HOME > 成田村伝説№1 おせきの物語

おせきの物語 ⑪


【お よ し】  おせき、六つの年から、我が子と思って育てたのに、こんなことになろうとは。何の因果で、こんなことに・・・・。
――― おせき、泣き崩れるおよしの肩に手を添え、涙を流しながらも、居住まいを整えて
【お せ き】  勿体のうございます。父の臨終から今まで、重ね重ねのご恩、死んでも忘れはいたしません。とりわけ、結んでいただきました惣三郎様とのご縁は、私の最高の想い出でございます。  最後に、一つだけお願いしとうございます。この手紙を、惣三郎様のもとにお届けください。
――― おせきは、懐から書状を取り出し、源右エ門に差し出す。源右エ門は「ああ、必ず送り届けるぞ」。この間に、およしは、奥の部屋に駆け出し、一揃いの白い内掛けを持って来て、おせきの前に差し出す。
【お よ し】  (嗚咽をしながら)この晴れ着はな、お前の婚礼の時に着せようと思って、ようやく出来上がったものだ。まさか、あの世への旅装束になろうとは夢にも思わなんだ。せめて、これを身につけて行ってくれ。
【お せ き】  今の今まで、ご心配を下さって、ありがとうございます。ありがたく頂戴いたします。(嗚咽)
――― その場に立って、およしに着せてもらう。それを見ながら
【源右エ門】  ほんに、東国一の花嫁じゃ。
――― 着替えを終えると、おせきは、改めて正座しながら、二人の前に三つ指をついて

【お せ き】  お父上様、お母上様、長い間、私を育ててくれてありがとうございました。このご恩は、一生忘れません。お二人の末永いお幸せを、あの世からお守り申し上げます。それではさようなら。
――― ここまで言うと、おせきは、深々と頭を下げ、小走りに玄関を出て、深い闇の中に消えていく。およしは、玄関まで追いかけ、「おせきー」と叫びながら、柱にすがり、泣き崩れる。源右エ門は、その場に伏して泣いている。

おせきの物語 ⑫

おせきの物語 第 二 場

 第一場と同じ場面になり、ややあって、旅の僧となった惣三郎が語る。

【惣 三 郎】  おせきの思いが通じたのか、こぶしが原の難工事も無事終わり、栃の木堰は、期限までに完成されたのでございます。源右エ門様は、その功績を認められ、苗字帯刀を許され、堰の総元締めの役を命ぜられたのでございます。
 しかしながら、村人には、源右エ門様の成功をねたむ者が出てきたのでございます。そして、おせきを人柱にしてまで元締めとなった、という噂が流れ、殺人の大罪人として、訴えられたのでございます。源右エ門様は、取調べに対して、少しの弁解もせずに、潔くことの次第を述べたそうでございます。その場にいた者達は皆、源右エ門が、まるで、処刑になることを待ち望んでいたように思えたそうでございました。
 奉行所は、源右エ門の心を知りながらも、その身ははりつけ、屋敷は没収、家族は追放の断を下したのでございます。
――― 懐より手紙を取り出し、それを広げる。おせきの声で、手紙が読まれる。

【お せ き】  惣三郎様、おせきは、栃の木堰の成功を祈って、この身を捧げます。惣三郎様とは、たった一夜の契りではございましたが、私の短い人生の中で、最良の想い出でございました。 惣三郎様のために、私は、良い妻となりとうございました。やむにやまれぬ想いのもとに、先立つ身となりましたが、遠い空の上から、惣三郎様のお幸せをお見守り申しております。 あの世においても、私は、貴方の妻でありとうございます。黄泉の国にて、再会することがありましたら、何卒、私をお見捨てくださいませぬよう、お願い申します。
  惣三郎様                       おせき

――― 朗読が進むにつれて、惣三郎は次第に身を震わせ、最後は、スポットライトの中で、両膝をついてうずくまる。静かに、幕が閉じる。