康寿橋と康寿桜

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一昨日、山形の山形百名山登り、目当ての山でなくなって、もう一度次の休み17日に行くことになってしまって、一昨日、時間余って山形帰り道、赤湯温泉街少し散歩・・久しぶりですけども、我が長男と同じ字を書く”康寿橋”そして”康寿桜”見てきた・・これは”こうじゅ”と読みます・・これを名前で検索すると”やすひさ、こうじゅ、やすとし”と出てきます、我が子は”やすひさ”としたけど当時この名前は他にいないだろうと思ってました・・昭和の56年うまれネットなどない時代で、いろんな本で字画とか姓名判断で悩みながらつけた名前、今は名前検索で姓名判断まで出てくる・・なんでもネット検索で調べられる便利な世の中です・この橋”めがね橋”の愛称で親しまれている洋風石造アーチ橋、明治時代文明開化・・洋風技術の導入で多く作られたもの、我が生まれ故郷川西にも洋風の建物昔は結構ありました・・南陽市には『吉田橋』『石造大鳥居』を作った名石工、吉田善之助の弟子川合兄弟の作とあります。

2021.09.12:li-no2:[歴史探訪]

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