今日山形大学工学部、白楊寮の仮装行列の諸君が、朝も早よから現われました。
これは新入生全員らしく、馬鹿馬鹿しくもありがたく万歳三唱を戴きました。
宮川泰先生の「若いって素晴らしい!」という文句を思い出します。
当店実は結構工学部の学生さんにお世話になっております。先週の学園祭「吾妻祭」でも横山道央ゼミで豆いちのコーヒーを使っていただきました。
私の場合、確か高校が昭和57年だか8年の卒業です。丁度受験の時にホテルニュージャパン火災とか、日航機羽田沖逆噴射事件などが起こった時だったと思います。
東京は国分寺という片田舎の大学でした。毎日中古レコード屋に入り浸りでした。
バイト代は主にレコードと練習スタジオ代に化けました。
コーヒーの話をしにやってくる工学部の大学生をみていると、自分がガキの頃を思い出します。
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ラジオは楽し!
「王さんが総理になればいいのにっ!」といったのは吉田照美さんです。
この間、自動車での通勤途中YBCラジオを聴いていたら、「グッドモーニング」の中の「武田鉄矢の今朝の三枚おろし」の前に「吉田照美のソコダイジナトコ」が挟み込まれていました。たまたまだったのか、常にやっているのかわかりません。YBCの番組表には掲載されていないようです。
その時の話が、王さんがまだ現役で800本のホームランを打っていたころ、まだぺいぺいで文化放送の局アナだった吉田照美が、なんと王さんのお宅にお邪魔してインタビューしたというシチュエーションです。
でその時、王さんの家には誰もいなかったのか、出迎えてくれたのも王さん、珈琲を入れてくれたのも王さん、見送りに出たのも王さんで、本当にあんないい人はいないと思ったという内容でした。こんなぺいぺいにも分け隔てなく接してくれて、今まではどちらかというと長島ファンだったのが、同じくらい或いはそれ以上のファンになってしまったと語っていました。
そして冒頭の「総理になればいいのに、、、」という発言に繋がります。
そうか、その手があったかと思いました。
王さんは不慣れな福岡で、力及ばないダイエーを率いてファンに卵をぶつけられながらも頑張りました。この間の博多山笠の山車に招待され、やっと博多っ子になれたといった王さんです。
たまに出されるコメントで、「野球界の発展」とか「子供たちの未来」とか「世界の平和」とかそういう言葉が決して上滑りでなく、心から発せられているのを感じることが出来ます。
多分台湾から日本に来てラーメン屋「五十番」をしながら人の役に立つ人間にというお父さんの影響なのでしょうか。その当時日本人でないという理由で国体に出れなかったことなどが何となく伝わっています。
その番組の最後にかかった王さんが初期の現役時代に歌ったオリジナル曲「白いボール」(1965年、冨田勲曲)の歌の下手さ加減も野球一筋の王さんを逆に増幅するものであり、もはや生きているだけでありがたい存在なのだなぁ、子供の時からの王ファンは思うのでした。
写真はハナミズキさん手製の珈琲フィルター入れが再入荷しました。初回よりもよりポップな水玉の柄が2つあります。なかなかかわいらしいので、お手にとってご覧ください。レジの横の壁にぶら下げております。
この間、自動車での通勤途中YBCラジオを聴いていたら、「グッドモーニング」の中の「武田鉄矢の今朝の三枚おろし」の前に「吉田照美のソコダイジナトコ」が挟み込まれていました。たまたまだったのか、常にやっているのかわかりません。YBCの番組表には掲載されていないようです。
その時の話が、王さんがまだ現役で800本のホームランを打っていたころ、まだぺいぺいで文化放送の局アナだった吉田照美が、なんと王さんのお宅にお邪魔してインタビューしたというシチュエーションです。
でその時、王さんの家には誰もいなかったのか、出迎えてくれたのも王さん、珈琲を入れてくれたのも王さん、見送りに出たのも王さんで、本当にあんないい人はいないと思ったという内容でした。こんなぺいぺいにも分け隔てなく接してくれて、今まではどちらかというと長島ファンだったのが、同じくらい或いはそれ以上のファンになってしまったと語っていました。
そして冒頭の「総理になればいいのに、、、」という発言に繋がります。
そうか、その手があったかと思いました。
王さんは不慣れな福岡で、力及ばないダイエーを率いてファンに卵をぶつけられながらも頑張りました。この間の博多山笠の山車に招待され、やっと博多っ子になれたといった王さんです。
たまに出されるコメントで、「野球界の発展」とか「子供たちの未来」とか「世界の平和」とかそういう言葉が決して上滑りでなく、心から発せられているのを感じることが出来ます。
多分台湾から日本に来てラーメン屋「五十番」をしながら人の役に立つ人間にというお父さんの影響なのでしょうか。その当時日本人でないという理由で国体に出れなかったことなどが何となく伝わっています。
その番組の最後にかかった王さんが初期の現役時代に歌ったオリジナル曲「白いボール」(1965年、冨田勲曲)の歌の下手さ加減も野球一筋の王さんを逆に増幅するものであり、もはや生きているだけでありがたい存在なのだなぁ、子供の時からの王ファンは思うのでした。
写真はハナミズキさん手製の珈琲フィルター入れが再入荷しました。初回よりもよりポップな水玉の柄が2つあります。なかなかかわいらしいので、お手にとってご覧ください。レジの横の壁にぶら下げております。