もうすぐ10月となり、朝晩の涼しさにホッとする今日この頃。知人から桜の便りが届いて出かけてみた。場所は、白兎駅の駐車場。最近の寒さに眠気を打破されたのでしょうか。
成田駅の十月桜は、まだ咲くような様子は見えません。そして成田駅の桜に比べて、花びらがとても濃いピンクです。十月桜とは種類が違うのでしょうか。
先週まで30度超で今朝は17度。雨のおかげで稲刈りができずに、桜が咲くって変じゃないか。もう少し普通に戻ってくれないか。
昨年の十月桜の開花記事はこちらから
もうすぐ10月となり、朝晩の涼しさにホッとする今日この頃。知人から桜の便りが届いて出かけてみた。場所は、白兎駅の駐車場。最近の寒さに眠気を打破されたのでしょうか。
成田駅の十月桜は、まだ咲くような様子は見えません。そして成田駅の桜に比べて、花びらがとても濃いピンクです。十月桜とは種類が違うのでしょうか。
先週まで30度超で今朝は17度。雨のおかげで稲刈りができずに、桜が咲くって変じゃないか。もう少し普通に戻ってくれないか。
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写真は、駅茶(旧駅事務室)南側の壁に掛けられている羽前成田駅の絵画です。成田駅においでになった方が撮影したものを、傾き補正をして送ってくれたものです。その方も「いい絵ですね」と驚いていましたが、改めて見ると駅舎の中にこんな立派な油絵が飾られていることはすごいことだと思います。
駅舎の修繕工事が終了した頃に、地元の作家が寄贈してくれたもので、昭和30年頃の風景とのことです。この頃はホームまでの出越部分に木製の床がテラス風に造られていたようです。母屋とトイレ小屋の間に柵があることや空に張られた電線が当時の雰囲気を伝えてくれます。
ホーム側から駅舎全体の風景を記録したものはとても珍しく、大切に残していきたいものです。
今、「長井線を走った蒸気機関車展」を行っている。展示している中に、96型のさよなら列車の写真が2枚ある。1枚は長井線のさよなら列車となった59634号であり、もう一枚は米坂線のさよなら列車となった「9634号」である。59634号が現在は北九州市の鉄道記念館に保存されていることはブログで先に紹介していたとおりである。
先日、鉄道ファンの方々が全国から集まって、成田駅前の広場で芋煮会をなさった。その中の一人が、「9634号の頭が新潟県の新津鉄道資料館に展示されていますよ。」と教えてくれたのである。68691号と59634号に続いて9634号も、現役を終えてなおそれぞれの地で多くの人に愛され、見守られながら生きていることを確認できたのである。
この地で共に生きていた友達が、全国に散らばりながらも、その人生を全うした姿を見るようで、何とも言えないものを感じた。
59634号との再会はこちらから
秋分の日を前にした9月22日(金)、今日はいろんな人が駅茶においでになった。最初の人は、古い駅の模型を作るために成田駅に見学に来たという方。成田駅の構造や意匠の特徴などを説明すると、さらに詳しい説明を返してくれる人だった。「中まで見せてもらって良かった。開場時間まで待ってて良かった。」と語ってくれました。
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次は宮城県からおいでになったご夫婦。旦那さんの父親が国鉄職員で、小さい頃から鉄道が好きだったのが、高校時代に読んだ本の影響で私鉄やローカル線に興味を持ったのだという。廃線や廃駅のことなども教えてもらいました。奥さんが「たくさん話を聞いてもらって、うちの人はとても楽しそうでした。山並みの姿がとても素敵で、この景色には癒されました。」と語ってくれました。
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そしてもう一人は、今月で転勤となる地元紙の支社長さん。「週末の午後だったら会えるかと思って」と、わざわざご挨拶に来てくれたのでした。支社長さんは、山形鉄道と共におらだの会の活動についてもいつも応援してくれた方でした。「戦友との別れ」のような思いが沸き起こり、帰り際には、思わず握手を求めていました。新しい職場での活躍を期待し、これからも私たちのことを見守って欲しいものです。
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駅茶のカギを締めながら、「北の大地に消えゆく ~ 駅に集う人々」というドキュメンタリーに流れたテロップを思い出した。
・人にはそれぞれ自分の暮らし、人生を、思い出を支えてくれた駅がある
・こうして駅があれば人と人の縁もつながることができる
・人は駅に何を託すのか? (私は駅に何を託すのだろうか)
9月8日から「長井線を走った蒸気機関車展」を開催している。ある日、「うわぁー、SLだ!」と元気な声が聞こえたかと思うと、駅茶に5歳ぐらいの男の子が飛び込んで来た。遅れてきたお父さんに聞くと、SLが大好きなのだという。男の子は写真を見ながら、「ここにもSLが走っていたんだ。」と歓声を上げた。
ふと機関士服を提供してくれた山形市のKさんのことを思い出した。Kさんは長井線で蒸気機関車を運転していたという。ここにKさんがいたら、この男の子にどんな話をしてくれるのだろうか。静かな語り口のKさんに、目を輝かせながら聞いている姿が目に浮かんだ。
写真などで当時の様子を伝えることはできるかもしれない。けれども、その当時の人々の思いを伝えることは難しいものだ。もっといろんな話を聞いておけばよかったと思う。
【おらだの会】写真は佐久間信人氏提供。Kさんの機関士服はこちらから