(35)駅舎を再現~ミニチュアが本物に

  • (35)駅舎を再現~ミニチュアが本物に

 平成9年(1997年)4月1日から成田駅は無人駅となり、駅協力会が玉置清吉氏と駅管理委託契約を結ぶことになります。けれども玉置さんの高齢などの理由により平成14年(2002年)には完全無人化となってしまいます。

 

 一方山形鉄道は、平成16年(2004年)のスィングガールズの公開によって、脚光を浴びるようになります。平成18年(2006年)には方言ガイドが始まり、同年10月には日本鉄道賞特別賞を受賞します。さらに平成21年(2009年)には最上川橋梁が近代化産業遺産に認定され、また公募社長に旅行会社出身の野村浩志が就任し営業活動も活発になります。

 

 そんな時、おらだの会の初代会長であった石塚さんが成田駅、長井駅、西大塚駅のミニチュアを制作しました。平成22年(2010年)のことです。「何かやってみよう。」といった気運がおらだの会の中でも生まれていたのかもしれません。このミニチュアが会員の心に火を点けたのでしょうか。ミニチュアが本物になり、実物大の駅舎の再現に取り組むことになったのでした。おらだの会にとってもまた成田駅にとっても大きな転換点となったのでした。

 

 

【おらだの会】わずか12年前の写真ですが、こんな若い時代もあったのかと驚いてしまいます。

2022.05.27:orada3:[羽前成田駅100年物語]

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