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卯の花姫物語 5-③ 姫が死後の頻末

姫が死後の頻末
 本文主要の人物姫が生涯の記述が終わっても全巻の大尾とは未だ云われまい。先に姫が遺命を奉じて安倍館山の牙城を脱出した、即ち姫が後身の役割を果し演ずる、忠臣の女丈夫・桂江がひそみ込んで行った朝日山系の奥。千山万獄の重々する天地に眼を注いで彼女が、其後の動静を探るに項を転じて推進を試みんとするものである。
 桂江泣き泣き主人に別れて、山案内の家来として付けて貰った定七を従えて牙城を脱出した。一旦今の木地山の処におりて行った。元来、定七が生家は、北小国の五味沢で、当時は未だはっきりした地名はなかったが半農半猟の民家が五六軒あった部落であったのだ。家には妻子もおる者であったので、彼は主人桂江を吾が家へ案内しようと考えたのである。今は初秋であるが、これから寒さに向かって来ては妊婦の主人を山にばかり隠して通す事はできないと考えたからである。
 然し乍ら、其深い山又山を妊婦の主人と共に踏破を企てると云うのは容易な事ではない。当時は山道らしい道としてはない時代であった。山を遠く歩くにはどうしても高山に登って峰つづきを渡って通るのが一番によいのであった。
 定七は、朝日山系の山には知らない処がないと云う者であったから、祝瓶山の高嶺に登って峰渡りをつづけて、荒川上流の谷間に下りて行くのがよいものと考えて見たが、妊婦を高山に登らせるは無理と考えて苦心の末いずれ極く少しずつさえ歩るいたならよいだろうと云う事に決心をした。極く少しずつ無理がはいらぬ様を旨とした歩き方をつづけて、夜営をしながら幾日もかかってとうとう荒川上流の谷間へ下りて祝瓶山踏破に成功したのであった。
 これ全く山に明るい定七にあらずして出来得る仕業ではなかったのである。そこに一晩夜営をして翌日は楽々と吾が家に到着して久方ぶりで家人に対面した。之迄での一部始終を物語って、大切な主人であると云うて家の者一同に引き合わせたのである。家人の者も気立ての優しい人達で、快く迎えてくれ、早速奥の一間に招じ入れて何にかれと待遇をしてくれた。之全く桂江が為には世の中に殺す神もあれば助ける神もあるものだと云うたとえは、この事であるような思いたらしめたのであった。

卯の花姫物語 5-② 姫が死後の正しい推論

  姫が死後の正しい批判の論文
 以上、斯くの如くして、姫が一生は終わりを告げたのである。姫が生涯を按んずれば、奥州一の大豪族・安倍貞任の姫として、其世に生を受けたのだ。栄躍栄華のうちに育ち上がって成人した。漸くにして青春の妙味を覚とらんとするの年齢で、父が外交工策の具に供されて、まみえた人は即ち源義家であったのだ。幸か不幸か其人は、世上あらゆる女性が求めんと欲する条件を完全具備の異性であったのが、姫をしてああした運命を赴らしめたと見るのが当たりでありましょう。
 一旦思慕を捧げた義家には、生命をも惜しまぬ迄の心に至らしめた。兵馬 愡、闘戦、兵革の間にも、慕う義家が身を守る心に怠りはなかったのだ。面した中に於いて反逆の父といえど、父ば飽く迄で親である。其の親をして逆賊の汚名から免れしめたいとの思いのままに、降参を進めて終始一貫諜めに諜めてつとめた。が、どれもこれも成らずに終わったので、一門残らず打死で滅亡の運命となったのだ。
 あれ程迄でに戦争を避けんとつとめて平和を守って、父を助けんと心を尽くした姫が行動の生涯は、世上一般に対しても、恋し愛した義家には勿論のこと、はたまた反逆の父に対して迄でも巧あって罪のない姫が行動であったのだ。忍んで京に上って義家が厚い温情に包つまる可くを最後に望みをかけて、古寺の山仲にかくれて機会を待っておった処まで探し当てられ、飽くなき清衡武忠が横恋慕で執ように追い詰められ、京に上る望みをも絶たれて終った。失望した姫はとうとう三淵の深淵が最後の場所となったのだ。
 心ある人が泣かずにいられぬ姫が悲恋である。平和を守るに苦心の一生を捧げて通した人を討った罪名は又皮肉を極めたものである。平和を撹乱した逆賊の残党を討伐したとは非道い表面の理由となって表れたものである。それに対して討ち取った武忠が表面の上に現れたのは、皮肉に尚一層の輪をかけた皮肉を極めた表れであったのだ。
 朝敵安倍貞任が残党を鎮守府の命を奉じて斑目四郎武忠が討伐の巧を奏した戦功と云う峻厳なる表面であったとは。武忠が姫を打ち取ったと云う之迄でにやって来た行動は、姫を生捕りたいのが目的とした行動に終始したやり方であった。それが不可能と見たので討ってしまったのである。表面ばかりが如何に立派な理由となって表れたとしたとても、これを正しく論じたならば、己が狙った横恋慕が叶わぬ恋の滝登りの鬱憤晴らしをやったのか。表面がああした事に該当したと云うに過ぎないものである。
 姫が一生を通してやった行いこそ、愛し慕うる主を守りつつ父をかばって平和を望んで終始一貫したのである。事実は丸きりあべこべだ。浮世は全く裏表と云うのはこうしたことでありましょうか。

卯の花姫物語 5-① 前号までのあらすじ

 卯の花姫が、三淵渓谷に身を投げてしまった。主人公がいなくなってしまえば、物語は終わるの普通であるが、菊地清蔵氏の物語は、さらに続くのであります。
 さあ、どのような物語が続くのか。乞うご期待!