今日は浄土平に山友さんたちと登山目的で休み取ってましたが、天候怪しく、昨日のうちに延期してしまったけど・・思ったより今日は天気よかったです。昼前は曇りから日が差して久しぶりの天気・・でも蒸し暑い一日となりました、久しぶり自宅付近(米沢市窪田地区)より見る吾妻連峰が良く見えました・・せっかくの休み、秋野菜向けに畑耕耘したいけどまだ濡れていて無理、今日は支払いとか、髪切り、雑用で一日終わり・・一日ははやいです
かんてんと昆布巻き
スイカ余ってるんで従妹に連絡、寄って採っていってもらった・・そん時珍しいトマト・・黙っていれば完熟した柿のようですけどもトマトでした・・他にお盆というと寒天に昆布巻きするそうで頂いた・・そういえば昔は母が寒天・・小豆餡にカンズメのミカンやももとかいれたのよく作っていたなー・・とにかく小学生の低学年までは昔ながらの手作りおやつ水あめ、コメ菓子、餅おかきとかありました・・笹巻、梅干し、漬物なんかはみんな自家製でしたね・・ところがTVが弟が生まれた昭和36年に白黒デビュー、昭和40年だったか?カラーTVが来て、冷蔵庫も入ったころには、どこの家も自家製から買うが当たり前になって餅つきなんかも臼で大みそかについていたのもみなやんなくなりましたね・・冷蔵庫とともに昔の食文化はなくなった・・従妹は昔ながらの笹巻、寒天、昆布巻き自分の代になっても良く作るようです・・感心する、今はなかなかいないですね・なつかしい味です
墓参り
お盆の墓参り、日本全国お盆休みというのもこの時期あって、この時期の帰省はそれはそれは大渋滞という時代がありました・・都会に出て2年目??(1978年頃)当時出張成金というのがいました、独身寮生活なんで長期出張中は飲食代はすべて出張費で賄えてしかものちに清算するとうんと余るような時代がありました・・ほんとによかったですね、そんなあぶく銭で念願のワーゲンを購入、当時は東芝鶴見寮、兄は東急菊名の会社の寮にいたので一緒に車で帰省したりしました、まだ東北道は首都高にもつながってなく、横浜発夜9時で東北道岩槻インターに入れたのが明け方とかとんでもない渋滞の中行ってましたね、お盆の帰省混んでいるとわかっていてもここしか休みがなく大移動でした、お盆お墓詣りというと13日が一般的でどうしてもこの日前に帰るという・・でも13日に行かなければならないというわけではないですがね・・今までは父の実家へ墓参りという感じでしたが昨年父が他界して今年は新盆というわけ・・にいぼん、はつぼん、あらぼん、などと読むそれ以外にも”あらそんじょ”にいじょうろ”ねじょうれい”なんてさまざまな呼び方があるようです、初盆は故人を通常より手厚く供養するのが一般的なんですけどコロナだし、都会の弟に息子、娘、孫も会いたいけど緊急事態中でそんなことしてられないし、そもそもそんなことが嫌いな兄ですから・・昨日は兄とひっそりと墓参り済ませました・・