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軽便鉄道長井線開通記念号

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さてさて、今年は山形鉄道開業30周年にあたりますが、歴史に詳しい友人から大正3年の長井線(梨郷~長井駅)開通時の新聞記事を紹介してもらいました。地元紙の米沢新聞の大正3年11月15日の記念号です。鉄道院技術部米沢派出所長の下村氏の談話が載っています。

 「我が置賜の地や面積きわめて広く土地沃饒・・・中略・・・ことに西置賜郡にいたってはその面積実に76方里。米穀を第一とし繭、生糸、蚕種、つむぎ織、木材、鉱物等の産物すこぶる豊富なるにもかかわらず、この地置賜の西北にあるがゆえに、地さらに鉄路の恩恵に浴するにあたわず。ここにおいてか全郡民はもちろん、いやしくも西置賜郡の如何を解する人は、その敷設の一日も早からん事を希望したりき。・・・略・・・」

 また、郡長、長井町長以下の管内の名刺中には、当時の長井村村長・佐々木太郎助氏の名前もみられる。

2018.08.11:orada2:コメント(0):[停車場の記憶]

国鉄風の看板に

  • 国鉄風の看板に
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正面に設置されていた駅名看板が、国鉄時代風の看板に取り換えられました。紺色のベースに国鉄文字で書かれています。以前から、「懐かしい感じの看板だといいなあ。」と語っていましたが、この程、山形鉄道の社員さんが制作してくれたものです。今までの看板では見えなかったのですが、正面の持ち送りの部分にも素敵な意匠が施されているのが見つかりました。それにしても山形鉄道社員さん、暑い中ご苦労様でした。そして素敵なプレゼントをありがとうございました。

2018.07.29:orada2:コメント(0):[停車場の記憶]

伝えたいもの、残したいもの

  • 伝えたいもの、残したいもの
  • 伝えたいもの、残したいもの

写真は昭和60年に開催された「長井線を守ろうカラオケ大会」と平成元年10月25日に「フラワー長井線として開業」された時の様子です。あれから30年が経ち、公民館のカラオケ大会も継続している。もちろん長井線も頑張って走っている。ふと、本当に伝えたいもの、残したいものは何だろうか、と思う時がある。

【写真の出展:『写真で見る致芳のあゆみ』 致芳地区文化振興会平成14年11月発行】

 

2018.07.27:orada2:コメント(0):[停車場の記憶]

長大な防雪柵

  • 長大な防雪柵
  • 長大な防雪柵

 撮影場所は、2枚とも成田駅の南、現在の成田第4踏切付近と思われます。「昭和30年代の長井線を走る貨物列車」には、稲株の残る田んぼの中に、稲くい用の木材らしきものが見えます。 「羽前成田駅の防雪柵(昭和60年)」では、風雪と戦ってきた当時の方々の姿が見えて来るようです。

【出展:『写真で見る致芳のあゆみ』 致芳地区文化振興会平成14年11月発行】

2018.07.23:orada2:コメント(0):[停車場の記憶]

駅とSL、保線区小屋も

  • 駅とSL、保線区小屋も
  • 駅とSL、保線区小屋も

 今時は、私らの年代でも「汽車」と言うのを憚られるようになった。でも、子供は今でも、「ポッポ来た」「ポッポ、ガッタン、ゴットン」と言い、目を輝かせる。今から60年ほど前に、駅にはポッポがたくさん来た。当時の成田駅には、倉庫の他に保線区小屋もあったことに驚く。今でも残る駅舎の匂いは、本物のポッポの匂いかもしれない。 

「成田駅とSL ― 羽前成田駅に停車した蒸気機関車(昭和30年頃) 」 「成田駅と蒸気機関車、保線区小屋 (昭和49年)」

【出展:『写真で見る致芳のあゆみ』 致芳地区文化振興会平成14年11月発行】

2018.07.22:orada2:コメント(0):[停車場の記憶]