長井線の歴史を辿るうちに、本間猪吉荒砥町長のように歴史の中に埋もれてしまった人がいることを知った。歴史の中に埋もれてしまうこと、それは100年も前の事に限らない。ついこの間の出来事も人々の記憶から消えてしまうものだ。駅舎に残されたモノを改めて掘り起こしながら、記録しておきたいと思う。この駅に思いを寄せた人々に感謝し、次の世代に伝えるために。
最初は笑福来門の置物です。この置物は2009年に公募で山形鉄道の社長となった野村浩志氏からいただいたものです。野村さんはユニークなツアーを次々に実施し、山形鉄道の名前を一躍有名にされた方です。2015年6月に体調不良のため退任されましたが、その間成田駅で酒を酌み交わしながら「作戦会議」を重ねたものです。
そんな作戦会議のある時に野村さんが持ってきてくれたのがこの置物でした。以来、年末年始にかけて待合室に飾っています。野村さんが退任された時には、役員で慰労会をやったものです。「おらだの会の皆さん、今年も頑張れよ!」と笑いながら語りかけてくるようです。
本間猪吉町長はこちらから
→ 第20話 百年後のこの景色を その1(荒砥駅):おらだの会 (samidare.jp)
野村社長の慰労会:山形鉄道 おらだの会 (samidare.jp)