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青春プレイバック

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4年前に亡くなった中川『野獣』清さんの法事のライブセッションが荻窪ルースターで5日開催され、私も2年振りにお邪魔した。

中川さんは早稲田大学のロッククライミングという音楽サークルの出身である。そのためこの会は先輩である日本のブールス王、吾妻光良師によって仕切られ、本人はギター、唄、ピアノ、司会と八面六臂の活躍だった。

メンバーの中にはブールス界の大御所小出斉や小安田憲司、VOW WOWのヴォーカル人見げんき、達郎のツアーコーラスの国分友里恵など有名無名合わせて総勢40名が入り乱れてのセッションである。
このメンバーを見ても中川さんの人柄が偲ばれるというもので、末席に入らせて頂いている自分が嬉しい気持ちで一杯だった。

私は何かの加減でクレジットされていなかったが、吾妻師のご厚意により、3セットに出していただいた。
久々のセッションは、はっきり云えば、とても楽しいモノだった\(^o^)/

私が東京で作った三つ目のバンド『楽団・魅惑の羽衣』再結成の話もあり、久々に東京に通う日が近いかもしれない。

写真は吾妻師と人見氏のセッション。
2015.09.06:mameichi:コメント(0):[芸能音楽の50]

会津に行ってみよう!その4

  • 会津に行ってみよう!その4
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本当は天鏡閣とかに行ってみたかったのだが、今回は残念ながらスルー。有栖川・高松宮別邸ということで、有栖川詐称事件を思い出してしまうのは、正直如何なものか。

まあ」そんなことはどうでもいいので、猪苗代から喜多方へ移動。
昼間はカフェ飯だったので小腹がすいたということで喜多方ラーメンいっちゃおうつうことになった。
そこで、この時間帯だったらあの有名店も大丈夫かな?ということで坂内食堂に向かう。

残念ながらお盆休みということで、臨時休業。
ラーメンマップを見ると流石に火曜日五時夕刻にやってる店は少ない。
途方に暮れていると、どこからか老人がやって来た。
「ラーメン屋さがしったながい?」
「はい」
「じゃあ、ちょっと待ってろ。あいてる店さがしてやっから」
といって、自宅に戻り自転車に乗ってここで待ってろよ、ということでどこかに行ってしまった。

五分ほど待っていると、「あったぞー」と戻って来た。
「近くによ、伊藤さんっうどころあっからよ。俺さついでこい!」
伊藤食堂は坂内食堂から歩いて三分ほど。

正直言ってきれいとは言い難い店だが、随分長くやってるところのようだ。
これから夜の部ということで、まだお湯が沸いていなかったのかラーメンが出るまで、15分ほどかかった。
それは、ニボシの味が強い今までに食べたことのない美味しいラーメンだった。

私たちが待っている間、その爺さんは次々とラーメン難民を伊藤食堂に連れてきた。
北海道から来た人、新潟から来た人、伊藤食堂の親父は云った。
「あの爺さん、こんなことしたの初めてだ」

爺さんをこのような行動に駆り立てたのは何だったのか?クールな伊藤食堂の主人は
「嘘ばっかりいってる爺さんなんだがなぁ、毎日こうしてくれると助かるけど。」

その後もラーメン屋の前を自転車で行ったり来たりする爺さんであった。

 

2015.09.02:mameichi:コメント(0):[家庭の事情は!]

会津に行ってみよう!その3

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五色沼というのは個人の所有だと聞いたことがある。裏磐梯でも人気のスポットだし、お土産屋やボート屋もあるので相当の売り上げがあると思われる。それはそれで、問題は自然がよく整備されていると思う。

何を言いたいのかと言えば、ハイヒールで来ても何とか自然の中を歩けるように整備されてtるのだ。
多分主にデートスポットになる条件として、ハイヒールで来ても無理なく楽しめることがあげられる。
とにかくその辺が五色沼は上手く出来ていると思った。

さて、ボートが終わって野口英世記念館に行く前に、近くのtaro cafeに立ち寄った。
会津屈指の人気カフェらしく、何人かから是非と聞いていた。平日とはいえ店内は混んでおり、外で20分ほどウエイティング。

外側のよしず張りのテラスのようなところに案内された。猪苗代湖の湖面がよく見え、落ち着く空間だ。珈琲はポットに3杯分(カップが小さいのもあるが)、ワッフルもフルーツがきれいに盛り付けてあるオサレカフェであった。

さてそこから改装間もない野口英世記念館へ。こちらも多くの人が訪れていて、相変わらずの人気だ。
私が子供の頃来た時は、それほど人はいなくて結構シーンとした空間だったように思うのだが。
英世ロボットがいたりして、胸像だけでも6個ぐらいあるらしい。久しぶりに手を怪我した家の囲炉裏を覗いたが、未だに農家独特の匂いがした。藁が中心の匂いだと思うが、何とも言えず親父の実家に入った時の匂いと同じだなと思った。

それから向かいにあるガラス館などを見学して一路喜多方へと向かう。
そこには意外な出会いがあった。
 

2015.08.31:mameichi:コメント(0):[家庭の事情は!]

会津に行ってみよう!その2

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泊ったペンションの御主人に伺ったのだが、裏磐梯には約80軒ほどのペンションがあるらしい。
そのくらいの規模が成り立つのだから、やっぱり会津は観光産業が盛んなのだろう。
宿は、セブンイレブンや郵便局などがある中心地からすぐのとても便利なところだった。

どうやって宿を決めるか?ご主人に伺ったのだが、昔からのお得意様は電話での御予約もあるが、今はほとんどネットサイトからの予約だそうだ。観光地に強いじゃらんが4割、楽天が3割、yahooその他が残りだそうだ。

私が住所を書くと、ご主人が実は私も米沢市民だと話し始めた。
というのは、スキーが好きで天元台のペンションを購入して営業していたのだが、スキー人口の激減と共に天元台での営業だけでは成り立たなくなり、現在やっている「ペンション楓」を購入。一時は奥さまとバイトで手分けして、二か所を廻していたが現在はこちらだけにしたとのことであった。商工会議所やコンビニの店長など共通の友人も多く、万事適当にネットで検索した偶然を楽しんだ。

お楽しみの夕食は米沢牛ビーフシチュー食べ放題だったのだが、その前のいろいろなお料理が肉中心で豪華でそれだけで腹が一杯になってしまった。
もう少し朝昼を少なくすればよかったのだが、旅じゃそれは無理なこと。

おふろにゆっくりつかって、夜は漆黒の闇。
ゆっくりと疲れをいやした一日目であった。

2015.08.30:mameichi:コメント(0):[家庭の事情は!]

会津に行ってみよう!その1

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家族旅行といっても店を長期間休めないので、どうしても近場での一泊旅行になる。
今回は会津へ行くことになった。みんな前日もそれぞれ忙しく、余り早起きはしたくないということでのチョイスだ。8月17,18の両日である。

一気に若松の中心部、会津一番館という喫茶店に手モーニング。 
野口英世が寄宿していた医院をそのままカフェにしたということで、歴史の重みを感じる。
二階はその当時の資料などが陳列してあったのでちょこっと覗いてみた。

そうそう、モーニングだが600円でサンドイッチ、スープ、サラダが付いて中々のボリウム。
腹もお一杯になったところで、今日のメイン大内宿へと向かう。 

会津西街道を南へ南へ。一時間ほどで大内宿。平日と言うのに駐車場は車でいっぱいだ。
ここに来たのは20年以上前になると思う。まだほとんど観光地化していないことだったのだが、いつの間にか会津でも最も多くの観光客が訪れるスポットとなっていた。

ほとんどの家がみやげ物屋か蕎麦屋か民宿となっており、商売をしていない家は数えるほど。
但しその家の人がやってる場合もあるし、テナントとして業者に賃貸している場合もあるようだ。
店の商品も珠玉混交、いいものもあればかなり怪しいものもある。自分が土産物屋を回ったいた頃のことを思い出した。

昼は大和屋という蕎麦屋で名物葱蕎麦を頂く。手打ちそばで甘めのたれ量も十分だった。
土産などを買ったり、写真を撮ったり、そろそろということで若松に戻る。

若松では今日二軒目のカフェ、焙煎屋珈琲店で一服。ここは私が珈琲屋を始めた頃に伺った店だ。サイフォンで淹れていただく珈琲は割合深入りの珈琲。その後町中を散策、蒲生氏郷の墓に詣でる。米沢よりも古い建物がしっかり残っており、ならぬものはならぬという会津の頑固魂を感じさせる風情だった。

それから多分十三参り以来だから約40年ぶりの飯盛山に登った。
白虎隊が自刃した場所などは憶えていなかったが、ローマから贈られた鷲のオブジェは何となく記憶していた。
それからさざえ堂という不思議な塔に登った。

若松も大体見終わり一路裏磐梯に向かった。

2015.08.28:mameichi:コメント(0):[家庭の事情は!]