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伊藤桃さんからのメッセージ

  • 伊藤桃さんからのメッセージ

 1月14日の投稿で、伊藤桃さんが残した駅ノートへのメッセージを紹介した。伊藤桃さんは鉄道アイドルとして多くのファンを持っている方であるが、今回は只見線の取材のために乗った東北新幹線を乗り越し、わざわざ山形鉄道まで来てくれたのである。山形鉄道を再訪した目的の一つは羽前成田駅を再訪するためだという。

 

 「2021年12月に訪れた時に、イルミネーションの飾りつけをしていました。もちろん本職の方々ではないけれど、心を込めて飾りつけをしているその姿、そして色々なお話を聞かせてくださった人のあたたかさに心惹かれて、また行きたいなと思っていたのです。(無人駅だけれど)全く寂しくなくて、そこにはおらだの会の方々を始め、駅をただの通過点ではなくて、大切な居場所だと思う人々の温もりが、どんな寒い日でもあるのでした。」(「伊藤桃さんのブログ」より)

 

 全国の鉄道を訪ね、それぞれの地で多くの人とのふれあいがあっただろう。彼女に「旅をする意味」を尋ねると、「私は頑張っている人を応援したい、力になりたいんです。」との答えが返ってきた。彼女のインスタグラムのリールには「一番行きたい駅はと聞かれれば、ここ(羽前成田駅)と答えます。見て、知ってできたら訪れて欲しい!」と。わずか40数分の時間でしたが、心に残るひと時でした。

 

 

伊藤桃さんの公式ブログはこちらから

→ 【#山形鉄道 #羽前成田駅 】山形鉄道を再訪した目的のひとつは…2枚目:こちら!#木... | 伊藤桃のオフィシャルブログ『B dreamygirl』Powered by Ameba (ameblo.jp)

 

おらだの会の過去のブログはこちらから

→ ローカル線の魅力を考える1(伊藤桃さん語録から):おらだの会 (samidare.jp)

 

2023.02.03:orada3:コメント(0):[駅茶こぼれ話]

100年後に残るもの

  • 100年後に残るもの

 駅前に案内板が設置された。長井市の心のまちづくり基金の助成を得て設置したものである。設計監理を工藤建築研究所の工藤代表、施工をTETTE工房の矢口さんにお願いした。12月11日の記念式典で工藤さんが案内板の設計のコンセプトを説明された。登録有形文化財である成田駅の雰囲気に合ったものとなるように、成田駅の意匠特徴である方杖などのデザインを取り入れたこと。さらに史跡案内等にQRコードを利用したが、致芳小学校児童が制作した「おせきの供養塔」の紙芝居を取り入れたことなどが説明された。

 

 式典終了後、矢口さんから「この看板は100年を迎えられるだろうかと工藤さんと話したんだ。」と教えられた。思えば羽前成田駅の建設に携わった職人たちは、100年後のこの日が来ることを予想したであろうか。また腕木の欠け込みや木戸の一枚彫の意匠が、100年後に驚きをもって眺められることを予想したであろうか。

 

 慰労会の際に工藤さんからは5年をめどに防腐剤を注入することを忘れないで欲しい、と言われた。駅前の看板は、特別に珍しいものではない。けれどもその制作にあたった工藤さんや矢口さんの思いが込められていることは伝えていきたいものだ。

 

 駅舎の方杖はこちらから

→ 車寄せ 方杖&梁の欠き込み:おらだの会 (samidare.jp)

2022.12.20:orada3:コメント(0):[駅茶こぼれ話]

わたしたちの羽前成田駅 その3

  • わたしたちの羽前成田駅 その3

 致芳小学校3年生の皆さんのもう一つの誕生日プレゼントが、成田駅の歴史や見所などを解説した6メートル超の巨大巻物。6月の現地学習で説明した内容がすべて網羅され、さらにクイズ形式で解説するなどの工夫もされていました。巻物にするという発想がすごいなあ、と感心します。

 

 そして何よりも印象深かったのが、巻物の最後のこの写真です。「ぼくたちは羽前成田駅とフラワー長井線についてもっと調べたくなりました。羽前成田駅は今年で100回目のたん生日です。これからも大切にしていきたいです。」最後の何行かは担任の先生が書かれたように見えます。先生が急に登場しないといけなかったトラブルが発生したのでしょうか。

 

 最後の土壇場に登場することになった先生のアタフタ姿を推測するのも楽しいのですが、この授業をサポートしてくれた先生の顔が見えるようで、とてもうれしくなりました。この締めくくりの言葉は、子供たちの声であると同時に、その様子を見守って来た先生の感慨でもあるのではないだろうか。ありがとう子供たち、ありがとう先生!

 

 

【おらだの会】 成田駅での現地学習会の様子はこちらから

  → 地域の先生になっちゃった ~ その1:おらだの会 (samidare.jp)

  → 地域の先生になっちゃった ~ その2:おらだの会 (samidare.jp)

  → 地域の先生になっちゃった ~ その3:おらだの会 (samidare.jp)

2022.12.18:orada3:コメント(0):[駅茶こぼれ話]

切符の想い出 その2

  • 切符の想い出 その2

 Nさんからのメールはその後も続きます。

 

 「羽前成田駅が無人化された翌年、平成11年1月16日に宮内駅と西大塚駅を再訪したのでした。西大塚駅はその年の4月1日から完全な無人駅となっています。西大塚から今泉行きの券(左側の中央の切符)には、右側に裁断位置を示す線があります。通常硬券は券紙を所定の大きさに裁断してから印刷するので、これは硬券専用の印刷機を持たない地元の印刷屋さんで印刷している証だと思われます。」

 

 よく見ると6枚のうち3枚は料金改定直後のものと思われ、変更後の料金がスタンプで表示されているのも面白いところです。フェイスブックでも「鉄道きっぷ専科」というグループが活発な投稿を行っていますが、使用後の切符からもいろんなものが見えてくるようです。宮脇俊三の「時刻表昭和史」風に「長井線鋏痕鉄道史」が創作されるのを期待したいと思います。

 

2022.11.27:orada3:コメント(0):[駅茶こぼれ話]

切符の想い出 その1

  • 切符の想い出 その1

 11月の土曜日、切符収集家のNさんが駅茶においでになった。以前にも成田駅に来たことがあるとのことで、列車を待つ一時間ほどの間、よもやま話を楽しませていただいた。別れ際に厚かましく、当時の成田駅の切符をお持ちであればその写真を送って欲しいとお願いしたのでした。この度届いた2枚のうちの1枚が上の写真です。メールには次のようなコメントが添えられていました。

 

 「約25年前の平成8年、米坂線から荒砥→長井→羽前成田→宮内→西大塚→赤湯と回る計画をしていたところ、羽前成田の窓口が閉まっていたので長井駅まで歩いて戻った。羽前成田駅の件を尋ねたところ今日はお休みしているとの事でしたが、駅員さんが「着札で良ければ」とくださいました。これではもう一度成田駅に来なくてはならないと思い、平成10年に再訪しましたが、すでにその前年(平成9年)に羽前成田駅は無人化になっていました。平成14年6月9日のあやめ公園駅開業記念日には、羽前成田駅からあやめ公園駅の切符を購入しました。やっぱり羽前成田駅に未練があったのでしょう。」

 

 使用済み切符の11月20日という日付も、(ム)という印字も、入鋏の形も味わい深いものがあります。一枚の入場券が、Nさんに26年前の記憶を想い起こさせたようです。26年ぶりの念願達成ということでしょうか。

2022.11.25:orada3:コメント(0):[駅茶こぼれ話]