軽便鉄道は、軽便鉄道法(明治43年)に基づき建設された鉄道のことです。「軽便鉄道長井線」の名称が国の文書に最初に現れるのは、官報第370号(大正2年10月22日)の鉄道院告示のようです。
鉄道院告示第97号では「明治42年10月鉄道院告示第54号国有鉄道線路名称中 奥羽線の次に長井軽便線(赤湯梨郷間)を加える」とし、鉄道院告示第99号では「大正2年10月26日より長井軽便線赤湯梨郷間鉄道運輸営業を開始す その停車場及び哩程は左のとおり」として、赤湯、宮内町、梨郷の各駅を明示しています。
「明治42年10月鉄道院告示第54号」は、国有鉄道法(明治39年)に基づき国有鉄道線路の名称を定めるものです。この時点では県内では奥羽本線のみが国有鉄道に指定されていますが、大正2年10月26日の長井軽便線(赤湯~梨郷間)の開業に合わせて告示を改正したことになります。
軽便鉄道法が公布されてからたった3年後に、長井軽便鉄道が開業することになります。この背景には何があったのでしょうか、妙に気になります。
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