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Yamamoto
ああ、バンザイクリフ
わたしは、ここで戦ったころ、友軍兵士の腐乱した死体の下に必死で潜り込み隠れたこと、狙撃されると分かっていても体が水を飲みに動いて行ってしまったこと、米兵が洞窟に登ってきたとき夢中でピストルの引き金を引き顔に弾丸をブチ込み、その米兵は吹っ飛んで消えたこと、最後は米軍の作った飛行場の海側崖に潜み、夜な夜なソーセージや缶詰、タバコを飛行場の倉庫から盗み生き延びたこと、またこのバンザイクリフ崖にある洞窟から投身自殺する母親が赤子の死を少しでも楽にするため直前に首を切り落とし海で待っているサメの中に投げ込んだこと、などなどの記憶を記録した生き残り兵士の本を読んでから、サイパンに行きました。この崖上では、感無量でした。どちらに向かって拝めばいいのか・・・・慰霊塔自体は多くありました。 ふわふわ兄ちゃん姉ちゃんが多くなった日本でも、あのような惨めな戦争をするよりはいいのだ、と確信しました。
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