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イザベラバードの通った道(山形県小国町編) その4”黒沢峠(2/2)”

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9月12日のNPO法人 ”ここ掘れ和ん話ん探検隊”主催の越後米沢街道・一三峠トレッキングで黒沢峠へその2です、敷石がずーーーと続くなかなかいい雰囲気で秋の日差しがほんわり入って木に囲まれ気分がいいものです、そして一里塚の説明、米沢から数えて12番目のところ小さな塚(一里塚)は看板側にはっきりとわかる形で残ってます・・反対側は大きな枯れたブナの木が残っている・・そして延亨3年(1746)にこの地に、伊藤平太郎家族が住み茶屋を営み旅人をもてなしたと言われますこの日大学の先生たちが遺産登録活動とかの測量をやってました・・この茶屋は明治17年小国新道の開通に伴い茶屋を止めて黒沢集落に下りたということです、土石に石仏生活用水の引いた痕跡などがあります・ほどなくしたところに水源となったとこがあります・・そして頂上となりそこで休憩ここからは特に眺望がいいということはなかったですね、標高426m・・

イザベラバードの通った道(山形県小国町編)その4”黒沢峠(1/2)”

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9月12日曇り、NPO法人 ”ここ掘れ和ん話ん探検隊”主催の越後米沢街道・一三峠トレッキングで黒沢峠へ・・会の名前もなかなかいいネーミングでよく考えてるなと感心します・・もともと使われなくなった街道の峠道を守ることを目的に昭和55年土に覆われた敷石道を5年かけて掘り起こしたとあります・・ここ掘れのあと和と話がおりなす保存会の面々の苦労がわかります・・保存活動開始が1980年のことですから”あれから”40年ということですご苦労さんと思います・・おかげで気持ちよく通ることができますね・・一三ある峠のうち黒沢峠は米沢から6番目ですからだいたい真ん中辺、天保6年(1835)~慶応3年(1867)の間に整備補強完成したとありますおよそ1.8kmの間に敷石3600個というものです、広場に案内看板がありその歴史を知ることができます、敷石は現地調達でありその切り取り跡なども見ることができます・峠は約2.6kこの日はそんな暑くなく汗もかかずに気持ちよい秋の日最後に示した写真にみるように敷石道は見事なものです・・

イザベラバードの通った道(山形県小国町編)その3”朴の木峠(2/2)”

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9月12日お天気曇り、涼しくてかえって良かった・・雨もなかったしまずまずの天気でした越後米沢街道・十三峠トレッキング今年度2回目の参加で朴の木峠へと山頂まで1時間ほどそこから下ると敷石道がありその先に地元で古くから”ばけもの杉”と呼ばれている古木の杉があります、峠道の脇で昔からどっしりとそびえたつ・・貫禄があります、樹齢に幹大きさも調査してないので不明だそうですけど・・多くの人をみてきたであろう古木霊気を感じます・・なんか古い街道という感じです、ほどなく進むと自然石に”右やまみち”、”左ゑちご道”とはっきりと見れる・・深く自然石に彫ってるのでそのまま残りますね風化しません・・側面に寛政9年とあります1797年200年以上も前なんです、右はここの集落の共有林であったということです、越後道と間違わないよう道しるべとして建立したようですが書体なんかもいい感じです、建立者も不明とのこと・・そして朴の木峠を下った最終場所は町の民家わきにでてきます、最後の写真大きな石碑が2個あるのですが草が茂って分かりにくいなんて書いてあったか聞いたけど忘れてしまった・・トレッキングではここにバスが来てくれて次の黒沢峠まで連れて行ってくれるのです・・

イザベラバードの通った道(山形県小国町編)その2”朴の木峠(1/2)”

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NPO法人”ここ掘れ和ん話ん探検隊”主催の越後米沢街道・一三峠トレッキング今年はコロナの影響で10人限定の県内在住者のみの募集でした3回に分けた一三峠のうち第二回目9月12日のだけ参加、今年も山友ハイジさんと昨年に続き参加で二回目は朴木の峠と黒沢峠・・峠の入り口まではマイクロバスで連れて行ってくれるので助かります、バードが通ったのは明治11年の7月・・この翌年コレラが大流行した年になるわけです・感慨深いものです・・入り口から峠頂上までは約1時間ていど途中は何も見えないとこですが頂上に着くと視界が開けて天気よければですが飯豊山に朝日連峰が見れるところとの説明でした・新緑に残雪~夏の万年雪、紅葉に初雪、厳しい冬の厳冬の山飯豊とか四季折々に絶景にあえることもある・・この日はあいにくの曇りで遠くの山は見えませんでした・・少し降りると聖観音という立て看板が見える、その昔峠道の安全を願って祭られた、昭和53年道路改修の際、大木の洞穴から出てきたという説明でした、やがて朴の木峠では少ない敷石道が見られます

イザベラバードの通った道(山形県小国町編)その1

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  • イザベラバードの通った道(山形県小国町編)その1
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イザベラバードが通った道をたどるのは久しぶり、山形の置賜についてたどってみようと始めたのがH27(2015)で川西町は川西町編とその1からその21(H30(2018)で完了、飯豊町は飯豊町編H28(2016)にその1からその8で完了、小国町は小国町編H29(2017)黒沢峠入り口に寄ってそれっきり、一昨日10月5日山友ハイジさんに誘われて越後米沢街道・13峠トレッキングに参加した、これは越後米沢街道一三峠を4回に分けてトレッキングするという企画で今年4回目でラストは小国町と新潟の境になる大里峠から鷹巣峠の3つの峠13.3kをあるくものでバードとは逆コースになってましたけど来年新潟から川西までのコースでまた企画するそうです、ちょうど私のバードをたどる道の小国町編をたどれるので来年また参加して小国町編完成と行きたい、今回は小国町編その1として投稿、朝8時半旧玉川小中学校にて開会式そして大里峠に入る、昔上杉藩の関所があった場所を過ぎるとほどなく大里峠案内看板が見えてきます、峠頂上まで3時間ほどかかります頂上には地蔵堂があり大里大明神、地蔵、観音様がある、また途中には庚申塔、安政2年建立の供養塔や昭和初期まで採掘した鉱山跡や茶屋跡など見ることが出来ます、峠から畑鉱山跡を過ぎて水場(清水が飲める)のところで昼食12時半てとこでした・・ここでスタッフさんが芋煮を準備してくれていて弁当に芋煮でおなか一杯になりました・・こんどは榎峠に入りますが、この峠、戊辰戦争で米沢藩と新発田藩が激戦を交わしたところ慶応4年(1868)8月12日戦死者の供養のために無名戦士の墓があります表には”南無阿弥陀仏戊辰戦士塔”側面に明治元年仲秋とある自分が生まれるわずか100年前国内で戦争があったわけです、バードが通ったのは明治11年(1878)ですから戊辰戦争からわずか10年後の日本を見たわけですね・・南無阿弥陀仏合掌です、このあと鷹巣峠を越えて終了・・時間は4時を過ぎてました・13.3k結構疲れます・・小国町編のその2以降は来年のトレッキング企画まで待とうと思います・・

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