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日本一の無法地帯…辺野古から(中)

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 「米機2機、接触し墜落/夜間給油の訓練中、1人死亡5人不明/高知室戸岬沖」―。12月7日付の沖縄地元紙の一面トップに大見出しが躍(おど)っていた。一方、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の移転先である名護市辺野古の新基地建設現場ではこの日も護岸工事用の石材や土砂などを積んだ大型ダンプカ―が終日、埋め立て予定地に面する米軍キャンプ・シュワブを出入りした。抗議の声を上げる人たちの姿もめっきり、減った。背後のフェンスに色あせたノボリが雨に濡れながら翻(ひるがえ)っていた。「脱植民地」と染め抜かれていた。こんな言葉を目にするのは国内ではここしかあるまい。「そう、ここは植民地そのものなんだ」―

 

 近くに住む金城武政(62)に1年半ぶりにお会いした。毎日、ゲ-ト前での座り込みを欠かさない。母親は「アポロ」という名前のバ-を経営していた。米国は48年前の1969年7月、アポロ11号による人類初の月面着陸に成功した。「Aサイン(米軍専用)」のバ-を開業したのはその直後だった。店名はこの成功にあやかった。当時はベトナム戦争の真っ只中。札束を握りしめた米兵たちがひっきりなしにやってきた。オ-プンを前にした店に米兵が押し入った。母親から10ドルを奪ったうえ、コンクリ-トブロックで頭を殴りつけて逃走した。即死状態だった。52歳の余りにも若い死だった。「オレはひとりになってもあきらめないよ。『阿波根』精神を死ぬまで貫きたい」と金城さんは力を込めた。

 

 「米軍と話をする時はなるべく大勢の中で何も手に持たないで、座って話をすること。耳より上に手を上げないこと」―。“オキナワのガンジ-”と呼ばれた阿波根昌鴻(あわごん しょうこう=1901年―2002年)は生涯をかけて、非暴力・平和主義の運動を生き抜いた。沖縄本島・本部港からフェリ-で約30分、人口4200人弱の伊江島(国頭郡伊江村)に「ヌチドゥタカラ(命が宝)の家」と名付けられた反戦平和資料館があり、“陳情規定”(6か条)の冒頭にはこう書かれている。金城さんは「勝つことはあきらめないことさ」と明るく言った。

 

 2016年4月28日、辺野古の現場から車で40分ほどのうるま市に住む女性(当時20歳)が元米海兵隊の軍属に暴行されたうえ、殺されるという凄惨な事件が起きた。わずか2年半前の事件にもかかわらず、その記憶はもはや薄れつつあるようだ。ましてや、60年近く前に米軍統治下で起きた最悪の事故についての記憶は霧の彼方に消えてしまったのであろうか…。本土ではもちろん沖縄でさえ、この悲劇を知る人は少ない

 

 同じうるま市の市街地に住宅に囲まれるようして市立宮森小学校があり、敷地の片隅に「仲よし地蔵」と彫られた石碑が建っている。揮ごうは作家の武者小路実篤。1959年6月30日午前10時40分ごろ、米空軍のジェット戦闘機が操縦不能になり、パイロットは空中で脱出したが、無人の機体は民家35棟をなぎ倒した後、石川市(当時、現うるま市)にあった宮森小学校のトタン屋根校舎に衝突、さらに隣のコンクリ-ト校舎を直撃して炎上した。犠牲者は 小学生11人を含む17人、重軽傷者210人。校舎3棟のほか、民家27棟、公民館1棟が全焼、校舎2棟と民家8棟が半焼する大惨事となった。事故当時、学校は2時間目終了後のミルク給食の時間でほぼ児童が校舎内にいた。火だるまになった子どもたちは水飲み場まで走り、そのまま息絶えたと伝えられている

 

 朝刊で眼にした米軍機の事故、新基地建設を強行する辺野古の現場…。いろいろな光景が走馬灯のように頭をめぐった。仲よし地蔵に手を合わせていた時、犠牲になったと同じ小学生が石碑のまわりを掃き清めていた。「脱植民地」という言葉の意味が真に迫って胸に突き刺さった。宜野湾市内の保育園に米軍機の部品カバ-が落下した事故からこの日で、1年が経過した。

 

 

(写真はプラカードを掲げ、基地建設の反対を訴える人と「脱植民地」のノボリ=12月7日午前11時ごろ、名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブ周辺で)

 

 

 

《追記》~10月16日付当ブログ「共産党のダッチロール」並びに11月28日付当ブログ「追記」参照

 

 【東京】東京都小金井市議会は6日、米軍普天間飛行場の移設問題について全国で議論することなどを求める意見書を、旧民進党系会派や共産党会派などの賛成多数で可決した。辺野古新基地建設の阻止に向け有志が取り組む「新しい提案」の実践に基づくもので、意見書の可決は全国初。沖縄の基地問題についての世論を喚起し、全国各地での議論にも影響を与えそうだ。

 意見書は辺野古新基地建設工事を中止し普天間基地の運用停止を求めると共に、普天間基地の代替施設が国内に必要かどうかを国民全体で議論するよう求めた。代替施設が国内に必要だとの結論になった場合には「沖縄県以外の全国の全ての自治体を候補地」として検討し、基地が一地域に一方的に押し付けられないよう訴えている。宛先は衆参両院議長や首相など。

 賛成討論に立った共産会派の水上洋志市議は「辺野古新基地建設の中止と普天間基地の運用停止を求め、国民的議論を提起していることに賛同した」と狙いを語った。片山薫市議は「意見書の提出は第一歩であり、この間に喚起された市民の関心をさらに広げる必要がある」と強調した。反対討論はなく採決を行い、賛成13、反対10の賛成多数で可決した。意見書のきっかけとなる陳情を提出した、小金井市在住で県出身の米須清真氏は「小金井市の市議たちが陳情内容に真剣に向き合ってくれた結果だ。全国各地で取り組みが広がれば、今後予想される司法の場でも(県内移設を止める)証拠の一つに活用できるのではないか」と可決を喜んだ(7日付「琉球新報」)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本一の無法地帯…辺野古から(上)

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 「バケツ一杯の土砂の投入に成功すれば、こっちの勝ち」―。米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古への移転(新基地建設)をめぐって、現地では今月14日に予定される本格的な埋め立て工事を前に、海への死亡宣告ともいえる「無法状態」が続いている。土砂搬入作業に必要な県公共用財産管理規則や県赤土等流出防止条例などは一切、無視。防衛省は民間会社の琉球セメントの桟橋を利用するという姑息な“奇策”まで繰り出し、既成事実づくりにやっき。こうした法治国家の“無法”を許しているのは他ならない私を含めた本土側である。沖縄の地に足を踏み入れるだびにそんな思いにかられる。今回もそうだった。

 

 地元紙などによると、辺野古へ土砂を運搬する船は6日午前7時ごろに桟橋に着岸した。午前8時ごろ、搬出作業を止めようと座り込む市民約25人を県警機動隊約80人が排除。土砂を積んだ工事車両が次々と琉球セメントの敷地内に入り、土砂はベルトコンベヤ-で船へと運び込まれていった。午前8時46分、辺野古で海上抗議を展開するカヌ-チ-ムがカヌ-10艇とゴムボ-ト1隻での海上抗議を始めた。土砂運搬船の作業員に向けて「新基地阻止」などと書いたプラカードを掲げ、土砂搬出停止を訴えた。石垣島での妻の散骨を終えた私もこの日、現場に入った。

 

 「この現場で起きていることの責任は本土の一人ひとりにある。そっぽを向くことは許されない」―。マイクを握った男性が声を張り上げた。この言葉がことのほか、心に響いた。まるでジュゴンのように変身してサンゴ礁の海に消えた妻を見送ったあと、私は「一人」ということについて、考え続けていた。この日、抗議行動に集まったのは約150人。一人ひとりの「個」の集合体のようだった。そこには屹立(きつりつ)した確固たる意志が感じられた。その一方で、普天間飛行場がある宜野湾市議会は、辺野古埋め立ての賛否を問う県民投票(来年2月24日)に反対する意見書を可決した。地元の対立を煽(あお)っているのも他ならぬ本土側の「無知・無関心」である。

 

 「辺野古のジュゴン2頭不明/工事の騒音影響か」(12月3日付「琉球新報」)―。地元紙は周辺海域で生存が確認されていた3頭のジュゴンのうち、2頭が行方不明になっていることを伝えていた。妻の化身を思い浮かべながら、私はこの国の罪深さと遠い南の海で起き続けている「不条理」におののくしかない自分を叱咤(しった)したい気持ちにかられた。土砂積載の強行が再開された5日、福岡高裁那覇支部は、県が国を相手に岩礁破壊の中止を求めていた訴えを門前払いした。立法-行政-司法の三権がタッグを組んだ平成最後の”琉球処分”はこうして着々と推し進められている。故翁長雄志・前知事は4年前の11月、当選後初めて、辺野古の現場を訪れた際、こう述べた。

 

 「沖縄の主張は世界に通用する。本当の民主主義とは何か、沖縄から発信していく」

 

 

(写真は琉球セメント前に陣取った抗議の人とそれを阻止しようとする警備員=12月6日午前10時すぎ、名護市安和で)

 

妻はマンタ、いやジュゴンに変身し、サンゴ礁の海へ

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  • 妻はマンタ、いやジュゴンに変身し、サンゴ礁の海へ

 白砂のように細かく砕かれた妻の亡骸(なきがら)はまるで、小型のマンタかジュゴンにでも変身したかのようにして、サンゴ礁の海へと静かに消えていった―。今年7月末に旅立った妻(享年75歳)の散骨の儀式が12月1日、娘夫婦と二人の孫が暮らす沖縄・石垣島で行われた。式には東京に住む妹と弟も参列。思い出をつづった折り鶴や好きだった花々などを海に投げ入れ、最後の別れを惜しんだ。

 

 1日午後2時半すぎ、7人を乗せたチャ-タ-船が石垣島最大の名蔵(なぐら)港を出港した。汗ばむほどの快晴。太陽の照り返しがキラキラと反射する。ほぼ、凪(な)ぎ。約20分後、湾外の散骨の現場へ。水溶性の白い袋に詰められたパウダ―状の粉骨があっという間に海水と溶け合い、その部分が白濁色に変わった。波間に揺れる亡骸が一瞬、小型のマンタのような、あるいはジュゴンのような輪郭を刻んだように見えた。その周辺を折り鶴たちが浮き沈みした。妻が亡くなる直前まで聴いていたバロック音楽のCDがセットされ、船内にはパッヘルベル(ドイツの作曲家)のカノンの世界が静かに広がった。

 

 「君が大好きだった沖縄の守り神・シ-サ-を大勢、従えての最後の旅立ち。真っすぐにニライカナイ(黄泉の国)に向かってください」―。私は折り鶴にこう書き、こんな風に結んだ。「孫たちもサンゴ礁の彼方におばあちゃんの化身を見つけ、元気に育ってくれると信じます。ありがとう。そして、さようなら」ー。妻の霊は白雪をいただく故郷の霊峰・早池峰山と、南の島・ニライカナイの海に抱かれながら、永遠(とわ)の眠りについた。本当にこれで終わったんだと思った。

 

 「咳(せき)をしても一人」―。帰路の船の中で、孤高の俳人(尾崎)放哉のあの名句が口をついて出た。そういえば、同じ漂泊の俳人(種田)山頭火にも「鴉(からす)啼(な)いてわたしも一人」という句がある。「独居老人」などというお仕着せがましい言葉ではなく、私は「一人」の思想を考え続けながら、これから先の短い人生を歩んでいこうと思っている。「おばあちゃんは死んだんじゃない。ジュゴンに生まれ変わったんだよ」―。そんな励ましの言葉を口にする孫たちの成長ぶりに、老残のわが身はうれしさのあまりに震えてしまう。

 

 

 

(写真は散骨する私。亡骸はまるで生きているようなマンタかジュゴンの姿に。「自然に還る」とはこのことか、と得心できた気がした=12月1日午後3時ごろ、石垣島・名蔵港の南東約2カイリの海上で)

南の島はいま…

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 キラキラと輝くサンゴ礁の海を眼下に望みながら、航空機は高度を一気に下げて滑走路に滑り込んだ。2年ぶりの石垣島入りである。オフシ-ズンのためか観光客の姿はまばらだったが、かつてない緊張感が伝わってきた。陸上自衛隊のミサイル配備計画の賛否を問うための住民投票条例の制定を目指す署名の締め切りが今月30日に迫っているせいだった。しかし私自身、この署名運動の存在をここに来るまで知らなかった。本土側の「無知・無関心」に便乗するようにして、沖縄・南西諸島の軍事要塞化は着々と進められ、素手でそれに抗(あらが)う地元住民の動きが本土側に伝えられることはほとんどない。

 

 防衛省は南西諸島防衛の一環として、石垣島に地対艦・地対空ミサイル部隊など陸自隊員500~600人の配備計画を進めている。今年3月の市長選では容認派の現職が当選し、7月に受け入れを表明した。これに対し、配備反対派の市議が中心になって過去2回、配備の是非を問う「住民投票条例」の制定を求める動議を提出したが、いずれも賛成少数で否決されている。このため、「石垣市住民投票を求める会」(金城龍太郎代表)が条例制定を市長に直接請求する署名運動を展開。10月31日から1か月間で「1万人」を目標に掲げた。地方自治法によると、必要署名は有権者の50分の1以上で、すでにその10倍近くの署名が集まっており、12月5日に市選管に届け出ることにしている。

 

 一方、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の移設に伴う名護市辺野古の埋め立ての賛否を問う県民投票は来年2月24日に実施されることが決まった。この県民投票条例案をめぐっても、石垣市議会は9月定例会で反対する意見書案を与党などの賛成多数で可決し、宜野湾市議会も12月定例会で同趣旨の意見書案を可決する方向にある。南西諸島の防衛ラインについて、防衛省は2年前に与那国島に駐屯部隊を配置したほか、宮古島にもミサイルの配置を計画している。

 

 日本全体の「安全保障」はこのように南西諸島を含む沖縄を“人質”にとるか形で強引に進められ、その犠牲を一身に背負わされた地元の苦悩は一切、顧みられることはない。いつでもそうなのだが、この「不条理」を突き付けられることから、私の沖縄における第一歩が始まる。妻の散骨を目的とした今回の旅もそんな風にして始まった。

 

 

(写真は熱帯樹に囲まれた庭先にはためくミサイル配備反対ののぼりと配備賛成の旗=11月28日、石垣市内で)

 

 

《追記》~共産党が意見書、同意へ(10月16日付当ブログ「共産党のダッチロール」参照)

 

【東京】辺野古新基地建設中止と米軍普天間飛行場移設を全国で議論することを求める陳情に伴う意見書案採決が見送られている東京都の小金井市議会で、意見書案が29日開会の12月定例会で可決される見通しになった。国内論議の必要性は維持し、国内移設容認ではないとの文言が追加された。12月6日の本会議で可決する見通し。

 27日までに、陳情に賛成した市議会会派と、陳情に賛成しながら意見書案審理の段階で態度を翻した共産党会派とが調整し、陳情者も共産側も同意できる修正案でまとまった。意見書案につながる陳情を提出した県出身で小金井市在住の米須清真さんは「文言の調整があったが、納得のいく形で着地点が見えてきた」と語り、本会議での可決に期待を込めた。

 以前の意見書案から、タイトルにあった「全国の自治体を等しく候補地とし」の文言を削除し、本文の最後に「なお、この意見書は米軍基地の国内移設を容認するものではない」と追加した。議論のプロセスも、以前は2段階目にあった「普天間基地の代替施設を沖縄以外の全国のすべての自治体を等しく候補地とすること」を削除した。26日の議会運営委員会で共産会派の水上洋志市議が「陳情に賛成の議員や陳情者と努力してきた。私たちも同意できた」と述べ、修正意見書案に賛成する考えを示した(28日付「琉球新報」電子版)

 

 

 

裁判官の品格~ブログ休載のお知らせ

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 11月9日付当ブログ「追記」で、原告側が敗訴した「慰安婦報道訴訟」について言及したが、判決要旨を読んで目をむいてしまった。「公共性、公益目的性」という見出しでこう書かれていた。悪文の見本のような判決文だが、辛抱して読んでいただきたい。司法権を逸脱し、権力側に寄り添う意図が透けて見える。立法権と行政権を混同してなお、恬(てん)として恥じることのないトップをいただくこの国ではとうの昔に「三権分立」は崩壊している。

 

 「本件各櫻井論文(被告の櫻井よしこさんが執筆した論文)の内容及びこれらの論文を記載し掲載した時期に鑑みれば、本件各櫻井論文主題は、慰安婦問題に関する朝日新聞の報道姿勢やこれに関する本件記事を執筆した原告(元朝日新聞記者の植村隆さん)を批判する点にあったと認められ、また、慰安婦問題が日韓関係の問題にとどまらず、国連やアメリカ議会等でも取り上げられるような国際的な問題となっていることに鑑みれば、本件各櫻井論文の記述は、公共の利害に関わるものであり、その執筆目的にも公益性が認められる。以上によれば、本件各櫻井論文の執筆及び掲載によって原告の社会的評価が低下したとしても、その違法性は阻却され、又は故意もしくは過失は否定されるというべきである」

 

 「公共とは何か」「公益とは何か」―。そのことの定義を一切抜きにして、櫻井論文にお墨付きを与えるこの判決はある種、“ネトウヨ”的な趣きすら感じられる。名誉棄損の有無を判定すべき裁判が終わってみれば、庇(ひさし)を借りて、母屋を乗っ取るの体(てい)だったことに暗然とさせられる。司法の保守化が叫ばれて久しいが、今回の判決は権力と一体化したその姿を天下にさらした。歴史修正主義に屈服したという意味では「司法の死」を宣言したに等しい。判決の翌10日の朝日新聞に「裁判官の品格」という特集が掲載された。当該裁判とは関係ない記事だったが、「裁判傍聴芸人」を自称する阿曽山大噴火(あそざんだいふんか)さんが面白いことを言っていた。

 

 「裁判官って『無名な公人』だと思うんですよ。事件の判決の記事には必ず裁判長の名前が載っているのに、『あの人か』にはならない。一人ひとりの顔が見えないから、裁判官という職業だけでくくって、すごくまじめで、堅苦しい人だというイメ-ジをみんなが勝手に持っている。…補充質問で、裁判官自身の経験とか、プライベ-トな部分が出てくることがあるんです。被告に娘がいるとわかると、急に前のめりに話し出す人とかいて。たぶん自分にも娘がいるんでしょうけど、そういう部分を出してくれる裁判官のほうが、人間として信用できるな、と思います。…日本の裁判は判例主義といいますけど、最終的には人が裁いているわけですよ。もっと裁判官の顔が見えてもいいんじゃないですか」

 

 植村さんの記事をめぐって、櫻井さんが「ねつ造」だとした論文をきっかけに植村さんだけではなく、娘さんの顔写真がネット上にさらされたうえ、「殺すぞ」などといったバッシングが続いた。こうした原告の訴えに裁判官はどう対応したのであろうか。今回、原告敗訴の判決を言い渡した岡山忠弘裁判長の「顔」を見てみたいと思う。「公共・公益」性を語るその表情をじっくりと観察してみたいと思う。判決内容そのものよりも私の関心はもっぱら、そっちの方にある。

 

  そういえば、菅義偉官房長官は慰安婦訴訟の判決を前にした今月6日の記者会見で、韓国最高裁が新日鉄住金に賠償を命じた「韓国人元徴用工訴訟」判決に関し、国際司法裁判所(ICJ)への提訴も辞さない意向を示し、「韓国政府が早急に適切な措置を講じない場合は、国際裁判も含めあらゆる選択肢を視野に毅然とした対応をする」と述べた。同時に「日韓請求権協定(日韓基本条約と同時に締結)に違反し、友好関係の法的基盤を根本から覆すものだ。極めて遺憾で、断じて受け入れられない」と批判した。他国の最高裁判決に干渉するという事態もきわめて異例のことである。いまだに、属国意識(植民地支配)を捨てきれないこの国の傲慢が垣間見える。

 

 

(写真は雪の中、札幌地裁に向かう植村さん=左から3人目、今年3月、札幌市内で。インタ-ネット上に公開の写真から)

 

 

《追記》~ブログ休載のお知らせ

 

 沖縄での妻の海上散骨の準備のため、当ブログをしばらく休載させていただきます。

 

 

 

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