長井線の存続運動が強力に進められたが、国鉄改革と地方線廃止の流れは止められなかった。ついに昭和61年10月28日、長井線は第3次特別地方交通線に選定された。明けて昭和62年3月31日には国鉄が解散し、4月1日から東日本鉄道㈱(JR)となった。そして4月20日には長井線の第三セクター方式による存続が決定されたのでした。
こうした動きの中で、駅協力会は昭和62年12月30日に成田駅内でモチつき大会を行っている。「日本一の第三セクター鉄道づくりにまい進しよう」「地域の繁栄、発展の原動力として大きく育てていこう」とのインタビュー記事が載っている。駅には200人もの地区民が集まり、協力会の会員が列車に乗り込み、チラシと納豆モチをプレゼントしたともある。逆境にもめげずに常に前を見て行動していた先輩たちの偉大さを改めて感ずる。