六地蔵塔2

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「于時元禄九天※1霜月※2吉日」が刻銘された六地蔵塔がどちらなのか調べてみました。

 

どちらの塔も下部の幢身(どうしん)に文字が刻まれていますが、風化により判読できない箇所があります。

道路側の六地蔵塔の刻銘を見ると

「六道能化※3(ろくどうのうげ)□□□」画像1

別の面の左下を見ると「十月吉祥日」と読めます。画像2

 

地蔵堂側の六地蔵塔は

梵字で「イー・ウ・カ・□□□」と刻まれ

左側に「木月」と刻まれているように見えます。画像3

文字の大きさから考えると「霜」の一部の「木」のようです。

地蔵堂側の六地蔵塔が元禄九年(1696)の六地蔵と推定します。

 

※1 天は年の異字です。

※2 霜月は11月のことです。

※3 六道能化は地蔵菩薩の別称です。

2021.10.21:nakagawako:コメント(0):[◇中川地区の歴史]

出品作品

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文化祭の出品作品を作ってみました。

想像していたよりも難しくぶきっちょさんのあたしにはハードルがたかい!

暖かい目でご鑑賞くださいませ( *´艸`)

 

2021.10.20:nakagawako:コメント(0):[◇中川地区あれこれ]

六地蔵塔

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釜渡戸地区の赤坂にある六地蔵塔(六面幢ろくめんどう・六角幢ろっかくどう ともいいます)は重制(石を組合せて)でできています。

上部にある龕部(がんぶ)に地蔵菩薩が浮彫されています。

手前の六地蔵塔の龕部は隣に置かれています。

重制だと雪や地震でよく倒れるのだそうです。

 

六地蔵(六面幢・六角幢)は地名の由来にもなっています。

南陽市内だと、宮内地区の六角町や金山地区の六角(黒在家六角)などがあります。

 

六地蔵について

仏教では人間が死んだ後、生前の行いによって行き先が、地獄・餓鬼(がき)・畜生・修羅(しゅら)・人間・天の六道(ろくどう・りくどう)に分れるとされています。

六地蔵は六道の苦しみを救う六体の地蔵様のことです。

2021.10.20:nakagawako:コメント(0):[◇中川地区の歴史]

冷たい雨

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今日は朝から冷たい雨が降っています。

ところどころ青空は出ているのですが・・・・

気温も11℃と肌寒く、秋深くなってきました。

紅葉もそろそろ始まりそうですね。

2021.10.20:nakagawako:コメント(0):[◇中川地区あれこれ]

釜渡戸の地蔵堂

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釜渡戸地区の赤坂にある共同墓地の中に地蔵堂があり、二十体近くの地蔵様と六地蔵塔(六面幢ろくめんどう)が安置されています。

 

引用:「釜渡戸」を中心とした社会科資料 錦 三郎 著

 

明治※1、釜渡戸分教場が建てられたが、その地ならしの時、瀬戸くずや、白壁の崩れたのを彫りだしたそうである。(中略)また、分教場の入口あたりには多くの地蔵が立ち、六地蔵※2も二基立てられ、その一基には于時※3元禄九天(1696)霜月吉日の銘文がみられる。(中略)

これらの石地蔵、六地蔵は皆赤坂の共同墓地に移された。

 

※1 明治24年12月2日、中山尋常小学校に釜渡戸分教場を設置しました。

   なお、釜渡戸は大字中山に属していました。

   当時、中川地区にあった小学校は川樋尋常高等小学校になります。

※2 次回、紹介します。

※3 于時=時に

2021.10.19:nakagawako:コメント(0):[◇中川地区の歴史]