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宮内駅開業記念カードその5

  • 宮内駅開業記念カードその5
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 宮内と言えばやはり熊野大社でしょうか。そして今も続く菓子店さん。綴の背表紙を飾るのはオールカラーの酒屋さんで、その名も目出度い「銘酒・松の緑」。

 宮内駅開業記念カードの紹介は、今回で一旦終了となります。当時の宮内町の隆盛が感じられる豪華なカードでした。ご提供くださった「ふるさと資料館」様、本当にありがとうございました。

 

【資料提供:ふるさと資料館・時代のわすれもの(南陽市宮内)】

2019.07.16:orada2:コメント(0):[停車場の記憶]

宮内駅開業記念カードその4

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 記念カードの中には医院や商店、銀行も紹介されているが、製糸工場の写真も2枚ある。米沢藩以来の養蚕を生業としていた地域経済が、製糸・繊維産業として近代化されていく様子を知ることができる。しかも、株式会社としての操業である。

 山形市に住む知人から「曽祖父の時代には、荒砥町辺りまで桑を売りに行っていたそうだ。」との話を聞いたことがある。軽便鉄道法が施行されてすぐに、長井線が実現することになった理由の一つが、ここにあるのかもしれない。

 この当時の養蚕、製糸産業の重みを、もう一度考える必要があるようだ。そして、2枚の写真の中に、「長井町の有志と連合して、軽便鉄道建設に動いた人物」がいるかもしれない。

 

【資料提供:ふるさと資料館・時代のわすれもの(南陽市宮内)】

2019.07.12:orada2:コメント(0):[停車場の記憶]

宮内駅開業記念カードその3

  • 宮内駅開業記念カードその3
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 この記念カードには宝物のような写真がたくさんあります。これもその中の一枚です。「織機川鉄橋」と「梨郷鉄橋工事」のキャプションがあります。梨郷鉄橋は、現在は「松川橋梁」と呼んでいる鉄橋で、フラワー長井線を代表する撮影スポットの一つです。翌年(大正3年)の梨郷~長井間の開通に向けて、建設が急ピッチで進められていたようです。鉄橋がカーブしている様子も見えます。

 

【資料提供:ふるさと資料館・時代のわすれもの(南陽市宮内)】

2019.07.11:orada2:コメント(0):[停車場の記憶]

宮内駅開業記念カードその2

  • 宮内駅開業記念カードその2
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 宮内駅と梨郷駅の写真です。当時の終着駅であった梨郷駅は、まだ工事中のようですが、今と比べるとかなり大きな駅舎で、島形ホームの姿がわかるようです。宮内駅は、ホーム内の回廊は見えないようですが、本屋の支柱の様子は今と同じように見えます。広々とした敷地に建てられていて、西部劇に登場するワンシーンのようです。また生地になっている文様も、とても品格が感じられるデザインとなっています。

 

【資料提供:ふるさと資料館・時代のわすれもの(南陽市宮内)】

2019.07.09:orada2:コメント(0):[停車場の記憶]

宮内駅開業記念カードその1

  • 宮内駅開業記念カードその1
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 軽便鉄道長井線の赤湯~梨郷間が開通したのが大正2年(1913年)10月26日。この際に、宮内町で発行された「開通式記念カード」です。各町村では、商店などが発行した記念絵ハガキはありますが、宮内町の記念カードは町内企業が共同で発注したものと思われます。現在のウェディングカードのように、とてもセンスのある装丁になっています。制作会社である「東京青雲堂」は、東京大正博覧会の絵葉書の制作なども行っていたようで、著名な会社だったかと思われます。

 

【資料提供:ふるさと資料館・時代のわすれもの(南陽市宮内)】

2019.07.08:orada2:コメント(0):[停車場の記憶]