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新田堤

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十分一山の北麓に新田(しんでん)堤があります。新(しん)堤とも呼びます。

この新田堤は大正時代に作られた灌漑用の堤です。

 

元々この一帯は大谷地(湿地帯)で水田耕作が難しい環境が続いていました。

大正時代に新田の銀山地区(谷地地区とも云う)の開墾を進めましたが、泥炭層の場所が沈み、湧水などがたまるので周囲を高く土盛りし、堤として活用することにしました。

この時完成したのが新田堤です。

その後も客土などの土質改良を重ね、茫々たる草原を美田に変えました。

大正9年に銀山地区の開墾を記念し、五十匁(ごじゅうめ)山の麓に記念碑を建立しました。

 

新田堤は完成から2年ほど経つと、底の泥炭層に浮力が生じて浮き上がり浮島になりました。

水面が上がると泥炭浮島も浮いて移動します。

 

泥炭浮島には貴重な動植物が生息しています。昭和59年には南陽市指定文化財(天然記念物の部)に指定されました。

山形県のレッドリストの指定を受けた種もいて、動植物の採集は禁止されています。

(堤内への立入りも禁止です。)

 

参考:市報なんよう 平成28年8月1日号

2020.06.22:nakagawako:コメント(0):[◇中川地区の歴史]

新田の山崎神社

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新田地区にある山崎神社です。

平成25年8月に再建されました。

祭神の天手力男命(あめのたぢからおのみこと)※を祀る置賜地方では数少ない神社です。

 

東置賜郡史に記載された神社164社のうち、中川地区にある山崎神社と岩崎神社、川西町上小松の置賜四所神社(七柱のうち一柱、天太刀雄命と記載)の3社だけでした。

 

3社のうち2社が中川地区にあることについて調べましたが、よく分かりませんでした。

 

創建された江戸時代前期は、中山城武将の清水三河守康徳(信州更級郡の人)が信州諏訪大明神を川樋と元中山に勧請した時期です。

また上杉藩によるこの地の鉱山経営で甲州から鉱夫が来ています。

今の長野県・山梨県との関係から、天手力男命を祀るようになったのかも知れません。

 

赤湯町史(昭和43年)より

 山崎神社 元指定村社 大字新田字長清水

 祭 神:天手力男命

 由 緒:詳かでないが川樋新田に鉱山が栄えた寛永時代(1624~1645年)に

     建立されたと伝えられている

 社 殿:本殿は巨石を穿ち御神体を納めている

 

※天岩戸を開けた神様で、力の神とされています。

2020.06.19:nakagawako:コメント(0):[◇中川地区の歴史]

花窪の枩尾神社

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元中山字花窪にある枩尾(まつお)神社です。

明神鳥居に「松」ではなく「枩」と刻まれているのが確認できます。

 

この140段以上ある石段は

(「元中山神社巡り」の3枚目と4枚目の写真)

江戸時代にお駕籠八兵衛が一人で作り奉納したと伝えられています。

参道には明治期に造られた常夜燈が多数奉納されています。

 

由緒ですが、赤湯町史・東置賜郡史には載っていません。

「30年くらい前に赤湯の先生が調べたが、よく分からなかった。」

と近所の方から教えていただきました。

 

「春は花窪 夏さか日影 冬ごもりは釜渡戸」と地元で言い伝えられてきた言葉があります。

春に花窪坂から見える残雪の蔵王連峰は絶景です。

2020.06.17:nakagawako:コメント(0):[◇中川地区の歴史]

花窪の古峯原神社

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元中山字花窪地内、県道238号から小高い山に向けて長い階段が設置されています。

「元中山神社巡り」の1枚目の画像で下に見えるのが県道です。

 

この山に鎮座するのが古峯原神社です。地元では「こばはら様」と呼んでいます。

火伏せの神として有名な栃木県の古峯(ふるみね)神社に毎年代参を行い、祈祷札を納めています。

 

2枚目の画像は奥にある山の神になります。

 

階段を上ってから、山道をしばらく歩きます。

行く時は熊除け対策を忘れずに。

 

2020.06.17:nakagawako:コメント(0):[◇中川地区の歴史]

日影の松尾神社

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元中山字日影にある松尾神社です。

明神鳥居には「天保十三寅九月」と刻まれています。(西暦1842年)

 

中世は日影館があった場所です。

昨年、日影館跡の背後に山城跡があることが判明しました。

また、神社の北側に館跡が2ヶ所新たに確認されました。

 

松尾神社は酒造りの守り神として全国へ勧請されましたが、元中山地区でも酒造りが行われていたのでしょうか。

 

引用:赤湯町史(昭和43年)

 松尾神社 大字元中山字日影

 祭 神 市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)

     大山咋命(おおやまぐいのみこと)

 由 緒 創立年不明

     京都府葛野郡松尾神社の末社と伝えられている

     社殿木造五坪

 

なお、町史には「大山つみ神」(つみは示偏に氏)と記載されていますが、元中山地区には別の場所に山神神社が建っていますので、京都松尾大社の主祭神二柱の一柱「大山咋命」と思われます。

もう一柱は「市杵島姫命」です。

2020.06.17:nakagawako:コメント(0):[◇中川地区の歴史]