HOME > 成田村伝説№1 おせきの物語

おせきの物語 ⑥

【源右エ門】  皆の衆、ちょっと聞いてくれ。実はな、ここにいるおせきと惣三郎が、夫婦の約束を交わしたのじゃ。みんな、二人を祝ってやってくれ。
――― 村人口々に「ありゃ、ほんとが」「いやあ、めでたい」「ほんにのう」などと言い、うなづきあう。おせき、恥ずかしそうにしている。

【村  人】  何じゃ、旦那。おれ、おせき様と一緒になる気でえだったじば。
【村  人】  ばが、お前みてえな、おせき様と一緒になんかされっかそ。
   ―――― 村人「んだ、んだ」
【村  人】  んじゃ、おれあ、○○と一緒になんべ。なあ、えがんべ○○。
     ――― と○○の方に歩いていって、肩に手を置こうとするが
【村人(女)】 わたしだって、選ぶ権利あんなだ。(と肩をすかし、村人こける。一同大笑い。)
【村  人】  ほんに、おせき様は、いい娘だもの。惣三郎様もうれしがんべげんど、一番うれしいなは、旦那様とおよし様だべ。
【村  人】  ほだほだ。旦那様なんか、ほんとはおせき様ば、嫁になぞけっちゃぐねえなだべ。(源右エ門の顔を覗き込む。)
【村  人】  ほんによ。おせき様が肺炎になった時なんか、およし様と旦那様、三日三晩看病しった、つうでねえか。
【村  人】  んだんだ。そしてよ、そんでもえぐなんねくて、長井村の医者まで、おぶってしぇでったごで。あの、もさもさ雪の降っとぎよ。
【村  人】  ほんにな。あの晩なんぞ、およし様は、貴船明神さ、お百度踏んだったけもな。
【村  人】  ほだほだ、おせき様こんげにちゃっこい頃でよ。ほんとの親だて、あんげなごどさんにぇ。
――― おせき、およしの方を見て、下を向く。およし、目頭を押さえている。(間)
【村  人】  それにしても、俺ゃ、結婚相手間違ったえ。おせき様みでな人ど一緒になればえがったえ。
【村人(女)】  なに言ってんなだ、父ちゃん。父ちゃんのおがげで、十一人も子供生ましぇらっちぇ。ほら、十二人目の子供、こごさえだぞは、なんじょすんなだ。
――― 腹を叩いて見せながら、夫の腕をつねる。「いててて、わりがった、わりがった」村人達大笑い。
【源右エ門】  夫婦喧嘩もそれぐらいでいいだろう。
【村  人】  んだんだ。ようし、みんな、おせき様と惣三郎様の結婚を祝って、盛大にやんべ。
―――― 村人「ようし、やんべ、やんべ」と言いながら、また獅子踊りを始める。
【村  人】  さあ、みんな、明神様さいくぞ。
――― 「おー」一同下手に下がる。おせきと惣三郎が二人残る。村人がこれに気づいて、
【村  人】  おせき様もあえべ。
【村  人】  お前は、ほんとうに鈍いなあ。気い使わんなねごで。
――― 村人「んだんだ」「ほんにお前は馬鹿だな」と言いながら下手に下がる。祭りの音が、次第に遠ざかる。舞台には、二人だけ。中央に歩み寄りながら、スポットライトが二人を照らし出す。

おせきの物語 ⑦ 

---舞台には、二人だけ。中央に歩み寄りながら、スポットライトが二人を照らし出す。
【惣 三 郎】  おせき様
【お せ き】  はい(小さな声で)
【惣 三 郎】  わしは、源右エ門殿に、初めて参ったその時から、わしの妻はこの人だと思っていました。おせき様は、私と夫婦になることに不満はありませんか?
【お せ き】  とんでもございません。私も、惣三郎様にお会いしたその日から、この人の妻になりたいと心に決めておりました。私は、本当にうれしゅうございます。
【惣 三 郎】  ほんとにか。(おせきうなづく)旦那様は、わしらの心を見抜いていてくれたんじゃな。
【お せ き】  ええ、ほんとに。私は、旦那様と奥様に、この命を助けられた身。何も恩返しができないのが、申し訳なくて・・・。
【惣 三 郎】  それはわしも同じことだ。わしは、旦那様の恩に報いるためにも、お前をきっと幸せにしてみせるぞ。おせき、わしは、仕官となってお前をもらいに来る。それまで、待っていてくれるな。
【お せ き】  はい、きっとお待ちしております。惣三郎様、愛する人を待つことは、少しも辛くはございません。立派になってお帰りになるのを、おせきは、いつまでもお待ち致しております。

【惣 三 郎】  おせき!
【お せ き】  惣三郎様!
――― 惣三郎、おせきの肩を抱き寄せる。ちょうどのそのタイミングに、舞台上手より、村人が風呂敷を持って来て、二人のラブシーンを隠す。ライトが消えて、幕が降りる。

おせきの物語 ⑧

第 二 幕

  幕は降りたまま。舞台裏から、「(村人)土手が崩れたぞおっ」「(源右エ門)危ない、みんな逃げろ」「(村人)堰が崩れたぞー」。すさまじい音の後に、源右エ門、村人達が下手より現れる。みな、疲れきり、ある者は呆然と空を仰ぎ、またある者は、互いの肩を支えあいながら登場する。

【村  人】  旦那、大丈夫でございますか?
【源右エ門】  ああ、大丈夫だ。それよりみんなはどうだ。怪我はないか。
――― 村人、元気なくうなづく。
【村  人】  それにしても、こぶしが原は、どうしても駄目だ。昔からあそこは、魔の淵と呼ばれてい
た所じゃ。堰を築こうにも、湧き水が多すぎて、土手が次々に崩れてしまう。
【村  人】  所詮は、無理なことだったんだ。この土地を田んぼにするなんて、馬鹿げた夢だったんだあ。

【源右エ門】  皆の衆の気持ちはよ~くわかる。でもな、今、俺達がやらなければ、誰がやるんだ。わしらが立っているこの土地にしたって、ご先祖様が、血のにじむような想いで、切り開いてくれたもんじゃないか。わしらは、今、生きているわしらは、何を子孫に残すんじゃ。わしらが幾ら苦しくっても、この堰を作ったなら、この村の子々孫々の繁栄につながるじゃねえか。皆の衆、わかってくれ。苦しくてもやらねばならないんだ。頼む、なあ○○、そうだろう○○。
――― 源右エ門が、村人達を励ますのを、村人達は、首をうなだれ聞いている。
【村  人】  旦那様、とにかく今日は、帰らせてもらうべ。みんなくたびれきっていますんでな。
【源右エ門】  ああ、そうしてくれ。みんなゆっくり休んでおくれ。○○、大丈夫か。よろしく頼むぞ。
――― 村人が肩を下ろし、足を引きづるようにして帰るのを、源右エ門はいつまでも見送っている。辺りは、とっぷりと暮れかかり、源右エ門は、空を見上げる。物陰からこの様子を見ていたおせきが、たまらずに駆け寄って来る。

おせきの物語 ⑨ 


―――物陰から源右エ門を見ていたおせきが、たまらずに駆け寄って来る。

【お せ き】  旦那様・・・・。
――― 源右エ門は、はっと我に帰り、後ろを振り向き、「おお、おせきか。・・・」と力なく微笑む。
【お せ き】  旦那様!
【源右エ門】  おせき、わしもほどほどまいったわい。今日は、十月の十日。上杉様と約束した期限の日まで、あと一ケ月もなくなってしまった。
 のう、おせき。お前も聞いておろうが、堰の開設は、首尾よく成功したときは、堰の総元締めとなり、苗字帯刀も許される。しかし、期限までにできぬ時は、はりつけ獄門の刑になるのが掟じゃ。いや、わしは、はりつけになるのを恐れもしない。ただ、この栃の木堰は、寺泉村と成田村、そして五十川村の村人の悲願なのだ。今までの村の衆の苦労が、それこそ、水の泡となる。それが、何よりも悔しいのだ。
―――― 間  ――――
【源右エ門】  さあ、とにかく家に入ろう。

――― 源右エ門が我が家に入ると、およしは、源右エ門の体を気遣いながら、居間まで導く。その間、おせきは、夕闇の中に一人立っている。そして、何事かを決心したように、「はっ」としながら、天に手を合わせて祈りを捧げて、家の中に駆けていく。

おせきの物語 ⑩


 ―――おせきが、思い詰めた表情で、源右エ門の前に手をついて、話し出す。

【お せ き】  旦那様、私を人柱にしてください。お願いです。人柱にしてください。
【源右エ門】  おせき、急に何を言うのだ。そのようなことは、断じて許さん。わしの運がなくて、期限までにできない時は、潔く死をもって償う覚悟じゃ。そのような願いは、断じて許さん。
    それより、そなたは、まだ前途のある身。よい人と付き添うて、幸せになってくれるのが、わしらの願いなのだ。
【お よ し】  そうですよ、おせき。私らはどうなっても、おせきは、惣三郎様と将来を約束した身です。米沢に修行に行っておられる惣三郎様はどうなります。

【お せ き】  旦那様が、はりつけになったとしたら、例え私が生き残り、惣三郎様と一緒になれたとしても、私はとても心苦しくて、生きてはおれません。惣三郎様とて、同じ思いでございましょう。ましてや、あの世で父に会えば、「お前は恩を忘れて人の道を誤るような子であったか」と、責められましょう。
 もし、旦那様のお許しがもらえぬ時は、旦那様に背いてでも、こぶしが原に身を投げて、神様にお願いするように、誓いを立てました。貴船明神をだますようなことはできません。どうせ、死に行く私でございます。どうか、一言、お許しのお言葉をいただきとうございます。
――― ここまで言っておせきは、泣き崩れ、およしの膝にすがりつく。重苦しい空気が、三人を包む。

【源右エ門】  おせき、おぬしは、それほどまでに、わしらのことを。
――― 長い沈黙の中から、源右エ門は立ち上がり、おせきに近寄る。やがて、天を見上げて、言う。
   今の言葉は、貴船明神が、お前の身を借りて言わせたものか。よろしい、おせき。おせき、お前の心、うれしく思うぞ。お前の命、決して無駄にはしないぞ。

――― およし、おせきの上で、泣き崩れる。しばらくして、感涙にむせぶ源右エ門が、涙を振り切るように話し出す。
【源右エ門】  あの時、貴船明神の境内で、お前達親子に会わなんだら。そして、わしらが、お前を引きとらなんだら。こんな辛い思いをさせずに、済んだものを。おせき、天国で父上に会ったら言ってくれ。源右エ門が、今の今まで成功しなかったのは、これみな、わしの力不足と不徳の結果だと。申し訳ないと言っていたと、伝えてくれ。