HOME > 議会報告

教育勅語の教材化を否定―6月定例会

  • 教育勅語の教材化を否定―6月定例会

 花巻市議会6月定例会の一般質問で21日、佐藤勝教育長は「教育勅語の教材化」についての私の質問に対し、「教育現場としては教材として使用することは考えていない」と明言した。政府はこの問題に関し、今年3月31日付で「憲法や教育基本法に反しないような形で、教材として用いることまでは否定されることではない」という答弁書を閣議決定。さらに「素読・朗読」についても、義家弘介・文部科学副大臣が「教育基本法に反しない限り、問題ない」と答弁し、いずれについてもその最終判断は「教育現場」に委ねるとしていた。地方自治体の教育現場のトップが教育勅語の取扱いについて、「国のご意向」にきちんと意思表示するのは極めて珍しい。

 教育勅語は1890(明治23)年10月、明治天皇が発布した「教育ニ関スル勅語」を指し、戦前や戦時中は道徳や教育の基本とされた。親孝行や家族愛などを説く一方で、「万一危急の大事が起こったならば、大義に基づいて勇気をふるい一身を捧(ささ)げて皇室国家の為(ため)につくせ」(旧文部省の通釈)という一文もあり、国家総動員体制の正当化や軍国主義教育に結びついたと批判された。敗戦後の1948(昭和23)年6月、国会は教育勅語の「排除・失効」を決議し、現在は中学校の「歴史」、高校の「倫理社会」などほとんどのの教材でで、「負の歴史」として記述されている。

 一方、2018(平成30)年度から正式の教科として、道徳教科書が全国の小学校に導入されることになっており、すでに出版社8社の66冊が文部省の検定を通った。今後の選定について、佐藤教育長は「花巻、北上両市と西和賀町の2市1町で作る『地区協議会』で協議した後、当該の花巻市教育員会で最終決定する。期限は8月31日となっている」と答弁した。(18日付当ブログ「『道徳』を問う」参照=1部重複)。なお、私はこの日の登壇質問に際し、上田東一市長が質問に露骨に介入するケースが目立つことに関連し、自戒を込めて以下のように発言した。

 「私たち議員にはその生命線とも言える『質問権』が認められている。一方、答弁をする当局側には花巻市議会基本条例で、質問に対する『反問権』が担保されている。この両輪が相まって初めて『二元代表制』という議会運営が健全に機能するものと考える。ここに出席の当局の皆さんにとっては釈迦に説法だとは思うが、この際、もう一度原点に立ち返って、なお一層の誠実な答弁をお願いしたい」―。いわゆる「共謀罪」法案をめぐって、所管の法務委員会の審議が省かれ、国会議員の質問権が一方的に剥奪された愚挙を繰り返してはならない。そんな思いが去来したのだった。ああ、「あっち」も「こっち」もである。


(写真は21日開催の一般質問。教育勅語の扱いについて、議論が交わされた=花巻市議会議場で)


2017.06.21:masuko:コメント(0):[議会報告]

沖縄だより③―ブ-ゲンビリアの記憶

  • 沖縄だより③―ブ-ゲンビリアの記憶

 中央アメリカ原産のブ-ゲンビリアが今を盛りと咲き乱れていた。「アポロ」(Apollo)というロ-マ字書きの店名が辛うじて読み取れる―。米軍普天間飛行場(宜野湾市)の「辺野古」(名護市)移設(新基地建設)に伴う護岸工事の強行で揺れる米軍基地「キャンプ・シュワブ」前から車で数分ほど…その一角にかつて、米ドル紙幣が乱れ飛んだ歓楽街が広がっている。辺野古社交業組合の看板を掲げた事務所のシャッタ-には「ようこそ/辺野古へ」という文字と万国旗が描かれている。しかし、ほとんどが消えかかっている。米兵相手のバ-などが数軒営業しているだけで、今はもう人影もまばらである。

 「従業員の女性に続いて、母親も米兵の手によって命を落としました」―。閉店して久しい「アポロ」の隣に住む金城武政さん(60)は母親の遺影が飾られた仏間の前で絞り出すように語り始めた。2歳の時、基地建設の景気を当て込んだ両親とともに「普天間」から移住した。母親は針仕事が得意だった。その腕を生かした布団の製造販売が大当たりした。琉球刺繍を施した布団カバ-が米兵の人気だった。「米兵による布団ドロボ-にも手を焼いたが、故国の両親へのプレゼントの注文もあった。何しろサイズが特大なんで面白いように儲かった」。金城さんの表情が少し緩(ゆる)んだようだった。

 米国は48年前の1969年7月、アポロ11号による人類初の月面着陸に成功した。「Aサイン(米軍専用)のバ-を開業したのはその直後だった。店名はこの成功にあやかって親父が付けた。当時はベトナム戦争の真っ只中。札束を握りしめた米兵たちがひっきりなしにやってきた。朝までドンチャン騒ぎの毎日だった」と金城さん。手仕事を身に付けたいと若い女性が母親に弟子入りした。バ-の人手が足りないので、店も手伝うようになった。金城さんが高校に入学した直後、この女性は別の町で米兵によって殺害された。当時、20歳だった。その顛末も知らされないまま、事件はうやむやになった。

 「ベトナムからの帰還兵はいつも浴びるように酒を飲んでいた。でも、まさか…」―。金城さんは仏壇をふり向きながら、呻(うめ)くように続けた。女性殺害事件の2年後、オ-プンを前にした店に米兵が押し入った。準備中の母親から10ドルを奪ったうえ、コンクリ-トブロックで頭を殴りつけて逃走した。即死状態だった。米兵は近くのホテルに「人を殺してきた」と自首した。長期勾留されたという噂を聞いただけで、その後、どうなったかは知る由(よし)もなかった。まだ、52歳の余りにも若い死だった。「日米地位協定による壁がそそり立ち、無法状態だった。その同じ地に新しい基地を造ろうとしているんです」―。金城さんの声は震えていた。

 ブ-ゲンビリアは別名「魂の花」とも呼ばれる。むご過ぎる二つの死を思いながら、私は周囲を赤一色に染めてしまうような光景に心底、怖気(おじけ)づいてしまった。「この花も元をただせば、米兵のクリスマス鑑賞用に強制的に植えさせられたものなんですよ」と金城さんはボソッとつぶやいて、言葉を継いだ。「複雑な気持ちもあるが、意地でも絶やすまいと…。この真紅の花の中に忘れてはならない記憶が詰まっているような気がするんです」。母親の死後、店は閉店。沖縄芸能の師範格だった父親は再婚したが、生活はすさんでいった。

 1995年の米兵による少女暴行事件の翌年、日米両国が「普天間」返還に合意してからすでに20年以上。「辺野古」新基地の建設予定地を望む海岸に「建設阻止」のテント村が設置されて(5月)2日で、4762日目を迎えた。この間、金城さんは座り込みを欠かしたことはない。その一方で”業務妨害”などの疑いで逮捕されたことも3回にのぼる。ゴ-ルデンウイ-クの期間中、基地建設の埋め立て作業は止まり、支援者の数もめっきり減った。「この静けさこそが辺野古の本当の姿のはずだ」。燃えるようなブ-ゲンビリヤを目に焼き付けながら、私は「それにしても、魂の花とは随分と残酷な名前だな」と独り言のように口ずさんでいた。「その海域は入域禁止区域です。近寄らないでください」―。海上保安庁の警告が風に乗って、海の方から聞こえてきた。


(写真は両親の遺影が飾られた仏壇の前で、基地に翻弄された人生を語る金城さん=2日午後、名護市辺野古で)
2017.05.02:masuko:コメント(2):[議会報告]

「議員いじめ」に見る地方議会の頽廃

  • 「議員いじめ」に見る地方議会の頽廃

 「議会の品位を傷つけた」―。5年前、このもったいぶったセリフで懲戒処分(戒告)を食(く)らった当事者としては、遠い南の島(沖縄)のさらに南の「宮古島」で起きている新人議員に対する「集団いじめ」は到底、他人事ではすまされない。それどころか「異質」を排除し、「スケ-プゴ-ト」(生けにえ=見せしめ)として葬り去ろうとする、ある種ファジズムの臭(にお)いさえする。地方自治の本旨でもある「自己決定権」に背を向けたこの議会はもはや、崩壊の瀬戸際に立たされていると言わざるを得ない。が、この頽廃ぶりはわが「イ-ハト-ブ議会」(花巻市議会)も例外ではない。

 南西諸島に位置する宮古島市は今、陸上自衛隊の警備部隊とミサイル部隊の配備計画に揺れている。この計画に反対する「てぃだぬふぁ 島の子の平和な未来をつくる会」の共同代表を務めていた主婦の石嶺香織さん(36)は今年1月に行われた市議補選(定数2)で初当選(無所属=無会派)した。その後の3月9日、石嶺さんはフェイスブック(FB)上に「海兵隊からこのような訓練を受けた陸上自衛隊が宮古島に来たら、米軍が来なくても絶対に婦女暴行事件が起こる」という趣旨の投稿をした。「死ね」「晒(さら)し首にしろ」「自衛隊への職業差別だ」…。これをきっかけに抗議が殺到、作家の百田尚樹さんらの文化人も加わって、FBは炎上状態になった。

 これに対し、石嶺議員は「米軍による事件事故が多発していることへの強い不安と、陸上自衛隊が海兵隊の訓練を受けていることを結びつけ、不適切な表現をしてしまいました。(この発言により)ご迷惑をおかけしたことをお詫び申し上げます」という釈明文を掲載し、謝罪した。ところが、逆にカサにかかってきたのは議会側(定数26)だった。21日には議長と石嶺さんを除く賛成20:反対3(棄権1)で「議員辞職勧告決議案」を可決。石嶺さんは「謝罪をした上での辞職勧告は議会制民主主義とは言えない」と弁明した上で、これを拒否した。さらに、翌22日の一般質問に際しては「議会の品位を傷つけた」として、15人の議員(ほとんどが配備容認派)が退場し、流会になるという前代未聞の不祥事に発展した。

 「まるで瓜二つだな」―。私は「宮古島」騒動記の成り行きを見ながら、東日本大震災の後に起きた足元の議会のドタバタ劇を思い出していた。全国から寄せられた義援金が市予算の歳入に計上され、避難者を受け入れた温泉ホテルなどへの補助金として支給されていたことが、震災後の平成23年6月定例会で発覚した。義援金の取り扱いについては「別会計」が地方自治法で義務づけられている。私は「被災者に直接渡さなければならないのが義援金。これでは流用と疑われても仕方ない」と当局側を追及した。この時の議会審議には着の身着のままで故郷を追われた内陸避難者(被災者)が傍聴に詰めかけていた。

 「さっさと帰れ」―。休憩に入った直後、にわかには信じられないような暴言が議員席から傍聴席に向かって投げつけられた。避難者の間から悲鳴に似た叫び声が上がった、私は「義援金」流用疑惑と「暴言」発言の真相究明を求めた。その後の経過に私は目を疑った。「議員発言調査特別委員会」(議長を除く全議員で構成)が組織され、「暴言の有無は特定できなかった」と断定。さらに、「(議員の発言は)議会の品位を傷つけた」として、「懲罰特別委員会」(委員8人)が設けられた。私が「戒告」処分を言い渡されたのは震災から約9ヵ月後のこと。この二つの委員会を主導したのは意外なことに、革新系会派に所属する議員だった。罵詈雑言(ばりぞうごん)と誹謗中傷の雨あらしの中で、ブログが炎上したのも石嶺議員のケ-スと同じだった。

 「南西シフト」―。対中国を想定した防衛体制の強化が急速に進んでいる。防衛省は昨年3月、日本最西端の与那国島に高性能アンテナ5基を有する陸自沿岸監視隊(160人規模)の配備を完了。さらに、鹿児島県・奄美大島、沖縄県・宮古島、石垣島に500人~800人規模の地対艦ミサイル部隊の配備などを計画している。東村・高江におけるオスプレイ発着帯の建設強行や普天間飛行場の「辺野古」移設(新基地建設)など沖縄本島に続いて、南西諸島の島々も新たな「捨て石」作戦の犠牲になろうとしている。

 石嶺さんは弁明文の中で、こう述べた(要旨)。「他の議員が数の力で辞職勧告をするということは、とうてい議会制民主主義とは言えません。私は7637人の市民が選んでくださった議員であると自覚しています。私は『平和な未来といのちの水を子どもたちに手渡したい/ミサイル新基地建設反対』という政策を掲げて、今回、市民の負託を受けました。これから精一杯頑張りたいと思います。よって、辞職勧告を拒否いたします」―。堂々たる弁舌である。「発言」撤回を求める議会側に対し、私自身が拒否を言明した時の光景を思い出しながら、何となく嬉しい気持ちになった。

 私が紹介議員となり、被災者が提出した「日米地位協定の見直しを求める」請願が昨年6月定例会で、議長と棄権の一人を除いた全員の反対で否決された。一度、背を向けた議員たちが翻意(ほんい)することがないことをこの事例は教えている。今も続く沖縄の受難を尻目にしてなお、「オキナワ」総体に「NO」を突きつけたという意味で、その対応はさらに罪深い。今回の石嶺議員への容赦のないバッシングを許した責任の一端は沖縄の現状に対し「見て見ぬふり」(無関心)を決め込む、私を含めた本土側(ヤマト)の地方議会にあることを肝に銘じたい。ドキュメンタリ-映画監督、三上智恵さんの最新作「標的の島/風(かじ)かたか」(公開中)は配備に揺れる宮古島など南西諸島の苦悩を描いた作品である。


(写真は与那国島に配備された陸自沿岸監視隊=昨年3月、沖縄県与那国町で。沖縄タイムスの紙面から)
2017.04.04:masuko:コメント(0):[議会報告]

カラスと賢治と憲法9条

  • カラスと賢治と憲法9条

 「直球1本やりのあんたにしちゃ、珍しいじゃないか」とからかわれた。3月定例会の一般質問で「カラス対策」を取り上げた件についてである。行き付けの理髪店でばったり、出会った知人が苦りきっ表情で話した。「カラスが大変なんだよ。この辺の小中学生は糞(ふん)を避けるため、傘をさして歩いている。ス-パ-にはカラスによる『置き引き』注意の張り紙もある。どうにかならないかねえ」。ヒゲを当たっていた当主が「そうなんだよ。これこの通り、撃退用のピストルを常に用意しておかなくちゃね。でも、やつらは頭がいいから…」と応じた。

 神武天皇の道案内をしたという八咫烏(ヤタガラス)の神話を知っている程度で、わが家の周辺には姿を見せることも少なく、これまで余り興味を引く対象ではなかった。しかし、その生態や伝承を調べているうちにはまってしまった。カラスはフランスの伝統料理の食材として珍重されたほか、日本にも「カラス田楽」(長野県)や田植えの時期を占う「カラス勧請」などの伝統行事があったことも知った。そういえば、ジブリアニメの「魔女の宅急便」や「猫の恩返し」などでも欠かせないキャラクタ—である。しかし、私のねらいはカラスにかこつけて、「賢治論」を展開することだった。

 宮沢賢治の童話のひとつに『烏の北斗七星』と題する短篇があり、こんな一節がある。「あゝ、マヂエル様、どうか憎むことのできない敵を殺さないでいゝやうに早くこの世界がなりますやうに、そのためならば、わたくしのからだなどは、何べん引き裂かれてもかまひません」(原文から)―。カラスと山鳥との戦いを描写した作品で、鳥(とり)たちに託して戦争の残酷さを訴えた内容になっている。「マヂエル」(北斗七星)はカラスの守り神という設定である。

 この童話が特攻隊員として、沖縄戦で戦死した元戦没学徒の遺書に引用されていることは余り知られていない。昭和20年4月14日、当時、22歳だった東大生の佐々木八郎さんは「“愛”と“戦”と“死”―宮沢賢治作『烏の北斗七星』に関連して」という書置きを残している。「僕の気持ちはもっとヒュ—マニスティクなもの、宮沢賢治の烏と同じようなものなのだ。憎まないでいいものを憎みたくない、そんな気持ちなのだ」(『新版 きけ/わだつみの声』)―。今まさに死に赴(おもむ)こうとしている若者の胸中を去来したのが、賢治の童話だったことに胸を突かれる思いがする。「反戦平和」と「憲法9条」の生みの親に擬せられるのもムベなることである。

 『憲法9条を世界遺産に』(太田光×中沢新一、2006年刊)と題する本がある。お笑い芸人の太田と人類学者の中沢との対談集で、冒頭を飾る第1章は「宮沢賢治と日本国憲法―その矛盾をはらんだ平和思想」というタイトルである。中沢はこう語る。「憲法の問題を考えるとき、宮沢賢治は最大のキ-パ-ソンです。平和とそれがはらんでいる矛盾について、あれほど矛盾に満ちた場所に立って考え抜こうとしていた人はいませんからね。…ふつう戦争といえば人間同士の殺し合いのことばかりを考えて、人間が動物を殺している現実にはみんな思いがいたりません。宮沢賢治は『戦争』をとても大きな概念でとらえていたわけですね」

 こうした考え方に連動する形で数年前、「憲法9条にノ-ベル平和賞を!」と呼びかける市民運動が全世界の注目を集めた。郷土の“偉人”の名誉にかかわることだけに内心、嬉しくもある。でも…。まさに戦後一貫して「憲法」の埒外(らちがい)に置かれ続けてきた沖縄の現実を目の当たりにする時、手放しではとても喜ぶ気にはなれない。「9条を守れ」と叫べば叫ぶほど、米軍基地の固定化に加担しているという側面から目をそむけてはならないと思う。そして、賢治自身がこれほどまでにもてはやされることに顔を赤くしているにちがいない。「オラ、そんたな、だいそれたことはおしょすくて…」

 ところで、当市花巻は将来のまちづくりのスロ—ガンとして、賢治にあやかって「イ-ハト-ブはなまき」の実現を掲げている。私は今回の一般質問で上田東一市長に対し、こうただした。「『烏の北斗七星』はお読みになったことはありますか。賢治精神をまちづくりにどう生かそうと…」―。上田市長は質問をさえぎるようにして言った。「以前に読んだことはありますよ。ただ、個人の価値観にかかわることに口をはさむのはいかがなものか、と。それに今回の質問は市政とどんな関係かあるのですか」

 「イ-ハト-ブはなまき」―つまりは賢治精神をまちづくりの基本に据えるとおっしゃっているから、行政トップの市長の見解を敢えて伺っている次第です―と、いう私の思惑は見事に空振りに終わってしまった。それにしても随分と退屈なお方ではある。


(写真は電線に群がるカラス。時には神の使い、時には悪魔の使いと毀誉褒貶(きよほうへん)の激しいカラスだが…=インタ-ネット上に公開の写真から)


2017.04.01:masuko:コメント(4):[議会報告]

請願審査に疑義あり

  • 請願審査に疑義あり

 花巻市議会は3月定例会最終日の23日、議員発議のあった「自衛隊の南ス—ダン派遣撤退を求める」意見書と「テロ等組織犯罪準備罪(共謀罪)法案の撤回を求める」意見書をそれぞれ可決した。ともに今定例会に請願として提出されていたもので、前者(提出者「平和憲法・9条をまもる花巻地域懇談会」)は付託先の総務常任委員会(阿部一男委員長ら6人)で賛成4対反対1で採択され、この日の本会議でもこの請願に基づいて、阿部議員(平和環境社民クラブ=社民系)が提出した意見書が賛成19対反対5で可決された。

 質疑の中で私は「外交や軍事・防衛、安全保障に関わる案件は、いわゆる国の専管事項と言われているが、南ス—ダンへの自衛隊の派遣はこれに該当すると考えるか」とただしたのに対し、阿部委員長は「その通りだと思う」と答えた。実は昨年6月定例会に沖縄の米軍基地問題に関連し、元米兵による女性殺害・遺体遺棄事件を受け、「日米地位協定」の改定を求める請願が一市民から提出された。ところが当時、総務常任委員会の委員だった阿部議員はなぜか、「外交など国の専管事項は地方議会の権限外だ」として、請願審査を“門前払い”にする旗振り役を演じた。結局、この請願は紹介議員の私と棄権の1人を除いた反対多数で否決されるという経緯があった。

 この二つの案件の整合性について、阿部議員はこの日「今回、専管事項という観点に立った審査はしなかった」と支離滅裂ぶりをさらけ出し、その理由についてもシドロモドロを繰り返した。「議員は、議会が言論の場であること及び合議制の機関であることを認識し、議員相互間の自由な討議を尊重しなければならない」―と定めた「花巻市議会基本条例」はもはや、死文化していることが浮き彫りになった。本来なら議会改革の先頭に立たなければならないはずの革新系会派が逆に、その阻害要因になっていると言わざるを得ない。

 また、提出者は請願事項として「自衛隊の海外派遣は憲法上疑義があるので、南ス—ダンから自衛隊を撤退させるべきだ」と主張したのに対し、阿部議員が発議した意見書ではこの「憲法」論議には一切触れず、「駆けつけ警護など新任務が付与された結果、自衛隊派遣の大義名分であるPKO参加5原則が実質的に崩れている。政府は5月末の撤退を決めたが、それを待たずに一日も早く引き上げるべきだ」とし、最後まで「自衛隊は合憲か否か」、「憲法第9条はどうあるべきか」などをめぐる本質的な議論に踏み込むことはなかった。「請願権」は憲法(第16条)で保障された国民の重要な権利であることを銘記すべきである。

 一方、後者の「共謀罪」関連の請願(提出者「日本国民救援会花巻支部」)は「法案を国会に提出しないこと」を求めていたが、政府が21日に閣議決定をして衆院に提出したため急きょ、請願を取り下げ、同じ趣旨の意見書を桜井肇議員(日本共産党)が発議。賛成13対反対11の僅差で可決された。付託先の総務常任委員会の審査では賛成2対反対3でいったん不採択となっていたが、本会議の場で賛否が逆転した。
 
 私は質疑に当たり、「沖縄の米軍基地反対運動をめぐって、リ—ダ-のひとりが約5か月間不当に勾留され、今月18日にやっと保釈された。こうした“人質司法”は明らかに共謀罪の先取りであり、予行演習とさえ言える。反原発運動など市民運動を射程に入れた法案化であるのは明白だ」(18日付当ブログ参照)と陳述した。当市議会が日米地位協定の見直し請願を否決した、その沖縄の地では基地反対派の動きが警察官や海上保安官、米軍の警備員らによって常時監視され、ビデオに収められている。本土側が見て見ぬふりをする南の島では、“共謀罪”がすでに実行に移されていることを忘れてはならない。

 ふと思う。げに政治とは格闘技のごとし―という誰かの言葉を…。


(写真は撤収が決まった南ス—ダン派遣の自衛隊。道路建設などライフラインの建設に貢献した=インタ—ネット上に公開の写真から)
2017.03.23:masuko:コメント(0):[議会報告]
今日 275件
昨日 305件
合計 610,040件