「本計画に基づき、文化財の適切な整備や情報収集、将来的な文化財の保存・活用基盤づくり、市民の参画などを中心に事業の展開を図ります」―。当市は今年度から13年度までの8年間を計画期間とする「花巻市文化財保存活用地域計画」(略称「地域計画」)を策定し、将来構想をこう記した。この計画は文化財保護法に基づく制度で、当市は昨年12月時点で、県内で初めて国によって認定された。一方、宮沢賢治の寓話『黒ぶだう』のモデルとされる旧菊池捍邸は昨年8月、国の「登録有形文化財」に登録され、新たな利活用の場としての位置づけが固まった。
「伝統芸能や講演会、落語会、ライブなどを通じて、市民が伝統文化に触れる機会を今後も創出するほか、市民参加型のイベントなどを開催する」―。旧菊池捍邸の利活用について、「地域計画」の中では具体的にこう明記されている。同邸宅の所有権は現在、親族の手から第三者の手に移っているが、農業技術者だった菊池捍(まもる)の生誕150周年を記念した「内覧会とゆかりの人々展」が3年前に盛大に開催された。しかし、その後は見学希望者に開放される程度でいつも閑散とした状態が続いている。市側とのかかわりについて、佐藤勝教育長は「主体はあくまで建物の所有者やその関係者。市はお手伝いをする程度」と冒頭の勢いはない。
その旧菊池捍邸がふるさと納税の“広告塔”として、利用されてきた経緯についてはすでに触れた(7月27日付と8月17日付当ブログ参照)。こんな折しも「ふるさと納税/文化事業救えるか」(8月20日付朝日新聞)という見出しの記事が目に飛び込んできた。人気の美術家、村上隆さんが洛中洛外図や風神図、雷神図などの伝統絵画を扱った「村上隆/もののけ/京都展」(京セラ美術館で開催中)を開催するに当たって、ふるさと納税を活用した資金集めをした結果、個人と企業向けを合わせて総額7億円以上が集まったという内容だった。
「90億6千万円」―。とっさにこの数字が頭をよぎった。当市の令和5年度のふるさと納税の寄付総額である。全国市町村(1735団体)の中で堂々の第13位のランキングにつけている。返礼品の人気商品のひとつ「花巻黒ぶだう牛」も寄付金獲得にそれなりの貢献をしているはずである。であるなら、そのブランド名に付加価値を付けるための“広告塔”とされてきた旧菊池捍邸の「保存活用」(「地域計画」)に対し、幾ばくかの寄付金を向けてもいいではないか。村上流の「文化」再生の手法にウンウンとうなずきながら、そう思ったのだったが…
当の文化財担当トップの佐藤教育長は「そんな形で旧菊池捍邸が利用されているとは知らなかった。いずれにせよ、私たち教育部門は文化財としての価値を評価する立場にあるので…」とボソボソ。気がつくと、上田東一市長がひとりで、“打ち出の小槌”をぶんぶん振り回しているではないか。旧菊池捍邸から歩いて数分の同じ地区内に瓦礫(がれき)の荒野が茫々(ぼうぼう)と広がっている。上田“失政””の負の遺産である花巻城址(旧新興製作所跡地)の無残な姿である。映画館ひとつもない文化が果つる地―賢治が「夢の国」とか「理想郷」と呼んだ「イーハトーブ」のこれがなれの果てである。ベジタリアン(菜食主義者)を自称した賢治のことをふと、思い出した。その名も『ビジテリアン大祭』と題する作品にこんな一節がある。
「あらゆる動物はみな生命を惜(おし)むこと、我々と少しも変りはない、それを一人が生きるために、ほかの動物の命を奪って食べるそれも一日に一つどころではなく百や千のこともある、これを何とも思わないでいるのは全く我々の考が足らないので、よくよく喰(た)べられる方になって考えて見ると、とてもかあいそうでそんなことはできないとこう云う思想なのであります」
(写真は催しも少なく、閑散とした旧菊池捍邸。右側の突き出た部分が本玄関。まだ残っている「菊池」の表札が往時をしのばせる=花巻市御田屋町で)