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長井線リポート(28) 火の用心と指差確認

  • 長井線リポート(28) 火の用心と指差確認
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 ようやくもっちぃ駅長が待つ宮内駅に到着した。ここのホームの屋根の柱はレールを利用しているので、運が良ければ製造年などの銘板を見つけることができるかもしれない。さて列車を降りて目に入って来たのが、「指差確認」の看板と「火の用心」と書かれた赤い煙突。赤い煙突は消防ポンプ庫の上に出ているもののようであるが、なぜこのように高い煙突が必要なのかは不明である。消防ホースを乾かすためのものであろうか。

 

 そして指差確認の看板。線路を横断する場所に掲げられているものである。いかにも年季が入っていて、国鉄時代の物かと思われる。山形鉄道の方に入社の動機を聞いた時に、「鉄道員の所作がかっこよかったんだ。」と指差確認の動作をしながら語ってくれたものである。指差確認が鉄道員の行動の基本なのであろう。そう思ってみると、この看板が廃棄もされずに(そのまま)残されているのは大いに納得できることだ。

(消防団も鉄道員も所作がカッコ良くて、今も子供たちに人気の職業である。)

 

  フルイモノヲ  キタナイトカ  クサイトカ  バカニスルンジャネーゾ

  ソコニアルノニハ  フカーイ  イミガ  アンナダベ

  オランダ  トショリモ  イミガアル  カモシンネーゾ

2021.04.29:orada3:コメント(0):[長井線乗車リポート]

長井線リポート(27) 2分の乗車で5カ所の踏切

  • 長井線リポート(27) 2分の乗車で5カ所の踏切

 おりはた駅から宮内駅までの約0.6キロには、もう一つ面白いモノがある。それは踏切である。0.6キロに踏切が5カ所あるのである。たった2分の乗車時間だから、24秒に1回踏切を渡ることになる。

 

 踏切音というのは妙なもので、踏切に差し掛かる時には「早くしろ、早くしろ」とせかされるように聞こえ、踏切を過ぎると何か忘れ物をしたような気になるのである。踏切はまた、列車に乗って旅する人と、地元の人との交差点でもある。この関係は東北新幹線では全く味わうことができない。山形新幹線には踏切はあるが、線路が圧倒的な優位に立っており、ローカル線のような互いの存在を認め合うような関係を感じることは出来ない。

 

 いすみ鉄道の「ここには何もないがある」という有名なポスターも、踏切で撮影されたものである。さらに小椋佳の「白い一日」やゆずの歌にも踏切が登場する。踏切というものには何がしか感じるものがあるようである。長井線に乗って、ぜひ体感して欲しい。

 

 

【写真は宮内第4踏切:山猫さん提供】

2021.04.27:orada3:コメント(0):[長井線乗車リポート]

長井線リポート(26) ほのぼのとした風景を楽しむ

  • 長井線リポート(26) ほのぼのとした風景を楽しむ
  • 長井線リポート(26) ほのぼのとした風景を楽しむ

 梨郷駅からおりはた駅へと進む。天気の良い日は、下り方向に飯豊連峰がきれいに見える区間である。おりはた駅はその名のとおり、鶴の恩返しの伝説が伝わる珍蔵寺の最寄り駅である。この駅を過ぎた辺りから、線路の両側にサクランボなどの果樹園が広がり、一家総出で作業をしている姿を見ることがある。両親と祖父母と輪になって「一服」した記憶が蘇ってくる。「街歩きの楽しみは、人の暮らしが見えるところだ。」と教えてくれた人がいたが、「ローカル線」ならではのほのぼのとした風景を楽しむことができる。それにしても残雪の飯豊連峰を見たかったなあ。

2021.04.24:orada3:コメント(0):[長井線乗車リポート]

長井線リポート(25) 季節の中で想うこと

  • 長井線リポート(25) 季節の中で想うこと
  • 長井線リポート(25) 季節の中で想うこと

 さて列車はバンガロー風の梨郷駅に到着します。1913年(大正2)10月26日、長井線が開業した時、梨郷駅は終着駅であった。軽便鉄道時代のホームは時庭なども含めて島式ホームが一般的だったというが、今、この痕跡を探ることは難しい。現在の駅舎は、1999年(平成11年)に改築されたものである。

 2月、駅舎は雪に埋もれて、駅の玄関や窓には雪囲いの柵が見えていた。それから2か月後、駅舎は桜の淡いピンク色に包まれる。バンガロー風の駅舎から、可愛らしい花の妖精が出迎えてくれるような気がする。車窓からの風景を楽しむには、季節の中での暮らしを想うことも大切なのかもしれない。

 

30年前の梨郷駅はこちらをどうぞ⇒ 

http://samidare.jp/orada/note?p=log&lid=429854

2021.04.18:orada3:コメント(0):[長井線乗車リポート]

長井線リポート(24) 不思議に感動できる場所

  • 長井線リポート(24) 不思議に感動できる場所
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 松川橋梁を渡り切ると下り坂となり、列車の振動も軽やかで心地よい。ブラタモリが大好きなのは崖と縁(ヘリ)であるが、松川橋梁から梨郷駅までの区間は、置賜盆地の北の縁を走る区間であり、長井線の中でも特異な風景が楽しめる区間である。今回は写真3枚をご覧いただきたい。

 

 とりあえず北側の風景を楽しむことにする。松川橋梁を渡ってしばらくすると、北側の縁から樹木の枝が覆いかぶさって来る。山形鉄道の方が「(自然災害から線路を守るために植えられた)鉄道林がある」と言っていた場所が、この辺りなのかもしれない。

 

 旧長井街道の踏切辺りまでは旧道と並行して走る。豪農の館風の屋敷が見られる。中には蔵が何棟か建てられ、門付きの家も見ることができる。南陽市史によれば、梨郷地区は大正中期から「丸リ白菜」が全国的に有名で、関東や関西方面に貨車で運ばれて行ったというが、その名残であろうか。

 

 線路の南側に目をやれば、国道113号線が走っている。この先には最上川があり、その橋の名前は「幸来橋」。山形新聞やまがた橋物語によれば、初代の幸来橋は1887年(明治20年)に建設され、現在は3代目になるという。橋の建設に奔走した梨郷の松木慶太氏が「幸せが来るように」との願いを込めて応募した名称が採用されたのだという。

 

 崖と縁の鉄道林を抜け、新旧の街道に挟まれ、街道筋の暮らしぶりも味わえる約1.2キロは、大人(としょり)が不思議に感動できる場所だった。やっぱり乗ってみなけりゃわからないものである。

2021.04.14:orada3:コメント(0):[長井線乗車リポート]