何もない駅舎に佇んで
忘れていたもの、失っていたものに
気づくことがある
?
駅長さん、私の落とし物届いていませんか?
お客さん、何を落としたのかね?
私が大切にしていたものです
それは何かね?
・・・・・・・・・
いつ頃失くしたのかね?
・・・・・・・・・
まあゆっくりお茶でも飲んでいきな。そのうちきっと見つかるよ。
君にとって一番大事なものがね。
この場所に立つと、僕は前に進めなくなる
いつからこうなったのだろう
あの頃は友達と一緒に楽しかった
ささやかだけど人並みの夢もあった
けれどもある日、急に遮断機が降りて来て
僕は一人きりになっていた
越えようとする度に
僕の心に遮断機が降りて来た
何の感動もなく日々を過ごす中で
僕の周りの時間だけが止まっていた
それでも、ここに立って
踏切の向こうの風を感じよう
いつかこの踏切を超えて、山に向かって歩いて行く
自分の姿を想像しながら
あの頃は辛かったね、と言える日が来ることを信じよう
僕が踏み出すのを、ずーっとずーっと
待っていてくれる人がいるのだから
春になって
出稼ぎから父が帰って来る
両手に大きな荷物を抱えホームに降りて来る
父のジャンバーから
プーンと都会の良い匂いがしたのを覚えている
嬉しかったお土産はグローブだった
父に遊んでもらった記憶は少ない
けれども妙に重たい何かを伝えていた
自分に厳しい人だった
愚直に働く人だった
亡くなる前に、ひとしきり私を見ていた
「後は頼んだぞ」と言っているような気がした
あれから何年経っただろう
私も父と同じ年齢になろうとしている
こんな息子を父は何とみているのだろうか
父と母その人生の美しさ 今更ながら見ゆるものあり
何事も語ることとてなけれども 笑みて応えし父の遺影