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木造駅舎と撮り鉄の聖地

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懐かしい絵はがきシリーズの最後に、川西町の知人にいただいた絵はがきを紹介します。大正3年11月15日の開通(紀)念の絵はがきです。裏面には「『西大塚駅を木造駅舎の聖地にしよう』2010.12.25 主催:置賜まちづくり学校川西班」という記載があり、事業の一環として絵はがきを復刻したようです。

駅舎を活用した事業に昔の絵はがきを活用しているアイデアに感心します。また松川鉄橋と西大塚駅という2大撮影スポットが写っているのも素晴らしいですね。まさに「木造駅舎と撮り鉄の聖地」と言えますね。

 

2019.05.14:orada2:コメント(0):[停車場の記憶]

コレハ松川ノ鉄橋デス

  • コレハ松川ノ鉄橋デス
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絵はがきは内町・堺屋発行の「羽前鮎貝名所絵はがき」の中の一枚です。最上川鉄橋の建設工事の写真ですが、橋脚の上に組み立てられている木枠に上っている男性も見えます。絵はがきの「長井延長線」という題名と、「コレハ松川ノ鉄橋デス」とのカタカナ表記が時代を感じさせます。

なお荒砥駅には、建設当初の鉄橋の銘板2枚(上掲写真)が展示されていますし、県立荒砥高校・荒砥鉄橋研究所の研究報告書が掲示されています。お立ち寄りの際は、ぜひご覧になってみてください。

【絵はがき写真提供:「絵はがきで見る『大正・昭和の白鷹』」より】

2019.05.11:orada2:コメント(0):[停車場の記憶]

わしの村にも汽車が来た

  • わしの村にも汽車が来た
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鈴木商店発行の鮎貝停車場前通りの絵葉書です。鮎貝駅開業当時のものと思われます。駅の開業に合わせて駅前にあたらしいお店等が建てられ始めているようです。この頃は、各商店等が町の名所等を絵葉書にして発行する機会があったようで、当時の街の様子を知る上で、とても貴重な資料となっています。また、鮎貝までの開通の際の新聞記事によれば、新道の両側にほどこした電燈仕掛けの装飾柱が立ち、200名近い来賓は不忘楼で祝賀会をして祝ったとあります。「空前の大賑はひ 我も我もと新駅に」と、見出しも踊っています。

【鮎貝駅写真は「絵はがきで見る『大正・昭和の白鷹』」より。新聞記事は米澤新聞(大正11年12月13日(三))提供】

2019.05.09:orada2:コメント(0):[停車場の記憶]

湯の香、花の香、紬の里へ

  • 湯の香、花の香、紬の里へ
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知人から、フラワー長井線の開業を記念して販売された切手シートをいただいた。郵便局の郵趣会が制作したもので、昭和63年10月25日の日付で荒砥郵便局の消印が押されている。シートには?58、D52の蒸気機関車、日中平和友好条約締結10周年記念のパンダの切手も貼られている。山形鉄道初代社長である長谷川六郎さんの「湯の香 花の香 紬の里へ」の揮毫が美しい。

2019.05.08:orada2:コメント(0):[停車場の記憶]

2019.05.08:orada2:コメント(0):[停車場の記憶]