わがうちなる長井線
芳賀秀次郎
(略)50年前、開通を祝って旗行列をしたぼくらは、いま長井線の存続のために再び旗行列をしたい。蓆旗を立てて、風の中を歩きたい。蓆旗の列は、荒砥の三番坂を下り、黙々と最上川の橋をわたるだろう。鮎貝の城下町を経て遠福寺坂を上り、白兎から成田にでるだろう。葉山おろしの風の中を,重い蓆旗をたててだまって歩き続けたい。歩きながら、ふるさとの村の50年と、ぼくの人生の50年とをもう一度かみしめてみなければならない。
【おらだの会雑感】このエッセーが書かれたのは、国鉄改革と地方路線の廃止が俎上にのった時代である。鉄道の50年と自分の50年、ふるさとの50年をもう一度かみしめなければならないとの最後の言葉に重みを感じる。来る10月20日は長井線祭りが行われる。フラワー長井線の誕生を祝い、感謝する日を迎えて、芳賀氏の一文を心のどこかに残しておきたいものだ。
【写真:「郷土の文化」致芳郷土史会制作、「写真で見る致芳のあゆみ」より編集】
昭和30年頃の羽前成田駅
昭和47年のさよならS?
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