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即位礼と啄木、そして“ジョ-カ-”の登場

  • 即位礼と啄木、そして“ジョ-カ-”の登場

 

 「天皇陛下万歳」という発声と21発の祝砲―。「即位礼正殿の儀」(10月22日)の光景をテレビで見ながら、ふいに“狂気”の予感のようなものが体を貫いたように思った。その前日、公開されたばかりの米国映画「ジョ-カ-」(トッド・フィリップス監督)を見たせいかもしれない。「ふんわりと進んだ代替わり/消費される天皇制」(22日付朝日新聞)という見出しが新聞におどっていた。まるで祝祭儀のように粛々(しゅくしゅく)と営まれた「令和天皇制」への移行は一方で、“ジョ-カ-”の出現をいつか許してしまうような「終わりの始まり」ではないのか、とそんな気がしたのである。

 

 時はさかのぼり、明治天皇(1852―1912年)の暗殺を企てたとして、幸徳秋水ら12人が死刑に処せられた「大逆事件」(1910年5月~)の直後、石川啄木は『時代閉塞の現状―強権、純粋自然主義の最後および明日の考察』の中に以下のように書き付けた。100年以上も前の啄木のこのメッセ-ジは日本やアメリカだけではなく、世界の現状を射抜いて余すところがない。

 

 「我々青年を囲繞(いぎょう)する空気は、今やもうすこしも流動しなくなった。強権の勢力は普(あまね)く国内に行わたっている。現代社会組織はその隅々(すみずみ)まで発達している。――そうしてその発達がもはや完成に近い程度まで進んでいることは、その制度の有する欠陥(けっかん)の日一日明白になっていることによって知ることができる。…そうしてまた我々の一部は、『未来』を奪われたる現状に対して、不思議なる方法によってその敬意と服従とを表している。元禄時代に対する回顧(かいこ)がそれである。見よ、彼らの亡国的感情が、その祖先が一度遭遇(そうぐう)した時代閉塞の状態に対する同感と思慕とによって、いかに遺憾(いかん)なくその美しさを発揮しているかを」


 「かくて今や我々青年は、この自滅の状態から脱出するために、ついにその『敵』の存在を意識しなければならぬ時期に到達しているのである。それは我々の希望やないしその他の理由によるのではない、じつに必至である。我々はいっせいに起ってまずこの時代閉塞(へいそく)の現状に宣戦しなければならぬ。自然主義を捨て、盲目的反抗と元禄の回顧とを罷(や)めて全精神を明日の考察――我々自身の時代に対する組織的考察に傾注(けいちゅう)しなければならぬのである」

 

 いささか長い引用になったが、啄木のこの予言が名優、ホアキン・フェニックが演じる殺人鬼“ジョ-カ-”として、私たちの目の前にいま立ち現れたのではないのか―。夢想、いや妄想と言われれば、あるいはその通りかもしれない。しかし、その一方で私の脳裏には今次の台風襲来に際し、一部の自治体が避難所へのホ-ムレスの受け入れを拒否したというニュ-スが去来して離れない。そう、「天皇制」という制度はかつて、“非国民”という名の疎外者を内に抱え込むことによって、その権威を維持してきたことはすでに歴史が証明するところである。そして、装いを新たにした「令和天皇制」とそれを演出した政治の側も実はこの種の「外部」に支えられることによって、初めて成立するものなのであろう。そんな思いに私はとらわれていた。

 

 ベネチア国際映画祭で最高賞の金獅子賞を受賞した「ジョ-カ-」は実に不気味な映画である。笑いを振りまくことを生きがいにしていた善人の道化師がいつしか、無差別殺人を繰り返す狂気のカリスマに変貌していく…。何が主人公のア-サ-・フレックをそうさせたのか。現在のアメリカ社会が抱える貧富の格差や弱者への迫害などが背景に描かれているが、ア-サ-の狂気はそれだけでは到底説明することはできない。米国での公開時には不測の事態に備えて、警察や軍隊が警戒に当たったといういわくつきの作品である。評価が真っ二つに分かれる所以(ゆえん)である。

 

 「狂っているのは自分か、それとも世界か」とア-サ-がつぶやく場面がある。その両方だと私は思う。善と悪を超えた地平線上にオ-ロラのように現れた、もうひとりの人間像がぼっ~とかすんで見えるような気がする。ひょっとすると、それは「内なる狂気」を意識する自分自身なのかもしれない。啄木の時代閉塞感とまるで平安絵巻でも見るような令和の代替わり、そして史上最強のヴィラン(悪役)となった“ジョ-カ-”の登場……。この三様の光景が頭の中をぐるぐると回っている。一体、何故なのか!?映画館に二度足を運んだが、このナゾを私はまだ、解けないでいる。

 

 沖縄文化の象徴―首里城が炎上・焼失した。琉球処分や沖縄戦などの受難史を刻み込んだ歴史の喪失…。時代が抹殺されるようなそんな世紀末の光景を、私の混乱した頭は思い浮かべている。余りにもせっかちな思い込みであろうか―

 

 

 

 

(写真は玉座「高御座」(たかみくら)に立つ天皇陛下に向かって、万歳三唱をする安倍晋三首相と祝砲を放つ自衛隊の祝砲部隊=10月22日午後、皇居で。インタ-ネット上に公開の写真より)



 

男と女の“棺桶”リスト

  • 男と女の“棺桶”リスト

 

 

 「女房に先立たれた夫は大体、2年以内に死ぬらしいぞ」(2019年1月29日付当ブログ参照)―。歯に衣着せぬ盟友のジャズミュ-ジシャン、坂田明さん(73)からこんな“ご託宣”を受けてからさらに時が流れ、ふと気が付けば本日(10月29日)が14回目の月命日である。ということは、坂田さんの定理に従えば、私の余命は最大であと9か月ということになる。「老い先」のことはなるべく考えないことにしていたが、チコちゃんから「ボ~っと生きてんじゃね-よ」(NHKの人気番組「チコちゃんに叱られる」)と一喝(かつ)され、我に返った。折しも、こんな自分にお灸(きゅう)をすえてくれるような映画が公開された。

 

 「最高の人生の見つけ方」(犬童一心監督、10月11日公開)は、人生のほとんどを家庭のために捧げてきた主婦・幸枝(吉永小百合)と、仕事一筋に生きてきた大金持ちの女社長・マ子(天海祐希)が主演。がんの余命宣告を受けた2人は病院で偶然に同室となる。人生に空しさを感じていた2人は難病で入院中の少女が残した…「死ぬまでにやりたいことリスト」をたまたま手にする。幸枝とマ子は、残された時間をこのリストに書かれたすべてを実行するために費やす決断をし、自らの殻を破っていく…。「人生の中の幸せの時間というのは永遠には続きません。だからこそ、できるだけハッピ-に見える時間を作るようにしました」と犬童監督は語っている。何となく勇気をもらったような気持になった。

 

 実はこの映画には“元祖”がある。米国で2007年に公開され、世界中で大ヒットした同名の映画(ロブ・ライナ-監督)である。がんで余命半年を宣告された大富豪の剛腕実業家(ジャック・ニコルソン)と勤勉実直な自動車修理工(モ-ガン・フリ-マン)がこっそり、病院を抜け出し、人生最後の旅に出るという場面で映画はクライマックスを迎える。ところで、「The Bucket List」―つまり、“棺桶リスト”がこの映画の原題である。まさに、言いえて妙(みよう)。チコちゃんの言うように、ボ~っと生きている暇なんてない。

 

 「何でも手に入れることができた人間が本当に欲しかったものは?」、「最後に見つけた本当の幸せとは?」…。この二つの映画に共通するテーマである。さ~て、わが男やもめも我流の“棺桶リスト”を作ってみることにするか。と、ここでまた頭を抱えてしまう。「果たして同じ境遇の相方がすぐに見つかるかなぁ」。とりあえずは以下の手引書をわきに置きながら、じっくり考えて見ようと思う。“棺桶リスト”を完成させないままに哀れな人生に幕を閉じることになるのか、それとも何か奇跡が起きるのか……

 

 

【男たちの棺桶リスト】

 

・スカイダイビングをする
・ライオン狩りをする
・万里の長城をバイクで走る
・ピラミッドを見る
・香港に行く
・壮厳な景色を見る
・エベレスト登頂
・世界一の美女にキスをする
・泣くほど笑う
・見ず知らずの人に親切にする

 

 

【女たちの棺桶リスト】

 

・スカイダイビングをする

・お金持ちになる

・ももクロのライブに行く

・日本一大きなパフェを食べる

・他人のために何かをして喜んでもらう

・さかあがりが出来るようになる

・パパとママにありがとうを言う

・ウェディングドレスを着る

・好きな人に告白をする

・宇宙旅行をする

 

 

 

 

(写真は日本版「最高の人生の見つけ方」のポスタ-=インタ-ネットに公開の写真から)

 

 

 

 

なんぼ何でも、これじゃなぁ~議会報告会の動転劇、悪夢再来!!!

  • なんぼ何でも、これじゃなぁ~議会報告会の動転劇、悪夢再来!!!

 

 「議員になることで精いっぱいで、その辺のこと(議員の解職など)の法的な根拠については恥ずかしながら、つまびらかではありません」―。23日から3日間の日程で開かれている「市民と議会との懇談会」(花巻市議会報告会)の席上、私は若干意地悪な質問とは思いつつ、地方議会の解散や議員の解職を定めた「リコ-ル(解職請求)」(地方自治法第13条)について質問した。5人の参加議員は困惑した表情で互いに顔を見合わせ、しぶしぶマイクを握ったのが冒頭発言の古参議員だった。真っ正直というのか、余りにもあっけらかんとした発言に逆に虚を突かれた。己が身を置くそのポジションについての「無知」をさらけ出してなお議席にしがみつく…さ~て、その正体が暴かれた動転劇の顛末(てんまつ)とは―

 

【第1幕】~病院の巻

 

上田(東一)市政の看板政策は「病院」と「図書館」という二大プロジェクト(10月2日付並びに8日付当ブログ参照)である。半年後に迫った公益財団法人「総合花巻病院」の旧県立厚生病院跡地への移転をめぐっては、当初予定された23科目から4減の19科目でスタ-トすることが最近になって明るみに出た。この事業には当市はじまって以来、最大規模の19億7,500万円の補助金が支出されることがすでに議会で承認されている。しかし、規模縮小に連動して補助金の額にも変動が出てくるのが当然である。そんな疑問にこんな返答が返ってきた。

 

 「正直言って、その補助金の減額などについての議論は議会内ではまだ、起きていません。ただいま指摘を受け、大変大事なことだと思うので、何らかの機会をとらえて当局の見解をただしたいと思います」―。これじゃ、台本作りも他人まかせの学芸会と同じではないか。いや、小学生たちだって、脚本はみんなで知恵を出し合ったつくるはず。一事が万事である。当局の下請けと化したこの体たらくでは「議会無用論」がささやかれても仕方があるまい。

 

【第2幕】~図書館の巻

 

 「新花巻図書館整備基本構想」(2017年9月)が公表されて、すでに2年以上が経過したが、その全貌がいまもって見えてこない。映画「ニュヨ-ク公共図書館」を見て、その「知的インフラ」の重要性を再認識させられた直後だけに、私は図書館構想に対する議会の取り組みを問いただした。その返答にまた、腰を抜かした。「そろそろ、実施に向けた基本計画が出てくるころだと…。運営の方法などについては我われ議員側にも知らされていません。いずれ、当局の出方を見ながら」―。私のイライラも限界に近づきつつあった。「これだけの大きな事業に対し、ただ手をこまねいているだけでよいのか。特別委員会を設置するなどして、議会としての独自の対案を示すべきではないのか」

 

班長だという議員が制するようにして口を開いた。「貴重なご意見と受け止め、今後、議会として検討させていただきます」―。この手の慇懃無礼(いんぎんぶれい)な言葉はこれまでも随分、聞かされてきたような気がする。そういえば、どこかの新聞の川柳欄にも「土下座って舌を出しても分からない」という皮肉が載っていたなぁ…

 

【第3幕】~蚊帳(かや)の外の巻

 

 ある住民が手狭になった地元の学童保育の拡張計画について、質問した。「当局側に確認している現段階ではそうした計画はありません」とある議員がきっぱりした口調で言った。もうひとりの住民が手を挙げた。「実は私は学童保育の運営に携わっているひとりだが、60人の定員を80人まで増やすという計画がすでに地元には伝えられていますが…」―。会場にざわめきが広がった。蚊帳の外に置かれた議員たちをあざけ笑う、“嘲笑”(ちょうしょう)のように私には聞こえた。居並ぶ議員たちはバツが悪そうに下をうつむいていた。

 

 

 「おもしろうてやがてかなしき鵜舟(うぶね)かな」―。一連の動転劇を見ているうちに、芭蕉のあの名句が口の端に浮かんだ。鵜匠(うしょう)に操られる鵜たちの哀れな姿が二重写しになったのである。リコ-ルを本気で考えなくてはならないかもしれないな、と段々そんな気になってきた。宮野目振興センタ-での報告会に出席した議員は以下の通り(敬称略)。議会報告会は25日までの3日間、全市内15か所で開催される。

 

 横田忍(市民クラブ)、藤井幸介(無所属=公明党)、高橋修(市民クラブ)、本舘憲一(花巻クラブ)、藤原伸(明和会)

 

 

(写真は住民の参加者がわずか10人と空席が目立った会場=10月23日午後、花巻市西宮野目の宮野目振興センタ-で)

 

 

《第4幕=番外編》~ブラックユ-モア?、いや、これは悲劇、いやいや悪夢そのものだ!!!

 

 「自治体経営を考える/花巻/市議と高校生、話し合う」(岩手日日新聞)―。議会報告会最終日の10月25日、地元紙にこんな見出しの記事が掲載された。若者たちでつくる市民団体の呼びかけで、市議と高校生とがまちづくりを模索するワ-クショップを開催したという内容だった。「自治体経営を考える」というテ-マで、現職市議4人と地元高校生ら12人が参加。予算編成や事業の見直しをなどについて、行政手法を疑似体験する様子が写真つきで紹介されていた。

 

 市議の顔ぶれを見て、ふたたび腰を抜かしてしまった。4人のうち2人が以前、公職選挙法違反(寄付行為の禁止)の疑いで話題になった人物で、もう1人が今回の”慇懃無礼”居士(班長)だったからである。花巻市が進める「消防団員育成強化」事業の一環として、登録店を利用した団員に対し、料金割引などの特典を与えるという制度で、2人が経営する店も登録指定を受けていた。平成29年9月定例会の決算特別委員会で、私がその事実関係をただした結果、当時の消防本部の担当者は「恩典そのものが寄付行為に当たる」と法律違反を認め、登録を除外した事実を明らかにした。

 

 傍らのテレビは菅原一秀・経済産業相が同じ公職選挙法違反容疑の責任をとって辞任したというニュ-スを流し続けている。コンプライアンス(法令遵守)を鼻先でせせら笑うような愚劣な輩(やから)があちこちに生息している。「どの面(つら)さげて、自治体経営だと?!」―。この倒錯した光景はもう「悪夢」そのものでしかない。(コメント欄の「悪夢の光景」を参照)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男やもめの…“ハシゴ映画”顛末記

  • 男やもめの…“ハシゴ映画”顛末記

 

 妻が先立って早や1年3カ月になろうとしている。その当日―「7月29日」は私の市議引退後の市議選の投開票日に当たっていた。連れ合いと生業(なりわい)を同時に失った私はもはや、“両翼”をもぎ取られた航空機も同然だった。真っ逆さまに墜落するしかないと思った。事実この間、墜落こそは辛うじて免れたものの、絶えず地上すれすれの低空飛行を続け、いまに至っている。死に損ないの情けない余生ではないか…。とそんなある日、「妻に先立たれ、夫は不眠に…」という新聞(10月12日付朝日新聞「患者を生きる」)の大見出しが目に飛び込んできた。その内容にドギマギした。ほぼ同世代の記事の主人公(81歳)はまるで、私自身の分身みたいだった。こんな苦闘の日々がつづられていた。

 

 「年中、話をしていた存在がいなくなってしまった。胃の調子が悪く、食べられないし、眠れないんです。朝、目が覚めて『おい』と声をかけても、隣にいるはずの妻はもういない。喪失感は大きかった」―。近所の内科で精神安定剤として出された抗不安薬をのむ日々が続いた。あるきっかけで「遺族外来」に足を運んだ。検査を終えた後、担当医師は「総合的にみると、うつ病ですね」と告げた。その医師によると、うつ病は全人口の3~7%の人がかかるとされ、家族の死別を経験した場合、1年後に15%の人がかかっているという調査もある。とくに、夫や妻といった「配偶者」を失うことは人生最大のストレスで、遺族外来を受診する40%がうつ病と診断されているという。

 

 こうした心身の反応を医学的には「悲嘆(グリ‐フ)」と呼ぶらしい。担当医は「組み上げた積み木の真ん中にあった『配偶者』という肝心なピ-スがなくなり、積み木が崩れた状態。回復にはその積み木をもう一度組み直していくプロセスが必要だ」と語っている。記事中の先輩やもめは訪問看護師のすすめでジム通いを始め、いまでは友人と海外旅行をするまでに元気になったらしいが、人の生き方は千差万別である。「そう簡単に問屋は卸してくれない」―経験者の私が言うのだから間違いない。グリ-フを乗り越え、生きがいや役割の再発見に至るまでには数カ月から数年かかるというデ-タもある。私も週に3回程度、ジムで汗を流しているがまだまだ、悪戦苦闘の真っ最中である。

 

 妻と死別した当初は新聞記者と市議会議員という「人間相手」の稼業からいきなり、真空地帯へと急降下させられような思いだった。無人の荒野…、かつての濃密すぎる人間関係にいっときは解放感を味わったものの、しばらくたつとまた「人恋し」さが募ってきた。手っ取り早いのが小説であるが、この年齢(79歳)になると、活字を追うのが若干、苦痛になる。と、またまたそんなある日、私はハタと膝を打った。「そうだ、映画があるじゃないか」―

 

 10月中旬のある日、私は隣町の映画館へと向かった。「万引き家族」でカンヌ映画祭最高賞の「パルムド-ル」を受賞した是枝裕和監督による初の日仏共同制作作品ー「真実」、ハリウッド映画のリメイク版「最高の人生の見つけ方」(犬童一心監督・脚本)、作家・太宰治をめぐる3人の女たちを描いた「人間失格」(蜷川実花監督)の豪華3作のハシゴを敢行したのである。生と死、愛と憎しみ…。いずれの作品も私好みの人間模様である。こんなぜいたくな映画三昧(ざんまい)は学生時代以来。上映時間は合わせて6時間を超すが、感情移入しているつかの間は、鬱鬱(うつうつ)たる“日常”から離陸できる貴重の時空間である。

 

 「戻らなくていいですよ、家庭に」、「愛されない妻より、ずっと恋される愛人でいたい」、「死にたいんです一緒に、ここで、今」、「壊しなさい、私たちを」、「傷ついた者だけが、美しいものを作り出すんだ」―。太宰の正妻・(津島)美知子と『斜陽』のモデルとなった愛人・(太田)静子、太宰を道連れに入水自殺を図った最後の愛人・(山崎)富栄…。目の前のスクリ-ンから3人の女たちの切ないセリフがもれ聞こえてくる。「人間は堕(お)ちる。生きているから堕ちる。なあ太宰、もっと堕ちろよ」―かたわらでは『堕落論』の親友、坂口安吾が絡んでいる。そんな太宰のデカダンス(虚無・退廃)に酔いしれていた時、とつぜん我に返った。

 

 「男やもめにゃ蛆(ウジ)がわき、女やもめにゃ花が咲く」―。老い先短い老残のわが身を振り返りながら、私は自虐(じぎゃく)じみた独り言をブツブツとつぶやいていた。「映画の主人公みたいな芸当はとてもできない小心者。この歳(とし)ではいまさら、寄り添ってくれるパ-ト-ナ-もいないだろうしな。”事実は小説(映画)よりも奇なり”…例の俚諺(りげん)もしょせん、私などには当てはまりそうにない。いっそのこと、先輩やもめに見習って、遺族外来とやらの世話になってみるとするか(モゴモゴ)」…………

 

 

 それにしても、太宰治ってちょっと、格好が良すぎるんじゃないのーー

 

 

 

(写真はハシゴ映画のひとつ「人間失格―太宰治と3人の女たち」のひとこま=インタ-ネット上に公開の写真から)

 

 

 

 

 

“歴史修正主義”という妖怪が…

  • “歴史修正主義”という妖怪が…

 

 「何度もくりかえされる『解決済み』のことば。胸が苦しくなる。目にうかぶのは、炭鉱で亡くなった朝鮮出身の人々。私はそんな人たちの家族に囲まれて育った。いまだ日本各地には祖国にもどれないままの遺骨がある。名前のない骨は語りかける。植民地支配さえなければ、日本に来ることはなかったと」―。在日韓国人のピアニスト、崔善愛(チェ・ソンエ)さんは『週刊金曜日』10月11号にこんな一文を寄せている。私にとっても頭の奥底に刻印された既視感のある光景である。時は半世紀近くも前、日本有数の産炭地だった九州の「筑豊」を守備範囲に持つ新米記者だった当時にさかのぼる。

 

 朽ち果てた骨箱からこぼれ落ちそうな頭骨の破片、まだ頭髪がこびりついたままの骨も…。点在する寺の本堂の裏手にはホコリにまみれた骨箱がうずたかく積まれていた。「炭鉱で事故死したり、過酷な労働で生き倒れた朝鮮の人たちの亡骸(なきがら)です。引き取り手もなく、出身地さえ不明の骨も多くあります」と当時、取材に応じた住職は言葉少なに言った。筑豊一帯の約300寺を対象に“放置”遺骨のアンケ-ト調査をした。“浮かばれない霊”があちこちの寺に放置されたままになっていることが明らかになった。この歴史を追って、何度か朝鮮半島まで取材の足を延ばした。私が「朝鮮人」問題にかかわるようになった原点こそが、当時の薄暗い寺の片隅のこの光景である。

 

 「地図の上朝鮮国に黒々と墨をぬりつつ秋風を聞く」―。1910(明治43)年8月29日に「韓国併合詔書」が公布され、朝鮮半島は日本の植民地下に置かれた(日韓併合)。岩手が生んだ歌人、石川啄木はその直後の9月9日、そのことを痛烈に批判する気持ちをこの一首に託した。あれから一世紀以上を経たいま、日本列島全体にヘイトスピ-チ顔負けの「韓国(朝鮮)」バッシングが吹き荒れている。その直接のきっかけは韓国大法院(日本の最高裁判所に当たる)が昨年秋、強制連行(徴用)された元韓国人徴用工に対して、当時の雇用主である日本企業に賠償を命じた判決だった。日韓請求権協定(1965年)で「解決済み」と主張する日本政府にマスメデイアも同調するかのような大合唱が列島をおおい尽くした。

 

 「台風も日本のせいと言いそな韓」―。相次ぐ台風被害に見舞われた8月27日付の毎日新聞「万能川柳」欄で、この一句が選者のコピ-ライタ-、仲畑貴志さんによって「秀逸」に選ばれた。「嫌韓(けんかん)」をあおるのではないかという批判に対し、同紙は翌28日付で「嫌韓をあおる意図はなかったが、(そう)受け止められた方がいらっしゃったという事実については、真摯に受け止めております」という文章を掲載した。「これではまるで、失言閣僚に対する政府の弁解と同じではないか」などとウェブ上は逆に炎上した。啄木の悲痛とこの川柳の浅はかさとを比べながら、私はあるおぞましい光景を思い出していた。

 

 あの筑豊時代のある日、閉山に伴って炭鉱マンが住む「炭住」(長屋)が取り壊されることになった。重機が崩していく漆喰(しっくい)壁の中から、人骨がにゅっと飛び出していた。思わず、後ずさりした。「父親は農作業中に日本軍のトラックに無理やり乗せられて、日本に連れて行かれた。生きたのか死んだのか、その後の消息はわからない」―。私の脳裏にはその時、現地取材で得た苦悩の証言が走馬灯のように去来したのだった。このヤマは朝鮮人や中国人などを酷使し、“圧政ヤマ”として有名だった麻生財閥が経営していた。いうまでもなく、麻生太郎・副総理兼財務大臣の系列を引くヤマである。

 

 共産党宣言序文(「一匹の妖怪がヨ-ロッパを徘徊している―共産主義という妖怪が」)――のひそみにならえば、「一匹の妖怪が世界中を徘徊している―歴史修正主義という妖怪が…」とでもなろうか。写真に掲げた二冊の本に最近、目を通した。『独ソ戦―絶滅戦争の惨禍』(大木毅著)は「戦場ではない。地獄だ」という推薦文に引かれて、購入した。人類史上最大の惨戦とも呼ばれるこの戦争についても「ネオナチ」(反ユダヤ主義などの人種差別)などの歴史修正主義が勢いを増しつつある。『朝鮮人強制連行』(外村大著)は「強制性はなかった」とする世論操作に対し、膨大な資料を基にその「ウソ」を暴く力作である。その一節にこんな文章がある。

 

 「朝鮮人強制連行は、朝鮮民族にとっては、たとえ自分自身が被害の当事者とならなかったとしても“他人事”ではなかった。植民地末期に青年期にあった在日朝鮮人の歴史家である朴慶植(1922―1998年)は、幼くして両親に連れられて渡日し、強制的に動員された経験はなかったが、厳しい労働を強いられ遺骨すら放置されている被動員者や離散状態に陥っている家族の境遇を同じ被圧迫民族としての苦しみをとして捉えて、朝鮮人強制連行の研究を行った」―。実は“加害”の側に身を置く私自身が、放置された遺骨の実態を知ったのは朴さんのこの本によってである。そして、ピアニストである崔さんの受難はいまさらに重くのしかかりつつある。

 

 自然災害さえも他国のせいにしようとする精神の「退廃」から私たち日本人は一体いつになったら、脱することができるのであろうか……

 

 

(写真は歴史修正主義に鋭く対峙する二冊の力作)