Atelier Li-no

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はずかしながら除雪機初運転、都会から実家に来たときは危ないから除雪機は触っていなかった、昨年中津川に移住したときは3月11日で地元の人が序口まで除雪してくれて、そのあと雪降りがない特別雪の少ない年ででしたから除雪必要なしでした、今回米沢古民家移住しての生まれて始めての除雪機運転、不安なので中津川の友人を呼んで運転の講習でした。巻き込まれ事故が毎年あるからそこは注意しないといけません、徐々に田舎暮らしになじんでいくじじでした。しかし、買わなくて済んだ除雪機!残してくれた先代の移住者に感謝です。


昨年2月に川西町の”里の暮らし大学”で主催の紅大豆味噌作りに参加し仕込んでおいた紅大豆味噌、1年たって開けてみました、食べてみました・・うんやっぱり自分で仕込んだというので特別の味がします。今年は移住元年で畑が手に入ったから。。豆から作って味噌作り・・・がんばろう!


軽井沢2日目はインストラクター研修、経験者について午前と午後とレベルの違う組で対応の仕方を習います、言葉使いや体操などベテランさんは子供の扱いもなれてますね、なんでも勉強しないとねー、米沢スキー場で経験していたので基本のところは助かりました。子供の扱いも孫で経験できてたし、横浜市の体育指導員で小学女子のミニバスコーチしていた経験も役たったねー、ここで役に立つとはネー何でもやっておくもんだなーとしみじみ感じましたね、3日目は実務となり初勤務、初は個人レッスンでハーフの男の子でしたね、ここ軽井沢はほんとに外人さんが多くまたハーフのスクール生徒も良く来るのだそうです、国際的なリゾートですからね。。パパは付き添いでママはショッピングにエステだそうです、当初怖がっていたすべりも途中から頂上まで行きたいといってくれるまでになって喜んでくれてほんと良かったなと思います、終わってから記念撮影されたりとか子供可愛いですよね、4日目はスキー初めて組のサポートでした、特に小さい子の指導リーダになるのはかなり経験要るようです、これはほんとに大変でした、リフト乗れる組からすると数倍疲れました、先生おしっことか、手袋脱げたり、鼻が出たり途中帰るとか言い出す子に、泣き出す子もいたりその対応とかでぐったりしました。 


 会社の先輩が定年後スキーインストラクターやってるのでそこに誘われて軽井沢へ行ってきました、軽井沢は寒いけど、ほとんど雪なしですから雪下ろしや除雪しなくてもいいので生活しやすいですよね・今は新幹線出来て都心からのアクセスも良く、駅からすぐにショッピングセンター、そしてホテルにコテージ、その先にスキー場、スキー場前のコテージなんかは庭の芝が雪なしで見えるんですね、人工雪だから12月初日から確実にオープンできて4月はじめまでだそうです、ちょうど3連休でシーズン最高の人手になるそうです・・行った目的はスキーインストラクターの面接、研修そして実務とちょいと緊張でしたがねー、スキー道具あるので車で行きましたが米沢から380kmありますね・・チョット遠かったなー、ついた日は面接で終了、スキー場の下見してましたがなんか高級的で田舎もんにしてみると近寄りがたいな・・


昨日、小松駅西口で餅つき・餅振る舞い・寒鱈汁振る舞いがありよってみました、昨年も友人のお子ちゃん、ハルキ君を抱っこして、じじ気分になって今年もまたじじ気分に浸れました、ハルキ君は我が娘とお母さん同じ名前で、同じ9月生まれ、娘の孫はヒロキとなんか名前も似ていて、他人とは思えなくて、代理じじなのです・・会うごとに抱っこさせてもらっています。いまはまだビスコくらいのお菓子手土産で喜んでくれるが、そのうちじじ小遣いとせがまれるかな・・鱈汁はボリュームもありいいあじしてます、あったまります。餅も食べて満足、昨年もそうでしたが午後は米沢スキー場へと向かうのでした。


4日間ひたすら家の清掃、片付けに追われてました、30日から荷物運びを開始して2月1日から新居生活開始しました。まだネット開通、TVもなしで、ご近所さんから、なしてこの時期に?と驚きの表情、これも色んなめぐりあわせというもんですから、こうなったということですかね・・この民家は先代から都会育ちのかたが購入し、わずか4年目で売り出して・・そのあとまた都会の人が5年住んで2015年の11月から空き家で売りにだしたんだそうです、私が移住3代目になるようです、今までの人もシニアだそうです、そしてわたしも同じような田舎憧れ族ということで、何年持つかという話があったそうです、まァわたしも故郷とはいえ18歳から今まで雪の葛藤は経験無しですから、ちょうど寒波きて吹雪いて雪と葛藤しました、買物でたら周りは田んぼでふきっさらし、全くまっしろで見えない・・怖い・・・そして買物から帰宅すると20〜30cmほど積もってました、やっぱりね・・吹雪いた日は出ないに限るわ、それにしても序口まで遠い、これでいやになったのか?それなら入り口に車庫でも作っていてほしかったが、理由はこれではないか?と”ぶつぶつ”しながら除雪に精出す・・まァわたしは来シーズンまでは入り口に車庫作るな・・


 川西町新山神社の入り口に『亥子屋商店』があります、肥料や酒、灯油、農業資材販売と小さなカフェ(ひなたカフェ)もやっています、地元に戻り、バードの通ったところや小松街の通りを写真撮りしながら散歩することが多くなりその終点にあるのでちょうどランチ時間には良く行くようになりました。地元食材を使い米粉ピザに米粉パンケーキ美味しいです、引越し手伝いに来てくれた友人と先日ランチしました、2人とかの時はピザにパンケーキを半分こして食べるとちょうどいいです。たまったポイントでアイスもいただきました・・

 


飯豊中津川を出たのが昨年7月末、実家2階に居候し空き家探しして半年、ようやく終の棲家が決まったので、もうすぐこの部屋ともお別れです、都会では毎朝6時起床、夜は12時過ぎの就寝でしたが、今は夕食してかるーくお酒飲むと眠くなり9時、10時には寝てしまいます、するとだいたい6時間で完全に目が覚め4時には起き出して趣味時間に入ります、そんなんで毎朝明るくなる時間が分かります、日が昇るとカーテン開けますが、だいぶ夜明けが早くなってきました、今朝カーテン開けたら何かいると思ったら、イトトンボでした、糸のように細く小さいゆえデリケートなトンボ、植生豊かな湿地にしか生息できない種、限定した地域や水域でしか生息できない種とさまざま、日本は北海道から南の島まで、いろいろな種が生息してます。生息環境がデリケートなはずですがこの部屋のどこにいたのでしょう、良くいきてられるもんです、外に出すのもなんだしと思っているうちに部屋のどこにいったかわかりません・・


念願でありました里山暮らし、古民家売買契約を完了しました。こんどは所有権ですから自由に出来ます。。定年なったら里山でと10年前から思い描いていましたが、実際は里山の山は遠くにあり、『里山暮らし』ではなく『里暮らし』ですかね、、、昨年、飯豊町の空き家バンク紹介で住んだところは大きな池あり、山も借りれるところでしたが、所有権で自由に出来ないことになり出ることにしました、そして空き家探しを再会して半年、ついに古民家を見つけました、先住のかたは都会から来た田舎好きのかたで、同じようにセミリタイヤとなり都会にいる子供や奥さんとは別に一人で住んでいたようです。多品種の野菜作りと、庭の土を入れ替えて果樹を植え、山菜もあちこちに植えているそうです、今度の春が楽しみ、しっかり引き継いで行きたいと思います、野菜もなるべく自給できるようにがんバロー、昨日友人とおおかたの荷物運びしました、そして今日、あちこち引き出しとか押入れとか細かく見ましたが、障子も痛んでおり、畳がカビているところがありはがしてみたら下の板が相当湿って虫も湧いていました、これは当分掃除が続きます。 曲がり屋の部分は車庫になってますがその上は萱が見えていい感じです、ここをアトリエにしたいかな・。 


昨日朝あまりにいい天気なので今泉の陸橋からみた米坂線写真撮りに行く、朝7時45分実家川西は快晴、ところが川西町と長井市の境になる今泉に近づくとなんと霧で真っ白、8時7分米坂線上り狙いでしたが仕方なく次の8時47分狙いに変更、寒いから散歩してみることにして今泉陸橋から飯豊町側に歩いていく、国道113号線もちろん誰も歩く人はいない、30分もすると体もあったまり、霧も晴れて快晴『飯豊山』がくっきり見え始めました、国道からそれて田んぼに入り写真とりしました。飯豊山は山形、新潟、福島の3県にまたがる山で”昔”といっても昭和の30年代まではあったそうですが少年の成人儀式=15歳までに登頂しなかったものは一人前として認めてもらえなかったことから盛んに登っていたそうです、行屋というその行をする小屋もあちこちにあったということですが今では、取り壊されて残っているのはほとんどありません、今そんなことしたら、冗談じゃないと子供に怒られますかね。昔は全て歩きで行くのですからたいそうしんどかったはずです・・


昨日川西町の中央公民館で”原木きのこ植菌体験”無料で申し込み不要というのがあり参加しました。『米沢地方森林組合』で準備された栽培資料に原木、菌、ふくろも全て準備されていて、ドリルで穴あけと木槌でトントンと駒をいれるだけ、なんと一人5本までと太っ腹です、注文書(米沢森林組合)もついていたので、みると駒は500駒で1469円(税込み)1駒3円程度ですからこれはいいですよね、菌つきで1本756円(標準サイズ)大で972円となってます。いただいた原木はさっそく新居へと運びました。だいたい1年はかかるので来年の春ころですかね楽しみです。


小松小学校の校歌『♪南にぃ吾妻!西ぃ飯豊ぇー♪』で始まり『東はるかの蔵王山』と続きます、晴れた日は良く見えます。昨日は我が母校、小松小学校のスキー授業担当になりました、スキー場に行く道の朝通勤時間帯込み具合は全く経験が無いのでどんなものか、一昨日は窪田町から13号線で、昨日は成島側から米沢市内を通って行ってみましたが、市内通過するのにどちらも30分でした、聞けば市内は避けて皆さん来てるようです、よーく分かりました、、しかしのろのろ運転のおかげで車の中から吾妻山の天元台スキー場が良く見えたのでカメラ出してパチリしました、到着まで1時間20分川西小松から通常の倍ですね、スキー場はまだ人影無しボードの予定見たら万世小もありました、そこは母の母校になります、時間早いのでひとすべり、だれもすべってない所に跡をつけるのが最高に気持ちいいです、昨日は3時頃まで快晴のいい天気で飯豊山もよく見えました。


昨日米沢スキー場の帰り、米沢の東條プラザのカフェで一休み、『ジャンバラヤズ』のCDが完成し、店においてあったので購入しました。5曲1000円ですわな、実家のある川西町の観光キッズ『ラダリア』こっちも好きなんです、かわいいのでね、こちらも1000円です。今朝聴きながら投稿、これから台所片付けして母の朝食作って出して米沢スキー場へと向かいます、8時半ミーティングに間に合うには7時出発しないと間に合いません、初めて冬の通勤時間帯で運転したが13号線の込みようはびっくり通常の倍以上時間かかります。今日は別ルートで渋滞がどうなのか探ってみます。


今シーズン15回目の米沢スキー場、今日明日とスキー授業講師を務めます、毎日事務所ボードに予定が書かれますが、人の配分とか人数多いときは大変ですね、今日は北部小3年生を担当しました、低学年だと筋力がないから踏ん張りとかきかないので、力の入れ方教えるのは難しいです、男の子が1人で他はみな女の子、後半男の子だけ疲れてきて、しんどそう、でも女の子はまだまだバンバン滑りたいと言ってせかされました、女子は強いです。みなトレーンで滑るの好きなようですね、ゲレンデはあちこちでトレーンの花がさいたようです。明日は小松小担当、そう直木賞作家の”井上ひさし”さんの母校、わたしの母校でもあります、どんな子達に逢えるかまた楽しみです、今日は時折晴れ間のすきから飯豊山が見えました。


45年前高校となり羽前小松駅から長井駅まで電車通学となった、その中間の今泉駅は米坂線と旧長井線(現フラワー長井線)が合流する駅で結構な待ち時間があった、育ち盛りの頃で帰りはいつもおなかをすかせていた。たまに、この駅でアンマンとかそばを買い食いするのがチョイ贅沢なひと時でありました、懐かしくもあり、今日たまたまですが今泉駅を通ったのでついでに写真撮りしてみました、米坂線の上りと下り、長井線も上りと下りが止まる時間でしたので急いで陸橋まで行ってホームにいる4台の車両撮りました。しかし、まぁ晴れた日のほうが良かったナ・・寒かったです。


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