草木塔の郷 DENTAKUJI なあまず日記

草木塔の郷 DENTAKUJI なあまず日記
ログイン

例年、9月7・8日に開催している、不動尊の秋季例祭は諸般の事情により、9月27日(月)・28日(火)に延期して開催いたすことになりました。

告知が遅くなり、たいへん申し訳ありませんでした。

なお、27日(月)午前10時頃〜28日(火)午後3時頃まで、ご自由にお堂にて参拝いただけます。

ご祈祷は、27日の午後10時からお堂にて護摩供養、終了後、境内において柴燈護摩を修します。終了は午前0時頃の予定です。

28日は、午前10時から護摩供養を修します。
...もっと詳しく
7月24日(土)は、田沢寺の子易地蔵尊の例祭です。

ご祈祷は、午前10時〜(お札とお護符が授与されます)


午前のご祈祷のあと、「紙芝居」を演じますので、お子様連れでご参拝ください。

なお、昼食を準備いたしますので、午前中からおいでくださいませ。
(参加費等はありませんが、お布施をお願いいたしております)


残雪のため、一ヶ月延期していた春祭りをこの8日に行います。
大般若六百巻の転読法要です。

6月8日(火)午後1時から
どなたでもお参りできます。
お札の授与は志納で受け付けております。



お堂の脇の舞台かけと掃除の早朝作業を、保存会の皆様のご協力を得て行いました。

5時30分集合なのですが、いっつもどおり早い人で5時に来ました。
5時ですよぉーー;
すごいですねぇ


冷たい雨が降り出し、「うだでなぁ」と言いながら作業です。
20人の有志の皆様、設計書がない組み立て作業を、経験で進めてゆきます。


どうも、材料の配りがちょっと違うような気が済んだげんどなぁ…。
まぁ、でもかたちになってゆきます。


で、約1時間半で完了。
なんとかしちゃいますよね〜皆さん。

大工、議員、酒卸し、文筆業、隠居さん、農家、農協職員、会社役員、工務店営業、電気屋、土木業…いろんな方々がおります。
今日(2日)は、朝からいい天気です。

早朝5時半から大荒沢不動尊の雪囲い片づけ作業を、有志の皆さんに集まっていただき、実施。



「ハッ!」として目が覚めたのは5時10分。
大慌てで10キロ先の大荒沢に向かい間に合った、のですけど、もう10人以上集まっていましたーー〆
ほんとに、田沢の人は早いなぁ。

お堂の周囲と駐車場にはまだ雪が残ってます。



小一時間で作業終了。

恒例の春祭りは、一カ月延期し6月8日(火)に修することになりました。
改めてご案内いたします。



大荒沢の奥はまだ雪がいっぱい。
ようやく雪融け水が大荒沢をいっぱいに流れてくるようになりました。



19名の有志の皆様にお世話になりました。
春の例祭「大般若会」は6月8日です。」
今日、18日はお彼岸の入り。

春分の日(中日)をはさむ7日間がお彼岸の期間です。
お盆のように、実家を目指して大移動というような大騒ぎにはならないようですね。

ご先祖様の供養に、実家の仏壇にお参りしたりして過ごす人が多いようです。

よくテレビで、お彼岸にお墓参りの様子が季節の風物詩のように流されます。
こちら雪国田沢では、まだお墓参りは雪があり、たいていの年はできないで状態ですから、お寺さんに参ったりします。

わが田沢寺(でんたくじ)のお彼岸行事は、中日の午後、お念仏講が開かれます。
近所のおばあちゃんやお母さんが三々五々お寺に集まってきて、大きな数珠をまわしてお念仏を唱えます。

その時間はおよそ1時間。
そして、お念仏を終えると、少々の食べ物を準備し、お茶を飲んでゆっくりと過ごしていかれます。

これは、檀家とかそうでないとかは関係なくて、集まります。
特にご案内もしていないのですが、普通に集まって来られます。


ご先祖から、私ども今生きる者に受け、そして次の世代へと引き渡す。
ゆっくりとまわされる数珠は、そういうことを感じさせてくれます。

「みんなおぐりめぐりなんだぞ、あはは」と子どもの頃からばあちゃん達に言われてましたっけ。
 子どもの頃は、なんのことだかちっとも解らないでいましたが、年を経て、だんだんと解ってきかけたような気がします。

「なむあみだんぶつ…なむあみだんぶつ」と延々と繰り返します。
もちろん「南無阿弥陀仏」のことなんですけど、節がついて、「なむあみだんぶつ」になります。

3月21日(日)午後1時、田沢寺でです。
興味のある方はどうぞおいでください。

終了後に会費500円〜1,000円を集めて懇親の場になります。
秋分の日、お彼岸の中日ですね。

さて、彼の岸のご先祖様のいる浄土に思いをいたす日でありますけれども、本来の意義もちょこっと書いてみます。


私たちが生きている世界(こちらの岸)に対して、向こう側の岸(彼岸)は仏の世界であり真実の世界を表しているのですね。
この岸の間には滔々と水が流れる河があります。

この水は煩悩(欲望とか怒りとか迷い)という大きな力で、渡ろうとする人々を押し流そうとします。

んで、真実の世界(明るく、正しく、和やかな世界)を望んでいながら、こちらの岸(迷いの世界)から脱け出せないでいる、というわけです。

さて、迷いから逃れるためにはどうしたらよいか?!
それを仏教では六つの行いを行うことを教えています。

○布施(ふせ)・・・自分にしてほしいことを進んで人にする
○持戒(じかい)・・・悪いことをしないで善いことをする
○忍辱(にんにく)・・・不平不満を言わずにがまんをする
○精進(しょうじん)・・・努力して励む
○禅定(ぜんじょう)・・・心の静けさを失わない
○智慧(ちえ)・・・ありのままの真実の姿を見つめる

いかがでしょうか。
たぶん、わかっちゃいるけどなかなかできないことばかりですよね。


仏教に関する出版物が広く出回っており、近くの書店でも手に入れることができます。
そうした本の中に、こういった説明が書いてありますので、お彼岸を機に読んでみるのもよいかと思います。

 
お彼岸でございます。
「暑さ寒さも彼岸まで」という季節の節目を例える言葉もあるぐらい、親しみのあるお彼岸ってなんでしょうね。

春分の日と秋分の日をお彼岸の中日として、前後の三日間、あわせて7日間のことなんですけど、もともと「彼岸会(ひがんえ)」というこの期間に寺院で行われる法会(法要)のことをさすようです。


彼岸というのはインドの古語のサンスクリット語で「波羅蜜多(パーラミタ)を漢字に訳したもので、彼の岸に渡る、という意味なのだそうです。

彼の岸というのは迷いのない真実の世界、こちらの岸というのは迷い生々流転する世界。
そこから、彼岸は成仏されたご先祖の世界という考え方になったと思われます。

お陽様が真東から昇り真西に沈むお彼岸の中日に、先祖にをしのび、今日自分があることをご先祖様に感謝するという意味でお墓参りをし、仏壇におはぎ(ぼた餅)をお供えるというような習慣が受け継がれてきたのですね。



皆様のお宅ではいかがでしょうか。

お盆のように、みなさんが里帰りし、民族大移動のような大騒ぎにはならないようですけれど、中日が祝祭日になっておりますので、それぞれ家庭行事としてお供え物をしてお参りなさるご家庭が多いようですよ。
6月6日の早朝、私の住む集落で恒例のさなぶりの行事を行いました。

「早苗饗」 田植えを終えたお祝い、豊作の祈願です。

ちいさな田んぼに苗を植え、田の神様に苗とお神酒を供え、ご祈祷します。
その後、みんなでお神酒をいただきます。

集落五十数戸の代表が集まって顔を合わせるこの行事、続けているのは田沢でもここだけと聞いています。


田沢の人に伝わるお話で、大荒山不動尊の霊験記としても語られているお話です。



 昔、田沢の白夫平に三十郎という子が生まれました。
 生まれつき体が弱かったので、心配した祖母はこっそり大荒山の不動明王に二十一日間の丑の刻参りの願をかけたのだそうです。

 ところが、結願の日を待たずに病気になってしまいます。
 病床に三十郎を呼んで「満願の日までの丑の刻参りを自分に代わって続けよ」と言い、無言の行を誓ったのだから、「どんなことがあっても言葉を発してはならぬ」と教えました。

 三十郎は丑の刻参りをし、いよいよ満願の夜、不動明王の前で手を合わせていると、お堂の扉が開いて不動明王が姿を現し、「これ、三十郎」と声をかける。
 咄嗟のことに三十郎は慌てて「はい」と返事をしてしまいます。

 これは「無言の行」の約束を破ったことになり、不動明王は持っていた剣で三十郎を突く。
 剣が歯に当たって三十郎の前歯が一本欠けたといいます。
 しかし、それを我慢している三十郎を見て不動明王は哀れに思い、三人力のチカラを与えようと思っていたところを、それもできないと、その半分の一人半の力を三十郎に与えたと言うことです。



 この話は、武田正さんが要旨をまとめたものからの抜粋です。
 三十郎にまつわる逸話は多く残っておりますが、またの機会にご紹介したいと思います。

 

 
天気に恵まれました。


風がやや涼しいものの、山の新緑を通して吹く風が爽やか。



恒例の春のお祭り。
参詣者は少ないですー。−
30人ぐらいでしょうか。



大荒沢の山中にあるお堂でひっそりとやっております。

でも、和尚さん賑やかです。

住職と小僧の私、真言宗醍醐派の和尚さん3人、曹洞宗のお坊さん1人。
敬愛する諸先輩、人がいようがいまいが関係なく賑やかです。



『大般若波羅密多経巻 第1!』から大音声で魔を払います。

太鼓もかなり打ち鳴らします。
ドンドン走っていきます。

今年も、無事終わりました。

来年はもう少し参詣者が増えるといいなぁ。

いろいろ計画を練っています^。^;

 「これから子供が少なくて、一人っ子同士が結婚をして、両家の仏壇が二つになったり、両家の位牌を祀ったりすることになったらどしたらよいでしょうか?!」


お答え
 そうですね、これからそういったケースは多くなりますよね。
 なかなか一概にこうです、ということはできないかもしれませんが基本になることを考えてみたいと思います。

 私たちはさまざまな縁があって人と出会い結婚し子供が生れてきて、そしてまた出会い縁が生れ…という具合につながってきています。
 この縁というものはとても不思議でありますし、かけがえのないものと考えます。
 その家の仏壇に両家のご位牌を祀り手を合わせるということはなんの不思議なことではありません。むしろ大切なことだと思います。
 しかし、両家の仏壇を自宅に二つおまつりするというのは実際には難しいことかもしれません。その場合は、両家の菩提寺の宗派の問題もありますが、お寺さんとご相談いただき一つの仏壇にするのがよいと思われます。
 両家やお二人でもよく相談し、お寺さんとも話し合いをしていただきご供養いただきたいとおもいます。

 私のお寺でもそういう例があります。
 両親がお亡くなりになり、ご先祖さまを守っていた女性が縁あって他家へお嫁さんに行かれました。
 嫁ぎ先の家の宗旨は違っていたのですが、ご自分の家の仏壇を供養して処分し、先方で一つの仏壇にご位牌をおさめていただき、御命日などには私どもがお経をあげさせていただいております。 

 せっかくのご縁です。
 よくお話し合いをしていただき、ご供養いただきたいと願っております。