草木塔の郷 DENTAKUJI なあまず日記

草木塔の郷 DENTAKUJI なあまず日記
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「自然に感謝するお祭り」のサムネイル「クマガイソウ」のサムネイル「(17)飯豊町 小屋の草木塔」のサムネイル「大荒沢不動尊 例祭を終えました」のサムネイル「6月8日は大荒沢」のサムネイル「呵責」のサムネイル「(91)『センセイの書斎』」のサムネイル「我慢」のサムネイル「北堀端」のサムネイル
この日記の容量が目いっぱいになってしまいましたので、下記へ移動して継続いたします。

そちらにお立ち寄りください。

右側のリンク「DENTAKUJI なあまず日記供廚燃けます(^^/



「自然に感謝するお祭り」の画像
日曜日は、地元の財団が主催のお祭りで、行ってまいりました。

国道121号大峠トンネルの奥の、晋洞沢に祀られている「お不動さま」、その手前の八谷地内にある「山の神さま」、上中原地内にある「草木塔」、この3ケ所でご祈祷とご供養を行いました。

写真は、晋洞沢の滝。
それほど大きな滝ではありませんが、2段になっている滝の上の滝つぼが釜のようになっていて、緑がかったきれいな水を湛えており、なんとも神秘的です。

毎年ここを訪ねるのは楽しみなのです。
普段は、林道の入り口に錠がかけられておりますので、車で入ることはできないのです。
ここは、大型のゴミを捨てていく不心得者が多く、苦肉の策で、数年前から入れなくなりました。

9時に田沢コミセンを出発して、団体の役員さんや、ご来賓の方々二十人余りで、3ケ所を移動して終えたのは、11時半頃。

ちょうどお昼の時間から「直会」なのです。
久しぶりに、お昼からお酒をいただき、皆さんとご歓談とあいなりました。

田沢で生きていくんだから、なにかしら自然と関わり合っていくことになる。
それが、何百年という長い間続いているに違いない。
お祭りの形態は変わって来ているんだけれど、人間も自然の一部なんだってことを再認識する機会かもしれないな。

「クマガイソウ」の画像
クマガイソウを移植してからかれこれ15年ほど経った。

今年も、5月下旬になって開花して、不思議な形と色の花を楽しむことができた。
新聞の記事や、テレビのニュースで流れたおかげで、けっこうたくさんの人が観に来ていたようだ。

これは、米沢市の園芸施設が閉館になるときに、移植先をさがしていて、担当の係の方が田沢公民館の敷地にならなんとかなるのでは、ということで私たちが行って掘り、植えたのでした。

その後、少しづつ株が増えて、最初は2〜3株しか花が咲かなかったのだけれど、7〜8年経過して、ようやく10株以上花を持つようになり、今年は30株以上の花が咲いたのではないだろうか。

それでも、思ったほど株数は増えていない。
30〜50株ほどを移植したと思うのだが、株数では100ぐらいになったか、というところ。

環境としては、ベストの条件ではなく、ベターぐらいな感じなのではないだろうか。
山野草などに詳しい方に、いろいろと教えていただいて試して、保護し増やそうと思うのだが、そう簡単ではないのですね。

私の伯父に、園芸に詳しい人がいて話していたら、元々あった園芸施設に移植したのはその伯父だったとのこと。
施設のある地域でも目立って少なくなってしまったので、移植して増やしていたのだそうだ。
その後、他のことが忙しくなって関わらなくなっていたらしい。

なんとも縁というか、不思議なものだ。

「(17)飯豊町 小屋の草木塔」の画像
草木塔はいよいよ飯豊町中津川に初めて現れる。
田沢から小屋集落へは、国道121号を戸長里集落から県道を玉庭方面に向かい、上和合からもう集落がなくなった温井を通り権平峠を越えると、距離的にはずいぶん近い位置にある。
合併前の中津川は、昭和33年に飯豊町に合併する前は、田沢が所属する三沢村と同じ南置賜郡だったのだ。
山林業や生活圏という点では、道路事情を考えてもこちらに近かったことは容易に想像できる。


峠を小屋側に下る途中、木々の間から小屋集落の奥の方が望める。
大学生時代(かれこれ30年以上昔^^;)、50ccのバイクで峠を越えた時、ここから同じ風景を見て、あまりの美しい山里の風景に息をのんだ。

今も美しいのだが、比べると家がなくなり、田んぼが放置されて荒れてしまっているのがわかる。
人が住んでいてこその山里なんだと、改めて感じる。


さて、小屋集落に入り旧小学校舎から道を戻っていくと、栂峯山大神の鳥居が建っている場所の一角に石塔群がある。
その中にある。
碑面には「草木塔」と「文政十三年 三月十七日」と刻まれている。

川西町玉庭高野沢の草木塔からちょうど一年後の建立ということになる。
文字や字の配りがよく似ている。
どちら側を経てこの地に建てられることになったものか。


鳥居は標高約1500mの栂峯を向いて立っている。
ほぼ山頂近くに神社が祀ってあり、そちらを向いてここは遥拝する場所なのだ。
じつは、私もまだ上ったことがない。

ここから見て、栂峯のほぼ裏側が大荒沢不動尊なのである。
栂峯神社は、毎年9月8日がお祭りで、地域の方々で現在も道刈りをなさっているとのこと。
大荒沢不動尊も9月7・8日がお祭りで、峯を挟んで両側でお祭りをしていることになるのだ。

玉庭の高野沢から菅沼峠を越えて小屋へ繋がるという道路の関係と、山一つ隔てて田沢と人がつながっていたという関係性から、小屋に飯豊町最初の草木塔が建ったという意義が見出せそうな気がするのだけれどなぁ。
何か記録が出てこないものだろうか。



栂峯を眺めるように建っているこの草木塔は、1990年に開催された大阪花博(国際花とみどりの博覧会)の会場に展示された。
その経緯はよくわからぬけれど、高さ70センチ余りの小ぶりな草木塔は、多くの人に「草木塔」の存在を知られるきっかけになったようである。

「大荒沢不動尊 例祭を終えました」の画像
昨日、大荒沢不動尊の例祭は天気に恵まれ、無事に終えました。

日向ではジガジガと日差しが強く、汗ばむほど。
けれど、さすが大荒沢の山中の空気は爽やかでした。

春蝉の音が林間に響き、まだウグイスが鳴き、ツツ鳥の「ツツゥ、ツツゥ」がどこかから聴こえてきて…、ここは世の中とは別世界。

保存会に皆さんには、連日、早朝五時半から準備・幡立て・後片付けと出ていただきました。
今朝も、集合時間の20分前には着ていた人があり、5時40分には作業終了ということになりました。

今度は9月の秋祭り。
お堂からから、さらに4km奥の大滝参りと、その道刈りをしようということになりました。
「6月8日は大荒沢」の画像
大荒沢不動尊の春季例祭を、明日午後1時半から行います(午後2時半まで)。
お堂で大般若転読のご祈祷です。

本来は、毎年恒例で5月8日に行っていたのですが、大雪のため林道の雪が消えなかったため、一ヶ月延期してということになりました。

先週の日曜日に、多くの方に協力いただいて、雪囲い外しと掃除などの準備をいたしました。
今朝は、午前5時半から幟旗を立ててきたところです。

地域の方々と、転出していった方々がおいでになり、ひっそりと行っておりますが、自由に参拝いただけます。


...もっと詳しく
ご無沙汰しておりました。
もう6月になり、お寺の裏山も畑の周囲も、あっという間に濃い緑にあふれ返ってます。
雑草と、冬の残骸と格闘する毎日です。

さて、このブログを再開します。
ただ、容量がすでにいっぱいになっているため、少しづつ移行しながら日記を書いてゆきたいと思っておりますので、よろしくおつきあいください。
諸事情により、このブログを休止いたします。
ご覧いただいていた皆様、たいへんありがとうございました。

また、ご迷惑をおかけした方々には、お詫び申し上げます。
...もっと詳しく
「呵責」の画像
連休をいかが、お過ごしでしょうか?
好天のせいか、国道を往来する車も多かったようですが・・・。

わが家の裏の櫻が咲きました。
去年より花の色が濃くないかなぁ?
もちろん記憶は曖昧で、去年の画像を引っ張り出さないと、実際のところはよく判らないんですけどね。

自分の記憶というものは、最初は確かなものと思っても、他人から「こうじゃないか?!」と言われると、なんとなく「そうかもなぁ」っていうふうにもなって、はなはだ心許ないことになるから、困ってしまう。

同級会では、一つの出来事を、皆で「ああでもない、こうでもない」と言いあっているうちに、そのうちに「あぁ、そうだよなぁ」という感じで修正されていって、なんとなく納得できるみんなの記憶になってゆく。

私の場合、きわめて記憶力の良い一人の同級生がいるため、とても助かっているのだが。
いつもそうばかりいかないから、どうしたらいいんだろう。

「(91)『センセイの書斎』」の画像
内澤旬子:文・イラスト(幻戯書房 2006年)

〈イラストルポ「本」のある仕事場〉と、サブタイトルがついている。

書斎とは、〔個人の家で〕読書・研究・執筆をするための部屋、とある。

家に書斎というのは、私にとって、ちょっとした憧れだ。
しかし、読書はしても、それは研究でもなく、まして執筆というようなことはそうそうすることでもなく、まぁ、寝っ転がって本を読み、何か書くときは炬燵兼食卓兼という、全面的に兼ねた座卓で真にあってしまう。

そうではなく、やはり、仕事として書を読み研究・思索し、執筆活動をしている、所謂「センセイ」はどんな書斎を持っているか、興味がある。
以前、『私の本棚』という本が面白かったのだが、書斎もね。

私に戻って、書斎を持てないならば、せめて、ミニ(私的)図書館(室)はできないだろうかと考えている。
もしできたら、「虚空蔵」と名づけようと思っていたら、玄侑宗久さんが自坊に素晴らしい書庫を造っておられてましたね^^;
「我慢」の画像
一気に雪が消えてゆく。
そして、米沢市内の櫻も満開に。

年配の方が、「どんな大雪だって、消えるときは、十日と違わねもんだぁ」と言うとおり、ほんとうにそうだ。

雪囲いも、ちょこらちょこらと片づけ中。
みくさい(方言:みっともない)けれどもししょねなぁ(ーー;
がまん、がまん。

さて、この「がまん」であります。
「我慢」と漢字で書きますけど、普通は「我慢強い」とかプラスの意味に使われることが多いのです。

けれど、これはもともと仏教で使われている言葉。
「我あり、我が所有ありと執着しておごり高ぶる」という意味なのであります。
本来の意味から、
我が強い → 負けん気が強い → ガンバリがきく、辛抱強い
というふうに意味するようになったとのこと。

さてさて、身から出た錆び。
自分のまいた種。
まさに、本来の「我慢」が故に、自由に身動きできない状態のわたし、である。 
「北堀端」の画像
上杉城址の北堀端。
もう、櫻はすっかり咲きそろったようですね。

いつ咲く?
もうすぐ!?
もうちょっと…。
っていう時期が一番楽しみなんですよねぇ。
「お弁当」の画像
○ご飯
○ソーセージ
○焼き鮭
○玉子焼き
○ニンジン甘煮
○胡瓜とキャベツの浅漬け

続いております、型抜き人参^^;
冷蔵・冷凍を使って、残った材料も長もちしますね。
「子孫樹」の画像
お寺の裏のエドヒガンザクラが、昨日開花した。
遠目に、濃いピンク色の花が、鮮やかに見えてますね。

この桜は、花弁が小さく、ソメイヨシノのような華やかさはありませんが、なかなか可憐な感じがします。

白鷹町の薬師桜の子孫樹ということで植樹して頂いたのでした。
その薬師桜は樹齢1200年とも言われています。
毎年見に行っているのですが、地域の方々が中心になって、手入れをして保護されています。
同じ桜で、近くには、釜の越桜、長井市伊佐沢の久保桜があります。

この子孫樹、薬師桜の実生で育った台木に、薬師桜から伐った枝を接ぎ木して大事に育てられたものです。

薬師桜のある高玉に住む金田さんが取り組んでらっしゃいます。

縁があって、当 田沢寺に植樹されてから約15年近くなりました。

順調に育つまで、まるで子どもに会いに来るように、毎年見に来てくださっていました。

おかげさまで、雪に負けないで立派に育ち、花を咲かせるようになったのです。
「時間感覚のズレ」の画像
考えてみれば(考えなくても^^;)、もう五月というのに雪囲いがまだ外されてなくて、そのまんま。
雪がいつまでも消えなかったんだから、しょうがないけど。

けど、わけあって、毎日短い時間しかできないので、はかどらない。

今日は、勝手玄関側の雪囲いを外した。
けれど、雨がだっでくて、早々に止めてしまった。

明日は、早起きして、前のお堂の雪囲いをはずそうかなぁ。

それと、5が8日に毎年開催している、大荒沢不動尊の大般若会(お大般若)は、雪が多く準備が難しいため、来月、6月8日に延期して開催することになりましたので、お伝えいたします。
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