先月末の1月29日、娘夫婦宅から軽井沢移動の途中で、富岡製紙場により次に碓氷関所跡に立ち寄りました。この関所は1623年、江戸幕府によって設置・・中山道は特に重要な交通路であったため、関東出入国の関門として、幕府は「入鉄砲と出女」を厳しく監視したところ、東西に門があり、西を幕府が、東を安中藩が守っていたとあります。
その東門が昭和35年、関所跡に復元され、隣接地に関所史料館も建てられました。また、平成30年から関所跡の南にある「麻苧茶屋」内に展示室がオープンし、関所および近世交通に関する史料を展示しています。絵図に当時の建物などが見れます、通りの一部は昔の街道風情が残ってます・・
毎年5月、安政遠足(侍マラソン)の開催日には関所周辺で「碓氷関所まつり」が行われ、獅子舞や八木節などの郷土芸能が披露されるそうです
碓氷関所
富岡製糸場
軽井沢に行く途中、前々から、寄ろう寄ろうと思っていた富岡製紙場に初めて寄ってきた。群馬県の南西部、富岡市にある富岡製糸場は、明治政府が日本の近代化のために設立した官営の製糸場。工場の敷地は55,391.42㎡という広さ、当時の建物をはじめとする多くの文化財が残る、2014年に世界遺産に登録されて、観光客が増えているところです。
経営は官から民へ移行、経営も変わって、最後は片倉工業となり、富岡工場(旧富岡製糸場)を閉業した後も一般向けの公開をせず、「売らない、貸さない、壊さない」の方針を堅持し、維持と管理に専念したとあります。富岡製糸場はその巨大な敷地ゆえ固定資産税が年間2000万円、その他の維持・管理費用も含めると最高で1年間に1億円以上かかったこともあると記されています。修復工事をするにしても、コストを抑えることよりも、当時の工法で復原することにこだわったというからすごいですね・・この取り組みがあったればこそ、富岡製糸場が良好な保存状態で保たれてきたのですね、管内の順路に従いまわるとけっこな時間がかかりますね・・説明動画もみんな見て結構疲れました、従業員の社宅も残っており見ごたえは十分でした。
縄文の女神
4月も明日で終わりですね、早いものです。今日からゴールデンウイークで9連休という会社もあると思います・・今月4月10日に、右ふくらはぎを負傷して、ひと月休みをいただいています、先週までは足がビッコ状態、気分転換にと山友さん運転で先週、簡単に行ける山形百名山の猿羽根山よったときに、その公園内にある縄文の女神と呼ばれる土偶見てきました。平成4年(1992)発掘されたもの、奥羽線舟形駅の西300メートルの小国川左岸に縄文中期とみられる跡の調査で発掘され、平成24年(2012)に国宝の指定を受けている、45センチと日本最大の土偶、レプリカ展示があり、触ることができます、質、重さも同じ、完全再現はどうやって作るんでしょうかね??館長さんの説明ではレプリカ300万かかったそうで、後にかけ過ぎと苦情があったと聞きましたが、なんせ国宝なんですから、良いじゃないですかね、舟形町の宝、国の宝ですからね、欠損部分がなく完全復元と造形的にも、縄文時代を代表する土偶である・・この土偶のデザイン感覚はすごいと思いますね・・小学生高学年頃、米沢成島の土器、石器ほりしていたころ懐かしいです、あの頃、まるまる破片をつけて土器の底が復元できたのが掘れたし、矢じり、石斧、三脚石器というのも持っていたが、全部、小松小学校に寄贈したはず、いまあるのか気になるね