HOME > 成田村伝説№1 おせきの物語

おせきの物語 ①

  • おせきの物語 ①
おせきの物語

 この物語は成田駅の西側に、今もたたずむ供養等にまつわる物語です。
原作は、故菊地清三氏(五十川の岡鼠原地区出身)が、当時の「長井新聞」
に連載していたものです。この原作をもとに、昭和五十六年、地区文化祭において、当時の致芳地区青年団が上演した際の脚本を、復刻したものです。
 懐かしい駅舎の復活と合わせて、私達自身が地域を見直すきっかけとな
ることを願っています。また、成田駅を訪れた皆様が、私達の故郷に関心
を寄せていただき、地域に元気を与えてくれる一助となることを願ってお
ります。      成田駅前おらだの会 代表 宮崎征一

おせきの物語(二場 二幕)

 登場人物
  おせき
  手塚源右衛門
  およし(源右衛門の妻)
  惣三郎(旅の僧)
  村人達

おせきの物語 ②

第 一 場

夕映えの中に、旅の僧のシルエットが浮かび上がる。路傍の石碑の前に立ち、長い祈りの後に、観客の方に向きながら、静かな口調で語りかける。

【旅の僧】 これから私がお話しますのは、今からおよそ四百年前のことでございます。当時、この地方一帯は、まだ荒れた原野でございました。人々の生活は貧しく、日々の暮らしもままならないありさまでございました。
      そんな時、西館部落に住んでおりました手塚源右エ門という方が発起人になり、堰を掘り、この土地を開墾したい、と立ち上がったのでございます。その当時私は、この手塚源右エ門殿に、学問の修養に来ておりました。村人の熱意にもかかわらず、工事は、こぶしが原というところで困難を極めたのでございます。
      そして、それを救ったのが、おせきという当時十九歳の娘でございました。私は、この石碑の前に立つときに、古里の将来にかけた人達の情熱を思わずにはいられません。そして、私たちに、今、生きている私達に、お前たちはこの古里をどうするんだ、と語りかけているような気がしてなりません。

     それでは、私の話を聞いてください。

おせきの物語 ③

第一幕
 舞台の下手より、手に手に鍬や鋤を持ち、笑い声を立てながら、源右エ門、村人がやってくる。背景には、葉山の山並みが照らされ、敬虔で荘厳な姿を映し出している。

【源右エ門】  いやあ、皆の衆ご苦労だったなあ。
【村  人】  今日はだいぶ、はがえった。旦那の顔も、ニコニコだったな。
     ――― 村人一同、笑い出す
【源右エ門】  皆の衆がよくやってくれる。わしは、それがうれしくてなあ。わしらの村は、土地が狭い。そして、その土地もやせていて、ろくな米もとれない。しかしのう、ここに堰を作って野川の水を引けば、この土地は、見事な土地に生まれ変わるだろうよ。のう、わしには、秋の真っ青な空に、黄金の稲穂が出そろうのが目に見えるようじゃ。

―――村人たち、観客(荒地)を見ながら、「ほんにのう、そのとおりじゃ」と言いながら、うなづきあう。

【源右エ門】  皆の衆、もう少しだ。宜しく頼むぞ。
【村  人】  ああ、もちろんだども。

【村  人】  ほんじゃ旦那様、今日は、ごめんくだせえ。
【源右エ門】  ああ、ゆっくり休んでおくれ。助三、今夜はかかあに、ゆっくり背中でも流してもらえや。
【村  人】  そうだ、助三。新婚だからって、あんまり疲れっこどすんなよ。
【村  人】  ほだほだ、お前、この頃、やしぇだんでねえが。

――― 一同、笑いながら帰っていく。一人残った源右エ門は、空を見上げて「きれいな夕焼けだ。」とつぶやく。そのとき、家の陰から、おせきが駆けてくる。


おせきの物語 ④

おせきの物語 ④ | 修正 | 削除 | コメント投稿 |
【源右エ門】  おお、おせきか。
【お せ き】  旦那様、お帰りなさい。お疲れでしょう。晩御飯の用意が出来ております。さあ、家にお入りください。

――― 源右エ門は、「ああ、そうだな」と言いながら、家の中に入っていく。家の中では、およしがご飯をよそり、惣三郎が正座して、源右エ門を待っている。

【お よ し】  あなた、お疲れ様。
【惣 三 郎】  源右エ門殿、お帰りなさい。
【源右エ門】  ああただいま、いやあ腹が減った。早速いただくか。

――― 四人が食事をする。しばらくして

【お よ し】  あなた、工事の方は、いかがですか。
【源右エ門】  うん、いままでのところは順調だが、これからが問題だ。あの、こぶしが原がなあ・・。それより、およし。今日の味噌汁は、ちょっと甘いなあ。
【お よ し】  今、部落の婦人会で、減塩食品を勉強しているんですよ。しょっぱいなは、体に悪いんだってよ。

―――――  間   

【源右エ門】   ところで、惣三郎殿は、いくつになられた。
【惣 三 郎】   二十と一でございます。
【源右エ門】  そうか、二十一か。そなたの父上に、わが子に学問を教えてくれと頼まれてから、早二年じゃのう。学問はもう十分じゃ。わしは、何も教えることがのうなった。
【惣 三 郎】  源右エ門殿に教えていただいたこの二年。私にとりましては、長いようで、短いものでございました。このご恩は、一生忘れません。ところで、源右エ門殿。私はこれから、米沢に参って、剣の修行をいたし、藩の仕官になりたいと思います。
【源右エ門】  うむ、それが良かろう。(やや間をおいて) ところでのう、惣三郎殿。そろそろ、身を固めてはどうかな。 

―――― 惣三郎、驚いて顔を上げる。

【源右エ門】  いやいや、今すぐという訳ではない。結婚は、仕官になってからでも良いが、せめて、婚約だけでもしてはどうかなと思うのじゃが。そこでなんじゃが、ここにいるおせきは、どうかな。おせきの父は、最上家の侍大将だった方だ。おせきは、れっきとした武士の娘じゃ。おせきがまだ六つの頃、上杉家に向かう途中、病に倒れた。その後、おせきは、私が、父の名に恥じぬよう教育してきた。どうじゃな、惣三郎殿。
【惣 三 郎】  おせき様をですか。いや、もったいのうございます。源右エ門殿と奥様が、それこそ大事になさっているおせき様を、私のような者の妻にとは、身に余る幸せでございます。しかし、おせき様は、ご承知のことでしょうか。
【源右エ門】  おせき、お前はどうじゃ。

――― おせき 恥じらいながら

【お せ き】  惣三郎様は、旦那様が選んでくれた方でございます。惣三郎様さえよろしければ、私には、少しの不足もございません。惣三郎様、ふつつかものではございますが、何卒、お仕えさせていただきとうございます。 ――― おせき、惣三郎共に、深く頭を下げる。

【源右エ門】  わっはっはっは、いやアめでたい、めでたい。

おせきの物語 ⑤

【お よ し】  ほんとにねえ、あなた。ほんとにお似合いの夫婦だよ。
【源右エ門】  おせきよ、わしは、やっとお主の父との約束を果たせるぞ。およし、酒じゃ、酒を持って来い。
――― およしが、「はい」と言いながら、目頭を押さえながら席を立ち、酒を取ってくる。この間、遠くから、祭囃子が聞こえてくる。

【源右エ門】  惣三郎殿、おせき、形ばかりじゃが、婚約の盃じゃ、さあ。
【惣 三 郎】  有難き幸せにございます。おせき様を、必ず幸せにしてみせます。
【お せ き】  旦那様、奥様、ありがとうございます。
――― おせき、最後は声にならない。祭りの音が聞こえてくる。盃を交し合う。

【源右エ門】  きょうは、貴船明神のお祭りじゃ。ほんにめでたいのう。
――― 源右エ門、およしとうなづきながら、互いに涙ぐんでいる。祭りの音が、次第に近くに聞こえてくる。村人が下手より、源右エ門の家に向かって来て、戸を叩く。
【村  人】  旦那、源右エ門の旦那、お獅子様が来たぞい。迎えてくだせえ。
【源右エ門】  おお、来たか。今行くぞ。およし、お神酒の用意をしろ。おせき、惣三郎、さあ、行こう行こう。
――― 四人が外に出て迎えると、下手より、獅子と村人たちがやって来る。口々に大声で叫びながら、やがて、獅子が源右エ門の前あたりで威勢よく踊る。獅子にあわせて、歓声が上がる。獅子舞がひと段落ついた頃。