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切符の想い出 その1

  • 切符の想い出 その1

 11月の土曜日、切符収集家のNさんが駅茶においでになった。以前にも成田駅に来たことがあるとのことで、列車を待つ一時間ほどの間、よもやま話を楽しませていただいた。別れ際に厚かましく、当時の成田駅の切符をお持ちであればその写真を送って欲しいとお願いしたのでした。この度届いた2枚のうちの1枚が上の写真です。メールには次のようなコメントが添えられていました。

 

 「約25年前の平成8年、米坂線から荒砥→長井→羽前成田→宮内→西大塚→赤湯と回る計画をしていたところ、羽前成田の窓口が閉まっていたので長井駅まで歩いて戻った。羽前成田駅の件を尋ねたところ今日はお休みしているとの事でしたが、駅員さんが「着札で良ければ」とくださいました。これではもう一度成田駅に来なくてはならないと思い、平成10年に再訪しましたが、すでにその前年(平成9年)に羽前成田駅は無人化になっていました。平成14年6月9日のあやめ公園駅開業記念日には、羽前成田駅からあやめ公園駅の切符を購入しました。やっぱり羽前成田駅に未練があったのでしょう。」

 

 使用済み切符の11月20日という日付も、(ム)という印字も、入鋏の形も味わい深いものがあります。一枚の入場券が、Nさんに26年前の記憶を想い起こさせたようです。26年ぶりの念願達成ということでしょうか。

2022.11.25:orada3:コメント(0):[駅茶こぼれ話]

総合文化祭賞を受賞!

  • 総合文化祭賞を受賞!

  日大山形高校放送部の生徒さんから、うれしい連絡をいただいた。同部の作品が、第46回山形県高校文化祭ビデオメッセージの部門において総合文化祭賞を受賞し、来年の8月には全国大会に出場することになったとの報告である。おらだの会の役員がインタビューを受けたのであるが、それが原因で入賞できなかったらどうしようと心配していたが、まずはホッとした。

 

 見知らぬ街で、初めて会う“変な”大人達とのやりとりは大変だったろう。色々な情報と映像を5分という短い時間にまとめる作業も大変なものがあったろう。彼らはその中でどんなことを考えたのだろうか。タイトルが「おらだの成田」とのことであるが、その意味するところも聞いてみたいところだ。

 

 今年は日本における鉄道開業150周年、羽前成田駅開業100周年の年、さらに地方鉄道の経営状況が公表された年でもある。生徒たちの作品を鑑賞させてもらいながら、改めて自分たちの活動の在り方を考えてみたいものだ。彼らの苦労話を聞くことができる日を楽しみにしたい。

 

 取材の様子はこちらから

 頑張れ! 日大山形高校放送部:おらだの会 (samidare.jp)

2022.11.16:orada3:コメント(0):[駅茶こぼれ話]

測量させてください

  • 測量させてください

 10月9日(日)のこと、写真展をやっている駅茶に「駅舎の測量をさせてください。」と入って来られた方がいた。伺うと成田駅の模型を作りたくて実測したいのだそうだ。「東北地方でも昔からのこうした木造駅舎は少なくなっているんです。」と言いながら、これまで制作した模型が掲載されている雑誌を見せてくれた。「実物と全く同じにはならないので、そこは勘弁してください。」との言葉に、誠実なお人柄を感じた。

 

 スタンプ収集家や硬券収集家など、駅茶にはいろんな趣味を持った方がおいでになるが、模型造りの方は初めてだ。それも列車ではなく駅舎の模型を造るというのも珍しいのではないだろうか。50分の1サイズで作る予定だとのこと。どれぐらいの制作期間がかかるのだろうか。完成した暁には是非見せてもらいたいものだ。

 

 以前、おらだの会のメンバーが長井、西大塚、成田駅のミニチュアを制作したが、精緻な模型は白寿を迎えた駅舎にとっては、チャンチャンコ以上の記念になるのではないだろうか。

 会員が制作したミニチュアの記事はこちら

 → 停車場ノート⑨ ミニチュアもすごい:山形鉄道 おらだの会 (samidare.jp)

2022.11.12:orada3:コメント(2):[駅茶こぼれ話]

「おらだの会」という名前

  • 「おらだの会」という名前

 日大山形高校放送部の皆さんが成田駅に取材に来られ、「おらだの会という名前になったのはなぜですか?」という質問がありました。そこで初代会長の石塚さんに聞いてみると、名付け親は私たちに「後を頼む」と言ってくれた先輩方であって、「みんなで力を合わせて活動してほしい、みんなが主役の会であって欲しい。」という意味だと教えられたそうです。

 

 最近になって、会の名前にもう一つの意味が込められていたのでないかと思うようになりました。「おらんだ(あなた達)はおらんだ(あなた達)のままで良いなだ。年寄りに気を遣わないでお前たちのやりたいことをやってくれ。」という思いもあったのではないか、ということです。こんな風に考えるととても良い名前を付けてくれたなぁと思います。

 

 高校生のおかげで、おらだの会の原点に立ち戻ることができたような気がします。それにしてもこんなことを考えるようになったのは、当時の先輩たちと同じぐらいの年になったからだろうか。うれしいような寂しいような・・・。

 

 

 

【おらだの会】写真は、駅舎を取材する日大山形放送部の皆さん。

2022.10.05:orada3:コメント(0):[駅茶こぼれ話]

隠れ家とサードスペース

  • 隠れ家とサードスペース

 地元紙にサードスペースの重要性を説く投稿記事があった。サードスペースとは自宅と学校、あるいは職場との間に存在する場所であって、自分にとって居心地の良い場所を指すものだという。そう言えば旧長井小学校第一校舎や長井駅の交流スペースに高校生の姿を多く見かけるようになった。

 

 昔の職場の後輩と成田駅で酒を酌み交わした時のこと、彼が「駅に降りて駅茶で酒を飲む。これは最高のサードスペースですね。」と語ったのを思い出した。現役を引退した「こもり人」としてはサードではなくセカンドスペースと言えるかもしれないが、「男の隠れ家」の方がしっくりする。おらだの会が初めて掲載された雑誌の名前である。

 

 セカンドでもサードでも隠れ家でもよいが、年齢も職業も趣味も違う人たちがゆったりとした時間を共有できる場所と機会があることはとても貴重なことではないだろうか。「駅茶」がそんな場所になることを願っている。もちろん、仲を取り持つ発酵促進液があればさらに楽しいことなのだが・・・・。

 

掲載記事はこちらから → 

「男の隠れ家」におらだの爺3人衆が・・・・:山形鉄道 おらだの会 (samidare.jp)

2022.10.03:orada3:コメント(0):[駅茶こぼれ話]