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「病院&図書館」論戦;第2幕…市長、ご乱心  支離滅裂な答弁から突然、逆上~花巻病院では裁判事案が浮上!!??

  • 「病院&図書館」論戦;第2幕…市長、ご乱心  支離滅裂な答弁から突然、逆上~花巻病院では裁判事案が浮上!!??

 

 「何を言っているのか、さっぱりわからない。市民の意見にかこつけて、自分の主張を押しつけているのではないか。卑怯ではないか」、「どうして、そんなに逆上されるのか、こっちの方がわかりません」―。花巻市議会6月定例会の一般質問が13日再開され、反問権を行使した上田東一市長と羽山るみ子議員(はなまき市民クラブ)が激突した。きっかけは「駅前か病院跡地か」の立地論争。羽山議員が「なぜ、市側が図書館の駅前立地にこれほどこだわるのか。上田市長自身が以前は病院跡地が良いと言っていた。180度の方向転換をした経緯と背景は何か。JR花巻駅の橋上化事業と図書館立地とがワンセットになっているからではないか」―

 

 「この二つ事業は本来別物だと説明してきた。仮に橋上化と図書館とがセットになれば、その相乗効果は当然期待できる。ただ、それだけのこと。しかし、委員の発言には何か裏にあるのではないのかという物言いに聞こえる。はっきり、答えてほしい」と上田市長。実は4年前、市側は市議会や市民の頭越しに住宅付き図書館の駅前立地という構想を突然、公表した。この構想は市民の多くの反対があって白紙撤回されたが、その後も駅前立地にこだわり続けていることに市民の間には不信感が募っていた。

 

 上田市長はこの日、このトップダウン構想の手法については改めて謝罪したが、羽山議員は最近明らかになった若者グループによる「(図書館)アンケート調査」を取り上げた。住宅付き図書館に代わって駅前立地の有力な理由として、登場したのが高校生など若者世代の「駅前」待望論だったからである。

 

 市内4校の高校生924人を対象にしたこの調査によると、立地場所については「花巻駅前」が694人(75・1%)、「まなび学園周辺(病院跡地)」が68人(7・4%)。一方で、新図書館の建設計画について「知っている」と回答したのはわずか254人(27・5%)で、7割以上の670人(72・5%)がその計画自体を知らなかったことが明らかになった。さらに、「希望する図書館機能」の設問(複数回答)に対し、「勉強スペース」(691人)「カフェ」(663人)「飲食スペース」(552人)が上位3位を占め、高校生たちが駅前に立地を希望しているのは実は図書館そのものよりはそれに付属する各種スペースのような機能だということが浮き彫りになった。

 

 このデータを示しながら、羽山議員が「若者世代が図書館の駅前立地を希望しているという根拠は実質的に崩れたのではないのか」と畳みかけた。上田市長はなぜかこの質問に直接答えることはせず、まるで”敵意”をむき出しにするかのように羽山質問の“真意”に執拗(しつよう)に食らいついた。「JRとの関係」を問いただされたことについて、“図星”をつかれた結果ではないかと議会中継を聞きながら、外野席の私はそう思った。実はこの日の上田“噴火”事件には前触れみたいなものがあった。

 

 「今般の巨額な財政支援の問題をきっかけに、私の元にもいろんな情報が寄せられている。たとえば、人事やパワハラ問題をめぐって職員が病院側を相手取って、裁判を起こしているという話もある。そのような情報を市側は把握しているか」―。羽山議員は総合花巻病院への5億円の財政支援に関連して、こうただした。答弁に立った八重樫和彦副市長は「(非常勤の)理事の立場だが、そのような話は理事会の席でも一切、報告されていない」と明言した。ところが、この言葉を引き取った上田市長がボソボソと低い声でこう言った。「単なるうわさ…。いや(裁判は)事実かもしれない。しかし、直接経営にはタッチしていない以上、市側はそうした内部情報を知り得る立場にはない」

 

 怒号めいたやり取りが飛び交った議場の光景を見ながら、つくづくと思った。「病院&図書館」問題はやはり、上田市政の肝(ネック)だな」ーと。質問を重ねるごとに“本音”が少しづつ、もれ聞こえてくる。この二つのビッグ・プロジェクトはいま、泥沼にはまりつつあるようだ。

 

 

 

 

(写真は一歩も引かずに食い下がる羽山議員。身振り手振りで応酬する上田市長=コメント欄に市長の答弁姿=との間に予想外の“議会活性化”の瞬間を見た=6月13日午後、花巻市議会議場で。インターネット中継の画面から)

 

 

 

 

《追記―1》~振り上げたこぶしが一転…これって、あれっ?そう、あれだよ!!??

 

 一般質問の最終日の14日、鹿討康弘議員(緑の風)は総合花巻病院に対する財政支援に係る議員説明会(3月22日)が「非公開」になったことに関連し、「議会軽視で、市民不在もはなはだしい」と語気強く迫った。これに対し、上田東一市長は「事前に情報が外部に漏洩(ろうえい)することによって、スタッフの流出や患者の離散など社会不安を引き起こすことを懸念した」と答弁。これを受けた鹿討議員は一転、「ギリギリの決断だっことがよく分かった、現場職員の皆さんの労をねぎらいたい。本当にお疲れさまでした」と話し、上田市長も「このような質問をしていただき、ありがたい」と応じた。こういうのって反問権に対して、なんていうの…。”サンキュウ権”?これを称して、政治の世界では「マッチポンプ」という。

 

 

 

《追記―2》~「橋上化×図書館」ワンセット論の発信元は実は上田市長!!??

 

 当ブログにおける「橋上化×図書館」ワンセット論について、上田市長はその根拠を示すよう羽山議員に執拗に迫ったが、元をただせばその言い出しっぺはご本人だった。まるで、ブーメラン!卑怯なのは一体、どっち? 市民に対して、どうしてもっと誠実になれないのだろうか。痛くない腹を探られたくないのなら、なおさらこと…。上田発言を以下に引用する。

 

 

 「(JR所有の)駅前の土地については、購入するためにJR本社の社長の許可が必要となる。現在でも盛岡支社と話し合いをしているが、花巻市としてJRの社長が許可を出した際には図書館を建設するという決定に近い話がなければ社長に話せないと言われている。JRは花巻駅の橋上化をやりたいと思っており、橋上化の話が進めば、土地の売買について真剣に話をしてくれる可能性はある。橋上化がなくなった際には、駅前に図書館を建設することについてもどうなるか分からない」(2022年6月28日開催の松園地区の市政懇談会での市長発言)

 

 

 

 

《追記―3》~「橋上化×図書館」ワンセット論の検証…過去のブログから

 

 上田市長の「ワンセット」発言を裏付けるような動きが議会内外で活発になったのは住宅付き図書館の駅前立地がとん挫した直後からだった。一部の市議の主導の下、各種団体から相次いで「早期実現」の要請書が市側に寄せられた。市民の間では“やらせ要請”と呼ばれた。以下に関連する当ブログの冒頭部分を再掲する。ぜひ、本文をお読みいただきたい。

 

 

●「花巻駅の橋上化(東西自由通路)をぜひ、実現してほしい」―。今月に入って、商工団体や温泉関係者、高校のPTAや同窓会などの間で、「橋上化」実現の要請活動が活発化している。この件については、花巻市議会の3月定例会最終日(17日)で当局側が提出した整備にかかる調査費(2603万円)が14対11の賛成多数で否決された経緯がある。

 

 この種の予算関連案件が否決されたのは市政施行以来、初めて。実質的な上田(東一)市長の「不信任」との見方が出ていたが、状況が変化したのは4月中旬以降。中には橋上化に賛成する議員が要望書の“ひな型”を持参して区長やコミュニティ会議会長などに「調査費」予算の再提案を求めるよう促すなど“やらせ臭”がプンプン。市民の間には「自治体運営の基本である二元代表制を踏みにじる行為だ」という批判が出ている(2021年5月7日付当ブログ)

 

 

●開会中の花巻市議会6月定例会は24日の議案審議で、“やらせ要請”の疑惑が晴れない中で再上程された「JR花巻駅東西自由通路(駅橋上化)」に関連する補正予算案を「附帯決議」を付すという条件つきで賛成多数で可決した。また、この日の質疑で駅橋上化の波及効果を問われたのに対し、鈴木之建設部長は「将来にわたる駅の乗車人員の増減などの予測調査はしていない」と発言。これまで橋上化に伴う利便性向上や市街地活性化などを強調してきた上田市長の説明と微妙に異なる見解を明らかにした(2021年6月24日付当ブログ)

 

 

 

 

《追記―4》~彼方の自治体にも同じような“強権”首長!!!???

 

 和歌山県橋本市の平木哲朗市長(67)が、市の開発事業を巡り、市議に「(議会で)証拠のない質問をすれば、法的措置を取る覚悟がある」などと発言していたことがわかった。議員の質問を制限しかねず、識者は「議会の行政へのチェック機能を理解していない」と指摘している。同市では、市が整備を進める工業団地の盛り土に、異物である伐採した木の根株が混入する問題が判明。団地へ進出を検討する企業への影響が懸念されている。

 

 関係者によると、平木市長は6月の市議会に向け、5月31日に市役所で開かれた会議の休憩中、市議数人に「疑念に思われることを議場で言われると、企業誘致を支えてきた市への信頼がなくなる。証拠のないひどい質問をすれば、法的措置を取る覚悟がある」などと発言したという。平木市長は読売新聞の取材に対して発言を認め、「根拠の乏しい質問で市に影響が出た場合は、弁護士に相談するという趣旨だった。質問は議員の権利と分かっているが、企業誘致に失敗し、市財政が立ち行かなくなることの方が問題だと考えた」と釈明した。

 

 地方議会に詳しい土山希美枝・法政大教授(地方自治)の話 「議員も市民の代表であり、議会を通じて行政運営をチェックする役割があることを理解していないかのような発言だ。『法的措置を取る』との表現も威圧的で、議会の機能を制約しかねない」(6月14日付「読売新聞」電子版)

 

 

 

 

《追記―5》~「絶対権力は人を残酷に」

 

 「人は誰かに絶対的な力を持つとサディスティック(残酷)になる。それは軍隊に限らない」―。戦時下の幼少期に日本の外国人強制収容所に入れられたイタリアの著名作家、ダーチャ・マライーニさん(87)が12日、都内で自らの体験を語った。マライーニさんは1938年に来日した。父親のフォスコさんは、北海道帝国大学のアイヌ文化研究者。41年にはイタリア語教師として京都帝国大学に赴任した。

 

 だが43年、日本の同盟国だったイタリアが連合国に降伏すると生活が一変した。ナチス・ドイツが連合国に対抗して樹立した傀儡(かいらい)政権「サロ共和国」への忠誠の宣誓を両親が拒否したため、日本では「敵国人」とみなされ、愛知の強制収容所に約2年間入れられた(6月14日付「朝日新聞」電子版)

 

 

 

 

 

 

 

 

「病院&図書館」論戦;第1幕…花巻市議会の一般質問がスタート

  • 「病院&図書館」論戦;第1幕…花巻市議会の一般質問がスタート

 

 上田(東一)市政で最大のネックになっている「病院&図書館」問題が10日から始まった花巻市議会6月定例会の一般質問で取り上げられ、伊藤盛幸議員(緑の風)と当局側が激突した。総合花巻病院への財政支援について、伊藤議員は「そもそも、移転新築事業は当市の立地適正化計画に基づいた事業であり、その意味では経営不振に陥った責任の一端は市側にもあるのではないか。たとえば当時、病院側はすでに病棟の耐震工事を終了し、元の場所での医療継続を決めていた。強引な行政主導ではなかったのか」と詰め寄った。

 

 これに対し、上田市長ら執行部は以下のようにその責任を病院側に押しつける答弁に終始した。「病院側の老朽化が先にあった。地域医療を守るという観点からそれを後押しした。その後の経営については病院側からの情報提供が少なく、隠ぺい体質が浮き彫りになった。副市長は外部理事に名前を連ねているが、そもそも理事会自体が機能していない状態だった。再建に向けて一番大事なのはガバナンス(内部統制・管理)の確立だ」―。「なるほど、役所内部のそれは徹底してるからな」と思わず、自問した。

 

 一方、図書館問題では立地場所の選定に係る意見集約について、伊藤議員は「外部のファシリテーターに仕切りを任せるというプロポーザル方式には(図書館の)試案検討会議の内部でも強い反対論があった」とただした。上田市長は「逆にだからこそ、対話形式の会議で議論を深めていきたい」と答えた。

 

 この件については、市側に文書開示請求をした結果、肝心の部分は黒く塗りつぶされていたが、総額10,468千円の運営費用の内訳は明らかになった。それによると、意見集約は対話型の手法による「市民会議」(仮称)を開催して実施。選抜方法は市民2、500人に対して参加依頼書を通知し、この中から50人を選んで構成するとしている。しかし、建設場所を最終的に決定することになる「人選方法」が統計学上の有意性を担保したものになるのかどうか、不透明な部分が多い。

 

 さらに、市民会議の開催は今年10月から12月にかけてわずか3回だけで、この間に候補地決定に至る経緯を報告書にまとめるとしている。また、公募型プロポーザル方式で選ばれた、いわば“行司役”のファシリテータに支払われる業務委託料が9,922千円という巨額にのぼっていることにも疑念が生じる。一方、そのファシリテータを選定する委員は市側から副市長など3人と外部の有識者など3人の計6人で構成されるが、選定基準などの詳細は明らかにされていない。このようにすべての手続きが市民が知らないまま、裏で既成事実化している実態が見えてきた。いずれにせよ、市民の意見を集約するという会議の性質上、いずれの会議も「公開」を原則とすべきである。

 

 

 

 

(写真はほとんどが”海苔弁”状態の開示文書)

 

 

 

《追記》~「裁可」!!!???

 

 本舘憲一議員(はなまき市民クラブ)の質疑応答の中で、上田市長が「裁可」という言葉を使い、あわてて撤回する一幕があった。もはや”死語”だと思っていた、こんな時代がかった言葉が意識下にあったとは…。無意識のうちにひょいと、口からこぼれた自らの”独裁者”宣言だったのだろう。

 

 世界大百科事典によれば、その定義はこうである。「大日本帝国憲法の下で,帝国議会の議決した法律案・予算案を受け入れ,国家の法律・予算として確定する天皇の行為であり,天皇が統治権の総攬者であることを示す一例(大日本帝国憲法6条)。裁可は天皇の裁量にまかされていたが,帝国憲法時代を通じて不裁可の実例は一つもなく,立憲的に運用された」

 

 

 

安寧の祈り…筝演奏と詩朗読のハーモニー、「3・11」を忘れまい!!??

  • 安寧の祈り…筝演奏と詩朗読のハーモニー、「3・11」を忘れまい!!??

 

 「星座の愛宕ローザン鉄道の妙円寺駅付近/湯煙の山の神温泉座あだりがらだ/ササラがバラランとしなっでよ/鹿が平和の豊年踊りを/風に跳(は)ねで/平和 平和だよとハネ踊っている」―。9日午後、寺の本堂に土地の地名を織り込んだ方言詩がこだました。筝(こと)と尺八、ピアノが織りなすハーモニーと詩のコラボレーション…まるで“音霊”と“言霊”が溶け合う瞬間に約130人の人たちが身じろぎもせずに聞き入った。

 

 世界的に活躍する筝奏者の浅井大美子・りえさん親子は昨年、第266代ローマ教皇フランシスコ(バチカン)に招かれ、平和を祈願する自作の「安寧(あんねい)の祈り」を奉納した。この際、地元在住の詩人、照井良平さんが宮沢賢治の詩「雨ニモマケズ」を朗読し、大きな共感を呼んだ。この日は「ぜひ、賢治のふるさとで…」という浅井さん親子の願いが通じた。照井さんは「バチカンの使者」など新たに3篇の詩を作って、披露した。「全世界の大気圏の中で呼吸する/真摯な生ぎ者だぢ 空に遊ぶ小鳥だぢや…/誰もが平和の手を握り/等しぐ生ぎられる国っこが…」―。朗々たる朗読を耳にしながら、私は13年前の東日本大震災の光景を思い出していた。

 

 花巻の高校教師だった照井さんのふるさとは壊滅的は被害を受けた沿岸の陸前高田市。駆けつけた海辺で、肩を震わせて泣き崩れるおばあさんに出会った。その時の気持ちをそのまま、詩に託した。「ばあさんのせなか」は京都国民文化祭の最優秀賞を受賞した。その書き出しの部分を私はいまでも、そらんじることができる。この詩はこう始まる。

 

 「ばあさん/こごさすわって/なにしてんのす/なんだっでかんだって/こんてぁなツナミ/こねぁば なんねぁのす/おら なんにも/わりごど してねぁのにさぁ/いえのほがに/むすめとまごまで/さらっていがれでしまっただぁ/まあだ 見っかっていねぁのっす/いまごろ こんなさむどこ/どごで なんじょにしているがどおもど/むぜぁくてむぜぁくて/いでもたってもいらくなぐなっでさぁ/ほんで はまさきて/こうしてんのす…」―

 

 照井さんは詩集『ガレキのことばで語れ』で壷井繁治賞を受賞するなどずっと、「3・11」にこだわり続けてきた。浅井さん親子も陸前高田など沿岸被災地の支援を続け、そのメッセージを背負って、世界中を駆け巡っている。「あぁ、賢治の宮沢賢治のふるさと花巻に/バチカンの使者がやってきた。…バンバララン、バンバラリンとかなたの海を越え…」―。巻紙をめくりながら、絶唱する照井さんと浅井さん親子のコラボに久しく忘れていた“安寧”のひと時をもらったような気持になった。

 

 

 

 

(写真は母親の大美子さんの演奏に合わせて、詩の朗読をする照井さん=6月9日午後、花巻市愛宕町の妙円寺で)

     

 

 

 

 

市民の目が注がれていますよ…「病院&図書館」論戦がスタート、6月定例会が7日開会へ!!??

  • 市民の目が注がれていますよ…「病院&図書館」論戦がスタート、6月定例会が7日開会へ!!??

 

 上田(東一)市政が抱える懸案である総合花巻病院の経営不安や迷走を続ける新図書館の行方などを焦点とした花巻市議会(定数、議長を含めて26人)6月定例会が7日に開会、25日までの19日間の会期が決まった。一般質問は10日、13日、14日の3日間で全部で15人が質問に立つ。

 

 「病院&図書館」問題を取り上げるのは5人だが、議長を除く最大会派の「明和会」(8人)や無会派の公明党(2人)、無所属(1人、病欠)の中で、この懸案に触れる議員はひとりもいない。毎度のことではあるが、お互いに監視し合うという「二元代表制」を放棄した“自殺行為”は目をおおうばかりである。一方、今議会には新図書館の立地場所を選定するための手法を外部に委託して決めるという、まるで“目眩(めくら)まし”みたいな予算案(約1,000万円)が上程される見込みである。当局と議会という「車の両輪」がともにその自浄力さえ失ってしまったかのように見える。そこに住まわされる住民の、これ以上の不幸はない。

 

 こうした“くびき”から抜け出す方法のひとつに地方自治法が定める「リコール」制度(解職請求権)がある。地方自治体の首長および議員などに対して、有権者の3分の1以上の署名で解職を請求をできる制度で、解職請求が成立するとそれにかかわる住民投票が行われ、過半数以上の賛成があれば解職が成立する。

 

 なお、今議会からYouTubeチャンネルによる視聴も可能になった。懸案事項の双方かそのどちらかを質疑する議員はこの日、HP上に公表された質問通告一覧によると、以下の通り(敬称略)

 

 

 

▽10日(月)~伊藤盛幸(緑の風)

▽13日(木)~阿部一男(社民クラブ)、照井明子(共産党花巻市議団)、羽山るみ子(はなまき市民クラブ)

▽14日(金)~鹿討康弘(緑の風)

 

 

(写真は授業の一環として議会傍聴に訪れた中学生。熱心にメモを取りながら一般質問の質疑に聞き入っていた=インターネット上に公開の写真から)

 

 

 

《追記》~前代未聞の予算計上…統治者能力の崩壊!!??

 

 花巻市議会3月定例会初日の7日、市側は図書館整備事業費として、10,468千円の予算案を計上した。新図書館の建設候補地の選定に係る意見集約などの運営に要する経費で、いわゆる「公募プロポーザル」方式で外部の第三者(ファシリテーター)に意見集約の手法を委託するという内容。「駅前か病院跡地か」という立地論争の中、市側は「中立性を担保するため」と力説するが、市民の間には逆に「中立性を装うため」と警戒の声も多い。

 

 そもそも、駅前立地を第一候補にしたのは市側ではなかったのか。市民が納得するような合理的な立地理由があったはずだが、何か公にはできない事情でもあるのか。市民の疑念は深まるばかりである。 ”迷走”から”脱線”へ。新図書館問題はついに、羅針盤を失った難破船になりつつある。「百年の大計」とも言われる文化の殿堂の前途に早くも暗雲が立ち込めている。議会側の賛否の行方も今後の市政運営を占う重要なポイントになりそうである。

芸術や文化による地域の再生は可能か…但馬からのメッセージと「賢治精神」!!??

  • 芸術や文化による地域の再生は可能か…但馬からのメッセージと「賢治精神」!!??

 

 表題のキャッチコピーに魅(ひ)かれて、『但馬(たじま)日記―演劇は町を変えたか』(岩波書店)というタイトルの本を取り寄せた。著者は宮沢賢治への造詣(ぞうけい)も深い劇作家で演出家の平田オリザさんである。ちなみに「オリザ」とは賢治の代表作『グスコーブドリの伝記』に出てくる言葉で、ラテン語で「稲」を意味するという。さて、東京で生まれ育ったオリザさんは5年前、「コウノトリの郷」で知られる兵庫県北の小さな町・豊岡市(旧但馬国)に移住した。本書は「演劇」による町おこしに立ち上がったまさに、たわわに実る稲穂さながらの奮戦記である。

 

 「兵庫県立芸術文化観光専門職大学」―。こんな長ったらしい名前の大学が2021年4月、豊岡市に開学した。芸術文化と観光をコラボした全国初のこの4年制大学の初代学長に就任したのがオリザさんである。国際アートセンターの開設、市内小中学校へのコミュニケーション教育の導入、旧役場庁舎を改築した河畔劇場の開業、コロナ禍の中で開催された豊岡演劇祭…。開学に先立って着々と地固めをしてきたオリザさんは思わぬ“逆風”に見舞われた。開学の2か月後、町を二分した市長選挙で「演劇のまちなんかいらない」と主張した新人候補が僅差で勝利したのである。逆にこのことが“全身演劇人”のこの人を奮い立たせたみたいだった。

 

 2年前の1月、市内の観光スポット「玄武洞」を舞台とした『十五少年・少女漂流記』と題する演目が河畔劇場で披露された。オリザさん自身が手掛けた脚本で、「たじま児童劇団」の旗揚げ公演だった。子どもたちの楽しそうな演技を思い浮かべていた私は突然、幼少期の記憶に一気に引き戻された。先の大戦の敗戦直後、空襲によって廃墟と化した花巻のまちに「花巻賢治子供の会」という児童劇団がうぶ声を上げた。賢治の教え子である照井謹二郎さんと妻の登久子さん(ともに故人)は賢治童話を劇にして、戦後の混乱に巻き込まれた子どもたちを励まそうとした。焼野原の中で焼失を免れた馬小屋がけいこ場だった。

 

 当時、東京から疎開した詩人で彫刻家の高村光太郎が郊外の山荘で独居生活を続けていた。照井夫妻は第1作目の『雪わたり』を携え、親類や近所の子どもたち十数人を寄せ集めた“にわか劇団”を引き連れて、慰問に出かけた。「(分校の)校長さんも先生方も部落の子供達も大工さんも製板さんも通りがかりの村の人達もみんな温かい気持に満たされて、うれしさうに見えました。現世では数へるほどしか数の少い幸福をつくり出すお仕事は何といふいいものでせう」―。光太郎からこんな感謝の手紙が届いた。会の命名はこの大芸術家からのプレゼントだった。

 

 「科学だけでは冷たすぎる。宗教だけでは熱すぎる。その中間に宮沢賢治は芸術を置いたのではないか」。オリザさんは劇作家、井上ひさしのこの言葉を引用しながら、こう書いている。「賢治の思いが、100年の時を経たいまよみがえる。熱すぎない、冷たすぎない、その中間に芸術や文化を置いたまちづくりが求められている」―。そういえば、オリザさんは『銀河鉄道の夜』の海外公演でも知られる“賢治通”である。最近では「演劇のまち」を訪れる海外からのインバウンド(観光客)も増えつつある。さらに、全都道府県や海外からも人材が集まる異色の大学としても注目が高まっている。

 

 「駅前か病院跡地か」―。その一方で、賢治が「イーハトーブ」(夢の国=理想郷)と名づけた当地はいま、新図書館の建設場所をめぐる“立地”論争に明け暮れている。そんな迷走劇を横目にしながら、私の関心事はもっぱら、病院跡地にその雄姿を見せるであろう「まるごと賢治」図書館の構想を思索することである。「ここ豊岡に世界の風を吹かせて、その風で小さな風穴を開けるのだ」―。オリザさんは本書をこんな言葉で結んでいる。瞬間、賢治のあの歌が唱和した。そう、『風の又三郎』に登場する風たちの主題歌である。

 

 

 「どっどど どどうど どどうど どどう/青いくるみも吹きとばせ/すっぱいかりんもふきとばせ/どっどど どどうど どどうど どどう」―。賢治がこよなく愛した霊峰・早池峰…生者に舞い戻った”賢治”がいままた、産土(うぶすな)のこの地に降臨し、あっちへこっちへとを闊歩(かっぽ)している。手を後ろ手に組む、ベートーベンを気取ったらしい、あのお馴染みのポーズで…。この天才芸術家は今度は何を企(たくら)んでいることか。

 

 

 

 

(写真は光太郎(2列目右から3人目)と記念撮影におさまる「花巻賢治子供の会」のメンバー。=撮影年月日と場所は不明。インターネット上に公開の写真から)

 

 

 

《追記》~ガザの悲劇と「賢治精神」

 

 「子どもたちが殺されていく」―。『週刊金曜日』(5月31日号)の表紙にはパレスチナ・ガザの悲劇を特集する大見出しとともに、息絶えようとしている幼児を抱きかかえる母親らしい女性らの写真が添えられていた。そして「言葉の広場」と題するコーナーまで読み進むと、今度は「今こそ宮沢賢治の想いを受け継ごう」という投稿が目に飛び込んできた。79歳の男性はこの中で、「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」(『農民芸術概論綱要』)というあの有名な言葉で文章を閉じていた。「賢治精神」が時空を超えて息づいていることになぜか、ホッとさせられた。