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安寧の祈り…筝演奏と詩朗読のハーモニー、「3・11」を忘れまい!!??

  • 安寧の祈り…筝演奏と詩朗読のハーモニー、「3・11」を忘れまい!!??

 

 「星座の愛宕ローザン鉄道の妙円寺駅付近/湯煙の山の神温泉座あだりがらだ/ササラがバラランとしなっでよ/鹿が平和の豊年踊りを/風に跳(は)ねで/平和 平和だよとハネ踊っている」―。9日午後、寺の本堂に土地の地名を織り込んだ方言詩がこだました。筝(こと)と尺八、ピアノが織りなすハーモニーと詩のコラボレーション…まるで“音霊”と“言霊”が溶け合う瞬間に約130人の人たちが身じろぎもせずに聞き入った。

 

 世界的に活躍する筝奏者の浅井大美子・りえさん親子は昨年、第266代ローマ教皇フランシスコ(バチカン)に招かれ、平和を祈願する自作の「安寧(あんねい)の祈り」を奉納した。この際、地元在住の詩人、照井良平さんが宮沢賢治の詩「雨ニモマケズ」を朗読し、大きな共感を呼んだ。この日は「ぜひ、賢治のふるさとで…」という浅井さん親子の願いが通じた。照井さんは「バチカンの使者」など新たに3篇の詩を作って、披露した。「全世界の大気圏の中で呼吸する/真摯な生ぎ者だぢ 空に遊ぶ小鳥だぢや…/誰もが平和の手を握り/等しぐ生ぎられる国っこが…」―。朗々たる朗読を耳にしながら、私は13年前の東日本大震災の光景を思い出していた。

 

 花巻の高校教師だった照井さんのふるさとは壊滅的は被害を受けた沿岸の陸前高田市。駆けつけた海辺で、肩を震わせて泣き崩れるおばあさんに出会った。その時の気持ちをそのまま、詩に託した。「ばあさんのせなか」は京都国民文化祭の最優秀賞を受賞した。その書き出しの部分を私はいまでも、そらんじることができる。この詩はこう始まる。

 

 「ばあさん/こごさすわって/なにしてんのす/なんだっでかんだって/こんてぁなツナミ/こねぁば なんねぁのす/おら なんにも/わりごど してねぁのにさぁ/いえのほがに/むすめとまごまで/さらっていがれでしまっただぁ/まあだ 見っかっていねぁのっす/いまごろ こんなさむどこ/どごで なんじょにしているがどおもど/むぜぁくてむぜぁくて/いでもたってもいらくなぐなっでさぁ/ほんで はまさきて/こうしてんのす…」―

 

 照井さんは詩集『ガレキのことばで語れ』で壷井繁治賞を受賞するなどずっと、「3・11」にこだわり続けてきた。浅井さん親子も陸前高田など沿岸被災地の支援を続け、そのメッセージを背負って、世界中を駆け巡っている。「あぁ、賢治の宮沢賢治のふるさと花巻に/バチカンの使者がやってきた。…バンバララン、バンバラリンとかなたの海を越え…」―。巻紙をめくりながら、絶唱する照井さんと浅井さん親子のコラボに久しく忘れていた“安寧”のひと時をもらったような気持になった。

 

 

 

 

(写真は母親の大美子さんの演奏に合わせて、詩の朗読をする照井さん=6月9日午後、花巻市愛宕町の妙円寺で)

     

 

 

 

 

市民の目が注がれていますよ…「病院&図書館」論戦がスタート、6月定例会が7日開会へ!!??

  • 市民の目が注がれていますよ…「病院&図書館」論戦がスタート、6月定例会が7日開会へ!!??

 

 上田(東一)市政が抱える懸案である総合花巻病院の経営不安や迷走を続ける新図書館の行方などを焦点とした花巻市議会(定数、議長を含めて26人)6月定例会が7日に開会、25日までの19日間の会期が決まった。一般質問は10日、13日、14日の3日間で全部で15人が質問に立つ。

 

 「病院&図書館」問題を取り上げるのは5人だが、議長を除く最大会派の「明和会」(8人)や無会派の公明党(2人)、無所属(1人、病欠)の中で、この懸案に触れる議員はひとりもいない。毎度のことではあるが、お互いに監視し合うという「二元代表制」を放棄した“自殺行為”は目をおおうばかりである。一方、今議会には新図書館の立地場所を選定するための手法を外部に委託して決めるという、まるで“目眩(めくら)まし”みたいな予算案(約1,000万円)が上程される見込みである。当局と議会という「車の両輪」がともにその自浄力さえ失ってしまったかのように見える。そこに住まわされる住民の、これ以上の不幸はない。

 

 こうした“くびき”から抜け出す方法のひとつに地方自治法が定める「リコール」制度(解職請求権)がある。地方自治体の首長および議員などに対して、有権者の3分の1以上の署名で解職を請求をできる制度で、解職請求が成立するとそれにかかわる住民投票が行われ、過半数以上の賛成があれば解職が成立する。

 

 なお、今議会からYouTubeチャンネルによる視聴も可能になった。懸案事項の双方かそのどちらかを質疑する議員はこの日、HP上に公表された質問通告一覧によると、以下の通り(敬称略)

 

 

 

▽10日(月)~伊藤盛幸(緑の風)

▽13日(木)~阿部一男(社民クラブ)、照井明子(共産党花巻市議団)、羽山るみ子(はなまき市民クラブ)

▽14日(金)~鹿討康弘(緑の風)

 

 

(写真は授業の一環として議会傍聴に訪れた中学生。熱心にメモを取りながら一般質問の質疑に聞き入っていた=インターネット上に公開の写真から)

 

 

 

《追記》~前代未聞の予算計上…統治者能力の崩壊!!??

 

 花巻市議会3月定例会初日の7日、市側は図書館整備事業費として、10,468千円の予算案を計上した。新図書館の建設候補地の選定に係る意見集約などの運営に要する経費で、いわゆる「公募プロポーザル」方式で外部の第三者(ファシリテーター)に意見集約の手法を委託するという内容。「駅前か病院跡地か」という立地論争の中、市側は「中立性を担保するため」と力説するが、市民の間には逆に「中立性を装うため」と警戒の声も多い。

 

 そもそも、駅前立地を第一候補にしたのは市側ではなかったのか。市民が納得するような合理的な立地理由があったはずだが、何か公にはできない事情でもあるのか。市民の疑念は深まるばかりである。 ”迷走”から”脱線”へ。新図書館問題はついに、羅針盤を失った難破船になりつつある。「百年の大計」とも言われる文化の殿堂の前途に早くも暗雲が立ち込めている。議会側の賛否の行方も今後の市政運営を占う重要なポイントになりそうである。

芸術や文化による地域の再生は可能か…但馬からのメッセージと「賢治精神」!!??

  • 芸術や文化による地域の再生は可能か…但馬からのメッセージと「賢治精神」!!??

 

 表題のキャッチコピーに魅(ひ)かれて、『但馬(たじま)日記―演劇は町を変えたか』(岩波書店)というタイトルの本を取り寄せた。著者は宮沢賢治への造詣(ぞうけい)も深い劇作家で演出家の平田オリザさんである。ちなみに「オリザ」とは賢治の代表作『グスコーブドリの伝記』に出てくる言葉で、ラテン語で「稲」を意味するという。さて、東京で生まれ育ったオリザさんは5年前、「コウノトリの郷」で知られる兵庫県北の小さな町・豊岡市(旧但馬国)に移住した。本書は「演劇」による町おこしに立ち上がったまさに、たわわに実る稲穂さながらの奮戦記である。

 

 「兵庫県立芸術文化観光専門職大学」―。こんな長ったらしい名前の大学が2021年4月、豊岡市に開学した。芸術文化と観光をコラボした全国初のこの4年制大学の初代学長に就任したのがオリザさんである。国際アートセンターの開設、市内小中学校へのコミュニケーション教育の導入、旧役場庁舎を改築した河畔劇場の開業、コロナ禍の中で開催された豊岡演劇祭…。開学に先立って着々と地固めをしてきたオリザさんは思わぬ“逆風”に見舞われた。開学の2か月後、町を二分した市長選挙で「演劇のまちなんかいらない」と主張した新人候補が僅差で勝利したのである。逆にこのことが“全身演劇人”のこの人を奮い立たせたみたいだった。

 

 2年前の1月、市内の観光スポット「玄武洞」を舞台とした『十五少年・少女漂流記』と題する演目が河畔劇場で披露された。オリザさん自身が手掛けた脚本で、「たじま児童劇団」の旗揚げ公演だった。子どもたちの楽しそうな演技を思い浮かべていた私は突然、幼少期の記憶に一気に引き戻された。先の大戦の敗戦直後、空襲によって廃墟と化した花巻のまちに「花巻賢治子供の会」という児童劇団がうぶ声を上げた。賢治の教え子である照井謹二郎さんと妻の登久子さん(ともに故人)は賢治童話を劇にして、戦後の混乱に巻き込まれた子どもたちを励まそうとした。焼野原の中で焼失を免れた馬小屋がけいこ場だった。

 

 当時、東京から疎開した詩人で彫刻家の高村光太郎が郊外の山荘で独居生活を続けていた。照井夫妻は第1作目の『雪わたり』を携え、親類や近所の子どもたち十数人を寄せ集めた“にわか劇団”を引き連れて、慰問に出かけた。「(分校の)校長さんも先生方も部落の子供達も大工さんも製板さんも通りがかりの村の人達もみんな温かい気持に満たされて、うれしさうに見えました。現世では数へるほどしか数の少い幸福をつくり出すお仕事は何といふいいものでせう」―。光太郎からこんな感謝の手紙が届いた。会の命名はこの大芸術家からのプレゼントだった。

 

 「科学だけでは冷たすぎる。宗教だけでは熱すぎる。その中間に宮沢賢治は芸術を置いたのではないか」。オリザさんは劇作家、井上ひさしのこの言葉を引用しながら、こう書いている。「賢治の思いが、100年の時を経たいまよみがえる。熱すぎない、冷たすぎない、その中間に芸術や文化を置いたまちづくりが求められている」―。そういえば、オリザさんは『銀河鉄道の夜』の海外公演でも知られる“賢治通”である。最近では「演劇のまち」を訪れる海外からのインバウンド(観光客)も増えつつある。さらに、全都道府県や海外からも人材が集まる異色の大学としても注目が高まっている。

 

 「駅前か病院跡地か」―。その一方で、賢治が「イーハトーブ」(夢の国=理想郷)と名づけた当地はいま、新図書館の建設場所をめぐる“立地”論争に明け暮れている。そんな迷走劇を横目にしながら、私の関心事はもっぱら、病院跡地にその雄姿を見せるであろう「まるごと賢治」図書館の構想を思索することである。「ここ豊岡に世界の風を吹かせて、その風で小さな風穴を開けるのだ」―。オリザさんは本書をこんな言葉で結んでいる。瞬間、賢治のあの歌が唱和した。そう、『風の又三郎』に登場する風たちの主題歌である。

 

 

 「どっどど どどうど どどうど どどう/青いくるみも吹きとばせ/すっぱいかりんもふきとばせ/どっどど どどうど どどうど どどう」―。賢治がこよなく愛した霊峰・早池峰…生者に舞い戻った”賢治”がいままた、産土(うぶすな)のこの地に降臨し、あっちへこっちへとを闊歩(かっぽ)している。手を後ろ手に組む、ベートーベンを気取ったらしい、あのお馴染みのポーズで…。この天才芸術家は今度は何を企(たくら)んでいることか。

 

 

 

 

(写真は光太郎(2列目右から3人目)と記念撮影におさまる「花巻賢治子供の会」のメンバー。=撮影年月日と場所は不明。インターネット上に公開の写真から)

 

 

 

《追記》~ガザの悲劇と「賢治精神」

 

 「子どもたちが殺されていく」―。『週刊金曜日』(5月31日号)の表紙にはパレスチナ・ガザの悲劇を特集する大見出しとともに、息絶えようとしている幼児を抱きかかえる母親らしい女性らの写真が添えられていた。そして「言葉の広場」と題するコーナーまで読み進むと、今度は「今こそ宮沢賢治の想いを受け継ごう」という投稿が目に飛び込んできた。79歳の男性はこの中で、「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」(『農民芸術概論綱要』)というあの有名な言葉で文章を閉じていた。「賢治精神」が時空を超えて息づいていることになぜか、ホッとさせられた。

足元からも「総スカン」…意見集約の”ファシリテーター”論争!!??

  • 足元からも「総スカン」…意見集約の”ファシリテーター”論争!!??

 

 「よくわかりません。今の説明ですけど、何を言っているか全然わかりません」―。冷静沈着で筋道の通った質疑応答に定評がある伊藤盛幸議員(緑の風)が珍しく、激した口調でこう続けた。「コンサルと言いますか、プロ ポーザルで外部に業務委託するという必要性を全く感じません。優秀な市の職員の皆さんはこれできると思います。そういう意味では、アンケート(調査)は直営でやれますよね。市民から意見をもらうのは単純なものじゃないですか。どっちかにしようっていう集約をしようとしているわけですからね。違いますか」(5月15日開催の「議員説明会」会議録から)

 

 「駅前か病院跡地か」―。新花巻図書館の立地場所について、その意見集約の方法を外部(ファシリテーター=進行役)に委託して決めたいという突然の市側の提案にあちこちから批判が噴出している(5月14日と同23日付当ブログ参照)。議員説明会で口火を切った伊藤議員は市職員の出身で、在職中は「市民参画」のあり方を検討する中心人物として働き、議員になってかは議会が設置した「新花巻図書館整備特別委員会」の委員長を務めた。一方、前日に開かれた「新花巻図書館整備基本計画試案検討会議」では中村萬敬委員が「ギブアップではないか。責任放棄もはなはだしい」と切って捨てる場面があった。中村委員も元市職員で図書館長の経験がある。「職員(公務員)としての使命感」を訴える先輩職員の声が現場にはどう届いたのか。

 

 「業者に意思決定を丸投げするというそのスタ ンスは私はどうかと感じる」―。3年前に「試案検討会議」が発足して以来、委員を務めている花巻商工会議所副会頭で、公益財団法人「花巻国際交流協会」の佐々木史昭理事長は一貫して、駅前立地を主導してきたひとりである。その“駅前”論者が今回の外部委託に愛想が尽きたかのように、まくしたてた。

 

 「10月の段階で客観的な資料(候補地比較調査)が出てきたのを市民の方々にもうそのまま、ある程度は見やすくしながらも見ていただいた後、(住民)投票するのがいいと思います。もう裏表なく多数決で決めちゃう。もう絶対多数が病院跡地の方がこれだけ多いならしょうがないなとか、なんか納得感が出るのではないかなと。私は究極の民主主義は選挙だと言うように感じまして…。私はもう多数決がいいと思います」(5月14日開催の「試案検討会議」会議録から)―。

 

 佐々木委員の発言を聞きながら、あとは上田東一市長の政治決断しかないなと思った。当初、病院跡地への立地を提唱していたのは他ならない上田市長自身だったからである。トップにだけしか権限行使が認められていない“伝家の宝刀”とは以下の定めである。さて、いつ引き抜くことか。

 

 

 「市長は、市政に係る重要事項について、住民(市内に住所を有する者をいいます。 以下同じ)の意思を市政に反映するため、住民投票を実施することができます。市民、市議会及び市の執行機関は、住民投票の結果を尊重するものとします」、「住民投票の投票権を有する者は、住民のうち年齢満18年以上の者とします」(平成20年3月制定「花巻市まちづくり基本条例」第24条ならびに第25条=住民投票)

 

 

 

 

 

(写真は令和3年4月26日に開催された第1回試案検討会議。夢の図書館を目指して、スタートしたはずだったが…=花巻市大通りのなはんプラザで)

 

 

 

「中立的なファシリテーター」という怪…迷走が極まる新図書館の行方!!??

  • 「中立的なファシリテーター」という怪…迷走が極まる新図書館の行方!!??

 

 「意見集約が困難な中、その集約の方法について、外部の中立的なファシリテーターの判断を仰ぎたい」―。駅前か病院跡地かの立地問題に揺れる新花巻図書館を巡って、市側はまるで統治者能力をかなぐり捨てたような暴挙に出た(5月14日付当ブログ参照)。様々な行政課題について、市民の多様な意見を集約して合意形成を目指すというのが行政運営の原則である。ところが、今回の「公募プロポーザル(企画提案)」方式の採用はその原則自体を放棄し、肝心の合意形成を第三者に丸投げしたに等しい。

 

 市側の説明によると、市議会6月定例会(6月7日開会)に約1,000万円の予算を計上し、8月上旬に事業者(ファシリテーター)を選定し、そこで提案された集約手法を使って、10月から3回程度意見集約の場を持ちたいとしている。この際のポイントは集約対象である市民の範囲をどう設定するのかということである。統計学上、民意を正確に担保するためには、全市民を対象にした「全数調査」か無作為抽出による「標本調査」が必要となるが、その点も明らかにされていない。さらには、ファシリテーターの選定基準や選定方法なども未定のまま「まずは予算措置」という拙速ぶりに驚いてしまう。何をそんなに急ぐのか。

 

 一方、意見集約に当たっては10月中旬をメドに進められている「候補地比較調査」の結果も参考にするとしている。しかし、この業務を受託した「(株)大日本ダイヤコンサルタント」はJR各社の鉄道事業などを一手に請け負う独立行政法人「鉄道建設・運輸施設整備支援機構」(JRTT鉄道・運輸機構=前身は鉄建公団)の有資格業者であり、この比較調査自体の中立・公正性にも疑念が持たれている(1月22日、25日、30日付の当ブログ『「事業費比較」調査の怪』シリーズ参照)。その上でなお、こうした調査データを意見集約の参考資料にするということは、逆にファシリテーターそのものの「中立・公正性」にも疑念を生じさせることになりかねない。まとめ役としてのファシリテーターに最低限、求められるのは「二者択一の罠(わな)」にはまらないことなのである。

 

 「まなび学園周辺」(平成28年の花巻市立地適正化計画)→「候補地を数箇所選定」(平成29年の新花巻図書館整備基本構想)→「JR花巻駅前を第1候補に」(令和4年9月定例市議会)…

 

 立地候補地が当初の「まなび学園周辺」から一転、「JR花巻駅前」へと変わった背景には一体、何があったのか。この辺の経緯をきちんと説明してこなかったことが「意見の乖離(かいり)」の大きな要因であり、いろんな憶測を生むきっかけになっている。市側はいまに至るも「駅前」立地の理由として、「高校生など若い世代」の待望論を“金科玉条”にしている。しかし、今般の「高校生アンケート」(4月16日、5月10日付当ブログ参照)によって、若者世代が駅前に望んでいるのは「図書館」そのものではなく、それに付属するたまり場的な“空間”であることが明らかになったはずである。

 

 それでもなお、市側が「駅前」立地にこだわるのであれば、市民が納得できるような合理的な説明をすべきである。仮にそれができない場合は中立を装うような意見集約は即座に止め、「駅前」の旗印を白紙撤回する以外にこの難局を打開する手立てはあるまい。決断の時である。

 

 

 

 

(写真は花巻城址に隣接する広大な病院跡地。手前の切り立った崖が「濁り堀」跡。前方に見えるのが生涯学習の拠点「まなび学園」=花巻城址に建つ花巻小学校側から)

 

 

 

 

《追記》~私たちの民主主義は「恐るべき無関心」でいても大丈夫なほど、悠長な状況にあるのかどうか(映画監督、相田和弘)

 

 「民主制の解体をもくろむ集団が路上でこれを臆面もなく実行する姿が目立つが、それ以上に警戒を要するのは、統治者たちがコソコソと「低温火傷(やけど)」のように進めている社会の破壊だと、映画監督は言う。市民の無関心と諦念(ていねん)をあてにするこの策略がもっとも嫌がるのは、個々人が「わーわー騒ぐ」ことだと。『熱狂なきファシズム』から」(5月22日付朝日新聞、鷲田清一の「折々のことば」)