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中山道坂本宿(その2)

  • 中山道坂本宿(その2)
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碓氷峠を超えて坂本宿に入ると左側の宿中寄りに現在公認館となっている”酒屋脇本陣”がありその手前側碓氷峠寄りに坂本宿の面影を残す代表的な旅籠建築の”かぎや”が見られます高崎藩の納戸役鍵番をしていた武井家が坂本に移住して旅籠には役職にちなんで”かぎや”としたとあります、看板はひらがなでかかれてありわかりやすい、看板上の屋根下には彫り物などもあり趣があります、公民館横から入り車を止めるスペースがあり奥に小学校がありますがその入り口付近に赤いポストがありましたが、使われてなさそうな?使われてもいるようなかんじわかりません・・時間があればゆっくり散策しても飽きないところ、木曽街道六拾九次坂本の画には中央に用水路があるのがはっきりわかる、奥には刎石山(はねいしやま)が描かれていて東海道の平塚宿の高麗山ににているけどもこの奥行き感というか描き方が独特で好きです、坂本宿の次は軽井沢宿となる、碓氷峠はこの山を越えていくことになるのだが昔は歩きですから大変なものです・・東海道に中山道歩き旅余裕があればやってみたいものです

2020.01.26:li-no2:コメント(0):[歴史探訪]

中山道坂本宿(その1)

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軽井沢プリンスホテルスキー場に行くときに立ち寄りしてきた坂本宿、この坂本宿は中山道六十九次のうち江戸から数えて17番目の宿場、既存の集落が発展してできたものではなく、寛永2年(1625年)3代将軍家光の時代に安中・高崎藩の領民を移住させて計画的に作られた宿であった、まっすぐな通りには中央に用水路、左右に建物があり本陣、脇本陣、馬宿、旅籠、酒屋、米屋などが立ち並ぶ、天保14年(1843年)の中山道宿村大概帳によると、家数732軒本陣2軒、脇本陣2軒旅籠40軒、人口732であったとある今でも随所に趣のある建物が残っている、屋号看板だけ残してるところもありました、この坂本宿大名行列のすれ違いのため、本陣が2つ必要とされて両脇にあります、昔中央にあった用水路は現在道路の下にうもれてしまっている。

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2020.01.26:li-no2:コメント(0):[歴史探訪]

万平ホテル

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昨年も、この正月も軽井沢プリンスホテルスキー場でイントラ勤務してその帰りに寄って行こうとして寄らずに帰ってしまった軽井沢万平ホテル・・1月21日から23日の3日間だけまた軽井沢に高校の修学旅行スキー対応できました。。今日は午前中で終わりそのあとのインバウンド客勤務はキャンセルして今日こそはと軽井沢の帰りに寄ってみた、このホテルの128号室前で写真撮りたくてでしたが、なんと1月13日から3月13日までメンテナンスのため月曜から木は全館休館とホテル前に看板がたててありました、残念です・・運がないですが建物の写真だけ撮ってきました・・ホテルの歴史みたいな看板にもレノンが来たことが記してあります、この軽井沢の万平ホテルにジョンレノンがはじめて訪れたのが1970年昭和45年のこと1975年に息子ショーンが誕生して音楽活動を休止、1976年から1979年の4シーズンは毎年アルプス館128号室に家族で宿泊とお気に入りだった、妻の小野洋子さん小野家の別荘が軽井沢にあったこともあって夏になると一月ほど滞在しており自転車で買い物してる姿などよく見かけた人がいるようですが地元の人はジョンとその家族をそっとしてあげていたようで居心地がよかったんじゃないかなと思うわけです、ショーンとその家族の写真など見るとどこにでもいる子煩悩な父という感じ、ここ軽井沢で過ごした時は本当に幸せだなったんだなと思います、音楽活動も休止してショーンと遊んでる姿、おばあちゃんと一緒の家族写真など心やすらぐ日々、お気に入りロイヤルミルクティー、当初このメニューはなかったが、ジョンの要望でメニューになったそう・・アップルパイも一緒にオーダーして、その時のジョンの気持ちに浸るために来る人も多く、いまでも128号室は人気なんだそうです、1980年熱狂的ファンとなのる男によりニューヨーク自宅アパート前で射殺されている、衝撃的なニュースにびっくりしたものです・・また次回です

2020.01.23:li-no2:コメント(0):[歴史探訪]

東北の伊勢 熊野大社

  • 東北の伊勢 熊野大社
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一昨日ですが父が公立置賜南陽病院に移転入院したのでお見舞いに行きました、そのあと近いから熊野大社に初詣、遅ればせながらですが・・この熊野大社はフラワー長井線の宮内からだと歩いて15分、赤湯駅からだと車で15分ほどです、和歌山県の熊野三山、長野、群馬の県境にある熊野皇大神社と並ぶ日本三大熊野の一つ、そうそう定年後軽井沢プリンススキー場にスキーイントラで行くようになったけども、碓氷峠の頂上にある長野と群馬にまたがる熊野皇大神社がその一つ・・近くまた軽井沢行くので今度こそ寄ってみなくてはですがいつもスルーしてるんです、東北の熊野大社は大同元806年に平常天皇の勅命によって再興された東北屈指の歴史ある社、平安時代の本尊仏、鎌倉時代の面、室町時代の獅子頭など文化財が保存されておりすごい歴史あるところです、参道はきれいな石畳で大鳥居をくぐり進むと巨大な銀杏の木があります、これは源義家の命を受けて植えたと伝えられる、樹齢900年のイチョウで山形県の天然記念物指定、そこを過ぎ石段を上ると本殿がみえます、現在の本殿は江戸後期のものとあり屋根はいまでも萱吹き屋根です、今年の運勢とおみくじは大吉でした、ちょっとうれしい・・そして本殿裏へといくと縁を結びたい人への、最強のパワースポットといわれて全国からも大勢人がきてるといわれる3羽のうさぎが隠し彫りされて、3羽すべてを見つけると願いが叶うと評判になり、今では恋が成就するスポットとして有名なんです、平日の午後でしたが何組かカップルがなかなか見つけられずにいましたけども・・2羽までは簡単に見つけられるけども3羽めが難しい、他人に教えたり、聞いたりしては御利益がなくなるということでみな黙って探します・・3羽めはこれかなと思うところがいくつかあるのでこれだと思えばそれでもよしでしょう・・

2020.01.19:li-no2:コメント(0):[歴史探訪]

稲荷森古墳

  • 稲荷森古墳
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1月も10日となりましたが家の周りは雪なしの暖冬、米沢スキー場は8日からの雨で営業は中止、14日から始まるスキー授業は1週間分キャンセルだそうです、そうなるとこの辺でスキーできるのは天元台だけですね、昨年末に父が置賜総合病院に入院してその帰りに行こう行こうと思っていた稲荷森古墳みてきました、この古墳昭和8年に発見と新しい、調査は昭和52年から県が測量発掘を行っている、南陽市長岡稲荷森にあり赤湯小が隣にある墳丘は半ばは丘陵を利用しその上に盛土したもので、全長96メートル、後円部径62メートル、高さ10メートル、前方部は長さ34メートルと東北地方で7番目、県内では最大の規模を誇る国指定史跡となっていてきれいに整備されています。

2020.01.10:li-no2:コメント(0):[歴史探訪]