卯の花姫物語 4-③ 朝日別当坊の焼き打ち

朝日別当坊の焼き打ち
 愈々姫が同勢の赴り付いと云う山は天然の悪害をなしておる山であるのに,姫が彗眼は見逃してはおかなかった。西は野川の本流が山下を洗って浪々と流れておる野川に向かって右には大桶沢、左に布谷沢の二沢が流れ落ちて,野川に合流すると云う場所(三淵渓谷)で自然な天険の処である。万一食糧になど困った場合には,宮村方面(長井市宮地区)に出て,兵糧集めになども都合がよい処であったので,姫は慈を牙城として選んだのである。自ら指揮して陣営を工築した。そうしてひとまず慈に拠ってたむろして一同を休めたのである。
 一方鎮守府に於ける武忠が方では,今や遅しと古寺の返答ばかり待ち詫びておっ多。しかし,日限が過ぎても何の音沙汰がない。心焦った武忠は,又も使者を遣わして詰問した。人の答えは先達て御上使参向う当日御上使が寺からお帰りにならない内に,裏口から逃げ出したと見えて一山総出動で毎日山探しをしておったが,今以て捕らえる事が出来なくて申し訳が御座いませんと云う返答であったから使いの者もどうしようもないことである。どうも上使とこちらがしゃべっていたのを感ずいて上使がいた内に裏口から逃げたのでは全く古寺がわばかりに責任を負わせる可き筋合いのものでも無いので使いの者もどうしようもないので,一応帰って其のままの事を主人に報告するよりないのであったのだ。これを聞いた武忠は烈火の如くに怒った。先ず第一に,姫が逃げて行っていなくなったと云う一事で大怒りであった。いなくなった理由や如何んなどはどうだろうが考えている余裕などはちっとも無い怒り方であったからたまらない。八つ当たりが半分も手伝って一山 く焼き払って皆殺しにしてしまえと云う厳命を下した。
 二百余騎の大軍を催して自ら率い古寺を差してまっしぐらに進軍して来た。
 坊舎の少し手前に魚鱗の構え(魚りんのかまえとは今の横隊のこと)に整列して闘の声をどっと揚げたから寺では突然の武者押しに仰天してきいて見ると姫を故意に逃がしたからそれを以つて安倍貞任に味方して官軍に不利な事をしたから逆賊と見なして討伐すると云う罪名であった事だけが判ったと云う。
 こうなつては問答しておるいとまもない。敵の矢は一斉に雨あられの様にばらばらと射ち込んでくる。一山の僧兵五十に足らぬ小勢乍らも,弓矢を取ってばらばらと防ぎ,矢射返して防戦したが元より鳥合の僧兵武忠が率いる大軍の精兵に叶う可き道理がない。怱ち打ち破られて寺内に逃げ込んで終わったのである。
2013.01.08:orada:[『卯の花姫物語』 第4巻 ]

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