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「上昇志向」から「常勝思考」へ―”自由飲酒党”の狂乱

  • 「上昇志向」から「常勝思考」へ―”自由飲酒党”の狂乱

 

 全国的な豪雨被害のせいばかりではない。「あの日」以来どうも気分がすぐれない。あの日とはサッカ-ワ-ルドカップの対ポ-ランド戦で「1点差での敗北」を選択した”ギャンブル”戦法があった6月28日のことである。「日本は自陣に引きこもり、ポ-ランドもボ-ルを奪いに来ない。談合のようで失望した」、「攻撃サッカ-という自身の美学にとらわれず、指揮官の責任を果たすために決断した」(6月30日付「岩手日報」)…。甲論乙駁(こうろんおつばく)があるのは承知の上だが、この際、そのことにはあえて触れない。この稀有(けう)なる試合を見ながら、私はある感慨にふけっていた。北海道勤務を終え、東京本社に転勤になった際の挨拶状に私はこう書いた。28年前の1990年4月の日付がある。

 

 「地下鉄の中で、分厚い本を手にした若い女性を見かけました。題名をのぞいて、ぎょっとしました。『常勝思考』。捨て石の山が地方に築かれている間に、中央は勝つことだけに熱中していたのでした。言葉の片鱗として『上昇志向』という程度の記憶しかない浦島太郎にとっては驚くべき出来事でした」―。聞き覚えのある新興宗教の教祖本だった。この国が敗戦の悪夢から脱却するために「勝つこと」だけにうつつを抜かすようになったのはこの頃からだったのだろうか。パス回しのような光景にこの国の政治のありようが二重写しになった。「モリ・カケ(森友・加計)」騒動こそが、勝つことだけしか頭にない「安倍一強」の常勝思考の現れではないのか。そうした思考がスポ-ツの世界にまで浸透しているのだとしたら…。

 

 同時刻に戦われたセネガルーコロンビア戦で、セネガルが引き分けか勝利した時点で日本の決勝ト-ナメント進出は消滅する。結局、コロンビアが勝利し、日本は薄氷を踏むようなギャンブルに勝はしたが、「結果オ-ライ」で済まされるのであろうか。私のストレスの原因はこの辺にある。「もし、セネガルが勝っていたら…」―。日の丸鉢巻きの熱狂的なサポ-タ-はどう反応するのであろうか。多分、こうは言わないと思う。「だから、言ったじゃないか。ポ-ランド戦でも侍ジャパンの精神で堂々と戦うべきだった」―。手の平を返したようなこんなブ-イングは私にはとても予想できない。「自力ではなく他力に依存した」という点ではまさにいま現在の永田町の姿―革新の敵失に乗じた「パス回し」戦術そのものではないか。

 

 「日本は茶番のような試合で、裏口を通って16強入りした」(英紙「インディペンデント」)―。欧米のメディアは辛らつだが、茶番は今回の試合だけに止まらない。カンヌ国際映画祭で最高賞のパルムド-ルを受賞した「万引き家族」(是枝裕和監督、7月2日付当ブログ参照)に対し、安倍晋三首相がそっぽを向いていることにフランスのメディアが不満を募らせていることが話題になっている。是枝監督が安保法制に反対する「映画人/九条の会」に名を連ねていることが原因らしい。「常勝」軍団を率いる頭領ならではの幼稚な振る舞いである。

 

 「サムライ精神、頑張った。ありがとう」―。かりに決勝ト-ナメントに進めなかったとしても、この国の多くの人々はこう言って、選手たちを拍手で迎い入れたにちがいない。私はそう思う。150年前、戊辰戦争に勝利した西軍は「官軍」と自らを称し、敗れた東軍を「賊軍」と蔑(さげ)すんだ。「勝てば官軍、負ければ賊軍、。…否、負けても官軍」―。選手たちの凱旋(がいせん)の光景を見ながら、こんな言葉が口からもれた。そう、この国はいまや「安倍」一色に染め上げられてしまったのではないのか……と。

 

 オウム真理教の元代表、松本智津夫(教祖名、麻原彰晃)死刑囚ら7人の元教団幹部に対する死刑が6日、執行された。サリン製造の拠点が置かれていたのが、当時の山梨県上九一色(かみくいしき)村(現、富士河口湖町)だったことを不意に思い出した。縁起でもないが、「熱狂」と「狂信」とが一瞬、交錯するような錯覚を覚えた。死刑前夜でしかも豪雨災害のさ中、安倍首相や執行責任者の上川陽子・法相ら自民党議員がにこやかに乾杯している写真がネット上に出回っている。この人たちは一体、何に祝杯をあげているのだろうか。果たして、安倍「一神教」(ファシズム)の”勝利”に対してだったのかどうか…。我がニッポン国の「狂乱」状態は止まることを知らないようである。その元凶はもちろん、自由民主党、もとい”自由飲酒党”である。

 

 

(写真はチャ-タ-機で帰国した選手たちを待ち受けるサポ-タ-たち=7月5日、羽田空港で。インタ-ネット上に公開の写真より))

 

2018.07.07:masuko:コメント(0):[マスコラム]

是枝監督と「万引き」論争

  • 是枝監督と「万引き」論争

 

 「公権力とは距離を保つ」―。映画「万引き家族」でカンヌ国際映画祭の最高賞(パルムド-ル)を受賞した是枝裕和監督のこの発言が各方面で波紋を呼んでいる。きっかけは受賞後の6月7日、文部科学省が祝意を伝えたい意向を示したのに対し、同監督は自身のサイトでこう述べたことだった。「映画がかつて、『国益』や『国策』と一体化し、大きな不幸を招いた過去の反省に立つならば、大げさなようですがこのような『平時』においても公権力とは潔く距離を保つというのが正しい振る舞いなのではないかと考えています」(6月13日付当ブログ「万引き家族―そして、地獄谷とドロボ-部落と」参照)

 

 この映画には文化庁所管の独立法人・日本芸術文化振興会から2千万円の助成金が出ている。「国の補助金を使いながら、公権力と距離を置くとは何ごとか」、「国民の税金を使って、日本の恥部を描く反日映画を製作した」…。ツイッタ-上にこんな批判が殺到した。文化・芸術に対するナチスドイツの介入を教訓にした「ア-ムズ・レングス」と呼ばれる原則がある。「公権力は援助するが、芸術表現の自由と独立性は維持する、いわゆる『金は出すが口は出さない』原則」である(6月18日付「朝日新聞」―。こうした批判について、是枝監督はこう反論する。「補助金をもらって政府を批判するのは真っ当な態度なんだ、という欧州的な価値観を日本に定着させたい。…公金を入れると公権力に従わねばならない、ということになったら、文化は死にますよ」(6月25日付同紙)

 

 私がこうした批判以上に驚かされたのは、映画や小説、演劇など芸術作品に対する読解力や想像力の目を覆いたくなるほどの劣化である。”万引き(拾われる)”されてきた兄妹が雑貨屋で“家業”の訓練をする場面がある。店主(柄本明)はそれまで見て見ぬふりをしてきたが、ある時、ガラスケースからゼリ-棒を取り出しながら、こうつぶやく。「これやる」、「そのかわり…、妹にはさせるなよ」―。数日後、店先には喪中の張り紙が…。万引きの指南役だった兄にとって、あの時のつぶやきはきっと「遺言」だったにちがいない。万引き家族がそれぞれの新たな歩みに向けた一歩を踏み出すことになる重要なポイントの部分である。

 

 是枝監督はこれまで「分かりやすさ至上主義」に警鐘を鳴らしてきたと言われる。「だって、世の中って分かりやすくないよね。分かりやすく語ることが重要ではない。むしろ、一見分かりやすいことが実は分かりにくいんだ、ということを伝えていかねばならない。僕はそう思っています」と同上紙で語っている。善は「悪」を宿し、悪は「善」をはらむ―私はこの映画を見ながら、「分からなさ」の大切を肝に銘じ直したい思いがした。「それこそが芸術文化の醍醐味ではないか」と―。6月22日付の当ブログで紹介した哲学者で文筆家の花崎皋平(こうへい)さん(87)から「あの映画のブログは面白かった」と手紙が届いた。こんな内容だった。

 

 「私も以前、フィリピン・マニラのスラムに滞在したことがあります。住民の半分は窃盗や売春で暮らしている人たちで、電気は盗電、水道も同様で出会った女性たちは日本にキャバレ-などに稼ぎに行くといって、松田聖子の歌をおぼえていました。そうした住民たちの中に、マルコス独裁とたたかう軍事組織のメンバ-がいるといったぐあいで、居ごこちはとてもよかったです」―。6月13日付の前掲ブログで偽装妊娠や目が不自由だとウソをつき、国の扶助費をだまし取っていたことを出来事に触れた。その谷の住人で日本に強制連行された「弓長(ゆみなが)」さん(朝鮮名「張」さん)の不幸、つまり日本の植民地主義の罪業について、深く認識している日本人もまた、この谷の住人だったことに改めて思いが至る。

 

 すでに当ブログで言及したように、花巻市の上田東一市長は私の政務活動費の使途について、「本ばかり読んでいないで、書斎を出て外の意見にも耳を傾けるべきだ」という暴言を吐いた。是枝映画に対する軽薄・卑俗なな批判と同じ構図である。「二元代表制」を踏みにじっているという点ではさらに罪は重い。この人にはぜひ「ア-ムズ・レングス」原則の精神を学んでほしいものである。

 

 

(写真はパルムドールを受賞した是枝監督=インタ-ネット上に公開の写真から)

 

2018.07.02:masuko:コメント(0):[マスコラム]

『自由からの逃走』と現代社会、そして「平和の詩」

  • 『自由からの逃走』と現代社会、そして「平和の詩」

 

 ベトナム反戦運動や水俣病救済など幅広い社会問題に取り組み、戦後の市民運動をリ-ドしてきた社会学者で、評論家の日高六郎さんが6月7日死去した。享年101歳。中国・青島に生まれ、当時の東京帝国大学を卒業。60年安保闘争など多くの市民運動の先頭に立ち「行動する知識人」と呼ばれた。1969年、東大紛争での機動隊導入に抗議して東大教授を辞職。その後も反戦や公害、人権、憲法問題などに取り組んだ。「60年安保」世代の私にとって、その名声はつとに聞き及んでいたが、むしろドイツの社会心理学者、エ-リッヒ・フロムの名著『自由からの逃走』の訳者としての記憶の方が強い。なぜ、自由から逃げ出さなければならないのか―。その逆説的な定理に私を含む当時の学生たちはとりこになった。

 

 フロム(1900―1980年)が反ナチズムの立場から同書を刊行したのは1941年…第2次世界大戦のさ中だった。日高訳の初版は10年後の1951(昭和26)年で、私の手元に残されているのは1965(昭和40)年刊の新版。茶褐色に変色した同書には何か所にも傍線が引かれている。当時、すでに27版を重ねており、「60年安保」敗北の挫折感が同書に目を向けさせたのかもしれない。例えば、フロムが強調する「ファシズム」論を読み解く個所には二重線が施されている。「資本主義はたんに人間を伝統的は束縛から解放したばかりでなく、積極的な自由を大いに増加させ、能動的批判的な、責任をもった自我を成長させるのに貢献した。しかしこれは、資本主義が発展する自由の過程に及ぼした一つの結果であり、それは同時に個人をますます孤独な孤立したものにし、かれに無意味と無力の感情を与えたのである」(同書より)―。

 

 この文章に見られるように、フロムの論拠のキ-ワ-ドは「自由」である。フロムはこうも書き記している。「われわれはドイツにおける数百万のひとびとが、彼らの父祖たちが自由のために戦ったのと同じような熱心さで、自由を棄ててしまったこと。自由を求めるかわりに、自由から逃れる道をさがしたこと。他の数百万は無関心な人々であり、自由を、そのために戦い、そのために死ぬほどの価値あるものとは信じていなかったことなどを認めざるを得ないようになった」。せっかく手にした「自由」の重荷に耐えきれなくなった末の国民大衆の姿をフロムは祖国のナチズムに見出していたのである。

 

 「新聞読まない人は、全部自民党」(6月25日付「朝日新聞」)―。こんな見出しの記事に目を引かれた。麻生太郎・副総理兼財務相が自民党支持候補が勝利した新潟知事選を引き合いに、自民支持が高いのは10~30代として「一番新聞を読まない世代だ。新聞読まない人は、全部自民党なんだ」と持論を展開したという内容だった。しかし、例の“麻生節”としては片づけることができない不気味さを感じた。日高さんは新版に際して、こう書いている。半世紀以上も前の文章である。

 

 「現代社会というこの巨大なメカニズムのなかで、人間性の回復がどのようにして可能であるのか、ナチズムに表現されるような政治的あるいは暴力的画一主義にどのように抵抗すべきであるのか、さらに人類の破滅につながる戦争の危機を克服するにはどうすればよいのか。そうしたことがらはすべてわれわれ日本人にとっても切実な関心事であろう。そうした切実な関心にたいするひとつの答えとして、この『自由からの逃走』やその他のフロムの著書は、いまなお意味を失っていないと思う」―。

 

 ネット社会の中で、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス=インターネット交流サイト)でつながっている「10~30代」(新聞の未読層)は一見、無際限な「自由」を享受しているように見える。しかし、その自由が逆に彼ら若者たちの重荷になっているとしたら…。「安倍一強」体制という全体主義(ファシズム)にそのエネルギ-が収斂(しゅうれん)されつつあるとしたならば、残念ながらフロムの予言が的中したのだと認めざるをえない。私たちはまさに今、その崖っぷちに立たされているのだと思う。自由とは本来、それに伴う孤独や責任を引き受ける覚悟と互換関係にある。その覚悟がないままに「自由の海」へと抜き手を切った先に待ち構える悪夢について、フロムは未来に向けて警告しているのである。

 

 

(写真はエ-リッヒ・フロムの自画像のスケッチ画=インターネット上に公開の写真から)

 

 

『追記』~平和の詩「生きる」①

 

 「沖縄慰霊の日」に朗読された平和の詩(22日付当ブログ参照)が各方面で大きな反響を呼んでいる。そのひとつ、後藤正文さんの文章を以下に転載する(27日付「朝日新聞」)。まさに「自由からの逃走」を拒絶する真っすぐな意志がそこにはある。

 

 

 浦添市の中学3年生、相良倫子さんが「沖縄全戦没者追悼式」のプログラムのなかで行った詩の朗読の映像を見た。73年前の沖縄戦の風景に言葉が及ぶ直前、相良さんの顔がゆっくりと濁った。詩の内容と連動するように表情が変わってゆく様は、言葉たちがしっかりと相良さんの魂と結びついているように感じられた。

 

 「生きる」という題名の詩を朗読する間、持参したメモにほとんど目を落とさなかったことも、とても印象深かった。会場全体を見渡しながら、堂々と読み上げる姿に感動した。こうした式典へ児童や生徒たちが参加することに疑問を持つひとがいるかもしれない。「どうして詩の朗読を少女にさせるのか」という問いも分からなくもない。大人たちこそ、平和への願いを自らの言葉で発するべきだろう。

 

 相良さんの言葉は、誰かの想(おも)いや願望の代弁ではなかったと僕は感じた。ステレオタイプな「少女」のイメージを隠れみのにして、大人たちが押し着せたメッセージではなかった。「未来は、この瞬間の延長線上にある」という言葉にはっとさせられた。だから、平和を祈って今を生きるのだと。「過去と現在、未来の共鳴。鎮魂歌よ届け。悲しみの過去に。命よ響け。生きゆく未来に。私は今を、生きていく」 体が熱くなった。(ミュージシャン)

 

『追記』~平和の詩「生きる」②

 

 先日の沖縄慰霊の日追悼式で、地元の中学3年生相良倫子さんの平和の詩「生きる」の朗読に、久々鳥肌が立つような驚愕(きょうがく)を覚えた。聴き終えてふと思い浮かべたのが、「早熟の天才」と称されたフランスの詩人A・ランボ-。戦争を写実的に捉える中で、作者としての思いを印象的な言葉で紡ぎ、反戦、平和という揺るぎないテ-マをこれ以上ない散文、詩という形で表現した。個人的見方ではあるが、その言葉の錬金術は、かの偉人に通じているかのように思えた。加えて凛(りん)とした清楚(せいそ)で高潔なたたずまい。わずか7分間の朗読で文学を横切って行った少女。日本にもついに現れたかとの印象だ(7月2日付「岩手日日新聞」記者わーぷろ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2018.06.26:masuko:コメント(0):[マスコラム]

花崎皋平さま、長い間のご無沙汰をお許しください

  • 花崎皋平さま、長い間のご無沙汰をお許しください

 

 

 2期目の最終議会を終えて帰宅した(6月)18日午後、郵便受けに一冊の本が入っていた。「もしや」と思ったが、やはりそうだった。とげとげしい議会の応答の疲れをいやすためにと予約しておいた本である。『チュサンマとピウスツキとトミの物語 他』(未知谷刊)―。著者は北海道小樽市に住む哲学者で文筆家の花崎皋平(こうへい)さん(87)。タイトルの冒頭には「長編物語詩」とあった。アイヌ民族に寄り添い続け、時にはシャモ(和人)である己の立場に逡巡(しゅんじゅん)し、それでも一貫してぶれない生き方を学び続けてきた…それはまるで「人間賛歌」を謳った一大叙事詩のような趣だった。

 

 物語詩は文化人類学者でもあるポ-ランド人、プロニスワフ・ピウスツキ(1866-1918年)の数奇な来歴から始まる。1887年、ロシア皇帝アレキサンドル3世の暗殺未遂事件に連座したとして逮捕され、サハリン(樺太)へ。この島はチェ-ホフの『サハリン島』で知られる流刑地だった。ピウスツキはここでコタン・コロ・ニシパ(村おさ)のバフンケと知り合い、アイヌの言語や文化、民俗を研究。さらに、蝋管(ろうかん)蓄音機による肉声の録音に成功した。そのかたわら、先住民族の自助・自立・自治を訴えた「樺太アイヌ統治規定草案」を起草し、知事に提案するなどアイヌ研究に没頭した。こんな矢先、ピウスツキはバフンケの姪、チュサンマと恋に落ちる。ピウスツキ37歳、チュサンマ25歳。やがて、二人は一男一女に恵まれた。

 

 国際情勢は風雲急を告げていた。日露戦争(1904-1905年)で日本が勝利したことで、当時、ロシアとプロイセン、オ-ストリアに分割統治されていた祖国ポ-ランドにも独立の機運が高まっていた。妻子を連れての帰国を求めるピウスツキに対して、おじのバフンケは遠い異国への移住に首を縦に振らなかった。ピウスツキはひとり去り、これが永遠(とわ)の別れとなった。第一次世界大戦の終結を前にした1918年、ピウスツキはパリのセ-ヌ川に身を投じて自死した。

 

 「トミの物語」はこの文脈に重なるようにして始まる。のちに著者の妻となる「(村山)トミ」さんは1940年、クナシリ島(現北方領土)のルヤベツ村に生まれた。父は腕のいいアイヌの漁師で、7人兄妹の末っ子。敗戦で対岸の根室標津(しべつ)へ移った。「チュサンマさんと私は似ていると言われます」というトミさんの独白はこう続く。「内に思いを秘めた強いまなざしを持ち/私は 一羽で 空を舞う鷲/チュサンマさんは 原野に咲く一本の静かな黒ユリ/長じて ポ-ランド人と暮らす/私は 日本人の男に恋されて一緒に」―

 

 やがて、世は戦乱のさ中に…。ベトナム戦争から足元では伊達火力発電所や泊原発の建設反対運動、そしてアイヌ民族の人権闘争…。そんな中で、北海道大学の教員の職を辞した著者との出会いが待っていた。著者自身の作と思われる「そんなことなんでもないよ」と題する詩篇が文中に挟まれている。「下宿屋の2階四畳半/向き合っていた/「わたしアイヌなの」/「そんなことなんでもないよ」/よく言えたものだ/無知ゆえの/気休めのセリフだった/彼女は怒った/「わたしがどんな思いで言ったか あなたにはまったくわかっていない」/そのとおりだった/いったん口から出たことばを/出なかったことにすることはできない/この言葉を一生背負い/ひたいに『差別者』という烙印を自分で捺して/歩かねばならなかった」

 

 花崎さんと私は冒頭に掲げた写真(炭鉱災害)がきっかけで出会った。37年前の1981(昭和56)年10月16日、北炭夕張新炭鉱(北海道夕張市)でガス突出事故が発生。犠牲者93人という北海道で戦後最悪の事故となった。「エア-が弱くなった。気温が上がっているので…。エア-が来なければ終…」と書かれた遺書とともに最後の遺体が収容されたのは、事故から163日目だった。この事故が引き金となってヤマは閉山し、のちの財政破綻につながった。「本日の質草」という連載を私たち取材班は始めた。鼻先にかけてきた老眼鏡を外し「これで何とか」、そうかと思えば愛用の釣り竿を差し出し「50円が急に入用になったもんで」…。煙突から勢いよく煙が噴き出ている炭住に取材に出向くと、家の中はもぬけの殻。「夜逃げの常とう手段さ。居留守を使ってな」と隣家の男はニヤッと笑った。

 

 ある時、花崎さんから連絡が入った。温厚な語り口でこう話した。「夕張での悲惨な実態に無知だった。哲学者の端くれとして恥ずかしい。あなたの記事を読んでいると、音を立てて崩れ落ちる地域社会の姿が手に取るように分かる。ぜひ、現場を案内してほしい」―。当時、夕張新炭鉱には「本工」(正社員=直轄)のほか、掘進などの難作業には「組夫」と呼ばれる下請け作業員が従事していた。事故後に発生した坑内火災が救出の行く手を妨げていた。延焼を防ぐという名目で坑内に川水が注ぎ込まれた。坑内にはまだまだ59人が残されたままだった。生きながらの“死亡宣告”だった。斜めに傾いた組夫長屋ではヒロポンを打ちながら、仲間の救出に昼夜を徹したイレズミの男がいた。「フィリピンのスラム街よりひどい」と花崎さんは絶句した。ひと言も聞きもらすまいと身を乗り出した。この時のレポ-トは月刊誌に掲載され、大きな反響を呼んだ。

 

 アイヌ語に「アイヌ・ネノ・アン・アイヌ」という言葉がある。「アイヌ(人間)の中のアイヌ(人間)」という意味になろうか。最後に搬出された炭鉱マンの遺体は幼児のように小さかった。花崎さんと私は身じろぎもしないで手を合わせ続けた。目の前の遺体に”素”(す)の人間を見たような気がした。あの時以来、私は無意識のように花崎さんの背中を追い続けてきたのかもしれない。『チュサンマとピウスツキとトミの物語 他』の終章近くに花崎さんはこう書きつけている。「チュサンマもトミも 晩年は世に隠れ/孤独に 静かに 去っていった/…流れ星 一瞬光って一瞬消える/冬の夜空に見えた いのちの姿/女が男を愛したとき/男が女を愛した時/その愛は消えない…」ー。この文章を読みながら、私は漆黒の闇を照らすキャップランプの灯りにいのちの輝きを見たように思った。

 

 人生一直線のこの哲人は、こうして幾多の著作を通じて、いつも救いの手をさし伸べてくれた。魑魅魍魎(ちみもうりょう)たちを追い払う巫術(ふじゅつ)もどきもこっそりと伝授してくれた。なんと恵まれた果報者だったことか。文中に「遠山のかあさん」や「サキフチの傘寿」などとして登場するのは、北海道は浦河町姉茶に住む遠山サキ・フチ(おばあさん)のこと。アイヌ語のあれこれや野草の見分け方などを教えてもらった、私たちにとってもかけがえのないアイヌのお師匠さんである。

 

 

(写真は坑内からの救出作業に従事するする真っ黒い顔のヤマ男たち=記録集『よみがえれ炭鉱の街 夕張』から)

 

 

 

《追記》~沖縄慰霊の日(沖縄全戦没者追悼式)

 

 73年目を迎えたこの日23日、浦添市立港川中学3年、相良倫子さんの平和の詩「生きる」がニライカナイ(常世の国)の風に乗り、列島の上空を超えてアイヌモシリ(人間の静かな大地)へと届けられた。以下に全文を転載する。花崎さんは1990年春、読谷村に約3カ月間滞在し、琉球民族とアイヌ民族の歴史と文化を集めた資料集『島々は花綵(はなづな) ヤポネシア弧は物語る』の編纂に当たった。『生きる場の哲学』や『生きる場の風景』など「生きる」をテーマにした著作も多い。沖縄慰霊の日のこの日、南の島の梅雨は明けた。

 

 

私は、生きている。

マントルの熱を伝える大地を踏みしめ、

心地よい湿気を孕んだ風を全身に受け、

草の匂いを鼻孔に感じ、

遠くから聞こえてくる潮騒に耳を傾けて。

 

私は今、生きている。

 

私の生きるこの島は、

何と美しい島だろう。

青く輝く海、

岩に打ち寄せしぶきを上げて光る波、

山羊の嘶き、

小川のせせらぎ、

畑に続く小道、

萌え出づる山の緑、

優しい三線の響き、

照りつける太陽の光。

 

私はなんと美しい島に、

生まれ育ったのだろう。

 

ありったけの私の感覚器で、感受性で、

島を感じる。心がじわりと熱くなる。

 

私はこの瞬間を、生きている。

 

この瞬間の素晴らしさが

この瞬間の愛おしさが

今と言う安らぎとなり

私の中に広がりゆく。

 

たまらなく込み上げるこの気持ちを

どう表現しよう。

大切な今よ

かけがえのない今よ

私の生きる、この今よ。

 

七十三年前、

私の愛する島が、死の島と化したあの日。

小鳥のさえずりは、恐怖の悲鳴と変わった。

優しく響く三線は、爆撃の轟に消えた。

青く広がる大空は、鉄の雨に見えなくなった。

草の匂いは死臭で濁り、

光り輝いていた海の水面は、

戦艦で埋め尽くされた。

火炎放射器から吹き出す炎、幼子の泣き声、

燃えつくされた民家、火薬の匂い。

着弾に揺れる大地。血に染まった海。

魑魅魍魎の如く、姿を変えた人々。

阿鼻叫喚の壮絶な戦の記憶。

 

みんな、生きていたのだ。

私と何も変わらない、

懸命に生きる命だったのだ。

彼らの人生を、それぞれの未来を。

疑うことなく、思い描いていたんだ。

家族がいて、仲間がいて、恋人がいた。

仕事があった。生きがいがあった。

日々の小さな幸せを喜んだ。手をとり合って生きてきた、私と同じ、人間だった。

それなのに。

壊されて、奪われた。

生きた時代が違う。ただ、それだけで。

無辜の命を。あたり前に生きていた、あの日々を。

 

摩文仁の丘。眼下に広がる穏やかな海。

悲しくて、忘れることのできない、この島の全て。

私は手を強く握り、誓う。

奪われた命に想いを馳せて、

心から、誓う。

 

私が生きている限り、

こんなにもたくさんの命を犠牲にした戦争を、絶対に許さないことを。

もう二度と過去を未来にしないこと。

全ての人間が、国境を越え、人種を越え、宗教を越え、あらゆる利害を越えて、平和である世界を目指すこと。

生きる事、命を大切にできることを、

誰からも侵されない世界を創ること。

平和を創造する努力を、厭わないことを。

 

あなたも、感じるだろう。

この島の美しさを。

あなたも、知っているだろう。

この島の悲しみを。

そして、あなたも、

私と同じこの瞬間(とき)を

一緒に生きているのだ。

 

今を一緒に、生きているのだ。

 

だから、きっとわかるはずなんだ。

戦争の無意味さを。本当の平和を。

頭じゃなくて、その心で。

戦力という愚かな力を持つことで、

得られる平和など、本当は無いことを。

平和とは、あたり前に生きること。

その命を精一杯輝かせて生きることだということを。

 

私は、今を生きている。

みんなと一緒に。

そして、これからも生きていく。

一日一日を大切に。

平和を想って。平和を祈って。

なぜなら、未来は、

この瞬間の延長線上にあるからだ。

つまり、未来は、今なんだ。

 

大好きな、私の島。

誇り高き、みんなの島。

そして、この島に生きる、すべての命。

私と共に今を生きる、私の友。私の家族。

 

これからも、共に生きてゆこう。

この青に囲まれた美しい故郷から。

真の平和を発進しよう。

一人一人が立ち上がって、

みんなで未来を歩んでいこう。

 

摩文仁の丘の風に吹かれ、

私の命が鳴っている。

過去と現在、未来の共鳴。

鎮魂歌よ届け。悲しみの過去に。

命よ響け。生きゆく未来に。

私は今を、生きていく。

 

 

 

 

 

 

2018.06.22:masuko:コメント(1):[マスコラム]

私は政務活動費で、こんな本を買いました

  • 私は政務活動費で、こんな本を買いました

 

 地方議員の調査、研究などに支給される「政務活動費」をめぐる不正使用が全国的に問題になっているが、花巻市の上田東一市長が議会側に正式に受理された収支報告書の内容(使途)に介入するという前代未聞の事態が起きている(6月7日付当ブログ「『地方政治家のあるべき理想像』―そして、真逆の市長暴言」参照)。当市の政務活動費は年額24万円で、各議員に一括支給される。「花巻市議会政務活動費の交付に関する条例」によると、交付者は市長で、議長は収支報告書の写しを市長に送付することになっている。つまり、予算執行者の市長はその使途についても知り得る立場にある。その一方で、適正な運用を期するために議長には「調査権」が与えられている。

 

 今年4月10日付で受理された私の収支内訳(平成29年度分)は「資料購入費」が195,112円。うち新聞2紙(朝日新聞と岩手日報)の購読料が75、571円で、残りの119、541円が図書購入費。また、インクカ-トレッジやコピ-用紙、文房具などの「その他の経費」が32,854円で、差し引きの残額12,034円はすでに市側に返還している。一方、花巻市議会では平成28年12月、地方議会総合研究所の広瀬和彦所長を講師に招いて、「政務活動費の効果的な運用」についての研修会を開いた。その中で、広瀬所長は図書購入費に関して、「市議としての政治活動全般に必要、有益な知識を得るための必要経費だ」としたうえで、「幅広い知見を持つためにもジャンルを超えた本を読んでほしい」と述べた。

 

 例えば私がなぜ、「沖縄」関連の図書を多く購入しているのか。そのことと地方自治との関係性について、説明したい。日米安保条約と日米地位協定によって、在日米軍は日本国内に駐留しているが、その約7割が沖縄に集中しているのは周知の事実である。私たち花巻市民を含めた国民の安心・安全を担保する役割の大半が沖縄という一地方自治体に押し付けられている。“受益者負担”という観点から見てもこれはおかしい。だから、沖縄以外の地方自治体も当然のことながら、この不条理から目を背けてならない―というのが私の基本的な立ち位置である。小学生にでも分かる理屈である。沖縄の現実を知るためにまず本を読み、現地にも何度も足を運んできた。地方議員として、当然あるべき政務活動であると考えたからである。

 

 そのうえで、私は平成27年9月定例会で上田市長にこう質(ただ)した。「政治理念あるは政治哲学として、沖縄の痛みをどのように共有していくのか」―。こんな答弁が返ってきた。「花巻市域内の問題でない以上、憲法と地方自治法に定める市の権限と役割から、当市の地方自治に直接関連するとの判断をすることはできないものと考えています」(会議録から)―。ある意味で予想された通りの答弁だったが、双方に最低限の議論のきっかけができたことは評価できた。しかし、今回は違った。政務活動費について、誰も質問していないにもかかわらず、市民の代表者で構成する議会本会議場でその中身に口出しをする無礼もさることながら、二元代表制を足蹴(あしげ)にする強権支配に「安倍一強」の投影を見る思いがした。そもそも「市政とは何か。(質問要件とされる)市の一般事務とは何か」という議論をわきに置きながら、購読本を「市政」に限定するような“誘導発言”にその底意(そこい)が浮き彫りになった。

 

 一方で、議会側にも政務活動の範囲をめぐる論争はついて回る。例えば、平成28年6月定例会に日米地位協定の抜本的な見直しを求める請願が出されたことがあった。請願者は東日本大震災の被災者で、私が紹介議員になった。地方自治法はこう定めている。「普通地方公共団体の議会は、当該普通地方公共団体の公益に関する事件につき意見書を国会又は関係行政庁に提出することができる」(第99条)―。この種の議論で必ず持ち出されるのが、いわゆる「(国の)専管事項」論と「公益」論である。その意味では行政側と立脚点は変わらない。

 

 「岩手県には米軍基地はなく、地位協定との接点はない。ただ、花巻市民も観光などで沖縄を訪れることは多く、万が一でもそうした犯罪に巻き込まれることは想定しなければならない」(詭弁としての公益論)、「議会とは市民の願いを実現するために市政に働きかけるのが仕事であり、議会の権限外」(国の専管事項論)。一見、沖縄の現実に理解を示したように振る舞いつつ、不思議なことに革新系議員が主導する形で請願は不採択になった。米兵による婦女暴行や後を絶たない米軍機の事故や騒音…。こうした受難を少しでも減らそうと沖縄の全41市町村議会は日米地位協定の改定を求める意見書を提出している。この気の遠くなるような乖離(かいり)がすべてを物語っている。例えばそれは「沖縄差別」という言葉で代替されることなのかもしれない。

 

 

 以上、市議2期目の議会最終日(6月18日)を迎えるに当たり、政務活動費と購入図書との位置づけについて、その一例として「沖縄」問題へのアプロ-チを通じて、私なりの見解を述べたつもりである。「地方自治の本旨」(憲法第92条)に直接かかわる問題でもあるからである。沖縄関連本の手引きがなかったら、一地方議会での関連質問はそもそも想定できなかったと思う。「ジャンルを超えた」読書を勧めた広瀬所長の慧眼(けいがん)に感謝したい。『書を捨てよ、町へ出よう』は寺山修司の評論集のタイトルである。そこには彼一流のアイロニ-(逆説)やレトリック(修辞)、カリカチュア(風刺)が込められている。平成29年度中に政務活動費で購入した図書の全リストを以下に掲載する(購入順)。政務活動の範囲を逸脱していると言うのなら、その理由を教えてもらいたいものである。

 

 

1、「魂でもいいから、そばにいて―3・11後の霊体験を聞く」(奥野修司、1512円)

2、「沖縄 草の声・根の意志」(目取真俊、4531円)

3、「裸足で逃げる沖縄夜の街の少女たち」(上間陽子、1836円)

4、「命こそ宝―沖縄反戦の心」(阿波根昌鴻、842円)

5、「これってホント?誤解だらけの沖縄基地」(沖縄タイムス編集局編、1836円)

6、「森友学園事件の深層『皇国ニッポン』」(週刊金曜日臨時増刊号、700円)

7、「米軍と農民―沖縄伊江島」(阿波根昌鴻、842円)

8、文芸誌「文学界」2017年7月号(文藝春秋、970円)

9、「水俣を伝えたジャ-ナリストたち」(平野 恵嗣、2052円)

10、「今こそ、韓国に謝ろう」(百田尚樹、1400円)

11、「日本中枢の狂謀」(古賀茂明、2560円、中古)

12、「沖縄を生きるということ」(新城郁夫、2561円、中古)

13、「辺野古問題をどう解決するか―新基地を作らせないための提言」(新外交イニシアティブ、2344円)

14、「在日米軍 変貌する日米安保体制」(梅林宏道、950円)

15、「醜い日本人―日本の沖縄意識」(大田昌秀、1757円、中古)

16、「スノ-デン、監視社会の恐怖を語る」(小笠原みどり、2172円、中古)

17、「永遠の道は曲りくねる」(宮内勝典、1998円)

18、「影裏/第157回芥川賞受賞」(沼田真佑、1404円)

19、文芸誌「文学界」2017年9月号(文藝春秋、970円)

20、「狂うひと―『死の棘』の妻、島尾ミホ」(梯久美子、3240円)

21、「歴史を学び、今を考える―戦争そして戦後」(内海愛子、1620円)

22、「キジムナ-Kids」(上原正三、1836円)

23、「向井豊昭傑作集/飛ぶくしゃみ」(向井豊昭、2376円)

24、「小熊英雄詩集」(小熊英雄、756円)

25、「Journalism(ジャ-ナリズム)」2017年8月号(朝日新聞出版、800円)

26、「花びら供養」(石牟礼道子、2700円)

27、「ヒストリア」(池上永一、2052円)

28、「教団X」(中村文則、864円)

29、「R帝国」(中村文則、1728円)

30、「ルポ沖縄/現場記者が見た『高江165日』」(阿部岳、1512円)

31、「知ってはいけない/隠された日本支配の構造」(矢部宏治、907円)

32、「ダ-クツ-リズム入門/日本と世界の『負の遺産』を巡礼する旅」(風来堂、1620円)

33、「2084 世界の終わり」(サルサル・ブアレム、2592円)

34、「遠い山なみの光」(カズオ・イシグロ、756円)

35、文芸誌「文藝」2017年11月号(河出書房新社、1610円)

36、「リスクと生きる/死者と生きる」(石戸諭 、3155円、中古)

37、「日本二千六百年史」(大川周明、1188円)

38、「野火」(大岡昇平、464円)

39、「野火」DVD(1798円)

40、「東北おんば訳/石川啄木のうた」(新井高子、1944年)

41、「戦争とこころ―沖縄からの提言」(沖縄戦・精神保健研究会、1944円)

42、「ニュ-ヨ-クの王様」DVD(1849円)

43、「漫画 君たちはどう生きるか」(羽賀翔一、吉野源三郎原作、1404円)

44、「君たちはどう生きるか」(吉野源三郎、1048円)

45、「忘れられた巨人」(カズオ・イシグロ、1058円)

46、「わたしを離さないで」(カズオ・イシグロ、864円)

47、「日の名残り」(カズオ・イシグロ、821円)

48、「日本人と象徴天皇」(NHKスペシャル取材班、778円)

49、「新宿歌舞伎町俳句一家『屍派』」(北大路翼、1728円)

50、「銀河鉄道の父」(門井慶喜、1728円)

51、「原発労働者」(寺尾紗穂、821円)

52、「黙殺/報じられない“無頼系独立候補者”たちの戦い」(畠山理仁、1728円)

53、文芸誌「群像」2018年1月号(講談社、980円)

54、「仕方ない帝国」(高橋純子、1728円)

55、文芸誌「群像」2018年2月号(講談社、980円)

56、「憲法の裏側、明日の日本は…」(井上達夫、1944円)

57、「トランプ症候群、明日の世界は…」(井上達夫、1944円)

58、「おらおらでひとりいぐも/第158回芥川賞受賞」(若竹千佐子、1296円)

59、「おひとりさまVSひとりの哲学」(上野千鶴子、821円)

60、「縄文の思想」(瀬川拓郎、907円)

61、「保守の真髄―老酔狂で語る文明の紊乱」(西部邁、907円)

62、文芸誌「群像」2018年3月号(講談社、980円)

63、文芸誌「すばる」2018年3月号(集英社、950円)

64、文芸誌「文学界」2018年3月号(文藝春秋、970円)

65、総合雑誌「世界」2018年3月号(岩波書店、918円)

66、「維新の影―近代日本一五0年、思索の旅」(姜尚中、1512円)

67、岩波講座「文学(13)―ネ-ションを超えて」(小森陽一、3672円、中古)

68、「その後の震災後文学論」(木村朗子、2160円)

69、「保守と立憲―世界によって私が変えられないために」(中島岳志、1944円)

70、「琉球独立は可能か」(川瀬俊治、2376円)

71、「人間の居場所」(田原牧、799円)

72、文芸誌「群像」2018年3月号(講談社、980円)

73、「硫黄島」(菊村到、350円)

74、「東北を置き去りにした明治維新」(星亮一、1620円)

75、「ミライミライ」(古川日出男、2484円)

76、「仁義なき幕末維新/われら賊軍の子孫」(菅原文太、864円)

77、「日本人が忘れた日本人の本質」(山折哲雄、929円)

 

 

(写真は平成29年度に購入した「沖縄」関連本の一部)