おせきの物語 ⑩


 ―――おせきが、思い詰めた表情で、源右エ門の前に手をついて、話し出す。

【お せ き】  旦那様、私を人柱にしてください。お願いです。人柱にしてください。
【源右エ門】  おせき、急に何を言うのだ。そのようなことは、断じて許さん。わしの運がなくて、期限までにできない時は、潔く死をもって償う覚悟じゃ。そのような願いは、断じて許さん。
    それより、そなたは、まだ前途のある身。よい人と付き添うて、幸せになってくれるのが、わしらの願いなのだ。
【お よ し】  そうですよ、おせき。私らはどうなっても、おせきは、惣三郎様と将来を約束した身です。米沢に修行に行っておられる惣三郎様はどうなります。

【お せ き】  旦那様が、はりつけになったとしたら、例え私が生き残り、惣三郎様と一緒になれたとしても、私はとても心苦しくて、生きてはおれません。惣三郎様とて、同じ思いでございましょう。ましてや、あの世で父に会えば、「お前は恩を忘れて人の道を誤るような子であったか」と、責められましょう。
 もし、旦那様のお許しがもらえぬ時は、旦那様に背いてでも、こぶしが原に身を投げて、神様にお願いするように、誓いを立てました。貴船明神をだますようなことはできません。どうせ、死に行く私でございます。どうか、一言、お許しのお言葉をいただきとうございます。
――― ここまで言っておせきは、泣き崩れ、およしの膝にすがりつく。重苦しい空気が、三人を包む。

【源右エ門】  おせき、おぬしは、それほどまでに、わしらのことを。
――― 長い沈黙の中から、源右エ門は立ち上がり、おせきに近寄る。やがて、天を見上げて、言う。
   今の言葉は、貴船明神が、お前の身を借りて言わせたものか。よろしい、おせき。おせき、お前の心、うれしく思うぞ。お前の命、決して無駄にはしないぞ。

――― およし、おせきの上で、泣き崩れる。しばらくして、感涙にむせぶ源右エ門が、涙を振り切るように話し出す。
【源右エ門】  あの時、貴船明神の境内で、お前達親子に会わなんだら。そして、わしらが、お前を引きとらなんだら。こんな辛い思いをさせずに、済んだものを。おせき、天国で父上に会ったら言ってくれ。源右エ門が、今の今まで成功しなかったのは、これみな、わしの力不足と不徳の結果だと。申し訳ないと言っていたと、伝えてくれ。

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