかけて首都ジュバに派遣され、他国部隊の宿営地や道路整備などに従事した。また自衛隊は現在活動中の11次隊に続き5月から派遣される12次隊について、帯広市の陸自第5旅団を中心に編成することを決めている。政府は11次隊と同様に、現地での駆けつけ警護と宿営地の共同防護の任務を付与する方針。

★「別の真実」連想
 米国在住の映画監督、想田和弘さんの話:米トランプ政権の高官がメディアからウソを追及され、「オルタナティブ・ファクト(別の真実)だ」と開き直った。稲田氏のケ-スもこれと似ていると感じた。当の本人にもウソをついている自覚があり、事実は重視されないというニュアンスだが、こうした相手とは事実関係で争いが生じ、議論が先に進まなくなる。稲田氏の答弁も含め、こうした発言を放置せず、しっかりチェックしていく必要がある。

★戦前の歴史を連想させる
 「大本営発表 改竄・隠蔽・捏造の太平洋戦争」を著した辻田真佐憲さんの話:安易には比べられないが、戦争を事変と言い換え、撤退を転進と表現した戦前・戦中の歴史を連想させる。度重なる言葉の言い換えは、国民だけでなく軍人の現実認識もゆがめていった。「霞が関文学」と呼ばれる官僚話法で、その轍(てつ)を踏んではならない。統合幕僚長が「戦闘行為」という言葉をなるべく使わないように指導したことが気にかかる。政治家として無責任

★井上達夫・東大法学部教授(法哲学)の話:かつてイラク派遣で小泉純一郎首相が「自衛隊のいるところが非戦闘地域だ」と開き直ったのと同じ理屈だ。法の支配も何もあったものではない。稲田防衛相は政治家として無責任であり、法律家として欺瞞(ぎまん)に満ちている。ただ、護憲派も彼女を責められない。個別的自衛権を認める従来の解釈改憲を是とする時点で、9条を裏切っていると言えるからだ。そのツケを払うのが、現場の自衛隊になることを自覚すべきだ。


(写真は靖国参拝や南ス-ダンのPKO問題などで答弁に窮する稲田防衛相=国会内で。インターネット上に公開の写真から)
2017.02.15:masuko:コメント(0):[身辺報告]