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「新図書館」構想と裸の王様…で、『つづきの図書館』の方は!?

  • 「新図書館」構想と裸の王様…で、『つづきの図書館』の方は!?

 

 「そうか。やっぱり、裸の王様の仕業だったんだ」―。「新図書館」構想をめぐる一連の“騒動”を垣間見ながら、妙に合点がいったのだった。『裸の王様』とは言うまでもなくアンデルセンの名作のひとつで、権力者とそれにこびへつらう人間模様を皮肉的に描いた寓話である。今回の奇怪でグロテスクな構想を思いつくのは恐らく、「聞く耳を持たない」―裸の王様…つまり上田(東一)ワンマン市長しかおるまい、とこう思った次第である。そんな折しも、同じ裸の王様が登場するもう一冊の本のことを思い出した。金色の王冠をかぶっているが、あとは白いパンツだけの文字通りの“はだかの王様”はこうのたまう。

 

 「わしら図書館にいる本は、ほんの一時(いっとき)、借りてくれた人間といっしょじゃ。そのみじかいあいだでも、気にかかる人間はいる。その人間がその後、どうなったか知りたいこともあるんじゃ。一人の人間に一生愛されて、その人間のそばにおいてもらえる本もあるじゃろ。そんな本は幸せじゃ」(『つづきの図書館』)―。作者は当市・花巻出身の童話作家の柏葉幸子さん(66)。「図書館のつづき」ではなく、本の登場人物の側が本を読んでくれた読者の「つづき」を知りたがるという奇想天外な展開である。王様が会いたがっているのは、手術を待つ病院のベットで自分の本を読んでくれ少女の「つづき」の人生である。

 

 四方山(よもやま)市立図書館下町別館―。主人公の「山神桃」さんは現在の花巻市立図書館を思わせるこの別館の司書をしている。「この人のつづきを調べて…」とひょいっと、作品の中から飛び出してくるのは王様のほかに、『おおかみと七ひきの子やぎ』に出てくる狼や『うりこひめ』に登場する天邪鬼(あまのじゃく)など多士済々。探偵業さながらの人探しを手伝っているうちに、本好きだった桃さんが王様や狼、天邪鬼の力を借りながら、逆に自分の人生の「つづき」を辿りは始めている…。こんな浮き浮きする筋書きを読み進むうちに突然、20年近く前の光景が目の前に広がった。

 

 2002年4月20日―。花巻市文化会館大ホ-ルは立ち見が出るほどの観客であふれ、外には入りきれない人たちの長蛇の列ができていた。会場内では宮崎駿監督のアニメ「千と千尋の神隠し」(ベルリン映画祭金熊賞受賞)が上映されようとしていた。隣接する図書館では映画の上映に合わせて「柏葉幸子童話作品展」が開催されていた。この2年前、42年ぶりにふるさとに戻った私は映画館が姿を消してしまった街のたたずまいに愕然(がくぜん)とした。仲間たちに声をかけ、「花巻に映画の灯を再び」市民の会を結成。その旗揚げ記念に計画したのが宮崎アニメと童話作品展の同時開催だった。

 

 柏葉さんは大学在学中の1947年、『気ちがい通りのリナ』で、第15回講談社児童文学新人賞を受賞。『霧のむこうのふしぎな町』と改題して、2年後に第9回日本児童文学者協会新人賞に輝いた。実は「千と千尋…」はこの童話が下敷きになったアニメである。以前、宮崎監督はこう語っていた。「その頃、『霧のむこう…』という70年代に書かれた児童文学の映画化を検討してみたんです。正直、僕はその話のどこが面白いのか分からなくて、それが悔しくてね。映画化することで、その謎が解けるのではないかと…」(パンフレットから)―

 

 1日3回の上映会は大盛況で終わった。私たち「市民の会」は益金の一部で柏葉作品を買いそろえ、図書館に寄贈した。『ミラクル・ファミリ-』、『地下室からのふしぎな旅』、『ざしきわらし 一太郎の修学旅行』、『モンスタ-・ホテル』シリ-ズ…。第59回小学館児童出版文化大賞を受賞した『つづきの図書館』(2010年)に続き、『岬のマヨイガ』(2016年)で野野間児童文芸賞に輝いた作品など児童図書室にはいま、変幻自在な“柏葉ワ-ルド”が広がっている。作品の登場人物たちが読者たちと交流するという「下町別館」の摩訶不思議な空間…。「裸の王様」ならぬパンツ一丁の“はだかの王様”の仕草に笑いをこらえながら、私は思った。「図書館とは本来、想像力を養う小宇宙なのかもしれない」―と

 

 この日(2月17日)、たまたま「花巻市社会教育委員会議」(議長=石橋恕篤・富士大学教授、委員20人)が開かれ、「新図書館」構想の説明があると聞いて出かけてみた。議会側が特別委員会の設置を決めるなど市民の関心が高まる中、議論が深まることを期待したが、あら不思議。図書館の中身に踏み込む質疑は一切なく、「商業施設的なイメ-ジをあわせ持つ“こじゃれ”な図書館をつくっていただいきたい」―という意見を最後に、石橋議長の「時間も押していますので…」という進行で定刻にシャンシャンのお開きとなった。当局側にお墨付きを与えるだけの“追認機関”の正体見たりとはこのこと―ここにも妙に合点がいったのだった。

 

 最近、上梓された『炎の中の図書館』(ス-ザン・オ-リアン著)は1986年、ロサンゼルス中央図書館が炎上した米国史上最悪の図書館火災の復興過程を描いた力作である。その書評にこんなくだりがある。「図書館は単なる本の集積所ではなく、そこに住む人たちにとっては文化の象徴である。だからこそ、ロサンゼルス市民は自ら行動を起こした。学生は寄付金のため瓶やアルミ缶を集め、近隣住民は本のガレ-ジセ-ルを開催し、2万人以上が『本を救え』エッセ-コンテストに参加した。対立が起きがちだったロサンゼルスの人々だが、図書館への思いで一つにまとまったのだ。それもまた、本の持つ力なのだろう」(2月16日付「岩手日報」読書欄)

 

 当局側とその下請けと化した組織に包囲された感のある「イ-ハト-ブはなまき」としてはもはや、花南振興センタ-での勇気ある女性の”請願駅”発言(2月14日付当ブログ参照)にならい、「住民運動」しか残された道はないのかもしれない。それにしても、ニュ-ヨーク公共図書館やロサンゼルス中央図書館に見られる米国の“底力”には圧倒される。そういえば、わが「裸の王様」は米国のこの二つの巨大都市に住んだ経験がある、と自慢げに話していたっけなぁ…

 

 

 

(写真は柏葉ワ-ルド満載の『つづきの図書館』=インタ-ネット上に公開の写真より)

 

 

「新図書館」構想、住民にも飛び火…議会への批判も

  • 「新図書館」構想、住民にも飛び火…議会への批判も

 

 「(新図書館構想に)議会側もびっくりしたということだが、こんな構想を許してしまう議会側こそが当局から下に見られているというか、バカにされているんじゃないのか」―。14日開かれた議員全員協議会(全協)で、図書館問題に関する「特別委員会」の設置を決めたこの日、花南新興センタ-での最後の議会報告会の席上、矛先(ほこさき)が今度は議会側に向けられた。質疑応答の際、特別委員会の設置に至る経緯について、「想定外の構想に議会側も正直、驚いている。今月28日に開催される3月定例会の最終日(3月18日)に、正式に設置を議決したい。図書館はどうあるべきかということに特化した委員会にすることで議員間の合意ができている」と説明があった。

 

 この日の参加者は全部で27人で、矢沢振興センタ-(10日開催)の7倍近い参加者が足を運んだ。今回の新図書館構想への関心も高く、次々に発言を求める手が挙がった。私は図書館の委託調査費が3月定例会で予算計上された場合の対応について、ただした。「当局側はそのような意向だと聞いているが、予算特別委員会もあるのできちんと議論をしたい」と答え、班長の近村晴男議員は「3月定例会は将来を左右する議会運営になりかねない」と決意を口にした。私はかつて想像したことのない光景に若干の興奮を覚えた。そして、マグマが噴出したかのような住民の言葉に耳を傾け続けた。

 

 「議会側はこれまでこの問題にどう取り組んできたのか。図書館は本来、教育委員会の管轄だと思うが、その姿が見えない。市民の声を吸い上げるというが、どんな方法でやるのか」、「新幹線の新花巻駅の設置の時も議会は腰を上げなかった。だから、市民運動の“請願駅”として実現にこぎつけた歴史がある。あの二の舞だけは避けてほしい」(女性)、「3年前に名古屋からUタ-ンしてきたが、医療と福祉の貧困さに驚いている。議員として任期中にこれだけは実現したいという“やる気”を見せてほしい。何年間も議員を続けている人がいる割には使命感というか、志が見えてこない」、「私が以前住んでいた愛知の安城市では議員を囲むような車座方式で報告会をやっていた。今日のような議員と対峙するようなやり方では距離感を感じてしまう」、「パソコンで議会中継を見るが、議員全員の顔を写すことはない。たまには議場の中の議員の顔も拝見したい。傍聴席が狭く、行きたいと思っても苦渋を強いられてしまう」(女性)…。時折、参加者の間から、拍手さえわき起こった。

 

 ひょっとしたら、この日は首長や議員に対する実質的な「リコ-ル(解職)」宣言の節目の日ではなかったのか―。ふと、そんな気にさせられた。全協のあと、現図書館の閲覧室の写真の撮影に訪れた際、女性の司書たちに特別委員会設置の報告した。何を勘違いしたのか、「ありがとうございました」と言われた。その中の一人がニッコリとほほ笑んだ。「私、ニュ-ヨ-ク公共図書館を観ました。あんな図書館がほしい」―。冒頭の辛口発言を含め、報告会で勇気ある発言をした二人の女性、そして図書館への夢を語る司書たち…。女性たちの感性の豊かさにほっこりさせられた不思議な一日だった。

 

 

 

(写真は熱気に包まれた議会報告会=14日午後、花巻市南城の花南振興センタ-で)

「新図書館」構想、集中砲火!!…議会内に特別委員会の設置へ

  • 「新図書館」構想、集中砲火!!…議会内に特別委員会の設置へ

 

 「これほどまでに議会はなめられているのか、あるいはひょっとして“敵前逃亡”ではあるまいか」―。「新図書館」構想(2月11日付当ブログ、あるいは花巻市のHP上に公開の議員説明会や記者会見資料などを参照)をめぐる花巻市議会の議員全員協議会(全協)は14日、こんな異様な光景で幕を開けた。今回の構想の最終的な立案責任者である上田東一市長の姿はなく、国から出向している長井謙副市長や担当部課長が神妙な表情で目の前に座っていた。「規則上は副市長以下の出席になっているが、これだけ問題が山積している懸案事項を部下任せで良いのか。他の公務を変更してでも市長自らが説明すべきではないのか」―。ある議員のこの発言をきっかけに当局に対する“集中砲火”が始まった。

 

 「議会に対する事前説明もなく、いきなり図書館の姿がまったく見えてこない構想案が降ってわいた。信じられないほどの議会軽視だ」、「市民参画の手法が完全に無視されている。これから市民への説明をするというが、単なるアリバイづくりではないのか」。「最初から“複合施設”ありきの計画。図書館のコンセプト(理念)のかけらもない」…。冒頭のあいさつもなく、長井副市長は座りっぱなしで、矢面に立った担当の市川清志・生涯学習部長は先月29日に行われた、質疑応答を含む記者会見資料をただ、棒読みするだけ。議員たちのボルテ-ジも次第に上がってきた。「頭(顔?首?)を洗って、出直した方が良い」、「このままではとても容認できない。いったん、構想自体を白紙に戻すべきではないか」、「『新花巻図書館』などという枕を外して、単なる複合施設整備事業構想の方がすっきりする」―

 

 「この際、議会内に図書館のあり方を検討する特別委員会の設置を提案したい」―。約1時間半にわたった全協の閉会間際にある議員が緊急動議を提出した。小原雅道議長が全員に諮った。「委員会の設置に反対の人はいませんか。いないようですので…」―。全員が賛成して、特別委員会の設置が決まった。私は刮目(かつもく)しながら、目の前の光景に目を凝らした。上田ワンマン体制に対してやっと、「ノ-」が突きつけられた瞬間ではないか、とそんな思いがした。私の2期8年間の議員生活ではついぞ、見かけることのなかった場面だったからである。そして、議員本来の姿を取り戻したことを素直に喜びたい気持ちになった。ところで、私はHP上に公開の「市長へのメ-ル」に2月9日付で以下のような投稿をした。本日(14日)現在、「なしのつぶて」である。

 

 

《新花巻図書館構想に関連し、次の3点について質問します》

 

●米国・ニュ-ヨ-クには“知の殿堂”と言われる世界最大級の「ニュ-ヨ-ク公共図書館」(NYPL)があります。かの地の勤務経験が長い上田東一市長はこの図書館を訪れた経験はありますか。ある場合は何度ほどですか。

この図書館の全貌を描いたドキュメンタリ-映画「ニュ-ヨ-ク公共図書館―エクス・リブリス」が巨匠、フレデリック・ワイズマン監督に手によって作品化(2017年)され、日本でも昨年5月に公開されました。「図書館とはどうあるべきか」―という理念が凝縮された3時間25分の超大作です。上田市長をこの映画を観たでしょうか。

●実際に当該図書館に足を運び、映画も鑑賞されているとしたら、今回の新花巻図書館構想の中にNYPLの理念がどう生かされ、今後どう反映させるつもりなのか―について回答を求めます。

 

 

 

(写真は10人も座ればいっぱいになってしまう現図書館の閲覧スペ-ス。ところが、今回の「新図書館」構想ではこうしたソフト面には一切、触れられていない=花巻市若葉町の現花巻市立図書館で)

 

 

「新図書館」構想で、全協開催へ…議員側にも異論噴出!?

  • 「新図書館」構想で、全協開催へ…議員側にも異論噴出!?

 

 「骨抜き」、「想定外」、「議会軽視」…。花巻市当局が公表した「新花巻図書館複合施設整備事業」構想(2月6日付当ブログ参照)をめぐって、議会側から激しい異論や不信の声が挙がっている。このため、今回の構想が練られた経緯やその内容について、当局側の真意をただすため、今月14日に議員全員協議会(全協)が開催されることになった。10日から始まった「議会報告会」(市民と議会との懇談会)でもこの問題に議論が集中し、トップダウンの市政運営にも批判が集まった。

 

 矢沢振興センタ-で開かれた議会報告会には図書館問題などを管轄する「文教福祉常任委員会」の本舘憲一委員長など6人の議員が出席した。市民の参加者はわずか4人と少なかったが、その分、新図書館をめぐる質疑に時間が割かれた。私はまず、昨年秋の議会報告会の席上、当局任せにするのではなく、議会としても独自の“青写真”(対案)を示すべきではないか―という観点から「(図書館)特別委員会」の設置を提案。その後の対応について、ただした。これに対し、本舘委員長は「その趣旨については各議員に伝えたが、具体的な議論までには至らず、宙に浮いた形になっていた。議会として今後、しっかりと向き合っていきたい」と答え、さらに語気を強めながら、こう続けた。

 

 「肝心の図書館の役割や機能については、一切触れられておらず、基本計画の策定さえも不透明な状態だ。まさに、“骨抜き”構想と言わざるを得ない。この点では議会運営委員会でも認識は一致している。特別委員会の設置も視野に入れながら、市民目線に立った図書館建設を目指していきたい」―。また、報告会を締めくくった若柳良明議員も「まったく想定外の構想に驚いている。議会の真価が問われる事態なので、徹底的に議論を詰めていきたい」と語った。

 

 今回の不動産物件まがいの新図書館構想は別の意味で、その突出ぶりが注目を集めている。国立国会図書館が運営する「図書館に関する情報ポ-タルサイト」には世界各地の図書館情報が集められており、当市の事例は1月30日付で紹介されている。この前後にざっと目を通すと―。

 

 

●町田市立中央図書館(東京都)~中高生向け「TEEN LIBRARY」をオ-プン。カフェをイメージした空間(1月16日付)

 ●中津市立小幡記念図書館(大分県)~妊婦や赤ちゃん連れの利用者がゆっくり座れることのできる「マタニティコ-ナ-」を設置(1月27日付)

 ●山形県立図書館、リニュ-アルオ-プン~対面朗読室、アクティブラ-ニングル-ム、ビジネス支援コ-ナ-などの設置(2月3日付)

 ●千葉市図書館~ビジョン2040(案)へのパブリックコメントの手続きを実施へ(2月6日付)

●龍ケ崎市立中央図書館(茨城県)~公共施設再編成の市民フォ-ラム「ワカモノ×図書館 みんなで考えよう これからの公共施設」―を開催。若者目線で考えた同館の有効活用のアイデアを発表(2月7日付)

 

 

 「新千葉県立図書館等複合施設基本計画」―。昨年8月、千葉県と県教委によって策定されたこの計画がひょっとして、当市の構想に類似しているかもしれないと思って調べてみたが、複合化とは文書館(ア-カイブ)と図書館との連結を意味し、その基本理念にはこうあった。「新たな知の拠点は、千葉県の有する様々な文化情報資源とそれを取り扱う専門的スキルを有する人々が集まり、県民の豊かな知的活動の基盤、知的生産の象徴となるような拠点と なることを目指します」。似て非なるものーとはこのことを指す。しかも、当市の構想策定に当たっては市教委は”蚊帳の外”に置かれたままだった。

 

 このポ-タルサイトの図書館情報はそのほとんどがソフト面に関わる内容である。それだけに「仏作って、魂入れず」という当市の奇怪な図書館像が余計に目立ってくる。皮肉れば、「集合住宅附属図書館」という過去に例を見ない”画期的”な試みになるやもしれない。「不動産業」としての図書館経営という意味で…。今後の動きから目を離せない所以(ゆえん)である。

 

 

 

(写真はたった4人しか集まらなかった議会報告会。逆に図書館論議は深まった=2月10日午後、花巻市の矢沢振興センタ-で)

暖冬異変ならぬ、上田「異変」…新図書館の“怪”と如月の満月と

  • 暖冬異変ならぬ、上田「異変」…新図書館の“怪”と如月の満月と

 

 公益財団法人「総合花巻病院」は医師不足や診療科目の縮小が解消されないまま、3月1日にオ-プンすることが正式に決まったが、今度はまさかと思っていた「本(理念)なし図書館」構想が明らかになった。人気(ひとけ&にんき)のない花巻中央広場や荒れ野と化した新興製作所跡地、旧料亭「まん福」の解体計画、かけ声倒れの中心市街地活性化…。そして、ついには「不動産」物件に姿を変えた“図書館”の出現である。上田(東一)ワンマン市政の無能ぶりを天下にさらすような今回の構想が公表されたのは1月29日。新年早々、「悪夢」が「正夢」になったという縁起でもない話である。ペテン、つまり詐欺まがいというのはこの種のことを言うのである。

 

 宮沢賢治や萬鉄五郎など郷土を代表する先人を紹介しながら、「新図書館整備基本構想」(平成29年8月)にはその基本方針について、こう謳われている。「市民一人ひとりの生活や活動を支援することを基本的に考えながら、先人が育んできた『学びの精神』を受け継ぎ、図書館が次世代を担う子どもの読書活動を支援し、豊かな心を育てる施設として、また情報を地域や産業の創造に結びつける施設として、まちや市民に活力と未来をもたらす図書館を目指して…」―。ここには曲がりなりにも図書館のあるべき姿(理念)が示されているが、今回公表された「新花巻図書館複合施設整備事業構想」はそのねらいについて、冒頭にいきなりこう記す。

 

 「本市は、将来を見越して効率的で利便性の高い暮らしやすい都市づくりに取り組んでいます。…駅前に賃貸住宅も併設する図書館複合施設を建設することは、市街地の人口密度を保ちつつ、市内の複数の拠点を公共交通でつなぐ『コンパクト・プラス・ネットワ-ク』構想の具体的な取り組みの一つです。複合施設の上層部に若者から高齢者まで対応できる様々なタイプの賃貸住宅を整備します。持続可能な街の都市形成に向けて、健康で快適な都市型生活環境を提供し、子育て世代など若年層にも魅力的なまちをつくります…」―。資料には建設予定地や整備手法、財源などの説明があるだけで、肝心の図書館の蔵書数やその種別、閲覧空間、書架の機能、司書の配置などのソフト面については一切、触れられていない。「主客転倒」―「本末転倒」とはこのことである。

 

 「仏作って、魂入れず」―。とくに図書館のような文化施設の場合、「箱もの」行政を優先させるのは“鬼門”とされている。当たり前のことである。「知のインフラ」ともいわれる図書館づくりに当たってはまず、「そこの住民にとって、どんな施設が理想的か」という入口論からスタ-トしなければならない。どこに建てるのか、どんな規模にするのか―といった問題はそれからである。最初から逆さまなのである。宮沢賢治の理想郷「イ-ハ-ト-ブ」をまちづくりのスロ-ガンに掲げ、文化都市の実現を標榜(ひょうぼう)する自治体の貧相な素顔が透けて見えてくるではないか。しかし、上田市長は当初から、図書館にはあまり熱心ではなかったようなのである。たとえば、その心臓部に当たる蔵書数について―

 

 前市政が平成25年5月、新図書館の建設に当たっての適正蔵書数を「50~65万冊」と算定したのに対し、その後に就任した上田市長は半分の30万冊に見直す考えを示し、その理由をこう述べた。「人口減が見込まれる中で利用者が蔵書数の増加ほどに増えるとは考えにくく、一層厳しさを増すと見込まれる財政状況を踏まえ、運営経費や従事者数が現状を大きく超えないよう計画の規模を見直す必要があります。蔵書数は県内他市の市立図書館と比較して突出して多いものでしたが、30万冊は花巻市の都市規模にもほぼ見合うものと考えられます」(「まちづくりと施設整備の方向」、平成26年11月)―

 

 その後、蔵書数などのソフト面の論議が深められた形跡はなく、今回の不動産まがいの構想がいきなり表面化したというのが真相である。大学入学共通テストをめぐる某大臣の「身の丈」発言を髣髴(ほうふつ)させる言葉ではあるまいか。人口比と蔵書数とを単純に比較するという、その精神の貧困さに驚いてしまう。

 

 商社勤務時代、ニュ-ヨ-クなどでの長い勤務体験のある上田市長は議会答弁などでそのことを自慢げに口にすることがあった。その大都市に世界最大級の知の殿堂と言われるニュ-ヨ-ク公共図書館(NYPL)がある。1911年に建てられ、いまでは黒人文化研究図書館や科学産業ビジネス図書館など4つの研究図書館と88に及ぶ地域分館で構成されている(2019年10月8日付当ブログ参照)。ドキュメンタリ-の巨匠、フレデリック・ワイズマン監督によって映画化(2017年公開)され、日本でも昨年5月に公開された。「図書館とはこうあるべきだ」という3時間25分に及ぶこの超大作は図書館関係者には必見の作品である。

 

 NYPLには世界中から演劇人や俳優、作家、研究者、政治家など様々な人々が集まってくる。この知の殿堂から発信された芸術作品は数限りない。一方、賢治作品は遠くクロアチア語やルーマニア語などを含め、その翻訳国数は世界一を誇る。だからたとえば、「賢治ライブラリ-」を名乗るだけで国内だけではなく、全世界から賢治研究者や愛好家を呼び寄せるのも夢ではない。というよりも、想像力豊かで柔軟なこうした発想こそが実は、図書館づくりの醍醐味なのである。「仏に魂を入れる」―というのはまさにこのこと。「イ-ハト-ブはなまき」に足を運んでも賢治の作品や関連本がきちんと、整備されていないという不満は以前から聞こえていた。ましてや、ハ-ドやソフトを含め、図書館全体の枠組み作りを外部に丸投げするというやり方は邪道そのもの…いや、行政の責任放棄と言わざるを得ない。

 

 行政トップを司る我が”宰相”よ、アメリカ時代に一度はNYPLに足を運んだことがあるとは思うが、もしなかったらば映画だけはぜひ、見てほしいと思う。いまからでも遅くはない。原点に立ち返って、構想を練り直してほしいと切に願いたい。図書館のようなビッグプロジェクトは文字通り「百年の計」だからである。ブログの再録になるが、ワイズマン監督はこう述べている。「ニュ-ヨ-ク公共図書館は最も民主的な施設です。すべての人が歓迎されるこの場所では、あらゆる人種、民族、社会階級に属する人々が積極的に図書館ライフに参加しているのです」(パンフレットから)。米国では図書館を称して「ピ-プルズ・パレス」(people's palace)と呼ぶという。「人々がより集う」という意味では、まさに“人民宮殿の名にふさわしい命名である。

 

 貧すれば、鈍する…。軽佻浮薄(けいちょうふはく)にして、かつ強権的なご仁(じん)に行政を任せていては、我がふるさとは破壊されてしまいかねない。NYPLは当市でも導入を検討している「公民連携」方式で、運営費の約4割は民間からの寄付で賄(まかな)われている。この成功例に謙虚に学ぶことから出直したらどうか。

 

 

 

(写真は雲間から顔を出した満月。「花巻市政の”暗雲”も振り払ってほしい」と思わず、手を合わせた=2月9日、花巻市桜町3丁目の自宅から)

 

 

 

《追記-1》~図書館の充実を!

 

 身内のことで恐縮だが、沖縄・石垣島に住む小学5年生の長男の孫が最終学年の生徒会長に立候補する決断をしたとして、手書きのポスタ-の写真を送ってきた。「がんばるので、一票お願いします」と書かれ、公約には「マナ-を守り、元気で本をたくさん読む学校にします」とあった。で、結果のほどは?立候補者は全部で15人。この数もすごいと思うが、最初に5~6年生の投票で6人にしぼり、最終的には3年生以上の投票で選出されるのだという。孫は第8位の次々点で涙を飲んだそうだが、「立候補しただけで偉い」とエール。親バカだと思い、ご寛恕(かんじょ)のほどを…。それにしても、孫の話になるとジジイの頬(ほほ)は緩みっぱなしになるもんですねぇ。「70歳になってから、市議に立候補した誰かさん(つまり私)に似たのかなぁ」とは娘の言

 

 

《追記―2》~ある書評家の”遺言状”

 

 岩手日報のコラム「青春広場」で14年間にわたって、本の魅力を伝え続けてきた花巻市在住の書評家・岩橋淳さんが難病の末に亡くなって、1年が過ぎた。私も彼の的を外さない書評をきっかけに何冊もの本を購入したひとりだが、その思いを共有する仲間たちがクラウドファンディングで制作費を募り、連載の書籍化に踏み切ったことを同紙が報じていた(2月7日付「風土計」)私は生前、当市の図書館関係の部署に対し「一度図書館の理念について、意見を伺ったらどうか」と持ちかけたが、担当者は同じまちに住む、この”本の目利き”の存在すら知らなかった。岩橋さんはほどなく、旅立った。「風土計」は記事をこう結んでいる。「岩橋さんの情熱が本になる。その情熱に触れた若者たちが読書好きになり、自らの世界を広げ、本と一緒に大きく羽ばたく。そんな未来への旅行者があふれてほしい」

 

 

《追記ー3》~スノームーン

 

 2月9日午後5時45分ごろ、厚い雲間から2月(如月=きさらぎ)の満月が少しづつ、顔を出し始めた。そしてやがて、雲を吹き払った中天にぽっかりと…。ネイティブアメリカンが「スノームーン」と呼ぶ冬の月である。しんしんと冷え込む寒気の中に「雪月」はさえざえと浮かんでいる。真冬に欠かせない風物詩。いやな世情を忘れさせる一瞬でもある。そういえば、亡き妻のニックネ-ムも「満月」さんだった。ふと見上げると、さっきまで纏(まと)っていた雲の衣装を、満月はどこかに脱ぎ捨てたらしい。寒くないのかい、お前は…。はるか南の島の海に眠る妻をしのび、「月桃」(作詞・作曲、海勢頭豊)を聴く。ベッドにもぐりこむ前にまたひょいっと見上げると、な~んだ、また綿入れみたいな“雲衣”にくるまっているではないか。だろう、やっぱり寒かったんだろう(上掲写真)