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夢の図書館を目指して…「甲論乙駁」編(その1)~イーハトーブの「ブエナ・ビスタ」、ここにあり!!

  • 夢の図書館を目指して…「甲論乙駁」編(その1)~イーハトーブの「ブエナ・ビスタ」、ここにあり!!

 

 イ-ハト-ヴ“愚民”さんの投稿をきっかけに「図書館とは何ぞや」という本質論が少しづつ語られるようになってきた。当ブログも一貫して、あらゆる“賢治もの”を一堂に集めた世界一の「イ-ハト-ブ図書館」の実現を訴え続けてきただけに、この動きを歓迎したい。

 

 旅行口コミサイト「トリップアドバイザ-」がかつて全米を沸かせた映画「バケットリスト」(棺桶リスト)にあやかって、「死ぬまでに行きたい世界の図書館15選」を公表。第1位に「ヴァスコンセロス図書館」(メキシコシティ、2006年開館)が選ばれた。本棚の飛び出し具合が浮いているようにも見える設計のため、“空中図書館”とも呼ばれる。日本では「まちとしょテラソ」(長野県小布施町立図書館)と「京都マンガミュ-ジアム」(京都市)が見事ノミネ-トされた。「イ-ハト-ブ図書館」もぜひ、この棺桶リスト入りを目指したい。”銀河宇宙図書館”っちゅうのも悪くないな。そんな妄想も膨らむ。ぜひ、みなさんの「おらが図書館」像をお寄せください。

 

 ちなみに、ヴァスコンセロス図書館はメキシコシティの中心街「ブエナ・ビスタ(Buena・Ⅴista)」地区にある。一世を風靡した音楽ドキュメンタリ-映画「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」(1999年)で知られるようなったこの地名はスペイン語で「絶景」を意味する。この市立図書館はいまでは、観光施設としても知られるようになった。イーハトーブの「ブエナ・ビスタ」こそが霊峰・早池峰山ではないだろうか。

 

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 「声なき声」を名乗る方から16日午前、「時間かけ過ぎ」という以下のようなコメントが届いた。「甲論乙駁」(こうろんおつばく)を呼びかけた結果、これまであまり表面化してこなかった貴重な提言をいただいた。手始めに届いたばかりのご意見を以下に掲載します。なお、文中の「ステークホルダ―」とは企業や行政、NPOなどの”利害関係者”を意味する言葉で、図書館などの文化施設を論じる場合はよほど慎重に対処する必要がある。

 

 

 

 いつもブログ拝読しております。最近は新花巻図書館が大きなテ-マとなっているようで、なるほどなぁと思いながら読ませていただいておりました。今回のイ-ハト-ヴ“愚民”さんの意見を、ある種、共感をもって読ませていただきました。因みに私は“親”市長派でも“反”市長派でもありません。

 

 そもそもは「図書館の中身をどうするか」といったことだと思いますが、どうも立地場所に焦点が当たり過ぎている感にもどかしさを抱いています。個人的には、現時点で総合的に判断して駅前立地に賛成の立場ですが、だからといってそこに固執するつもりはありません。それぞれメリット、デメリットがあり、さらに立地場所によって(主たる)ステ-クホルダ-も異なってくる話なので単純に多数決で決められる話でもないと思います。

 

 先日たまたま地域住民の方と話をしたとき「病院跡地には人が住んでほしい。街なかに住みたいという人は一定数いるがその用地がない。街なか人口を増やさないと地域づくりができない。」という意見もありました。それがどうのこうのではなく、こういう話を一つひとつ聞いていくとどうしても判断が難しくなるだろうな、という話です。

 

 それより思うのは、図書館一つ建てるのに時間かけ過ぎというところです。もちろん都市としての図書館の大切さ、市民にとっての関心の高さを考えればある程度のプロセスは必要だともいますが、あまりにも…。声高に主張する動きも声なき声もあることがこれだけ明確な状況ですので、あとは首長判断なんだと思います。その是非は選挙で問われるのでしょう。

 

 最近の街なかは古い建物の解体が進み、民間主導での再生の動きが見られ始めています。行政がこの動きの足を引っ張っている状況、市民の一人として残念でなりません。つまらない意見を書き込んでしまい恐縮ですが、これも声なき声の一つとしてお伝えしたいと思った次第です。駄文、失礼いたしました。

 

 

 

 

 

(写真は「死ぬまで行きたい」図書館のグランプリに輝いた「ヴァスコンセロス図書館」=インタ-ネット上に公開の写真から)

 

 

 

「まぁ読んでみろよ」…イ-ハト-ヴ”愚民”からの伝言!?~甲論乙駁、大歓迎

  • 「まぁ読んでみろよ」…イ-ハト-ヴ”愚民”からの伝言!?~甲論乙駁、大歓迎

 

 「イ-ハト-ヴ愚民」(笑いマ-ク付き)を名乗る人物から14日、「まぁ読んでみろよ」という一言とともに長文の文章がパソコンのコメント欄に届いた。新花巻図書館の立地場所をめぐり、市側が主張する「JR花巻駅前」に賛成する立場の内容で、両論が議論を尽くし合うという観点からは貴重な資料提供と言える。個人的な見解は除き、総論部分を以下に転載する。今回も“覆面”投稿だったのは残念であるが、私はいつでも「聞く耳」だけは開いているつもりである。今後とも、できれば“素顔”での意見開陳を願いたい。「民主主義国」ニッポンーその理想郷・イーハトーブに住まう隣人として…

 

 感想をひと言―「ありがたく読ませていただきました。”坊主憎けりゃ袈裟までも”とか、”反市長派”などという言葉を安易に口にするようでは、あなたの立ち位置を自ら白状するようなもんですよ。図書館問題で市長を擁護したいのなら、もう少し上品で論理的な文章を公表なさってはいかがですか」

 

 

 

 

《今後整備する予定の新図書館の建築場所について》

 

 花巻駅前希望派と総合花巻病院跡地派に2分されている。なんとなく客観的に俯瞰でその構図を眺めると若者意見が駅前派、シニア世代意見が病院跡地派という感じ。駅前派の理由は・車がなくても行きやすい・電車待ちの時間に利用できる・賢治案内コ-ナ-設置により観光客の利用も見込めるなど、具体的な「利用しやすさ」を訴える。

 

 一方の病院跡地派は・早池峰山を一望できる景勝・旧稗貫農学校、旧花巻女学校など賢治ゆかりの地・花巻城の痕跡も残る歴史的な場所という、比較的情緒的な理由だ。現状、市側は駅前優先で検討し、第2候補地として病院跡地を検討していると聞く。当然のことながら、病院跡地派はその方針を覆すべく有志で任意団体を作り、会合を開いたり市政懇談会の場に手分けして参加し、持論を主張する。その結果「意見は病院跡地派が多数」のように見えることになる。なにしろ病院跡地派しか意見を言わないからだ。

 

 まずは、そのことを持ってして「病院跡地を望む市民の声は多数派」という認識は間違っているといえよう。それでは彼らが主張する「市民の声を」という訴えにはサイレントマジョリティが含まれないことになるから。「どっち派か」という問いの前にその点はきちんと認識すべきと考える。事実、高校生、大学生たちから市当局に対して「新図書館を駅前に」という要望書や意見が寄せられている。決して病院跡地派が「市民の総意」ではない。

 

 もうひとつ、病院跡地派は反市長派が中心になっているように見受けられる。「坊主憎けりゃ袈裟までも」になってはいないか?是は是、非は非で考えるべきことと思うのが。そして若者たちの意見に対して「どうせ集まって騒ぐ場所が欲しいだけだろう」という、話が病院跡地派から出されたということも耳にした。それは間違っている。若い世代は真摯に考えている。じゃなければわざわざ要望書を出すなんて面倒なことはしない。若者の声に耳を傾けない姿勢こそが当地の少子化、人口減にも繋がっていると気付いて欲しい。大人だけで何でも決めてしまうまちに若者は魅力を感じるだろうか。

 

 ちなみに、病院跡地派の理由のひとつとして駅前は新たな土地購入により余計に予算が必要というものもあるが病院跡地に建てたとしても、歩道すらまともにない駅前からのアクセスを考えると道路用地買収→整備が必要となるだろう。金がかかるという意味ではどっちもどっちかと思う。

 

 

 

 

(写真は覆面イラスト。最近、こんな仮面をかぶった人間が多いと思う=インタ-ネット上に公開の写真から)

 

 

 

《追記ー1》~図書館問題の賛否で市民アンケ-トを

 

 15日付「岩手日報」論壇欄に「花巻図書館新設案に疑問符」と題する市内のパ-ト女性(67)の投稿が掲載された。市側が第一候補に挙げる「JR花巻駅前」への立地に反対する立場を強調しつつ、賢治ゆかりの花巻農学校跡地(14日付当ブログ「『跡地』今昔物語」参照)に建つ現図書館への立地も検討すべきだと主張。最終的には全市民を対象にしたアンケ-ト実施の必要性も呼びかけている。これまでの市側主導の“立地”論争に一石を投じる貴重な提言である。

 

 

《追記―2》~場所なんて正直どうでもいい

 

 イ-ハト-ヴ“愚民”(笑マ-クさん)から15日午前、以下のような連投があった。図書館問題に熱心なお方のようである。

 

 「思うに立地場所の選定に囚われすぎてないですかね?どこに建てるかもそうだけど、どんな図書館にするかの方がもっと大事。だってそこに魅力がなきゃどれだけいい場所に建てたって人は集まらないでしょ。早池峰山を一望できるから花巻病院跡地?(笑)だったら図書館じゃなくて展望台でも作ればよくね?ってか今の更地のままでいいじゃん(笑)。早池峰山を眺めるために図書館に行かないでしょ(笑)。議論の焦点が全然的外れなんだよな~」

 

 

 

 

 

 

 

 

賢治ゆかり…「跡地」今昔物語~「旧花農」跡地を文教地区に!!

  • 賢治ゆかり…「跡地」今昔物語~「旧花農」跡地を文教地区に!!

 

 「日ハ君臨シ カガヤキハ/白金ノアメ ソソギタリ/ワレラハ黒キ ツチニ俯シ/マコトノクサノ タネマケリ」…。流れ落ちる涙をこぶしで拭いながら、”放歌高吟”する行列を私はまるで、天から降臨した尊きものに接するような面持ちで眺めていた。幼少時、私は旧花巻農学校近くの“農学校通り”に住んでいた。卒業式を終えた花農生たちは宮沢賢治が作詞したこの歌を大声で歌いながら、学び舎を去っていった。

 

 賢治は大正10(1921)年から4年余り、同校で教鞭を取った。当時、校歌を持たなかった生徒たちのために作ったのが冒頭の「花巻農学校精神歌」で、いまでは市民歌としても定着している。同校は昭和44(1969)年に閉鎖になり、現在地に移転した。当時の市長は「旧花農」跡地を宅地として分譲する計画を打ち出した。反対ののろしを上げたのは同窓会長で賢治研究者でもあった故照井謹二郎さんだった。「賢治の里にユネスコの火を灯そう」―。当時、花巻ユネスコ協会の立ち上げに尽力した同校教員の押切郁さん(93)らも加わり、「賢治ゆかりの地を文教地区」へという市民運動が燎原の火のように広がった。

 

 「10以上の各種団体が賛同してくれた。当時の趣意書は大事に取ってある」―。まだ、矍鑠(かくしゃく)たる押切さんはこう続けた。「新図書館の立地問題が迷走するのを見てもう、黙ってはおられなくなった。旧病院跡地も賢治ゆかりの地という意味では同じ。あの時の市民が一致団結した熱気を伝えたい。私にはもうあまり、時間が残されていないのよ」―。押切さんたちの粘り強い運動が実り、閉鎖から4年後に旧花農跡地は現花巻市立図書館と文化会館、それに「ぎんどろ公園」を併設した一大文教地区に生まれ変わった。

 

 「JR花巻駅前か旧花巻病院跡地か」―。あれから、ちょうど半世紀を迎えたいま、目の前ではどこに建てるかという“立地”論争が迷走の極を迎えている。「イ-ハト-ブ図書館をつくる会」などの市民グル-プが旧病院跡地への立地を上田東一市長に対して要望するなどの新しい市民の動きも出てきた。押切さんが力を込めて言った。「私はもう、何時あの世に呼ばれたっておかしくない。だから毎日、手紙を書いたり、電話をしたり、時には出かけて行って直接、話をしたりと忙しいの。でもね、あの時の高揚した気持ちが背中を押してくれるんだよね」

 

 「イ-ハト-ブ高校」―。かつて、学校名をめぐってこんな“校名”論争があった。20年前の2003年、花巻農高と北上農高とが統合された際に起きたのがこの論争である。北上側のこの提案に対し、「やはり、賢治さんの息づかいが聞こえる今のままで…」と主張する花巻側に軍配が上がった。そしていま、「イ-ハト-ブ図書館」の建設を望む声が日増しにふえつづけている。100年ぶりに旧病院跡地の背後から霊峰・早池峰山がその雄姿を現したと思ったら、50年ぶりに移転するその移転先に急浮上したのがこの跡地…。それにしても「歴史は繰り返す」というのか、「歴史の縁(えにし)」の不思議に驚愕(きょうがく)さえ覚えてしまう。

 

 久しぶりに賢治が愛したぎんどろの木が植えられた「ぎんどろ公園」を散策した。「風の又三郎」の石像群や詩碑などが点在する園内で風雪に耐えた木塔に再会した。精神歌の一節が刻まれた野太い筆字が目に飛び込んできた。「我等は黒き土ニフシ/マコトノ草ノ種マケリ」―。その精神歌はこう閉じられる。「日ハ君臨シ カガヤキノ/太陽系ハ マヒルナリ/ケハシキタビノ ナカニシテ/ワレラヒカリノ ミチヲフム」。当ブログのタイトル「ヒカリノミチ通信」はその精神を大切にしたいという思いから、賢治さんから勝手に借用して命名したものである。

 

 

 

 

(写真は賢治が教鞭を取った時代の旧花巻農学校の玄関口。この桜の木は私の記憶にも残っている=インタ-ネット上に公開の写真から)

 

 

議会の活性化を求めて…3月議会に陳情書を提出~”黒幕”、いまも暗躍!?

  • 議会の活性化を求めて…3月議会に陳情書を提出~”黒幕”、いまも暗躍!?

 

 「花巻市議会は、二元代表制のもと、市長とともに市民の信託を受けた市の代表機関である。議会は多人数による合議制の機関として、市長は独任制の機関として、それぞれの異なる特性を生かし、市民の意思を市政に的確に反映させるために競い、協力し合いながら、市としての最高の意思決定を導く共通の使命が課せられている。」―。東日本大震災前年の平成22年6月17日付で制定された「花巻市議会基本条例」は冒頭でその理念を高らかに謳いあげている。さらに、全7章(全27条)に及ぶその内容は憲法にも比せられる議会運営における「最高規範」(第3条)として、位置づけられている。

 

 たとえば、第12条には「文書での質問」という規定があり、こう定められている。「議員は、重要かつ緊急なものについて、閉会中に議長を経由して市長等に対し文書質問を行うことができるものとする」―。私事になるが、私は市議2期目の平成26(2014)年12月22日付で「文書質問」を提出。同25日付で上田東一市長から回答があり、内容はHP上にも公開された。いわゆる、今もなお尾を引く「旧新興跡地(花巻城址)」問題の幕開けである。

 

 いまを去る「10年一昔」の12月定例会が閉会したのは12月18日。その前日、旧新興製作所跡地の民間業者へ売却計画が浮上した。民間同士の取引という理由で、市側は譲渡先や価格などについて公開する気配はなかった。当該跡地をめぐっては前市政時代、図書館と子育て施設(こどもの城)を合築した複合施設の立地が計画された経緯があった。「重要かつ緊急」な案件だと判断した私は「公共用地として、取得する意思はあるか」と情報公開を求める文書質問をした。「春(3月議会)までは到底待てない。事態は風雲急を告げている」というのが当時の正直な気持ちだったように思う。

 

 そして、過日の議会報告会…、議会基本条例の生命線ともいえる「自由討議による合意形成」(第16条)や「委員会の適切な運営」(第18条)などがことごとく踏みにじられるのを目の当たりにした(2月4日付当ブログ「『イ-ハト-ブ議会』、ここに死す」参照)。市側の“専横”を許しているのはある意味で、二元代表制のもう一方の車輪である議会側ではないのか―。3月定例会に向け、切羽つまった思いで以下の陳情書(2月9日付)を藤原伸議長宛てに提出した。全文を掲載する。

 

 

 

 

件名 市政の重要課題について、議員相互間の議論を尽くすことを求める陳情

 

趣旨 「花巻市議会基本条例」(2010年6月17日)はその前文で「議会は主権者である市民の代表機関であることを常に自覚し、市民との関係、市長その他の執行機関との関係、議会の活動原則及び議員の活動原則等を定め、市民の信託に全力で応えていくことを決意し、議会の最高規範としてこの条例を制定する」と定めている。ところが、条例制定以来10年以上が経過したにもかかわらず、「最高規範」たる当該条例が十全に機能していないどころか、形骸化しているのではないかとさえ懸念される。よって、たとえば「自由討議」などの手法を通じて、議会がより活性化することを市民の一人として期待するものである。

 

理由 議会基本条例は「自由討議による合意形成」について、こう定めている。「議会は、本会議及び委員会における議案の審議及び審査にあたり結論を出す場合にあっては、合意形成に向けた自由討議等を通じて議員相互間の議論を尽くすよう努めるものとする」(第16条)

 

 一方、現下の喫緊の市政課題である「JR花巻駅の橋上化(東西自由通路)」と「新花巻図書館建設」についてはその手法や立地場所などに関し、市民を二分するような論戦が巻き起こっている。2月2日から3日間、市内12か所で開催された「市民と議会との懇談会」(議会報告会)においてもこの二大プロジェクトに対する意見が圧倒的に多かった。私自身、3会場に足を運び、「将来の花巻の行く末に大きな影響を及ぼす最重要案件である。合意形成に向けてまず、議員間で討議を尽くすべきではないか」と要求した。ところが、「橋上化」案件についてはすでに議会の会派間で「開催見送り」が決まり、「図書館」案件についてはその予定さえないことが明らかになった。

 

 とくに、図書館の立地場所については市側が第一候補地に挙げている「駅前のJR用地」に対し、「旧花巻病院跡地」を希望する市民が日を追うごとに増え続け、過日の議会報告会でもそのことが示された。さらにこの二つの案件に関し、市側は「それぞれが別々の構想である」と主張する一方で、議会側の一般質問では「実はワンセットではないか」という”疑念“が浮上するなど市民の間に混乱を生じさせいる。市民の正常な判断を促すためにも「二元代表制」の一方を担う議会側に対し、可及的すみやかに「橋上化」案件と「図書館」案件について、議員相互間の議論を尽くすことを求めるものである。                  

 

 

 

 

(写真は議会基本条例をねじ曲げるような発言を繰り返し、参加者の質問封じの先導役を果たした照井省三議員(左から4人目の手ぶりの人、社民クラブ)=2月3日午後、湯本振興センタ-で)

 

 

 

 

《追記》~「パチンコ店をまちづくりの活性化へ」!?

 

 上掲ブログを書きながら、当時の議会のやり取りをまざまざと思い出した。市側が結局、「旧新興跡地」の取得を断念した背後で、上田市長の意を体する動きを見せたのも照井議員ら“社民”会派の議員だった。いまや瓦礫(がれき)の荒野と化した跡地だが、不動産業者の手に渡った直後はパチンコ店やホ-ムセンタ-の立地が計画されていた。照井議員は「パチンコ店をまちづくりの活性化へ」というアットと驚く持論を展開、市長の後援会幹部として丁々発止の活躍ぶりを見せた。その人がまったく変わらない姿で、目の前にいるではないか。Σ(・□・;)。そういえば、この人と言えば市長が強力に進める「駅橋上化」政策の旗振り役で、議会や市民の間では”やらせ要請”の陰の仕掛人という噂がもっぱらだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「議会報告会」顛末記…「イ-ハト-ブ議会」、ここに死す!?最後っ屁は「統一教会」がらみ~

  • 「議会報告会」顛末記…「イ-ハト-ブ議会」、ここに死す!?最後っ屁は「統一教会」がらみ~

 

 「駅前立地派の発言ゼロ」―。この数字にこっちの方がびっくりしてしまった。今月2日から3日間の日程で市内12か所の振興センタ-単位で行われた「市民と議会との懇談会」(議会報告会)が4日終わった。私は矢沢(2日、参加者20人)、湯本(3日、同10人)、花南(4日、同26人)の各振興センタ-に出向いたが、新花巻図書館の立地場所について、参加総数56人の発言者のほどんどが旧花巻病院跡地への立地を希望した一方、はっきりと駅前のJR用地への立地を主張した参加者はゼロだった。この種の選択肢で「ゼロ」という数字は統計学的に見てもほとんどあり得ない。さらに、市側は駅前立地の最大の理由に高校生を主体とした「若者世代」の利便性向上を挙げているが、皮肉なことに会場にその姿を見つけることはできなかった。

 

 「無理筋」とはこのことを指すのであろう。3年前の「賃貸住宅付き」図書館の駅前立地がとん挫して、この奇妙奇天烈(きみょうきてれつ)な構想は命脈を絶たれたと思っていたが、逆に今回の報告会の開催で市民の“本音”が一気に噴出したように感じた。その一方で、こうした草の根の動きにきちんと対応できていない議会側の機能不全も浮き彫りになった。議会基本条例(16条)に「自由討議による合意形成」という規定があり、こう定められている。「議会は、本会議及び委員会における議案の審議及び審査に当たり結論を出す場合にあっては、合意形成に向けた自由討議等を通じて、議員相互間の議論を尽くすよう努めるものとする」―

 

 「図書館問題や駅橋上化問題(東西自由通路)など市民を二分する論議が続く今こそ、自由討議の場を設定し、合意形成を目指すべきではないか」―。私は報告会の席上、再三にわたってこう要求したが、議会内部ではすでに、自由討議の必要性なしという会派同士の“合意”が成立していたことを初めて知った。まさに、市民に背を向ける自殺行為と言わざるを得ない。「ほかに質問をしたい地元の人もいるので…」―私の質問を執拗にさえぎろうとするあるベテラン議員の存在が気になった。図書館を所管する「文教福祉常任委員会」(定数9人)の委員長を務める照井省三議員(社民クラブ)である。市側の意を体する形で、橋上化の必要性を一貫してきた主張してきた議員として、つとに知られている。

 

 議会側の「新花巻図書館整備特別委員会」(伊藤盛幸委員長、全議員で構成)は令和2年12月定例会で、「立地場所は市有地とする」など3項目の委員長報告を市側に伝えて解散した。以来、2年以上が経過する間に旧花巻病院跡地が急浮上するなど“立地環境”に大きな変化があったにもかかわらず、文教福祉常任委は一度も開催されていない。「請願や陳情など図書館関連の案件もなかった。だから、開催の必要性もなかった」と照井議員は強弁した。ちなみに、議会基本条例はこう定めている。「委員会は、社会経済情勢等により、新たに生じる行政課題に適切かつ迅速に対応するため、委員会の調査研究活動を充実強化するものとする」(18条)―。この人にとっては、議会の“憲法”といわれる議会基本条例も屁のカッパなのかもしれない。

 

 「上田東一後援会事務局長」―。照井議員のもうひとつの肩書である。報告会で私はその真偽についてただした。「個人情報に関わることなので、答弁は控えたい」と言い、同席した議員も同調した。報告会の終了後、本人はその事実を認めたが「法的にも何ら問題ではない」と平然と言ってのけた。果たして、そうであろうか。

 

 議会と当局(市長)とは互いに監視し合う独任制の機関としての「二元代表制」と呼ばれ、議員は“公僕”たる矜持(きょうじ)を持さなければならない。「監視する側」が「監視される側」の後援会幹部―という”天地”をひっくり返えすような「驚天動地」(きょうてんどうち)は法以前にもはや、“不道徳”そのものではないのか。つまり「道理」にもとるとは、このことを言うのではないのか。強権支配をほしいままにする上田市長の”代弁者”たるこの議員が、一方で革新を標榜する「社民党」に在籍しているということに至ってはもうミステリーを超え、何かざわッとする不気味さすら覚える。

 

 

 今月24日には予算審議を含む3月定例会が始まる。議員諸賢の奮起を期待したい。新花巻図書館とJR花巻駅の橋上化(東西自由通路」という二大プロジェクトのあり方について、どんな”二元”攻防戦が繰り広げられるのか…今から楽しみである。

 

 

 

(写真は熱気がこもった意見交換が行われた議会報告会=2月4日午前、花巻市南城の花南振興センタ-で)

 

 

《追記》~旧統一教会と市議とのつながりについての調査要求

 

 議会報告会最終日の4日、元首相のテロにまで発展した「旧統一教会」と当市議会議員との“接点”の有無についての調査を申し入れ、前向きに取り組むという回答を得た。「自民地方議員/教団側と密接」(2月5日付「朝日新聞」)という見出しで、地方議員と旧教団側や友好団体との結びつきが伝えられるなどその余波は止まるところを知らない。世界平和統一家庭連合(旧統一教会)花巻家庭教会が所在する当市でも昨年夏の参議院選挙とそれに続く市議選直後から接点”疑惑”がくすぶり、現に地元選出の県議が自らの接点を認めている。この件に関しては、盛岡市議会が昨年11月に自主的な調査を実施し、38人の議員のうち4人が市議選への応援依頼などの接点があったことを回答している。