日米地位協定をめぐる「雲泥の差」

  • 日米地位協定をめぐる「雲泥の差」

 「日米地位協定の抜本的な見直しを求める」―請願が花巻市議会6月定例会において、反対多数で否決されたことについては当ブログで詳しく言及してきたが、全国の市議会を束ねる「全国市議会議長会」(813市・区)では4年前からその抜本改定を求める要望活動を続けてきたことが分かった。とくに沖縄県を含む九州地区の議長からの要望が強く、「これは国民の安心・安全に関わる問題。だから、在日米軍全体を対象にした内容になっている」(議長会事務局)としている。「外交問題は地方議会の権限外」と“門前払い”をした当市議会との気の遠くなるような認識の違いは一体、なぜ生じたのか―ナゾはますます深まるばかりである。

 今年7月、議長会の岡下勝彦会長(高松市議会議長)と地方行政委員会の市村文雄委員長(小美玉市議会議長)の連名で政府と国会に提出された要望書にはこう書かれている。議会人としての矜恃(きょうじ)を忘れない、理に適(かな)った要望である。

 「在日米軍基地周辺地域においては、戦後70年余が経過した今日においても、米軍機の墜落事故や市街地での騒音、演習による自然環境の破壊、米兵等による事件・事故など、在日米軍基地から派生する諸問題により、周辺地域の住民は、常に恐怖と危険にさらされている。これまで、在日米軍基地から派生する事件・事故等が発生する度に関係自治体や議会は強く抗議し、抜本的解決を求めてきたところであるが、政府は、裁判権の行使に関する運用の見直しなど日米地位協定の運用改善により対応してきた」

 「しかし、在日米軍基地に起因する諸問題の解決には、日米地位協定の運用改善による対応では限界があり、抜本的改定が必要である。よって、国においては、在日米軍基地に起因する様々な事件や事故から、国民の生命・財産及び人権を守るため、日米地位協定を抜本的に改定するよう強く要望する」

 実は4年目に最初に要望した際は「在日米軍基地から派生する事件・事故等、また基地に起因する環境問題から国民の生命・財産を守るため、日米地位協定については、不断の運用改善に努めつつ抜本的な見直しを行うこと」―という簡単な内容だった。その後、沖縄県におけるオスプレイ(垂直離着陸機)の配備反対など世論の高まりに伴い、その内容はより踏み込んだものに変わった。たとえば、平成25年7月に提出された要望書には強い口調で次のように記されている。

 「…また、昨年、MV-22オスプレイが配備され、運用が開始されたが、このような行為は、在日米軍基地周辺地域の住民の憤りを増幅するものである。このような中、日米地位協定では、我が国法令の尊重義務は明記されているものの、在日米軍基地の運用等に関して、多大な影響を受ける在日米軍基地周辺地域の住民や、地元の地方自治体の意向が反映される仕組みが規定されていない。よって、国においては、在日米軍基地に起因する様々な事件や事故から、国民の生命・財産及び人権を守るため、日米地位協定を抜本的に改定するよう強く要望する」

 わが花巻市議会の議長も当然のことながら、全国市議会議長会のメンバ—に名を連ねている。当議会とその連合体との間の、天と地ほどもある認識の乖離(かいり)に首をかしげる市民も多い。全国地方議会の「総意」をどう受け止めるのか―。これまでも再三主張してきたように、請願審査のやり直しを強く求めたい。ちなみに、オスプレイが飛行する東北ルートには花巻市上空も含まれている。


(写真は機動隊員に守られながら、ヘリパッド(ヘリコプタ-着陸帯)の建設が強行される現場=沖縄県高江東村で、インタ—ネット上に公開の写真から)


《追記》~地元記者を排除
 沖縄県東村高江周辺のヘリパッド建設に反対する市民らを取材中の沖縄タイムスと琉球新報の記者が20日、機動隊に強制排除されたことを受け、沖縄タイムス社は23日、石川達也編集局長名で「報道の自由を侵害するものであり、断じて許すことはできない」とする声明を発表した。声明は次の通り。

 座り込みを続ける市民を3人がかりで持ち上げ、沖縄タイムスの社員証を見せ、記者であることを訴えたにもかかわらず、2度にわたって拘束状態に置かれ、計30分程度取材活動が制限された事に強く抗議する。本紙記者は市民らの抗議活動を通常通りに取材し、県民の知る権利に応えようとしていたもので、こうした警察権力による妨害は、憲法で保障された報道の自由を侵害するものであり、断じて許すことはできない(23日付)

 また、琉球新報も社説で「思想・信条の自由に基づいた市民の抗議行動を国家権力が容赦なく組み敷く。今、そんな現場は国内で沖縄の名護市辺野古と東村高江をおいて、ほかにない。この国の民主主義の成熟度が鋭く問われる現場を歴史に刻むことは報道機関の責務だが、機動隊を投入した強権的な警備は、取材中の記者の排除、拘束に行き着いた」と述べた(22日付)



 
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2016.08.23:masuko:コメント(7):[議会報告]

訃報!!むのたけじさん逝く

  • 訃報!!むのたけじさん逝く

 第22回「宮沢賢治 イ-ハト-ブ賞」(2012年)を受賞したジャ-ナリストのむのたけじさんが逝った。長年、むのさんに寄り添って、その生涯の聞き書きを続けてきた朝日新聞記者(盛岡総局シニアスタッフライタ-、遠野市在住)、木瀬公二さんの記事を以下に転載する(8月22日付朝日新聞)

                                  ※

 「戦争絶滅」を訴え続けたジャ-ナリストむのたけじ(本名・武野武治)さんが21日、老衰のため、さいたま市の次男宅で死去した。101歳だった。葬儀は近親者のみで行い、後日、「しのぶ会」を開く。朝日新聞記者時代に終戦を迎え、「負け戦を勝ち戦のように報じて国民を裏切ったけじめをつける」と終戦の日に退社。ふるさとの秋田県に戻り、横手市で週刊新聞「たいまつ」を創刊。1978年に780号で休刊してからは、著作や講演活動を通じて平和への信念を貫き通した。
 
 100歳になった昨年は戦後70年で「歴史の引き継ぎのタイムリミット」といい、講演で各地を飛び回った。今年5月3日に東京都江東区の東京臨海広域防災公園で行われた「憲法集会」でのスピ-チで「日本国憲法があったおかげで戦後71年間、日本人は1人も戦死せず、相手も戦死させなかった」と語ったのが、公の場での最後の訴えとなった。「戦争いらぬやれぬ世へ」(評論社)や「99歳一日一言」(岩波新書)、「日本で100年、生きてきて」(朝日新書)などを著した。

 むのさんは、終戦の日の8月15日を特別な日と考えていなかった。「365日の生活の中で考え続けないといけない」。その日行われる黙祷(もくとう)にも反対で、「声を張り上げよう」と訴えた。新聞記者時代は中国やインドネシアなどに従軍。普通の人々が、相手を殺さないと殺される現場を取材し続けた。「臣民」の名で「やらされた」人ばかりで、「やった」人がいないことが戦争責任をあいまいにし、今も近隣諸国と緊張関係が続く原因だと指摘した。
 
 終戦直前、3歳の長女が疫痢で死去。薬の入手が困難で、病状が悪化した日、出征する医師の壮行会で地域の医師全員が留守だったことなどが重なって助けられなかったことが、反戦活動を続ける原動力になった。徹底して憲法改正反対を訴える一方、「憲法を変えようとする人と、変えまいとする人がいるのが普通で、それが正常なんだ」とも言い、改正派の意見にも耳を傾けた。
 
 ジャ-ナリストであることの根底には、幼い頃に見た懸命に働いても貧しかった実家と、何もせずに豊かに暮らす旦那衆の姿があった。「不当に貧しい者がなぜ存在するのか。不当に富んでいる者がなぜ威張り続けるのか」。常に弱者の立場に立った発言を続けた。


《追記》
 「地方議会だって全国の一部だものな。だから国政(沖縄の米軍基地問題)について発言するのは当然、必要なんだ。ところが今までは、そんなことをいうな、身の程知らずだと言われて終わってきた。そこが変わってきたな」(3月25日付当ブログ参照)―。拙著『イ-ハト-ブ騒動記』に対し、身に余るおほめの言葉をいただいたのはわずか5ヶ月前のことだった。私は本書のエピロ-グにむのさんの言葉を引用した。「普天間基地移設問題を考えるとき、二つの面で、とんでもなくだらしないことをやっていると言わざるを得ないな。一つは国民ですよ。まるっきり見物席から見ている傍観者でしょ」(『日本で100年、生きてきて』)

 その後も各種講演での発言や文章を楽しみにしてきた。そしていま、100年以上にわたる「ニッポン」への遺言状が私たちの手元に残された。そこには未来に向けた希望の光も差し込んでいる。むのさん、ありがとうございました。

(写真は拙著を手にするむのさん=3月下旬、さいたま市内で。木瀬記者撮影)

2016.08.21:masuko:コメント(0):[身辺報告]

日米地位協定―全国市議会議長会は改定を議決

  • 日米地位協定―全国市議会議長会は改定を議決

 花巻市議会は6月定例会に提出された「日米地位協定の抜本的な見直しを求める」―請願を賛成多数で不採択(8月14日付「改ざんされた『反対討論』参照」)としたが、全国813市・区の議長で組織する「全国市議会議長会」(岡下勝彦会長=高松市議会議長)が第92回定期総会(5月31日)で同趣旨の「日米地位協定の抜本的な改定」を求める要望書を採択、7月20日に国に手渡していたことが今月5日発行の「全国市議会旬報」で明らかになった。同市議会は22日、市内5カ所で議会報告会を開くことにしているが、双方の認識の違いについて論議を呼ぶことも予想される。

 定期総会は沖縄県で起きた元米兵による女性殺害・遺体遺棄事件の直後に開かれ、国への要望行動に先立つ7月15日には「地方行政委員会」(市村文雄委員長=小美玉市議会議長)で抜本改定が議決された。花巻市議会への請願者は東日本大震災で被災し、現在は当市に住む造園業、日出忠英さん(74)。「震災の時は沖縄を含む全国の人々に助けられた。もう見て見ぬ振りはできない」と訴えたが、担当の総務常任委員会(大原健委員長ら7人)は「外交案件は地方議会の権限外」として、全員一致で不採択。本会議(6月30日)の採決でも議長を除く24人のうち、採択賛成は私一人、棄権が1人の反対多数で否決された。

 なお、当市議会では過去に「安全保障関連法案の慎重審議」と法案成立後は「廃案」を求める意見書を賛成多数で可決した経緯がある。


(写真は女性殺害・遺棄事件の現場。今年のお盆も手を合わせる人が絶えなかった=沖縄県恩納村安富祖で=インタ-ネット上に公開の写真から)

 
2016.08.21:masuko:コメント(0):[議会報告]

「沖縄差別」ということについて

  • 「沖縄差別」ということについて

 米軍普天間基地の「辺野古」移設問題など米軍基地をめぐる抜き差しならない対立の根っこにあるのは沖縄に対する「差別意識」ではないのか―。このことについては以前から薄々感じていたが、今回の「日米地位協定見直し」をめぐる請願審査で、その思いが確信に変わった。女性殺害・遺体遺棄事件をきっかけに、その温床にもなっている地位協定の見直しを求めたことについて、花巻市議会はその「含意」(議会用語で気持ちや趣旨の意)は十分に理解できるとする一方で、意見書の採択には異常とも思える忌避(きひ)感情をあらわにした。

 その背景には一体、何があるのか―。日本を代表する論客である、社会学者の大澤真幸(まさち)さんと東京大学教授(法哲学)の井上達夫さんが最新刊『憲法9条とわれらが日本―未来世代に手渡す』(筑摩書房)の中で、その点を論じ合っている。14日付当ブログ「改ざんされた!?『反対討論』、そして終(敗)戦記念日」と合わせて読んでいただければと思う。とくに、「意見書」不採択に主導的な役割を果たした革新系会派の欺瞞性については、井上さんの論陣が容赦なく暴いている。

                                  ※

●大澤「沖縄の人たちが、基地をめぐって『我々は負けた』『我々は屈辱を受けた』と口にするとき、僕たちはその『我々』の中に深く入り込めているのかどうか。…僕たちは無意識のうちに、自分を傍観者の位置に置いてしまっているのではないか。当然、沖縄の人たちは、本土の人間のそうした差別意識に気がついている。本土の日本人はもちろん、法的には何の差別もしていないので、『差別なんかしていない』と思っているわけですが、実際にはダブルスタンダードに陥っています」

●大澤「3・11で原発事故が起きた時の、福島の人たちに対する『我々』感と、米軍基地を背負わされている沖縄の人たちに対する『我々』感では、明らかにその質が違う。…沖縄は、本土の人たちが思い描く『我々』から歴史的に排除され、いまだにその状態が続いています。本土の人が『沖縄の人さえ我慢してくれれば』と言うとき、沖縄の人たちは、他人と見なされています。『埼玉の人さえ我慢してくれれば』とは言えなくても、沖縄に対してはそれが言えてしまう」

●井上「戦略的に合理的な理由で、沖縄に基地が集中したわけでは全くありません。知られているように、占領期には全国各地に米軍基地があった。ところが、サンフランシスコ講和条約で日本が主権を回復した後、本土では基地反対運動が次々に起きて、米軍にとって、基地を維持するための政治的コストが急速に高まっていった。沖縄だけはアメリカの施政権下にあったので、有無を言わせず、基地を押し付けることができた。それで沖縄への基地移設が進んだわけです」

●井上「ですから、沖縄に基地が集中しているのは、政治的な理由でしかありません。結局それも、日米安保の防衛利益は欲しいけれど、近隣に米軍基地があるのは嫌だという、本土住民のエゴの問題なんですよ。典型的なNIMBYです。この言葉は“Not in my backyard”の略で、ゴミ焼却施設、原発、軍事基地など、嫌忌(けんき)施設が提供する便益は必要だ、でも自分の傍らには置かないで、というエゴをふりかざす人々を指します」

●井上「(憲法)9条信仰は、日本人を、9条と矛盾する自衛隊・安保の現実を隠蔽する欺瞞、その欺瞞の尻拭いを自衛隊員・沖縄にさせている現実をもさらに隠蔽する欺瞞に耽(ふけ)らせてきただけです。『9条を守る平和国家日本』という真っ赤な嘘に戦後日本人が支配されているのは、『大本営発表』の真っ赤な嘘に戦中の日本人が支配されていたのとどこも変わらない。9条信仰は、『敗戦のトラウマ』から日本人を立ち直らせるどころか、『軍国主義の欺瞞』を、それと構造的に同型の『平和主義の欺瞞』に焼き直して再生産しています」


(写真は米軍基地が密集する沖縄本島の基地マップ=インタ-ネット上に公開の資料から)

《追記》
 本稿を書いていたちょうどその時、注文していた本が宅急便で届いた。タイトルは『ひとびとの精神史―震災前後(第9巻)』(岩波書店)。編者で政治社会学者の栗原彬さんのプロロ-グの一節に目を吸い寄せられた。「いのちをつなぐ場所を拓く」と「まなざしの転換―逆遠近法を拓く」という小節にはこう記されていた。

 「沖縄は、本土復帰というよりも、平和主義と人権規程をもつ新憲法の下への復帰を願っていた。しかし、復帰した沖縄に適用されたのは、平和憲法ではなく、人権を奪い続ける日米安全保障条約と地位協定だった。『いのちをつなぐ場所』を取り戻し、守り、また拓く沖縄の闘いが、ひとびとの精神史の起点に置かれなければならない」

 「本土からのまなざしによれば、沖縄の米軍基地は本土の安全と平和のために欠かせない『抑止力』である。しかし、沖縄からのまなざしは、同じ米軍基地が暴力の源泉でしかないことを照し出してしまう。本土発の平和主義と民主主義自体が、日米安保体制と切り離せないワンセットである限り、沖縄にとっては暴力と危険物にほかならない。まなざしの転換は、沖縄の生きづらさが本土の生きやすさにつながる風景をくっきりと浮び上がらせる」

 なお、本文中の大澤さんの「我々」感のダブルスタンダ-ドに関して言えば、今や「福島原発」事故さえも「我々」感の埒(らち)外に葬り去られているのではないかと思う。


2016.08.17:masuko:コメント(0):[身辺報告]

改ざんされた!?「反対討論」、そして終(敗)戦記念日

  • 改ざんされた!?「反対討論」、そして終(敗)戦記念日

 「(総務常任)委員会がこの請願を不採択とする理由として、『請願の対象は市民の暮らしに関わる市の行政に関することに限られ、外交問題に関わる意見書の提出は権限外である』と主張したが…」(はなまき市議会だより「花の風」NO46)―。花巻市議会の6月定例会に提出された「日米地位協定の抜本的な見直し」―を求める請願が不採択になったことに対し、最終日(6月30日)の本会議で私が表明したとする「反対討論」の冒頭部分の記述である。市議会だよりは全市民に配布されるほか、今月22日に開催される議会報告会でも資料として提供される。この記述がなぜ「改ざん」に当たるのか―。

 議場で実際に読み上げた該当部分(反対討論)の原本にはこう書かれている。よ~く、読み比べていただきたい。「請願の『不採択』自体が法的に無効な手続きではなかったのかという観点から反対討論をしたいと思います。総務常任委員会は不採択の理由として『行政実例』を持ち出したうえで、『請願が受理することができるのは一般事務に関することに限られており、外交問題に関わる意見書の提出は権限外である』と主張しました。そもそも行政実例とは、地方公共団体が法令の適用などに関し疑義がある場合、照会を受けた行政機関がこれに対して回答した事案を、行政運営上の参考に供するため公にしたもので、単なる意見の表明に過ぎず、拘束力を持つものではありません」

 私が真っ先に問題にしたのは審議に際しての「手続(入口)」論である。二元代表制という建前に立つ議会側がこともあろうに行政側の“虎の巻”ともいえる「行政実例」に依拠して論を進めようとしたことに対する異議申立てである。これでは行政側の下請機関とみられても致し方あるまい。ところが、議会だよりではこの4文字(行政実例)がそっくり消えてしまっていた。行政べったりの姿勢が市民にバレてしまってはまずいと思ったのかどうか…。ところで、不採択の理由について、総務常任委員会(6人)の大原健委員長はこう述べている。

 「米軍関係者による事件事故に強く憤りを覚えるのは請願者と全く同じであるが、日米地位協定に関しては国の権限に当たる外交上の問題であり、市議会として責任ある判断をしかねるため、全会一致で不採択すべきものと決し、本会議でも不採択すべきものと決しました」―。耳を疑った。まるで、当局側の答弁ではないか。いわゆる、国の「専管事項」論というのがある。防衛や軍事、安全保障などについては地方自治体には権限がないとする論法である。しかし、これさえも地方自治法上(第1条の2)で双方の役割分担を定めたものに過ぎない。まして、議会側を拘束する規定でないことは言をまたない。それどころか、法令集をひっくり返しても「意見書提出の除外例」はどこにもない。

 請願に関する議会側の権限についてはこう定められている。「普通地方公共団体の議会は、当該普通地方公共団体の公益に関する事件につき意見書を国会又は関係行政庁に提出することができる(地方自治法第99条)」―。要するに、提出された請願が「公益」にどう関わるかを審議するのが議会側の使命なのである。ところが、今回の審議に当たっては「当市には米軍基地はない。だから、当市民とは直接の利害関係はない」などといきなり「権限外」を強調し、門前払いをしたというのが実態である。これこそが当局側を監視するという二元代表制の放棄に他ならない。

 日本には全部で134カ所の米軍基地があり、その約74%(面積)が沖縄県に集中している。言葉を変えれば、全国各地に配置されたこれらの基地群によって、国民全体の安心・安全(公益)が担保されているという側面を認めざるを得ない。そして、その集中度が高い沖縄県で今回のような残忍非道な事件が起きたのも偶然ではない。「沖縄が私たちの公益の一部を守っているという事実は誰も否定できない。その地で女性殺害・遺体遺棄という悲惨な事件が起きた。そっぽを向いていて良いのか」―。単純だが、これが私自身の立ち位置である。大原委員長も質疑の中でこう口にした。「私にも被害女性と同じ年頃の娘がいる…」。ならば、なおさらである。

 東京都の東久留米市議会は今年6月定例会で全会一致で政府に対する意見書を可決し、その中でこう謳った。「沖縄県及び県民の声に真摯に耳を傾け、米軍人・軍属等の犯罪を根絶するために米国政府と協議するとともに米軍基地の整理・縮小、日米地位協定の見直しを視野に入れた再発防止対策を強く求める」―。この一事を見ても、地方議会はいわゆる国の専管事項についても意見書の提出が妨げられないことを明白に示している。専管事項論を金科玉条のように振りかざすこと自体、憲法で保障された「基本的人権」の侵害に加担することにつながる。人権にまさる「公益」はないのである。以上が「改ざん」という詐術のからくりである。

 なお、今回の請願をめぐっては6月11日、24日、30日と7月1日、3日の計5回にわたって、当ブログ上で詳細に経過を報告してきた。合わせて読んでいただければ、当市議会の劣化・腐敗ぶりがより理解できるはずである。ちなみに、今回不採択に反対したのは私一人で、もうひとりは棄権した。最低限、事件の再発防止さえも求めることができない情けない姿をさらけ出したといえる。一方で、当市議会では過去に「安全保障関連法案の慎重審議」と法案成立後は「廃案」を求める意見書を賛成多数で可決した経緯がある。この「安保法案」はまさに国の主張する専管事項そのものである。その対応の違いのナゾを解き明かす鍵こそが、沖縄に対する本土の「差別意識」ではないのか。

(写真は米軍の上陸で避難する女性や子どもたち=インターネット上に公開の写真から)

                                  ※

 日本は本日8月15日、71回目の終(敗)戦記念日を迎えた。県民の4人に1人が犠牲になった沖縄戦が終結を迎えたのは約2か月前の6月23日(沖縄慰霊の日)。以来、沖縄県は米軍の支配下に置かれ続けている。米兵による相次ぐ女性暴行事件、普天間飛行場の「辺野古」移設をめぐる対立、機動隊を導入したヘリパッド(ヘリコプタ-離着陸帯)の強行着工、傍若無人なオスプレイの飛行訓練…。平成の“玉音放送”(8月8日発表「象徴としてのお務めについての天皇陛下お言葉」)は一体、私たちに何を伝えたかったのであろうか。

 「全国の人々の善意に支えられてここまで来れた。もう見て見ぬふりはできない」―。東日本大震災で被災し、その後、当市に居を移した被災者住民の一人が提出した請願「日米地位協定の抜本的な見直し」―が6月定例会で革新系会派も諸手を挙げて不採択となった。根拠も明確にしないままの強行採決である。そのからくりはこれまで見てきた通りである。「『国体護持』のための安保体制があたらしい『国体』となった」という逆説(13日付当ブログ参照)が大手を振ってまかり通りつつある。「不採択」の経緯を掲載した議会だより「花の風」の発行日が「8・15」だということもまた皮肉な符合である。

 沖縄戦の破局を前にした昭和20年6月6日、海軍沖縄方面根拠地司令官、太田実中将は「沖縄県民斯く戦えり」という以下のような電文を海軍次官宛てに打電し、1週間後に自決している。唯一の地上戦を戦った沖縄県民に対する「特別ノ御高配」はその後、本土総体によって裏切られ続け、現在に至っている。いや、事態はより悪化しつつある。まさに「オールジャパン」による”沖縄差別”である。

 「沖縄島ニ敵攻略ヲ開始以来、陸海軍方面防衛戦闘ニ専念シ、県民ニ関シテハ殆ド顧ミルニ暇ナカリキ。然レドモ本職ノ知レル範囲ニ於テハ県民ハ青壮年ノ全部ヲ防衛召集ニ捧ゲ、残ル老幼婦女子ノミガ相次グ砲爆撃ニ家屋ト家財ノ全部ヲ焼却セラレ…所詮敵来リナバ、老人子供ハ殺サルベク婦女子ハ後方ニ運ビ去ラレテ毒牙ニ供セラルベシトテ、親子生別レ娘ヲ軍衛門ニ捨ツル親アリ…一木一草焦土ト化セン。糧食6月一杯ヲ支フルノミナリト謂フ。沖縄県民斯ク戦ヘリ。県民ニ対シ後世、特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」

 この日の全国戦没者追悼式に臨席した天皇陛下は「深い反省」という言葉を用いて、こう述べた。「…ここに過去を顧み、深い反省とともに、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されないことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります」。安倍首相のあいさつの中には「加害と反省」の言葉はなかった。わが「イーハトーブ」議会は根拠のあいまいな「権限外」を振りかざし、結果として、国の”沖縄切捨て”に手を貸したということになる。


 

2016.08.14:masuko:コメント(2):[身辺報告]
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